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紅の救世主  作者: メアー
7章.見えない戦略
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49.伝令競馬





豊達は三日程の療養を経て、ジュベナイル牧場へと戻ってきた。湯治の甲斐もあってか、豊とライの負傷も回復している。



「おぉ、レフィリオールよ。帰ってきたか。実は困った事になっていてな……。」


彼等を待っていたのは、牧場主であるエクウスであった。一同は屋敷内へと通され、事情を聞き出す。



「実は先日。顧客から、大規模な注文の取り消しが行われてな……。用意していた馬の引き渡し先が、なくなってしまったんだ。」



「……それを俺に言うって事は、違約金では賄い切れない数の取り消しがあったって事だな?」



「その通りだ。特に馬車用の馬が余った。組織による、大規模な経費削減が目的だと言われたが、違約金を払っても尚、削減したかったらしい。」



例え契約における違約金が発生したとしても、その数が増えれば大きな打撃となる。生産者側としては、商品が手元に残れば赤字には変わりないからだ。更に、扱っているのは命である為、それらを維持するにも莫大な費用が掛かってしまう。


仮に売れ残った全ての馬を食用に解体したとしても、膨大な赤字が出てしまうのは間違いなかった。



「なぁ親父さん。それらの取引先は、今まで贔屓に取引をしていたお得意先だったんだろ?そうなった原因は分からないのか?」


そうライが尋ねるが、エクウスは首を横に振る。



「さっぱりだ。景気の良い組合と企業、貴族も揃ってダメになるなんて。馬を扱って長いが、こんな事は初めてだよ。」



机に並べられた書類には、取引先との契約書が、革造りのバインダーに纏められている。



「それで親父、いくらの損失なんだ?」



「ざっと見積もってもこれくらいか……。」




エクウスが提示した額は、大金貨百枚。日本円にして、およそ五千万円だった。

この額には、馬が売れ残った際に発生する、維持費も含まれている。



「売れなければ丸損だが、処分するとしても投資の分だけ損失が出てしまう。更には馬の価値は歳を重ねるごとに下がる。如何にうちの馬の質が良かろうともな。」



馬の年齢が上がれば、それだけ雇用の期間が短くなり、労働力としての価値が下がる。それは必然であった。



「最終的には、安価で個人売買する手段を用いるしかないが、かなりの痛手だな……。」



豊が契約書類に目を通すと、冥王がある事に気が付く。カイマンの屋敷で閲覧した、裏組織達の表看板が、そこには記されていたからだ。



『表向きの事業で使っていた馬が、此度こたびの内部崩壊で経営が傾き、大規模な経費削減が執り行われたと言う見方が可能だな。』



つまりこの不況は、豊達が裏組織、オルニカの中央部署を壊滅させた事による【余波】によって引き起こされたものであったのだ。



「……おい、ユタカ……これって……。」



それにはライも気が付いたようで、とても困った様な顔で豊を見つめる。ひとつの善行が連鎖して、身内の被害となったのだ。居た堪れない気持ちになるのは、至極当然と言えるだろう。




「少しは協力できるかもしれません……。知り合いの村の復興に、農耕馬を2頭、購入しましょう。」



『おい、救世主!我の集めた資産から出させるつもりではなかろうな!?こんな事をしても、根本的な解決には至らんぞ!!』



「そうだぞ、ユタカ。まだ解決策はある筈だ。お前さんが馬を買うのは、もう少し考えてからの方がいいぜ。」



「……ジュベナイル牧場は、一度災害で経営が傾いた事があり、この牧場の土地と経営権を担保に組合へと借金をし、馬の育成を行なっている。今回……馬三十頭が売れなければ……。」



深刻な空気が漂う中、嬉々として一人の人物が来訪した。


「契約に従い牧場は我々、商業組合のもの、ちゅうわけやな……!」




ズカズカと勇足で、その場に突如として現れたのは、身なりの煌びやかな、成金風の男であった。何処となく喋り方に特徴があり、地方の出身である事が窺える。



「ゼニナールさん、この大規模な経済不況だ。組合にも通達したが、融通を利かせてはくれないだろうか?あんたの親父さんとは贔屓にしてたんだ。」



ゼニナールと呼ばれた男は、その場で葉巻をふかし、大きく吸った後、口を開いた。



「それをしたいのは山々なんやけどな?重役の集団失踪事件で、みんないっぺんに苦しいんや。親父の知り合いやからという理由では、このジュベナイル牧場だけが特別という訳にはいきまへん。もちろん国にもこの経済危機を申し立てましたけど、取り付く島もあらへんかった。」




