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紅の救世主  作者: メアー
6章.世界の謎に迫れ
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39.執行者と力の責任




共に数分間呼吸を整えた後、肩を貸し合って貴族街へと足を運んでいた。


「吾輩の屋敷だ。くつろいでくれたまえ……。誰か、客人を第二湯浴み場へお連れしろ。」


豊はカムセーヌの屋敷にてもてなしを受け、そのまま一緒に食事をする流れとなった。

来客用に仕立てられた礼装を身に纏い、そのまま会食室へと案内される。




「結果は引き分けであったが、貴殿の実力、とくと味わった。我がライブラル家は実力主義。伴う者は友として扱わせて頂く。」


「何処の生まれか分からん人物への温情にしては、随分と気前が良い。」


一言交わした二人は、カムセーヌの合図でグラスを掲げた。ただの果実水だが、今はこれが両者にとってはありがたい一杯だった。



「ふぅ〜〜っ……。」


冷たい果実水で体の熱が収まりつつある中、

両者の間で長い余韻が交わされる。

先程まで全力の殴り合いをしていた者同士ではあったが、互いの実力を出し切った事で認め合い、尊重、尊敬し合える間柄となったのだ。


「人生は長く、肉体にはその人物の積み上げた歴史が刻まれている。多くの言葉を交わすよりも、より濃密に相手を知る事が可能だと、吾輩は歴代、先人から伝えられてきた。」



「結果としては良かったのだろうが、僕の実力が伴わなかったら、そのまま殺されていたよね?」



「そのつもりで仕掛けた。敬愛するイゾルデ様が認めた人物。如何なる者であるかを確かめるにはこれしか無いと思っていた。そして吾輩は正しかったのだ。ふははははっ!!」



「貴方の生き方は、豪傑の一言では語りきれませんね。」



「故に拳を交えた。吾輩は知りたかったし、吾輩を知ってほしかった。……貴殿、いや、ユタカ殿。どうか、イゾルデ様のお側に……。」



「すべての事柄が済み次第、僕はこの国を出て行くつもりです。」



「な、何故……!貴殿程の人物あれば、この国でも権力を掴めるというに……!」



「遠い異国に、家族を残してきました。帰らない訳にはいかない。」



「家……か……。そうであるな……それならば引き止める訳にもいきますまい。」


一族の存続と繁栄は、何にも代え難い事柄である。先祖が拓いた土地、培った知恵、築いた財。これらを後世に残す事は、命ある者の宿命であり、道を示し、整えてくれた先人への報謝ほうしゃでもあるのだ。




「イゾルデ殿を想う者は多いでしょう、何故余所者である僕にこの様な話を?」



「彼女は、才能と環境が揃ったが故に、インペリアルガードの称号をも授かる、気高き騎士と成りましたが、幼き頃から、自分より強い相手と出会った事がなかった。それ故に人に頼る事を良しとせず、一人で無茶をしてしまう。その様な剛の生き方ではシルヴァネール家……いや、彼女自身にいずれ限界が来てしまう。」



「貴方ではダメな理由があるのですね?」



「一度、己が身の可愛さ故に、権力に屈し、救いを求める手を払った事で、吾輩は見限られた……。彼女の心を溶かし、守り、共に歩める力を持つのは貴殿だけであろう。」



「如何に正論を申しても、道理が整わなければ行動には移せない。貴方がその時下した決断はどう言い繕っても覆らない。」



「そう……吾輩は天秤に掛け、決断をした。勇気や情では無く、打算だった。自身の後悔よりも、家の未来を選んだのです。こんな吾輩に、忠誠も、大義も、信じろなどと言う資格もございません。」



「一度の決断で、そんな事は……。」



「ユタカ殿、貴殿には度量がある。吾輩と出会った瞬間、この身の意図を見抜き、民の前で力を示し、その上で吾輩の名誉まで守ろうとした。」


「そ、そこまでの先見がある貴方が、僕に何を望むのです。」


「是非、イゾルデ様とお子をもうけて頂きたい。」






「ん?今一瞬耳が遠くなったかな……。」



「お子をもうけて下さい。」



「そんな事ある?」



「人の温もりを知り、愛を知れば人は大きく成長すると聞きます。現に我が父君も、猛将と恐れられておりましたが、母君と結ばれて以来、愛を知り、知将と呼ばれるまでに冷静で情に溢れる存在となりました。」



