表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第二章 外側の夏、内側の夏

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/24

海は、静かに月を映す

――side. 井神 凉――


――夜・四人の部屋


別荘の周りは、静かだ。

昼間の海はあれだけ騒がしかったのに、今は波の音すら少し遠い。


あの後、文字通り全力で海を満喫した。

周囲からの視線は相変わらずあったが、大した問題じゃない。

窓ガラスの向こうの暗い海には、今日の熱気と余韻がかすかに残っている気がした。


リビングには、六人全員が集まっていた。

それぞれ好きな体勢で、ただ緩やかな時間を共有している。


俺と玲茄、隆一の三人は、スマホを見ながら明日の大まかな予定の再確認。

茉依、悠希、白峰の三人は、海で撮影した写真をスワイプしながら話に花を咲かせている。

テレビはついているが、内容を真剣に見ているやつは一人もいない。


こういう無目的で満たされた時間が、今の俺たちにはちょうどよかった。



――


話がひと段落すると、隆一が立ち上がった。


「そろそろ風呂にしようか。先に女子、四人で入ってきな」


当然の配慮のつもりだったのだろう。だが、四人の女子たちは顔を見合わせた。


「隆一、あんた何言ってんのよ」

「ゆーかちゃんと二人で入ってきなよー」

「……洗いっこすればいいんです」

「そういうわけだから、行くよ隆一!」


隆一は最初こそ「いや、お前ら先でいいって」と渋っていたが、結局、白峰に腕を引かれて連れていかれた。


明日の夜は、少し足を伸ばして近くの温泉施設に行く予定だ。

そこでは当然、男女に分かれるのだから、貸切の今日くらいは一緒に入れ、ということだった。


「……じゃんけんは無しか」


誰に向けるでもなく、呟きがこぼれた。



――


俺たち四人になった。


その瞬間、ほぼ三人同時に動き出し、ソファに座る俺の両隣と、正面が埋まる。

言葉での確認すらない、ほとんど反射みたいな流れだった。


「今日、すごく楽しかった」

「泳ぎ過ぎてクタクタだよー。りょーくん、お風呂で肩揉んで」

「……とてもいい形の流木を見つけました」


三人が、口々に今日の思い出を言葉にする。

皆で共有しているように聞こえるが、これは、それぞれが"俺に向けて"報告しているのだとわかる。


「明日も、楽しもうな」

そう言って、俺は両手を使って三人の頭を順番に撫でた。


二人が風呂から出るまで、まだ少し時間がある。

窓から見える夜空には、白い月が淡く光っていた。



――


しばらくして、二人が風呂から上がってきた。


「広くて良いお風呂だったよ。四人でも十分広いと思う」


白峰は濡れた髪をタオルで拭きながら、隆一から牛乳の入ったコップを受け取る。


「風呂からも海が見えるぞ。周りからは絶対見えない造りになってるから安心しろ」


隆一はそう言うと、牛乳パックにそのまま口を付け、一気に飲み干した。



――side. 白峰 優花――


心地良い夜風が、火照った頬を撫でる。


隆一とボクの部屋。その奥のバルコニーに出ると、昼間とは違う、静かで冷たい海の匂いがした。

隆一は手すりに寄りかかって、黙って外の暗闇を見ている。

ボクもその隣に立ち、夜空の月を見上げた。


階下では今頃、あの四人がお風呂に入っているはずだ。

普通に考えたら、同級生の男女が一緒にお風呂に入るなんて、異常な状況だ。


ボクと隆一の間には、彼氏・彼女という"明確な線"がある。

友達、恋人、家族。人間は、その関係性に強弱の差はあれど、必ず名前をつけて線を引きたがる生き物だ。いや、線があることが前提で社会は回っている。ひどく曖昧な関係にだって、そこには見えない境界線が引かれているものだ。


でも、あの四人の間には、一切の"線"がない。


それは、社会的には理解されない、忌避される対象。

マイノリティという言葉で括ることすら難しい、完全な異物。


だが、あの四人は、そのいびつな関係を隠さない。隠す気がないのだ。

自分たちが異質であるという認識は、間違いなく持っている。それでも、開き直りや若さゆえの逆張りで顕示しているわけでもない。


"私たちはこういう形だから"という、一種の悟りに近い在り方。


ただ、それゆえに、危うさも孕んでいる。


今日の、ビーチでのナンパ野郎の件なんかもそうだ。

隆一と井神くんの阿吽の呼吸と機転によって、あの場はただの喜劇と化した。


だが、もし、あの場にあの四人しかいなかったら。

井神くんは、常にその場所、その状況でとれる"四人を守るための最善"を狙おうとする。彼はおそろしく頭が回り、そして冷酷になれる。


もし、常識という名の暴力を向けられたとき。

もし、大人の理屈で逃げ場を完全に封じられたとき。


彼が、四人を守るために何を切り捨てるのか。

それが、ボクはとても恐いのだ。



――


どのくらいの時間、考えに耽っていたのか。

ふと気がつくと、隣に立つ隆一との距離が狭まっていた。

冷えはじめていたボクの心に、彼の体温がゆっくりと移ってくる。


「……隆一」

「……なんだ?」


「ボクはね、あの四人が……大好きなんだ」

「……ああ。知ってる」


それきり、会話は途切れた。

このことについて、ボクたちが深く語り合ったことはない。

でも、お互いの胸の奥にある"彼らを守りたい"という気持ちは、同じなのだと確信できる。


階下から、四人がお風呂から上がったであろう気配が微かに伝わってくる。

隆一も、その気配を感じているのが分かった。


彼は少しだけ足元へ視線を向けてから、暗闇に溶けるような声で言った。


「明日も、六人で楽しもう」


誰に聞かせるでもない、独り言みたいな声。


「……そうだね」


ボクも、同じように答える。

夜風が、二人の間を優しく通り抜けていく。


「戻るか」

「うん」


バルコニーを離れるとき、ボクはもう一度、後ろを振り返った。

暗い海の水面には、夜空と同じ、欠けた月が静かに揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