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紅の救世主  作者: メアー
6章.世界の謎に迫れ
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37.向上の口上




元老院は豊の手懐けを諦めた。この短い尋問で飼い慣らせる者ではないと悟ったのだ。


元老院の存続を左右する急所を押さえられ、不正を働いたスリークスが除名、秘密裏に終身刑となった。


本来であれば、一族郎党皆殺しという事もあり得たが、彼が犯罪に手を染める以前の功績を鑑みると共に、残された者達が一連の事件に関与していたかの調査も進めなければならない為、直接的な方法は保留となった。


表向きは病による引退と発表されるが、家の名誉を守る為の苦肉策であった事は言うまでもない。




以降、元老院は、豊の要請に応じ、権力を以ってして協力をする立場となった。


だが、彼らの諜報機関でも、神光教会からミセリコルデの居場所を引き出す事は不可能だった。それもその筈、肝心の少女は敵国、デュルクニアの手によって拐かされており、それをひた隠しにするのが精一杯だったのである。


ミセリコルデの誘拐が明るみとなり、監督不行き届きによって、神光教会の一部司祭が責任を追求され失脚。影響力を大きく削がれる事となる。


この大規模な権力推移によって、教会内の均衡は崩れ、執行者内にも影響が現れた。

清めのエスコシェイルが、神子救出へ出立してから既に一週間が経過しており、他の執行者は苛立ちを募らせている。



「エスコシェイルからの連絡はまだないのか!!」


教会内に怒号と破砕音が空虚に響く。

蹴り上げた丸テーブルは粉砕し、数多くある中のひとつがその役目を全うし、破片が床に散らばる。


怒りに髪を逆立て、感情の爆発を隠そうともしない彼に対し、仲間たちは冷ややかな横目を向けていた。


「物に当たるのは止めろ、ゼノア。あのエスコシェイルが連絡も寄越さないとなれば、最早死んだも同然だ。諦めろ。」


「そうね。グコウの言う通りよ。あの娘は真っ直ぐで良い子だった。」


柱に巨体を預け、腕を組む黒髪の男と、

椅子に腰掛け、煙管でタバコを吹かす赤い服の女。

性質の異なるふたりではあるが、喚き散らしている人物に対しての苛立ちは共通していた。



「あいつを過去にするなグロリア!まだ生きてる!エスコシェイルが!俺以外に負ける訳がねぇんだ!!」


「ゼノア、いい加減にしろ。グロリアもオレもはらわたが煮えておるのだ。大勢で……または卑怯な手を使われたに違いない……!」


このグコウと呼ばれた男の口には、歯を噛み締めた際の出血が滲み出ていた。頭の血管は太く浮き出ており、その細い目と顔の涼しさとは異なる強い怒りを内包していた。


「我が師が【影】を使って探してくれている。きっと大丈夫だよ。上手く行く筈さ、エスコシェイルは強い子だもの。さぁ、ファラリスがお茶を淹れたからみんなで飲もう。落ち着かないと何も始まらない……。」


