19.アルマスとヘンリッキの変化
冬休みが終わって高等学校が始まると、アルマスは小奇麗な格好で高等学校に来るようになった。お弁当も豪華に料理が詰まっている。
僕はアルマスの前で罪悪感を覚えずに食事ができるようになって嬉しかった。
何より、僕のお弁当は毒素を抜いてあるので、アルマスやヘンリッキも食べられる。
「エドヴァルド殿下、その卵焼き、一つくれよ」
「一つだけだよ。アルマス、僕はこれしか食べられないんだからね」
「悪い悪い、どうしても美味しそうだったからさ」
こんな何気ないやり取りも、これまではできなかったことだ。
それにしても、アルマスのお弁当が豪華になってから僕は気付いてしまった。
「僕のお弁当箱って、もしかして、大きい?」
「私のよりは大きいですね」
「俺もそんなには食べられないな」
「嘘ー!?」
ロヴィーサ嬢が作ってくれるものをお腹いっぱい食べていたので僕は全然気付いていなかった。僕は年頃の男の子の中でもものすごく食べる方だったようなのだ。
食いしん坊の自覚はある。
ミエト家に移って来るまでは、僕は万年食糧不足で、栄養失調で、お腹を空かせていた。体調だって非常に悪かった。すぐに倒れたり、熱を出したりして、寝込んでいることが多かった。
ミエト家に移ってから、僕はその枷から解き放たれた。
ロヴィーサ嬢は魔族の国から食材を輸入してくれて、徹底的に僕の食事を改善してくれたし、家庭菜園では身体も動かすようになった。冒険者としても登録したし、魔法も少しだが使えるようになった。
今まで足りない分を取り戻すように、僕はロヴィーサ嬢の料理をたらふく食べまくっていた。
「僕は大食いだったのか……」
「エドヴァルド殿下は俺たちとは体の作りが違うんだよ。ダミアーン王太子殿下を見たけど、すごく大きなひとだった。エドヴァルド殿下もあんな風に大きくなるんじゃないかな」
ダミアーン伯父上は確かに体の大きなひとだ。
僕の国の人間よりも、魔族の国の魔族たちの方が体格がよくて長身だ。
お祖父様も体の大きな方だし、お祖母様も女性にしては背が高い。
魔族の血を濃く引いている僕は体が大きくなるのかもしれなかった。
アルマスの仮定を聞いて僕は嬉しくなる。
「大きくなったら力も強くなって、ロヴィーサ嬢をお姫様抱っこできるだろうか」
「きっとできますよ、エドヴァルド殿下」
「ロヴィーサ様をお姫様抱っこしたいのか?」
「結婚式で、ロヴィーサ嬢をお姫様抱っこして連れて行きたいんだ」
僕の夢を語ると、ヘンリッキが真剣な顔になってアルマスに向き直った。ヘンリッキは最初に見たときは少しふくよかなイメージだったが、今は引き締まった体付きをしている。
「私はアルマスをお姫様抱っこできないかもしれないが、アルマスとのことは本気で考えている」
「お姫様抱っこは特にいらないな。……うん、俺も、貴族になって考えたよ。国王陛下は俺の意志があればヘンリッキと結婚してもいいって仰った。ヘンリッキの気持ちをいつまでも有耶無耶にしておけない。婚約を受けるよ」
アルマスはヘンリッキの手を取って答えを出した。
僕の目の前でアルマスとヘンリッキの関係性が築かれていく。
僕は固唾を飲んで見守っている。
「アルマスのお誕生会をハーヤネン家でしよう。そのときに、婚約を発表しよう」
「よろしくな、ヘンリッキ」
「こちらこそ、よろしく、アルマス」
最初からアルマスのことが好きでちょっかいをかけていたヘンリッキである。その想いが報われて嬉しいことだろう。
僕も親友同士が婚約するという話を聞いてとても喜んでいた。
ミエト家に帰るとロヴィーサ嬢にこのことを一番に伝える。
研究課程から帰って着替えて居間に来ていたロヴィーサ嬢は、お茶の準備をしていた。
「お帰りなさいませ、エド殿下。おやつの準備をしましょうか」
「はい。おやつのときに聞いて欲しいことがあるのです」
「はい、お聞きします」
ロヴィーサ嬢と一緒に厨房で苺のムースを作る。生クリームと苺とゼラチンとお砂糖で作ったムースを急速に冷やして、苺のジャムを乗せて紅茶と一緒にいただく。
新鮮な苺のムースは甘酸っぱくて美味しい。
「アルマスのお誕生会をハーヤネン家で行うことになりました。そのときに、ヘンリッキとアルマスの婚約が発表されます」