「愛を知る事で人として強くなるのは間違いないんだろうけど……飛躍しすぎでは……。」



「貴殿の様な男が現れる機会など、然う然う有りませぬ。イゾルデ様を貴殿の国に連れ帰るのもひとつの手かと……。いや、失礼。急な話で申し訳なかった。ささ、折角の食事が冷めてしまう前に頂くとしよう。」



「そ、そうですね!実はもう腹ペコで!」



カムセーヌの合図で料理が運ばれ始め、二人は遅い昼食を摂った。



上流騎士の家で出された料理は、どれも嗜好を凝らし、厳選された食材を山の様に積むと思われがちだが、身体が資本である事を考慮し、栄養価が偏らない様に工夫された品ばかりであった。


「(体を温める事を基礎とし、運動量を考慮した強い塩味に大量の野菜と肉……。かなり栄養学が進んでいる……。今まであまり考慮していなかったが、身分による食事の良し悪しにあまり差がない。より珍しい食材を使う事はあっても、民が必要な栄養を摂取可能な食文化が確立している……。かなり高度な文明水準と言えるかもしれない……。)」



料理とは知識であり、ある意味秘匿とされた面が残されている事が多い、しかし、この国では何を食べると体に良いのか等が知識として根付いている。


医学も科学も発達していない中で、この現象は珍しく、豊はいまいちそれに納得出来ていなかった。



「どうですかな、我が家の料理は。」



「はい、大変美味しくて驚いています。倒れる程動いた身体に染み渡る様です。」



「そうだろう、そうだろう。食前に飲んだ果実水には疲労を和らげる効果があると言う。家にはそれぞれの味があるが、我が家は親族経営の果樹園から取り寄せ、秘伝の方法で製造している。」



「(やはり、この国は食文化が異様に発達している……。文化はその地域性と生産品、政治志向によってその姿を変えるとされるが、あまりにも特化している……。娯楽の幅が少ないのか……?この違和感は一体……?)」




違和感の答えが見つからないまま食事が終わり、豊はライブラル家の蔵へと案内された。


蔵の広さは40平米程あり、高さもかなり確保された造りであった。武器を立てかける台や、鎧を収める棚、壁には無数の盾と弓弩が掛けられている。


「街の武器屋よりも大きいなんて……。」


所狭しと整理された多種多様な武具の数々は、豊の男心を存分にくすぐった。目が少年の輝きを放っており、それはカムセーヌにも見て取れた。


「さぁ、この中から好きな武器を持っていくとよい。どれも名工が鍛えた一品だ。」



どれもが目を惹く逸品である事は明白。その中でひとつ貰えるとなれば、慎重になってしまうのが人間というものだろう。


しかし、数ある武器の中で一際目を引いたのは、壁に立てかけられ、鎖に巻かれた剣であった。白を基調とし、複数の薄い青の線が記されている鞘に納められており、それは異彩を放っていた。



