プロローグ
俺たちの境界線がいつ、どうやって溶け落ちてしまったのか。
今となってはもう、定かではない。
――薄暗い和室の片隅で。人形のように呆然と座り込んでいた彼女を、二度と消えてしまわないように抱きしめた、あの日か。
――深夜の静寂の中。青白い光に照らされながら縋りついてきた彼女の耳元で、「僕のために生きて」と優しく残酷な"楔"を打ち込んだ、あの夜か。
――冷たい雨に閉ざされた世界で。傘も差さずにずぶ濡れのまま、俺の家の前にへたり込んでいた彼女を抱き起こした、あの時か。
周囲の雑音など、あの瞬間にすべて消え失せていた。
ただ、「僕だけが、彼女たちの唯一の居場所なんだ」という、胸の奥でとろりと溶け出した甘く黒い優越感だけが、俺の脳を静かに支配していた。
あるいは、あの"監査"の日。
――倫理とか、凉が自分に課したルール……それと、今目の前で泣きそうなあの子たちの心。どっちが、凉にとって重いの?
すべては、彼女の手のひらの上だった。彼女は一切の悪びれもなく、小さな手帳をテーブルへ滑らせた。
常識や道徳よりも、自分たちが俺の痕跡を受け入れる安心感の方が重いのだと。あの傲慢なまでに澄み切った笑みで、母を――そして社会を、冷酷に論破してみせた。
狂っている。
世間の定規で測れば、俺たちはどうしようもなく壊れている。
社会の理から外れ、光の当たらない、澱んだ水溜まりの底へと沈み込んでいる。
けれど、そこで絡み合う呼吸と体温は、どこまでも甘く、息ができるのはそこだけだと錯覚するほどに心地よかった。
これは、俺たちが"普通の高校生"という薄氷の上で踊りながら、
決して引き返せない暗闇へと、嬉々として沈んでいくまでの――
静かで、ひどく歪な日常の記録だ。
すべては、あの春の朝。
俺たちがまだ、かりそめの均衡を保っていた頃から始まる。