そう言って柱の陰から現れた法衣の人物は、倒れたテーブルや椅子を起こし、皆が座れる環境を整え始める。


「……。ソウナノ。ミンナ。オチツコウヨ。オチャ……オイシイナノ……。」


一同が落ち着きを欠いた中、真鍮の甲冑を見に纏った人物が、慣れた手つきで全員分のティーカップを並べ、お茶を注ぎ始めた。


「あら……。カイデスやファラリスまで居るなんて、珍しい事もあるのね……。」


「エスコシェイル以外の執行者が集まるって事ァ、そういう事……なんだな……?」


ゼノアの一言で、この場の空気が引き締まった。誰もがあえて口にしなかった事だったからだ。


『よく集まってくれた。子供達よ。』


その場の空気はより一層低く、重くなる。

放たれる言葉には人を懐柔させる力があり、圧倒的なカリスマ性で執行者を指揮する者が、そこに音もなく現れた。


「先生!」「師匠!」「お師さん!」

「我が師!」「センセ!」

各々の言葉でその人物を呼び、歓迎する執行者達。


「センセ!オチャナノ!ノンデナノ!」


『頂くよ、ファラリス。今日も真鍮兜が似合っているね。』


「センセ、オジョウズナノ……!ファラリスイガイハ、ホメナイデホシイノ!」


『君達は私の宝だ。誰一人として、例外は居ない。』



「先生ェ!影を使ったんだろ!?奴は……!エスコシェイルは見つかったのか!?」


『それを君達に話さなくてはならないね……。エスコシェイルは……。』



【先生】と呼ばれた人物は、不意に天井の梁に目をやり、視線を執行者達へと戻した。


———————————————



執行者が一同に会する最中、紅の騎士こと

北条豊は、ある人物との再会していた。


場所は貴族街の一角にある、豪邸の応接間

参加者は上等な長椅子に腰掛け、給仕に香り立つ紅茶を注がれてから話は始まった。


「ユタカ、この度は、作戦への全面協力痛みいるよ。本来、この様な仕事は頭脳派であるわたしには荷が重かったからね。」


飄々とした様子で大仕事をこなした人物、それは嘗て、水神事件で豊と共に行動した【カイマン・ウェンリー】であった。


「叔父上直轄の任務とあらば、即刻出向かなければならないのが公職の辛いところだ。しかし、ユタカが叔父上と面識があるとは驚いたよ。」


「クラハドル殿には以前、立証や告訴の件で世話になったんだ。シルヴァネール卿のツテを辿ってね。」


豊はカイマンと協力し、ジアス国を中心に活動をしていた大規模犯罪組織【オルニカ】の中央部署を壊滅させた。


組織の構成が複雑に枝分かれしたオルニカは、司令部からの情報を複数の伝達網を経由して末端へと通達される。


それ故に、末端を切り捨てれば内部へ辿り着くことは出来ず、それがイタチごっことなってしまっていた。


それに終止符を打ったのが、冥王カイパーによる常識外れの追跡精度であり


悟られず、感知されず、同化や変身、動物への寄生すら可能な冥王の能力は、犯罪組織の中枢へ潜り込むには十分過ぎていたのだ。


組織の内部構造を引き抜いた後は、豊による外からの陽動と、冥王による内側からの殺戮によって終止符を打ったのである。


しかし、興が乗ったのか、冥王による殺戮によって重要参考人が数名、本人確認が不可能な状態で発見されたのが唯一の失敗だろう。



「当初の予定では組織幹部らを捕らえ、尋問に掛けるつもりだったが、兵士の損害が極限まで減らせた事を加味すれば、上出来と言えるだろう。幸いな事に幹部らは三人程生きていた。もう二度と悪事は働けないだろうがね。」


「僕は引き続き、ミセリコルデの足取りを探ってみる。事後処理は専門家に任せるよ。」


「キミが探している少女の行方だが、オルニカが所持していた資料の中に気になる記述が残されていたんだ。」


カイマンは複数の書類の束を取り出し、長机の上に並べてゆく。


「【重要人物名簿】……この中にミセリコルデが……?」


「いや、彼女を攫った【ペロリーノ・シャブリック】の情報が記されているんだ。かなり詳細に書かれている。どうやら彼は熱心な顧客だったらしい。資料のここを見てくれ。」


「……茶葉?」


カイマンは資料の一部を開き、開示した。

その指先には【茶葉】の文字が記されている。


「毒物の暗喩だ。この手の組織でよく使われる。中でも最高級の茶葉は無味無臭で遅効性

。王族、貴族御用達と言える。」


「奴は組織に毒物を流していたのか……。」


「あぁ、神光教会は薬学にも特化しているからね。その見返りとして組織内から【自由に動く手足】を提供していたのだろう。」



「ペロリーノと組織の関係性は見えて来たけど、これがどうミセリコルデに結び付くんだ?」


「書類の束から見つけた依頼書だ。暗号文で書かれているが、デュルクニア式暗号文で解読が出来る。」


「ここで隣国の名が出るとは……。」


「ペロリーノに彼女の存在をいち早く認識させたのは、他でもない、デュルクニアだったと言う事だ。」



この時点で豊にデュルクニア国に対する知識は薄く、情報に関連付けを行える段階ではなかった。確たる情報が見つからぬまま、仮説を立てる事も叶わず、行動のきっかけを得られずにいた。