以前から度々、国境砦での戦闘が激化し、人員や予算などが充てられる事となった為、国庫は企業の補償をする余裕が無くなったのだった。



「打撃を受けているのはもちろん承知だ。しかし、二十年前の大規模水害でも、ジュベナイル家の牧場は被害を被っている。先代が組合に献上してきた功績を考慮してくれても……。」



「やかましいんじゃい!先代の功績は先代の功績、先代の恩は先代の恩じゃろがい!この国の経済は刻々と動いとる!隣国との小競り合いも全く収まらん上に、兵隊崩れが各地で強奪や内戦も起こしとる!文句があるなら国に直接訴えんかい!!こちとら親父が行方眩まして面倒背負い込んどんのじゃボケェ!!」



ゼニナールは激しい剣幕でエクウスに詰め寄った。

勿論、いち経営者であるエクウスにはそんな大それた事は出来ない。商業組合は全ての商いの中央で、頂点に立つ存在であり、民間における不動産、銀行も手掛けている。



経済が傾いた中でも、確実に固定の家賃や手数料、利子をさらっていく為、各種経営者程の痛手はない。葉巻をふかすこの男は、言うなれば、火事場で虎の意を借りた存在である。




「経営権よりも、馬の方が資産としての価値があるはずだ!ゼニナールさん、ウチの馬十頭で手を打ちませんか?」



この国における馬の経済価値は高く、運搬労働力を始めとして、用途も幅広い。馬の取引で、国内利益の約1割という、大きな経済規模を持っている。



「いらんわい!馬は生き物やし流通に乗せるのは一苦労!維持費も掛かれば、世話する人件費が専門職ゆえに高い!銭だけの側面で見れば、この土地を丸ごと歓楽街にした方がまだ儲かるんじゃい!!それが嫌なら銭をもってこんかい!」



実際その通りであり、如何に運送業や農業が社会的に重要な役割を担っているとしても、その経費は莫大なものであり、リスクとリターンが共に大きく、経営者における純粋な利益は、そう多くは望めない。



「まぁ、表に出てたベッピンなお馬さんやったら……ワイ個人の愛馬にしてやってもええけどなぁ……。」




「あの馬はこのお方の愛馬であり、ウチの馬じゃありません。別の馬でしたら……!」



「ほう……!あの馬の持ち主がそこにおるんかいな!それを早う言わんと!」



ゼニナールは豊の前へとやって来て、大金貨を取り出して一枚一枚テーブルに積んでゆく。



「どないや?ワイにあの馬を売らんか?銭なら出すで?」



「生憎と、愛馬を手放す予定はありませんので……。」



豊の目の前には、大金貨が止むことなく積まれてゆく。五枚、六枚、七枚。常人であれば目が眩む程の大金である。


「あんさんもあの馬の価値を解ってる様やな、目を見れば分かる。あんさん、同業やろ?」



「いえいえ、私の様なのは、行商人の真似事に過ぎません。それに、ウチの馬……ノーブルウインドは人を見定めます。気に入らなければ絶対に乗る事は叶いません。」



「ほう……なら、試させてもらいまひょか!」



「それは構いませんが、怪我などをなされても、馬や私達を恨まないでくれると誓って約束出来ますか?」



「ほう、何に誓えばええんや?カミサマか?ウチは神光教会なんてモンは信じてへんで?」




「いいえ、【銭】に誓って頂きます。」




「ぬっ……!ぐぅ……!」




ゼニナールは金を信条とし、執着と矜持を持つ者である、その人物が、【銭に誓う】というのは何を示すのか、それは己の自尊心や存在意義を掛け、必ず約束を守る事を指している。