「お二人の仲は国王陛下にも認められていましたね」
「周囲が騒いでいただけで、二人の中では決定ではなかったのですが、父上の言葉が背中を押したようです」
親友同士が婚約して結婚するというのは嬉しいことだ。
後継者については養子をとることになるのだろう。
エリアス兄上も同性のユリウス殿と婚約しているが、僕かエルランド兄上の子どもを養子にもらうことで後継者問題は解決している。
「ケーキを焼きましょうか」
「ケーキですか?」
「わたくしとエド殿下で、お祝いをするのです」
ケーキなどという心躍る単語が出てきて、僕は目を輝かせる。
僕の親友のアルマスとヘンリッキの婚約が決まった日に、ロヴィーサ嬢と一緒にお祝いをする。それは何もおかしいことではなかった。
「晩ご飯のデザートはケーキですよ」
「苺のケーキがいいです。今から作り始めましょう」
「はい!」
厨房でロヴィーサ嬢が作ったのはただのケーキではなかった。
シュークリームの生地を円形に絞って焼いて、カスタードとホイップクリームと苺を詰めたケーキだ。
「苺のパリブレストというケーキです。リングシューとも言います」
「確かにシュークリームがリング状になっていますね」
「シュー生地とカスタードと生クリームと苺がよく合うのですよ」
珍しい僕が食べたことのないケーキをロヴィーサ嬢は作ってくれた。
晩ご飯を食べた後に苺のパリブレストを切ってもらって、お皿の上に乗せてもらう。さっくりとしたシュー生地と甘みは押さえてあるカスタードとホイップクリームに、甘酸っぱい苺がよく合う。
一切れ食べて、僕は堪えきれずにお皿を出した。
「もう一切れ食べたいです」
「お祝いですから、たっぷり食べましょう」
僕がお代わりすると、ロヴィーサ嬢もお代わりしている。
ここで僕は昼間に気付いたことを口に出してみた。
「僕がとても大食いだということに気付いたのです。アルマスやヘンリッキのお弁当箱よりも僕のお弁当箱の方がずっと大きかった」
それに対して、ロヴィーサ嬢が頬を染めて答える。
「実は、わたくしもなのです」
「え?」
思わず聞き返してしまったが、ロヴィーサ嬢は恥じらっている。
「女性は小鳥のように小食であれなどと言われていますが、わたくし、鬼の力の指輪を使うととてもお腹が空くのです。それで、ものすごい量を食べてしまいます。エド殿下が自分がたくさん召し上がると気付いていなかったのは、わたくしもたくさん食べるからなのだと思います」
僕が大食いなのに気付いていなかったのは、ロヴィーサ嬢もたくさん食べるからだった。そういえばロヴィーサ嬢と僕の料理は、ほとんど量が変わらない。ロヴィーサ嬢の方が若干少ないが、それでも女性としては食べる方だろう。
「鬼の力の指輪を使うとエネルギーを使っているのかもしれませんね」
「そうだと思います。わたくしがたくさん食べると知って、呆れませんでしたか?」
恐る恐る聞いてくるロヴィーサ嬢に、僕はぶんぶんと勢いよく首を左右に振る。
「全然! ロヴィーサ嬢のことをますます好きになりました!」
「まぁ! エド殿下ったら!」
あ、来る。
分かっていても避けられるはずがない。
僕はロヴィーサ嬢に背中を叩かれて床の上に倒れ伏した。
ロヴィーサ嬢の悲鳴が聞こえる。
「きゃー!? エド殿下、申し訳ありませんー!?」
「大丈夫です! 僕は魔族で頑丈ですから!」
ばねのように起き上がって僕は再びソファに座った。
ロヴィーサ嬢は照れ屋なところがあるのもまた可愛いのだ。
晩ご飯が終わると、ロヴィーサ嬢が部屋に来てくれて勉強を見てくれた。
僕は明日の予習もして、ロヴィーサ嬢と話をする。
「作者の気持ちを答えなさいという問いかけは、何かおかしいと思うのです」
「分かります。作者が何を考えているかなんて分かりませんよね」
「この原稿が終われば美味しいものが食べられると考えていたかもしれないですよね」
「そうかもしれませんね」
笑いながらも僕は予習を終えて、ロヴィーサ嬢にお休みなさいを言った。
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