夏に溶ける境界線
――四人でいる日常は。
場所が変わっても、他人が混ざっても、変わることはないと、当たり前のように思っていた。
――side. 井神 凉――
朝の空気が、明確に変わった。
校門をくぐる前、肌を撫でるぬるい風と、昨日よりも明らかに重さを増した日差しで、それははっきりと分かる。
「もう夏ね」
「そうめんの季節だねー!」
「冬でも食べてるじゃないですか」
三人の声を聞きながら、いつものように四人で歩く。
並びも、歩幅も、昨日までと何も変わらない。
ただ、空気だけが俺たちを無視して、強引に季節の移ろいを主張していた。
教室に入ると、すべての窓が開放されていた。
風に煽られて大きく揺れるカーテンが、床に落ちた白い光をせわしなくかき乱している。
――夏が、来たのだ。
――
昼休み。
「なあ、凉」
弁当を持って席を立とうとした絶妙なタイミングで、太い声が飛んできた。
「今度の週末の連休、空いてるよな?」
振り返ると、綿部隆一がニカッと笑って立っていた。
中学からの腐れ縁であるこいつは、俺よりも背が高く、無駄にガタイがいい。
言動だけ見ると大雑把な体育会系のくせに、妙に気が利く男だ。
「特に予定はないけど」
「よし、決まりだ」
隆一が親指を立てる。その大きな背中の後ろから、ひょっこりと顔を出したのは白峰優花だ。
「海、行かない?」
「……海?」
このクラスの学級委員長であり、小柄で中性的な顔立ちをしている。
自分のことを「ボク」と呼ぶのが不思議と馴染むこの少女は、三十センチ以上も身長差がある隆一の彼女でもある。二人が並んだ時のアンバランスさは、いつ見ても目を引く。
「二泊三日!」
「お泊まりー!」
「……海行きたいです」
背後から、三人の声が間髪入れずに割り込んできた。
いつの間にか、俺以外の面子で外堀は埋められているようだ。
「……場所とか、もう全部押さえてるんだな?」
「当たり前だろ。お前らが断るわけないと思ってたからな」
「最初からそのつもりで動いてたからね、ボクたちは」
隆一と白峰の声は、まったく同じ温度で揃っていた。
玲茄たち三人が行く気でいるなら、俺が頷くのは必然だ。断る理由はどこにもない。
「じゃ、決まりだな」
隆一はそれだけ言って、白峰を連れて満足げに廊下へ出ていった。
周囲のクラスメイトが、楽しげな会話の余韻をちらりと盗み見る。だが、すぐに興味を失ったように視線を戻した。
特別なことではない。ただ、仲の良いグループが旅行の計画を立てた。
外側からは、そう見えているはずだ。
――
放課後。
校門を出るまで、しばらくは六人で歩く。
「水着、新しいの買わなきゃ」
「右に同じー。今度はもっと攻めたやつにしようかな」
「私も新しいの買いたいです。……凉くんが喜ぶようなやつ」
「それなら、みんなで買いに行くかい?」
前を歩く女子たちの弾んだ会話に、俺は口を挟まない。
隣を歩く隆一も、自分の役目を終えた引率者のように黙って前を見ている。
校門の前で、一度足が止まる。
「じゃ、また明日な」
「場所の詳細は、あとでスマホに送るからね」
隆一と白峰は手を振り、俺たちとは反対方向へ歩き出す。
俺たちはしばらく立ち止まったまま、夕暮れに溶けていく二人の後ろ姿を見つめていた。
「……海か」
「凉の水着も一緒に買いに行かないとね」
「ブーメランー!」
「ブフッ……!」
冗談を言う茉依の脇腹を軽く小突きながら、家の方へ四人で歩き出す。
夏が来て、外の世界が少しだけ賑やかになる。
俺たちの内側の形は、何も変わらない。
けれど。
四人の空間に、じわじわと外気の熱が浸透してくる感触は、たしかに存在していた。