誓いを無下にする様な輩は、社会での信用を著しく失う。商人として、絶対に避けなければならない事象であった。



人の信条に付け入る事こそ、人心を掌握する最も効果的な手段である。

いざとなれば難癖をつけようとも考えていたゼニナールにとっては、非常に都合が悪い事であった。




「アンタ……。やらしいやっちゃでホンマ、こんな所で覚悟も無しに、誓いなんか立てられへんわ。ここは大人しくしといたる。」



ゼニナールは、豊に対する態度を改めた。

少なくとも自分と同じ度量を持ち、覚悟を決めていると。金稼ぎで会得した彼の嗅覚が、そう悟った。勝負に出るならば、準備をせねばなるまい。そう感じたのだ。



ゼニナールは、豊の前に積んだ大金貨をそっと袋へと戻し、話を切り替えた。



「エクウスさん。近々、王家から正式な知らせが来ると思います。二十年間、ワイらがずっと待ってた【強王復活杯】や。主催はこの国の第一王女様。国庫に関係なく、己の企業と財布から資金を出すらしいで。」



「そ、それは本当ですか!?」



「間違いあらへん。強王復活杯は由緒正しい国の催事。周辺地域にも大きな影響力を持っとる上に、公共賭博や富くじも用意されとるんや。この好機に王都が熱狂に包まれるのは必然。開催までの一ヶ月、楽しみにしときや。」



そう最後に言い放つと、ゼニナールは去った。




豊の中では以前、話題上がった【強王復活杯】と【強王復活祭】が過っていた。



「強王復活杯ってのは、そんなにも影響力があるのですか?」



「えぇ、私が知っているのは、先代である父ら以前の代で、その頃は年にニ度、行われておりました。国中に広まった金を、露店や催し物で回収し、その金で王都周辺の整備を行う事で、経済の活性化を促す側面も持ち合わせていました。」




「オリンピックみたいだな……。」




「全体の期間は一週間あり、その中でも最終日に開催される【伝令競馬】は一番人気で、民衆は馬に夢を見ていたのです。」



「へぇ……この国には競馬があるのか……。」



興味ありげな豊の様子に、エクウスが解説を挟んだ。


「【伝令競馬】と言ってな。我々が産まれる遥か昔、強王政権時代の逸話で、戦の勝利をいち早く王に届ける為、伝令が戦地から城までの長距離を、ものすごく速く馬で駆けた事が由来になってるんだ。」




「それなら、オレも婆ちゃんから聞いた事があるぜ。強王は伝令の早さに感銘を受け、その走りを間近で見物したいと言って、専用の競馬場が作られたんだってな。」




「うむ。その後も戦において、情報の伝達が重要視され、我々牧場主は、競って優れた馬の育成に力を入れた、という歴史があるんだよ。」




「なるほど……。それがこの国における、競馬の成り立ちなんだね。」



「歴史の中で、他にも様々な理由が挟まれていたと聞くが、本来は催しのひとつだった【伝令競馬】が一番の人気となったらしく、祭りの主軸が競馬となり、一般民衆の間では、この祭り自体を【強王復活杯】と呼ばれる様になったんだ。」




「文化というものは形は違えど、何らかの経緯を経て集約するものなんだなぁ。」



異世界の文化形成を聞いて、豊は好奇心が高まってゆく。物事の成り立ちを知るのは以前より、彼の好むものであった。



『歴史の勉強で欲を高めるのは結構だが、どうすれば我の資産を減らさずに済むか、しかと考えろよ救世主。』




「そうは言っても……。」




「親父、ユタカとノーブルウインドちゃんにウチの代表として出てもらうのはどうだ?ウチにも参加枠はあるんだろ?」



「うむ……。ウチは軍馬育成に手一杯で、競技用の馬と騎手を用意出来なかったからなぁ……。参加の枠は空いてるが……。」




『おい。その競馬とやらは、勝てば賞金が出るのだな?』




「あぁ……。その筈だ。私の知る二十年前は大金貨百枚だったな……。三位までなら賞金は出る。」




「……ユタカ、ウチの代表を頼めるか?」





「そうは言っても、僕の身体は競馬に適していない。体重規定なんかはないの?」



「伝令競馬において、騎手を軽くするのは抗議されるが、重くする分には文句は言われない。申請をすれば二頭引きで小型馬車を使う場合もある。」



「馬二頭使うのって……そんなのアリなの?」




「馬二頭を使えば馬力が上がって速度が上がる。なんてのは素人の考えだ。扱いは難しいし、曲がるのにも苦労する。しかし、出場権利さえあれば誰だって参加出来る。それが伝令競馬なんだよ。」



「そうなのか……。とりあえずノーブルウインドにはお伺いを立ててみよう。」




その後、豊はノーブルウインドと共に、強王復活杯に向け、伝令競馬の訓練を行う事となる。


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