41.栗毛の君へ
遺跡探索許可申請が通るまでの時間、ユタカは移動手段を考慮し、馬を得られないかカイマンに相談した。
以前、国より贈与された馬は、キュージ村の復興の際、寄贈していたからだ。
「馬を用意するのは難しくないが、名馬を用意するとなると、それなりの時間が掛かる……。出発時期を考えれば、選んでいる時間はないだろう。もちろん市場にも流れる時はあるが、今は国が売買を仲介している。」
「またしても手続きか……。刺客の件がなければ時間を掛けたものを……。」
豊とカイマンが頭を悩ませていると、待機していた執事が口を挟んだ。
「王都北西の平原に生息する、野生馬を捕獲するのは如何でしょう。ユタカ様程の実力者であれば、それも可能かと……。」
それを聞いて豊は目を輝かせるも、カイマンは難色を示した。
「ミドリオー草原か……。野生馬なら捕獲後の申請も可能だが……噂では今年、群れの頭領が恐ろしく凶暴であると聞いたよ。話だと、これまでに数十人負傷しているとか……。」
「……恐ろしく凶暴な馬……。」
『まさか……。』
その話を聞いて豊と冥王は、その馬が【覚醒】している可能性を考慮した。どの道、馬が必要である事は変わらない為、ふたりはカイマン指示の下、捕獲に必要な道具を用意し、野生馬が居るとされるミドリオー平原へと向かった。
途中まで馬車に同乗し、更に徒歩で平原へと向かう。爽やかな風が吹き、豊富な芝生と綺麗な小川もあり、環境が整っている。
「お、野生馬の群れだ。よし、ここでグルカニンブルを解除しておこう。冥王、格納を頼む。」
『うむ、野生動物は金属の匂いに敏感だからな。心得た。ついでに修復と分析も掛けておこう。我は離れておく。』
冥王の覇気は、意識していないと他の生物を圧倒し、萎縮する力がある。これから馬を捕まえようという現状では、その存在が不向きと言えるだろう。
豊はグルカニンブルと名無しを預け、炎剛竜のスーツと雑嚢、縄のみで、まずは小川へと向かっていった。念の為、金属の匂いを消す試みだ。
馬は警戒心が強く、神経質で臆病な生き物だ。自分が害のない存在であるとアピールしなければ、心を開く事はないだろう。
平原で草を食む野生馬達、水資源も豊富であり、ミドリオー平原には様々な動植物が見られる。
「あの中に運命の相手が居たらいいなぁ」
豊が水浴びを行いながら、楽観的に馬群を眺めていると、その真横を一筋の風が通った。
「おわぁぁぁ……。」
予期せぬ風圧に思わず仰反る豊、小川に足を取られてしまい、その場に転倒。水浸しになってしまう。
顔を拭い、風の起こった方へ目を向けると、その側には目を奪われる程に美しい、栗毛の馬が存在していた。
「綺麗だ……。」
それは一頭だけ、抜群の体格を備えており、静かに水を飲むその姿も、一枚の絵画の様に完成されていた。
豊は静かな足取りで、近付き、二馬身程距離をとってその場に立ち止まった。当然、栗毛の馬も気が付いていたが、気にせず水を飲む。
「こんにちは。いい天気だね。」
『……ぶるるっ……!』
「僕の名はユタカだ、よろしく……。」
美しい馬は左目で豊の方を確認し、視線を戻した。警戒はしている様子であり、腰に備えた捕獲用の縄を見て、少し距離をとった。
それにいち早く気付き、豊は縄を地面に落とす。
「これは失礼した。キミの様な美しい馬に縄を持って近づくのは良くなかったね。僕はここに新しい相棒を探しに来たんだ。長旅になるだろうから、出来るだけ強くて逞しい馬が望ましいんだけど……。」
豊は馬に語りかけた。人語を正しく理解する訳は無いのだが、誠意と礼儀を払ったのだ。
「さぁ、もう武器になるものは持ってないよ。確かめてみて。」
馬は豊の意図を感じ取り、鼻を寄せて匂いを確認し、腰の雑嚢を突いた。