「……ん?この厳重に鎖で封印されている剣はなんですか?」



興味を見せた豊に対し、カムセーヌは武器の封印を壁から解き放ち、手渡した。

長さと密度から、見た目以上の重さが手に伝わる。


許可をとって試し振りを行うと、手に馴染む感覚が掴めた。その上、豊の振りに対して破損の破の字も見せぬ程に頑丈だった。


「……これは、曾祖父の時代に遺跡から出土された品ですな。使用されている物質がわからぬ上に、剣が鞘から抜けない為、長い間そのまま放置されておるのです。」


「……これ、頂くことって出来ます?」



「それは構いませぬが……鞘から抜けませんぞ?打撃武器として使うには大き過ぎる。」



「どうもこの構造、僕の見知っている武器に良く似ているのです。もしかしたら鞘から抜けるかも……。」









「お世話になりました。機会があればまたお会いする事もあるでしょう。」


「イゾルデ様の事、くれぐれもよろしくお願い申し上げます。」


カムセーヌの礼を尽くした見送りに際し、豊はどちらとも取れない笑顔を見せながら帰路に着く。


その頃には当たりは日が陰っており、繁華街は人混みで溢れていた。仕事を終えた労働者達がぞろぞろと酒場や食事処へと流れてゆく。




「この人混みを抜けるのは厳しそうだ。裏通りを通っていくしかなさそうだな。」


昼間の乱闘騒ぎもあって、豊は目立つ行動を避けた。


賑やかな表通りから脇道へと逸れ、人通りの少ない細道を使い、屋敷へ戻ろうとしていた途中、暗闇の先から人の悲鳴が響いた。



「っ!!」



豊が悲鳴のした方向に視線をやったのと同時に、路地の奥から二人の男が現れた。

息も絶え絶えになりながら、覚束ない足取りで逃げ惑い、体の複数箇所から出血が見られる。


その様子に、豊は尋常ならざる雰囲気を感じ取った。


「この奥から、殺気……!」


本来であれば、怪我人を心配するのが筋というものであるが、その場においては放たれた殺気と血の匂いが全てを支配していた。


「助けてくれぇ……!助けて……!」


倒れそうになる男性二人を受け止めると、両者の腕に黒い蹄の焼印が見えた。


「これは……回収した組織目録にあった……。確か、オルニカの末端印……。」


先日壊滅された犯罪組織、オルニカの傘下である黒の蹄。二人はその構成員である事が、豊には見て取れた。



「なんだぁテメェ……。オレの仕事を邪魔すんなよなぁ……。」


殺気と共に暗闇から現れたのは、肩に巨大な金鋸を担いだ青年だった。顔には包帯が巻かれており、闇に紛れる漆黒の装備で武装している。


「いや、邪魔するつもりは……」



そう言い掛けた瞬間、追われていた男の一人が豊を盾にし、逃亡を図った。

狭い路地で道幅が狭く、大人二人分程の余裕もない。


まんまと逃げ果せたと思いきや、金鋸の青年は恐るべき跳躍力で豊を飛び越え、構成員へと得物を振り下ろした。


うつ伏せで倒れた拍子に、背中を踏み潰し、一瞬で四肢へと攻撃を放って自由を奪う。



「駄目だぜ……駄目だよぉ……!お前ら罪人は逃げちゃならねぇ……!重ねた罪の分だけ痛みで償わなきゃならねぇだろ……!何人殺した?何人殺した!?テメェらは何人殺しやがったぁぁぁぁ!!!!」



「うギャァぁぁダァッっ!!!!」


頭に掛けた金鋸をゆっくりと引いてゆく。皮膚が裂け、血が飛び散り、肉が抉れて骨まで到達する。気を失わない様に手加減しながら、その場で金鋸の刑が執行される。


傍観していても気持ちの良いものではない。


「おい、アンタ。罪人の執行は他所でやってくれ。裏路地とはいえ、此処は市民街なんだぞ。」


石畳は血に塗れ、悲鳴が止まない中、青年は金鋸の動きを止め、こちらへと振り返る。


「テメェ……何様だコラァ……!このオレが【執行者エクスナンバーズ】だと知って口利いてんのかコラァ……!」


ズカズカと勇足で豊へと凄んでゆくが、青年はかなり小さく、並んでしまうと15センチ程差が明らかとなってしまい、必然と見上げる形となってしまう。


「テメェこの野郎!見下してんじゃねぇぞコラァ!デケェ鎧着やがって!このクソ金持ちが!!」


「なんで謂れのない罵倒を浴びせられなきゃならんのだ……。」


「うるせぇ!そっちのクソカスもさっさとこっちに渡しやがれ!」



「気の短い奴だな……。少しは話を聞いてくれてもいいのに……。」


豊は、構成員を捕まえて手渡そうとした。

次の瞬間、金鋸が頬をかすった。


「誰が【短い】だってぇ!?」



「お前の気が短いって言ったんだよ!」

構成員の襟元を掴み、青年へと投げつけると、すかさず金鋸で打ち払われ、そのまま石畳をひっくり返す程の力で叩きつけられた。


「二度も言いやがったなこの野郎ッ!!」



「特定のワードに反応して理性を無くす人種か……。厄介だな……。」



「上からオレを!!見下すんじゃねぇ!!」



「仕方ない……。付き合ってやるか……。」


意図せず、金鋸の青年との戦いに巻き込まれた豊は、複雑な心境の中、昼間のおさらいをしておこうと【天破の構え】をとった。


「南ミーシャ族のチャトラだと……。そんな蛮族の格闘術でオレとやろうってのか……!舐めるのもいい加減にしやがれッ!!」



狭い路地裏で、鋭い攻撃が放たれ、それを次々と回避してゆく。幾度も攻防が繰り返されるものの、一向に有効打は取れず、それは徐々に積もっていき、やがて


「オレを!!バカにするなぁぁぁ!!!」


完全に怒りを露わにした青年は、全身の力と遠心力を利用し、肩に担いだ金鋸を全力で振り抜いた。


来るとわかっている攻撃でも、その速さは目を見張るものがある。回避した動きから連続して距離を詰め、振り終わりに合わせた拳骨をお見舞いすると、青年の動きは明らかに鈍った。




