20.アルマスのお誕生会
春になって僕はロヴィーサ嬢と家庭菜園の開墾を行った。
家庭菜園も今年は広げて、マンドラゴラを植えるスペースを増やしている。
モンスターの肉や魔力のこもった食材の毒素を抜くのにマンドラゴラが必要な場合があるからだ。
ハーヤネン公爵家の領地でもマンドラゴラの栽培が始まっているし、アルマスのバックリーン子爵家の領地でもマンドラゴラが栽培されているだろう。
去年の品評会も非常に好評だったので、アルマスのバックリーン家の領地の主な収入源は、マンドラゴラになると予想されていた。
国の動きとしても、飢饉が起きたときにモンスターの肉や魔力のこもった食材を人々が食べられるように、マンドラゴラを備蓄していく方向に進みそうだ。
土から収穫してしまったマンドラゴラは、時々土に潜れば長期間生きたまま保存できるし、土に潜らなくてもいいような栄養剤をアルマスが開発していた。
栄養剤に関してはアルマスはこう説明していた。
「薬草をマンドラゴラのために育てて、それを煮込んで作っているよ。どの薬草が有効か何度も実験して、使えるものを見つけ出した」
マンドラゴラに関してはアルマスの研究心は旺盛だった。
アルマスの作ったマンドラゴラの栄養剤は僕も貰っていたが、蕪マンドラゴラのエーメルが歌っても疲れなくなったし、葉っぱもふさふさとして蕪の部分も非常に丸くよく育っているので、成功しているのだろう。
ハーヤネン家でアルマスのお誕生会が開かれる。
去年と違ってアルマスは子爵家の子どもになっていたが、今回はヘンリッキとの婚約を誓うのでハーヤネン家でお誕生日を祝うことになっていた。
僕とロヴィーサ嬢は毒素を抜くことができるので堂々とお弁当の持ち込みができる。去年のアルマスのお誕生日でアクセリが僕のためのタルトを食べてしまって、命が危険な状況に陥ったような事故は起こらない。
僕とロヴィーサ嬢がハーヤネン家に着くと、ヘンリッキとご両親が迎えてくれる。
「エドヴァルド殿下、ロヴィーサ様、ようこそいらっしゃいました」
「本日は息子のヘンリッキの大事な発表のためにありがとうございます」
ロヴィーサ嬢はミエト家の当主である。身分としてはハーヤネン家のご両親と変わらない。
「お招きいただきありがとうございます。エドヴァルド殿下とヘンリッキ様は非常に仲が良いと聞いております。今後ともミエト家とハーヤネン家の関係性が良好でありますことを願っております」
「もちろん、ミエト家とハーヤネン家はずっと良好な関係を続けていきたいと思っております」
ロヴィーサ嬢の海のように深い青い目がきらりと光る。ハーヤネン家のご両親を牽制しているのだ。
政治的手腕もロヴィーサ嬢にはあるのかと僕は感心してしまう。
「お集りの皆様、本日はハーヤネン家とバックリーン家にとって重大な発表があります」
ヘンリッキの声に集まっていた貴族たちの視線がそちらに向く。ヘンリッキのご両親もヘンリッキの元に歩いて行った。
ヘンリッキの隣りにはアルマスが立っている。
深い緑色のスーツを着たアルマスはとても格好いい。
ヘンリッキはチャコールグレーのスーツを着ているが、ベストとタイをアルマスのスーツの色と合わせている。
アルマスもベストとタイはヘンリッキのスーツの色と合わせている。
「今日、私の愛しいアルマス・バックリーンが十五歳のお誕生日を迎えました。この素晴らしい日に、私とアルマスの婚約を発表します」
「国王陛下からは、私の両親が子爵となった日に許可をいただいております。成人の暁にはヘンリッキと共にハーヤネン家を支えていこうと思います」
ここにアルマスとヘンリッキの婚約が発表された。
国王陛下である父上の許可があるのだから反対できるものなどいない。
「後継者については、私の従兄弟の子どもを養子に迎えることに決まっております」
後継者に関してもヘンリッキの従兄弟の子どもを養子に迎えることで解決しているようだ。それならばますます何の問題もない。
アルマスとヘンリッキの婚約に、僕はお祝いを言いに二人に近寄った。
「本当におめでとう。二人がずっと仲良くいてくれたら嬉しいよ」
「ありがとう、エドヴァルド殿下」
「アルマスのことは幸せにします、エドヴァルド殿下」
父上にアルマスに貴族の地位を与えて欲しいと願ったことがもう昔のことのように感じられる。