苛立ちは無いが、焦りはあった。

如何に冥王の分身が側に付いていようとも、彼女と離れ離れになって既にかなりの時が過ぎてしまっている。



「わたしの考えでは、デュルクニア国は我が国に既に入り込んでいると睨んでいる。当然、国境という正式な道筋を使わない為、その数は限られているだろうが……。」


「国の抜け道は複数箇所存在するのか?」


カイマンは資料の上に地図を展開し、豊へ大まかな説明を行った。この大陸はジアス国とデュルクニア国の二代大国と、その周辺に存在する数多くの小国によって成り立っている。


二つの大国を結ぶ渓谷には、互いに国境砦が設けられ、石造りの大橋によって繋がっている。その上で日夜、睨み合いが行われているのが現状である。


「渓谷以外は全て大陸を分断するかのように、山脈が連なっている。大陸の【ふち】も高い山が聳えている為、海に出る事は出来ないし、例え出たとしても海流の関係で船は使えない。」


「つまりは、陸路でしか国を行き来出来ないという訳だな。」


「海路を使うくらいならば、山脈を越えたほうがまだ賢い選択と言える話だ。経路は異なるが、抜け道も複数にわたる。天然坑道に地下水脈、国を跨ぐ遺跡なども発見されているが、それらはほぼ掌握出来ていない。」


「入り放題じゃないか。」


「それが上手い事なっていてね。天然坑道なら高低差、地下水脈なら深度、遺跡は迷宮と一筋縄では行かないんだ。選ばれ者しか通過出来ないのは、こちらも同じ条件なんだよ。」



「益々意味が分からない。ジアスに入り込んだデュルクニアは、ミセリコルデをどうしたいんだ……。」



「聞くところによると、彼女は人の怪我や病気を治す特別な力を持っている。可能性は多々あるが、国の現状から察するに、彼女の力を巡った内戦を引き起こそうと企んでいるのではないだろうか。」


「薬の管理をしている神光教会に知らせたのも、企ての内であると……カイマンは考えているのか?」


「教会内でもペロリーノは野心家であったと言われていて、既に彼女の力を以てして、ガイゼリック王に取り入っているとの噂も報告されている。」


「噂か……。肝心のペロリーノは既に死亡したとされ、情報も得られなかった。目的に目処はついても、彼女への足取りが掴めなければ……。」


「管理を行っていたとされるペロリーノが殺された状況で、教会が未だに彼女を抱えているとは考え難い。デュルクニアの手によって連れ去られたと考えるのが妥当だろう。」


「問題は何処へ連れ去られたかだ。冥王、あなたの観点から何か仮説は立てられないか?」


『【余】の性質を考慮すれば、小娘の命を第一に行動するだろう。【我】とは異なり慎重派である上に周到な奴だ。敵に捕らえられているならば戦力を蓄え、逃れているならば小娘の食事と鍛錬を優先しているだろう。』



「食事……となると、強い個体……前に戦った巨大猪みたいな存在か……。」



『【冥王の因子】に適応している存在を探す可能性は極めて高い。』



「カイパーの存在を知った時は驚いたものだが、近年発生していた、獣の凶暴化における根幹がキミだったとはね。」



『正確には冥王の力を悪用している何者か、だな。我はこの地に降り立ったことが無い。それに、冥王の因子が直接、生物の細胞に影響を及ぼすわけでは無い。』



「あぁ……。因子は何者かを通して【冥王細胞】へと変質し、適応する工程があるんだったか……。僕の場合は、グルカニンブルに搭載された【紅玉】。」



『そうだ。因子の力は、余程の地力を持たぬ限り、なんらかの【フィルター】を通さなければ、生物には適応しない。進化を促す力が強過ぎるからな。』



「……話すうちに様々な疑問が新たに浮かんだが、わたしからの報告は以上となる。引き続き、ミセリコルデ嬢の捜索は行うが、この国の現状から、あまり期待はしないでくれ。わたしも公職である以上、自由に動けない。」



「わかった。色々教えてくれてありがとうカイマン。元老院からの監視がなくなった今、国を回ってみようと思う。エネルギー施設の件も進めておかないと……。」



「古代遺跡なら……そうだな。南東の火山地帯にまだ調査が進んでいない場所がある。地図に印を付けておくから、調べてみるのも手だろう。調査承諾書は三日あれば作れる。それを待っている間、わたしの邸宅で寝泊まりするといい。」


「至れり尽くせりとはこの事だな。感謝します。カイマン。」



こうして、豊達はカイマンの邸宅で三日程世話になる事にした。

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