境界線のない四人
――俺たちは。
恋人でも、友達でも、家族でもない。名前を持たない関係のまま、"四人でいること"を日常としていた。
――side. 井神 凉――
朝の冷気がまだ残る通学路。
家から少し歩いた先にあるコンビニエンスストアのガラスに、足を止めた自分の姿が薄く映り込んでいる。
「おはよ、凉」
背中から、静かな声と共に柔らかな体重が預けられた。
振り返らなくてもわかる。宮藤玲茄だ。
百七十センチのすらりとした長身。健康的な薄褐色の肌と、飾らないセミロングの髪。年齢よりもどこか大人びて見える彼女は、いつものように俺の右肩のすぐ横に顔を寄せていた。
わずかに細められた瞳が、俺の反応を探るように至近距離から見つめてくる。吐息が肌を撫でるほどの距離。だが、このパーソナルスペースの崩壊は、今に始まったことではない。
「……正面がいいんだけどな」
「それは、明後日までおあずけ」
淡々とした声色に微かなからかいの響きを混ぜて、玲茄は笑う。俺は短く息を吐き、彼女の体温を背中に感じたまま、その距離を受け入れた。
「おはようございます、凉くん、玲茄」
透明な鈴を鳴らしたような声が響く。中里悠希だ。
中里姉妹の妹の方。透き通るような白い肌に、綺麗に切り揃えられた黒髪。彼女の佇まいには、常に静謐な品が漂っている。
「りょーくん、れなっち、おはよー!」
それに続くように、中里茉依が大きく手を振りながら小走りで現れた。
中里姉妹の姉の方。明るいブラウンに染められたミディアムボブ。一卵性の双子であるため、顔の造作は悠希と瓜二つのはずなのだが、纏う空気がまるで違うせいで別の生き物のように見える。
今日の茉依は、歩調が跳ねるほどに機嫌がいい。その理由は、俺には痛いほどよくわかっていた。
同じ百六十センチの身長。均整の取れた体型。それでも、細部には微かな差異が存在する。制服の上からでは決して視認できないその違いを、俺は他の誰よりも――指先と肌の記憶として、過剰なまでに知っている。
四人が揃うと、それは自然とひとつの"集合体"になる。
俺たちは無言で歩調を合わせ、学校へと歩き出した。
校門を潜る際、すれ違った上級生たちがちらりと視線を向け、歩みを緩めた。
「……あれ、また一緒だぞ」
「例の四人だろ。すげえよな、逆に」
背後から投げかけられる囁き声。そこには、あからさまな好奇心と、得体の知れないものに対する微かな警戒が混じっている。
だが、俺の心は凪いでいた。
中学の頃から、俺たちの形はずっとこうだ。何も変わらないまま、ただ時間が経過しただけ。
――だから今日も、俺たちは誰の視線も気にすることなく、同じように歩き続ける。
――side. クラスメイト――
今日も、四人は一緒にやってきた。
井神、宮藤、そして中里姉妹。
彼らが連れ立って教室へ足を踏み入れると、ざわついていた空気がふっと凪ぐような、奇妙な静寂が落ちる。
「おはよー」
「今日もいつも通りだな」
クラスの誰かが、毒の抜けた声で気さくに声をかける。
一年の頃は、違った。正直に言えば、彼らの存在はただひたすらに"異物"だった。
四人の間に漂う、他者を拒絶するような距離感と親密さ。「井神は三人と付き合っているらしい」「いや、ただの幼馴染だろう」。憶測だけが飛び交い、彼らは常に好奇と陰口の的になっていた。
しかし――二年に進級しても、彼らの関係は一切の変容を見せなかった。
諍いもなければ、誰かが泣き崩れるような修羅場もない。むしろ、四人で一つの塊として存在している時の彼らこそが、最も自然な状態に見えた。
いつしか、教室の誰も彼らを揶揄しなくなっていた。
「いいよな、ああいうの」
「うん……見てて、なんか気持ちいいっていうか」
そんなため息のような感想をこぼす生徒は、少なくない。
彼らが"普通"ではないことなど、全員が理解している。
単なる友人ではない。かといって、恋人という枠組みにも収まらない。では何なのか、と問われても、適切な名前を見つけられる者はいない。
他クラスの生徒が向ける好奇の目も、一部の教師が露骨に眉をひそめる理由も、今ならわかる。
かつては、自分たちもそうだったから。
だが、この教室の人間にとって、彼らはすでに"不可侵の領域"に位置している。
手が届かないほど遠く、踏み込むのが躊躇われるほどに美しい。それはまるで、ガラスケースの中に封じられた、奇妙で冷たい"芸術作品"のようだった。




