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紅の救世主  作者: メアー
5章.暗躍と決意
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34.征服




「はぁ……はぁ……。呼吸が……もう……。」



体力消耗を打ち消す【天露の呼吸】も、発動に必要な体力を下回れば使い物にならない。


それだけ、最後の攻撃には全霊を傾けていたといえるだろう。


「心臓に毒矢を打ち込んだ。これでもダメならもう、この世界にコイツを殺せるやつは存在しない。」


ベアニトラスはピクリとも動かず、うつ伏せに倒れたままになっている。


『貴重な栄養源だ。小娘、お前が食え。負傷の治療もしなければならぬから融合は解除出来ん。』


義眼から口へと変化し、冥王が喋る。


「複合毒があるぞ!?」


『先程味見をして抗体は作った。余と小娘にこの毒は効かぬ。寧ろ力は増すだろう。【滅】』


ミセリコルデの身体を介し、冥王の放った滅炎は、あっという間にベアニトラスを丸焼きへと変化させた。


「さっきは効かなかったのに……。」


『生物は生きている限り【抵抗力】が存在する。この大熊の場合は【防炎毛】だったのだ。常にエネルギーを消費する事で火に強くなる性質を持っていた。』


「……まるで、覚醒者の能力みたい……。」


『そうだ。この大熊、僅かだが冥王因子が埋め込まれている。』


「さっきから覚醒だの因子だの、なんの話をしているんだ?」


『ちょうど良い。狩人にも話を聞こう。小娘、大熊を解体して食え。』


「いや、まだ目が見えないんですけど……」


『おぉ、そうだったな……。狩人よ。お前の出番だ。』


「まぁ、解体は得意だけどよ……。」



その後、トーマスに解体されたベアニトラスは1トンの肉の塊となり、焼肉と化した。


毒が回っていた部分も冥王が分離してから捕食し、一部を残して全て平らげる事が出来た。


「恐ろしい程の肉塊があった筈なんだが……。ははっ……。まさか、ベアニトラスを丸ごと食うとはな……。」


『どうだ小娘、【適合】したか?』


「身体の中の筋肉が凄く動いてる。どうして……?」


『複合毒と大熊肉の効果だ。詳しくは別の機会で解説する。……いや、それにしてもだ。食事が終わるまでよく行儀良く待っていたものだな。』



冥王が視線を送った先、そこにはドミニショニス【征服】が佇んでいた。


「なっ……!?」


「いつの間に……!」


『気配断ちをしているつもりだったのだろうが、貴様の様な蛇は臭いが違う。余を欺けると思っていたのか?』



「……半端な鼠風情が良く喋りますね……。闇の因子を持つ者。その痩せた状態で挑発など、愚策ではないのですか?」



『ほう……。余を何者か、理解しておるのか……。』


視線を合わせる両者の空間が、ズシリと重たく変異する。それは強者同士が放つ威圧からくるものであり、それに巻き込まれたふたりは息を詰まらせた。



「……力を分けた今の貴方に興味はありません。それと、寵愛の神子にもね。……どうでしたか?与奪は……、彼女の力を引き出せたでしょうか?」


「……ッ!」


その言葉にミセリコルデは察した。

与奪を差し向けたのは、この人物であると。


『頼んでもいないのに小娘は強くなったさ。貴様らは何の目的の為に此奴を狙う。』


「さぁ……なんででしょうね……。【庇護】や【超越】……【支配】なんかは彼女の事を大事そうに話していたけど……。ワタクシは知らない。」


征服は心底興味がない様な素振りをしている。法衣を正したり、自身の爪のゴミを取ったりと、振る舞いは至って自由だ。


「折角、デュルクニア国がイグレジアスとしての形になってきたと言う矢先に……。自身の範疇を超える欲は身を滅ぼすというのを痛感致しました。本日、ワタクシらはこれにて失礼致します。」