父上はアルマスがヘンリッキと結婚できる許可まで与えて、二人の幸せを願ってくれた。
僕はアルマスとヘンリッキの婚約を心から祝うと共に、父上に深く感謝していた。
立食パーティー形式で、アルマスのご両親もアクセリもアンニーナも大広間の端に置いてあるテーブルから食べ物や飲み物を取っている。
アクセリもスーツを着ていて、アンニーナもドレスを着ていた。
「お兄ちゃん……じゃない、兄上がハーヤネン家に婿入りするので、私がバックリーン家を継ぐことになりそうです」
「エドヴァルド殿下、子爵家でダミアーン王太子殿下と結婚できますか?」
アンニーナの問いかけに僕は答えに詰まってしまった。
子爵家の令嬢では魔族の国の王家に嫁ぐのは難しいだろう。
「子爵家では難しいかな……」
「そうですか」
しょんぼりと肩を落とすアンニーナは本気でダミアーン伯父上が好きなのだろう。
幼い子どもの憧れだと笑ってしまうのは、酷な気がする。
ダミアーン伯父上もアンニーナに高等学校に行けと言っていた。
「ダミアーン伯父上がどれだけ本気か、なんだよな」
「あの方は、私に言いました。高等学校に行けと。高等学校を卒業したら迎えに来てくれるはずです」
ダミアーン伯父上も罪なことをしてしまったと思うのだが、アンニーナは授業料免除にならなくても高等学校に行ける地位を獲得してしまった。
アンニーナが高等学校を卒業するまでには、解決策を考えておかなければいけない。
こういうことは父上とエリアス兄上が得意だ。
「父上とエリアス兄上に相談してみるよ」
「ありがとうございます」
お辞儀をするアンニーナに、ロヴィーサ嬢が声をかける。
「ドレスのスカートが美しく見えるように膝を折るのですよ」
「ドレスなんて着たことなかったから……」
「アンニーナ様は、淑女のマナーを学びに、ミエト家にいらっしゃった方がいいかもしれませんね」
ロヴィーサ嬢の申し出に、アルマスのご両親が身を乗り出す。
「お願いできますか?」
「私たちではとても貴族の振る舞いを教えられません」
「アクセリも行ってよろしいでしょうか?」
僕はアルマスのような気軽な関係が嫌いではなかったけれど、子爵家の跡継ぎとなるアクセリと、ダミアーン伯父上の妃となって魔族の国の王家に入るかもしれないアンニーナには貴族の教育は必須だろう。
「わたくしでよろしければ、週に一度通って来てくださいませ」
「ロヴィーサ様、ありがとうございます」
「どうかよろしくお願いします」
ロヴィーサ嬢にはまたやることが増えそうだが、それもこなせると考えてのことだろう。
こうやって考えるとロヴィーサ嬢がどれだけ優秀かがよく分かる。
ロヴィーサ嬢はできることの容量がとても大きいのだ。
モンスターを狩って、料理もして、家庭菜園も世話をして、僕に勉強を教え、研究課程にも通い、今度はアクセリとアンニーナに貴族の振る舞いを教える。
それは並大抵のことではなかった。
それ以外にも、月に二回王城に父上とエリアス兄上とエルランド兄上とお茶をしに行っているし、ミエト公爵家の当主でもある。
ミエト公爵家の執務に関してはロヴィーサ嬢のお父上がほとんどやってくれているので、それほど大変ではないかもしれないが、それでも責任はある。
王族の中に混じっても物怖じせずに、国王陛下である父上の料理まで作ったロヴィーサ嬢。
僕は最高のひとと婚約したのではないかと考えていた。
「エドヴァルド殿下、食べないのですか?」
「食べます。僕は、考えていたのです」
「何をですか?」
ロヴィーサ嬢がお弁当箱の蓋を開けて、中身を見せながら小首を傾げている。ふわりと波打つ豪奢な黒髪が肩を滑り落ちた。
サンドイッチを手に取って、一口齧って咀嚼して飲み込んでから、僕は答える。
「ロヴィーサ嬢は、本当に最高の婚約者だと」
「そ、そんな、エドヴァルド殿下……他の方に聞こえます」
「誰に聞こえてもいいのです。僕は世界中に知らしめたい」
僕のロヴィーサ嬢が最高です。
宣言するとロヴィーサ嬢が恥ずかしがって僕を吹っ飛ばしてしまったら大変なので、なんとか我慢した。
ロヴィーサ嬢は真っ赤な顔のまま片手で頬を押さえていた。
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