「そうだ、これはお近付きの印に……。」
雑嚢から取り出したのは、真っ赤なリンゴである。馬は甘い物が好きだと一般的には認識されており、それは目の前の馬も例外ではなかった。
多少の警戒心を見せ、匂いを確認した後
豊の手を巻き込まない様にリンゴに齧り付いた。
「キミは優しい子だね。撫でてもいいかな?」
すると、返事をするかの様に、ふん、と鼻息を鳴らし、そっぽを向いたのである。
「よーしよし。よーしよし。」
『ぶるるっ!!』
触り方が気に入らなかったのか、馬は力強く、
鋭い後ろ蹴りを放ち、豊はそれを回避する
「良い蹴りだ。キミには是非、相棒になってほしいな。」
『ふんっ……!!』
大きな鼻息をしたその後、気分を損ねたのか、
馬は軽快な足取りで森の方へと走って行った。
「こりゃあ時間が掛かりそうだぞ……。」
いくら理想的な馬であったところで、時間が掛かり過ぎては元も子もない。長期戦が予測され、潔く諦めようかと思案を始めたその時。森の方から小さく馬の嘶きが聞こえた。
「まさか!!」
豊は急いで森へと向かった。
『キュイッ……キュイーン!!』
馬の悲痛な嘶きが森に響く。栗毛の馬は大きな網に覆われ、身動きが取れずにいる。
「オラッ!暴れるんじゃねぇ!へへっ……!大人しくしやがれ!お前はもう逃げられねぇんだよ!」
「おい!あんまり乱暴に扱うなよ!お貴族様に献上する大事な馬なんだからな!」
「分かってんだよ!この鉄網にいくら掛かったとおもってんだ!これ以上失敗は出来ねぇ!お馬ちゃん、大人しく俺たちの財産になってね♥騒いだら痛い事するぞ♥」
『キュイ……!キュイ……!』
身動きがとれない栗毛の馬は、必死に逃れようと足掻くも、鉄網の重さと大人三人がかりでの捕縛ではなす術がない。
「ゆ゛る゛ざん゛!!」
豊は手段を選ばない無粋な連中へ飛び蹴りを繰り出し、うちひとりが吹き飛ばされて気絶した。
「なんだてめぇ!何しやがる!この馬はとある貴族様ご希望の品だ!邪魔するんじゃねぇ!!」
「やかましいんじゃいっ!!寄ってたかって!!肝心の馬が!!嫌がっているだろうが!!」
問答無用で残りの悪党をボッコボコにブン殴ると、縄で縛り上げてから鉄網で拘束。
栗毛の馬を見事助け出した。
「大丈夫か、怪我してないか?」
『キュイ……!キュイーン!!』
馬は悲しい声を上げながら、酷く怯えてしまっている。人間に対して恐怖を抱いてしまったのだ。
このままでは大きな精神外傷が残ってしまう。豊は優しく語りかける事で落ち着かせようと試みた。
【ガブッ!!ガブッ!!!】
「…………。」
馬は差し出した手を噛んだが、豊は声ひとつ上げずにそれを受け入れた。傷が治りきっていない状態での噛み付きは、言葉に尽くせぬほどの激痛だったが、馬を思いやる一心で耐え切り、豊はもう一方の手で栗毛を撫でた。
「どうどう……。大丈夫だ。もうキミを怖がらせる輩はいない。安心して……。」
呼び掛けても噛み付きはなかなか離れない。
再び傷口が開き、包帯越しに血が滴り落ちる。
恐怖から噛み付いた馬も、時間の経過と共に落ち着きを取り戻し、自分の行いを認識したのか、豊の手を丁寧に舐め始めたのである。
「怖かったね……。もう大丈夫だから……。」
『がぶりっ……!』
そして、もう一度噛んだ。
「ぬわぁぁぁぁぁん!!!どおしてこんなことするのぉぉ!!」
ずっと痛みを我慢してた豊は、遂に泣き出してしまう。馬は最初から見抜いていた。
強くて優しい豊も彼本人ではあるが、本質は子供っぽくて泣き虫で、どこまでもお人好しなのだ。痛いのを我慢して笑う彼を見て、心の底を知りたかっただろう。
彼の弱さに触れ。ようやく安心したのか、栗毛を靡かせて豊に向かい、戯れつく様に擦り寄った。その顔はまるで母親の様に優しかった。