ミセリコルデは心底、征服を引き留めて情報を吐かせたかったが、怪我と疲労の具合を鑑みて口を噤む。


『そうだ、それが正しい……。』


念話で送られる冥王の意思。

この瞬間だけ、ふたりは打算的になった。

万全でない今、未知の相手に対して戦いを挑むなど、あってはならない愚行だからだ。


「お前達の所為で、多くの人が亡くなった!犠牲とも呼べない、ただの無駄死にだ!」


しかし、ここで打算的になれない男もいた。

トーマスは怒りや無念から、一矢報いようとクロスボウを征服へと向けた。


「『武器をおろしたまえ、狩人』そう死に急ぐこともあるまい。」


征服の放った言葉が、まるで質量を持ったかの様に、ねっとりと纏わりつく。

トーマスの構えたクロスボウはゆっくりと下され、彼の意志は徐々に塗りつぶされてゆく。


「……ぐぐっ!腕が……言うことを聞かねぇ!なんだこりゃあ!!」


「改めて自己紹介しておこう。ワタクシは【征服】のドミニショニス。他の意識を操作し、困難をあざける者。また何処かで……。」



征服が踵を返し、森深くへと向かうと、

数秒もしないうちに重苦しい威圧感が消えた。脅威は去ったのだ。


その後は、トーマスと共に、逸れてしまった村人と大怪鳥の卵を回収し、麓の村へと帰還する事となる。




ベアニトラスによる被害は全て、山狩りを行った男性達であり、村全体のおよそ半分にのぼった。


操られていた人々は、その全てが当時の記憶を無くしており、発見時は意識が朦朧としていて、何故この様な事態に陥ったのか、全く理解出来ていなかった。


原因も不鮮明なまま、村民の約半分が命を落とした現実に、誰もが絶望し、瞳を曇らせた。


怒りの矛先は宙に浮き、何も解決しないまま、ベアニトラスに襲われて亡くなった人達の弔いが行われた。


この件は後に国の機関によって、詳しく調査される事になるだろう。

しかし、重要人物であった与奪は死に、ベアニトラスも身体の一部を残して、全て冥王が取り込んでいた為、トーマスが持ち帰った熊の手を証拠として、大規模な獣害で処理される事だろう。


この場でミセリコルデが姿を表し、証人となる訳にもいかない為、ふたりはトーマスの案内によって山小屋でその身を隠す事となった。


こうして、雪被り山の惨劇は幕を下ろした。




「与奪による被害……大きかったね……。」


『奴の侵食術……いや、奴らの言葉でいうなれば【冥刻魔法】……。【与奪】。対象から奪い、与える力か……。村人の様子やこれまでの情報を統括すると、人々の意識を奪い、配下に置いていた野盗集団、【黒の蹄】を村に紛れ込ませていた様だな。』


「俺の知らないうちに移民が入ってきたのは知っていたが……まさか、野盗だったとは……。あの被害で村の男達は半分になってしまった……。」


「野盗達がわたし達を襲ったのはともかくとして、何故、村の男達も与奪に従っていたのかな……。」


『それも【与奪】の力やもしれぬな。意識が朦朧とする中、集団行動をとる生き物は、数とその場の空気に呑まれる事が多い。それを利用されたと考えれば、一応の納得がゆく。』


「デュルクニアに、イグレジアス。金の大鷲と冥王イウオール……。まだ分からないことだらけだ……。」



「お嬢ちゃん、何か、おれに出来る事はないか?」


トーマスの放った一言は、非常に抽象的であり、的を得ていなかったが、この男の不器用さと誠実さを物語っていた。

村人の無惨な死は、彼の心に大きな傷を残してしまったのだと、容易に想像がつく。


「ごめんなさいトム。わたしから何か言えれば良かったんだけれど……。これからについては……。」


唯一、彼女自身が狙われる手掛かりであった、金の大鷲を取り逃した事で、次の一手を見失ってしまった。


『……では、小娘の身体を維持する為、各地で強い個体を取り込もう。余もまだ力が戻っておらぬ。【我】やユタカと合流するのも手だが、彼奴らはジアス国の中心にいる。先に誰にも負けぬ強さが必要だ。』


「それなら、おれが案内しよう。昔は国を回って傭兵稼業をしていたからアテはあるんだ。」


「いいの?トム。また狙われるかも知れないのに……。」


「構わないさ。さっき貰った報酬が有れば、おれは人生を大きくやり直せる。その切っ掛けを作ってくれたお嬢ちゃん達に報いるのが、おれの出来る事だと思うんだ。」


当初、飄々とした印象だったトーマスは、義理堅く、実に真面目な男であった。

この申し出は、村人達を救えなかった自分の不甲斐なさ、失態を、別の形で取り返してゆこうという決意の現れだった。


ミセリコルデはその人間性を信じ、旅の同行を了承した。





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