「あがぁぁあぁぁ!!!」


拳骨から起こされた激痛は頭から首にかけて一直線に走り、足まで衝撃が抜ける程であった。この一撃で金鋸は地面へと転がり落ち、青年はその場で座り込んだ状態となった。


頭からは僅かに鮮血が滴り落ち、石畳がぽつりと赤く濡れる。


「本来は見知らぬ子供の面倒など見たりはしないが、このまま大人になる青年を想うと非常に辛いので僕は心を鬼にするぞ。」



そう一言放って豊は、青年を一方的に殴り付けた。




「自分の意思を一方的に通す事は、他人の意思を蔑ろにする行為に他ならない。」



「偉そうな小言を並べやがって!世の中は力だ!お前もそう思うからオレを殴ってるんだろう!!」



「確かに、詰まる所、世の中は暴力だ。だが、僕は今【責任のある暴力】を振るっている。」




「力に責任もクソもあるか!!弱い者は喰われて死ぬ!それだけ……だぁっ!!」


少年の頭に拳骨が振り落とされる。


「相手を痛めつけて言うことを聞かせる。これは痛みによって恐怖を擦り込み、人を支配する方法だが、僕は違う。」




「うるせぇ!お前も薄汚い大人達と変わらねぇ!!ぐがっ……!!」


豊は再び拳骨を頭の上に落とす。何度も何度も、頭に落とす。そして、数度殴られてから青年は、ひとつのことに気が付いた。


「(い、痛くはねぇ……!なんでだ!?こんなに衝撃が響いてんのに!!)」


もちろん、言葉を遮るくらいの威力はあるが、青年の命を脅かす拳骨ではなかった。

何故なら、豊が拳骨を落としているのは頭の最も硬い部分であるからだ。


「痛くねえ筈が……血だって……!」


頭から滴り落ちる鮮血を手で拭うと、それは彼の血ではなく、拳骨を繰り出している豊の血であった。カムセーヌとの戦いで負った傷口が開いたのである。



「な、なんで……!!」


何故こんな事をするのか、青年には意味が分からなかった。しかし、【血を流す痛み】は彼も知っている。



「これが、僕の【責任】だ。」



自分を諭す為、自らの手を痛めてくれる相手が居る。これは、青年に対し【自分にはその価値があるんだ】という認識をさせる意味を持っていた。


青年が相手を想いやれないのは、自分がその思いやりを向けられた経験がないからであり、【痛み】という代償を払ってまで、それを伝えようとしてくれる人物に、今まで出会ってこなかったからだ。



「アンタは、……今さっき会ったばかりの相手に……ここまでするのかよ……。」



「そうするべきだと、僕が判断した。君はものや考え方を知らないだけで、愚か者な訳じゃあない筈だ。」



「……ッ!!」



痛みが脳裏に蘇る。

飲んだくれの父親からの虐待。

それに怯え、自分を守ろうともしない母親。


愚図だ鈍間だの、日々罵声を浴びせられ、自身の価値を見出せなかった幼少期、火事で全てを失った日。差し出された手と与えられた金鋸。


教会施設で育った辛い思い出、任務で初めて人を殺めた感触。次第に消えてゆく恐怖、消えない震えと痛み。仕事を終えた時の解放感、初めて出来た仲間。初めて与えられたぬくもり。



『あなたは愚か者じゃないわ。まだ知らないだけよ。私と一緒に知っていけばいいの。そうは思わない?』


そう言ってくれた女性の事を、青年は思い出していた。



「……僕はこれで失礼する。これを機に、自分の在り方を、良く見直してみる事だ。」



豊はそのまま裏路地を抜けて屋敷へと帰っていった。取り残された青年は、頭をさすりながら膝を抱えて顔を伏せた。



「エスコシェイル……お前は……今、どこに居るんだ……!」



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