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紅の救世主  作者: メアー
5章.暗躍と決意
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33.満たされぬもの


  

一旦小屋へと戻った3人は

休息および、情報の共有を行っていた。



『【天露の呼吸】によって小娘は死を免れた。しかし、問題はこれからだ。』


ミセリコルデの命が繋がった事で、ヴェルトは再び、ネズミ形態へと移行している。


「もう1人のドミニショニスが、まだこの山の中に居るんだね……。それに猛獣まで……。」


暖炉の大きな火がパチパチと音を立て、部屋の中に暖を広げてゆく。全員は寒さによって失った体の感覚を、徐々に取り戻しつつあった。


「お嬢ちゃんの話を聞いた限りだと、村人を操っていた悪者は死んだんだろ。あのままだと、みんなベアニトラスに喰われちまう。なんとかしてやりたいんだが……。」


『狩人よ。あの巨大な猛獣は、それ程までに厄介な生物なのか?』



「あぁ、ベアニトラスはこの山で1番凶暴な肉食獣だ。本来猟師が徒党を組んで討伐する獲物であり、火も人も恐れず、あの大怪鳥、ガルデルダにすら向かってゆく事もある。その上、人間の味を憶えたのであれば、際限なく食料にして回るだろう。」



「あっ、動いた。」


思案を巡らせる中、ミセリコルデは大怪鳥の卵を持ち帰り、人肌で温めていた。


「しっかし……。大怪鳥の卵、おれは初めて見たけど……。やっぱり大きいんだなぁ。」


『小娘。その卵が孵ったらどうするつもりだ。』


「先の事は考えてないよ。わたしはこの子の迫力に、ただ負けただけだから。」




卵は未だ脈動を続けているが、現在の環境では、長時間、満足のいく暖が確保出来ない。


「仮に大怪鳥がここで生まれたとしても、外には危険要素が残っている。ベアニトラスや怪しい集団も野放しだ。手を打たなければ、おれ達も危ないだろう。」


『確かに、小娘が【天露の呼吸】を使った所でその場凌ぎにしかならぬし、暖の問題もある。余の焔にも燃料が不可欠、長期戦は厳しいだろう。』


「それに、村の人達。与奪の力から逃れられたなら……助けてあげなきゃ。」



「あの村が全滅すれば、セントジアスに大きな資源と食料の問題が発生する。それだけは阻止しなければ。」


トーマスの言葉に、ヴェルトは少し納得した様な素振りを見せた。


『中央に経済的な打撃を与える……か。どちらに転んでも……という訳だな……。ならば、火急である大熊を仕留めよう。それで良いな?小娘。』


「わかりました。金の大鷲はいずれ……。」


『小娘、革鎧の代わりを出してやる。そんな装備では心許ないだろう。』


「ありがとう、ヴェルト。」




卵を残し、3人は再び山へと繰り出した。

トーマス先導のもと、形跡を辿りながら山の奥深くへと突き進む事しばらく。


ベアニトラスと鉢合わせた地点まで戻ることが出来たが、そこは既に地獄と化していた。

人々が逃げ惑った跡、夥しい量の血飛沫、埋められた村人。気分を害するには十分と言える惨状である。


「ベアニトラスが食い切れずに埋めたんだな……。ざっと見て5つ……。むごい……。」


『この様子では残りも時間の問題だ……。むっ、この死体……。蹄の焼印か……。』


中には野盗の死骸も含まれており、【食べ残し】の一部には、それらしい物も含まれていた。


「この人まだ息がある!!」


変わり果てた村人達の姿に、衝撃を受けている最中、死体の山に紛れ、まだ息のある村人を、ミセリコルデが発見した。彼は下半身が雪に埋もれ、身動きが取れないでいた。


「おい!何があった!詳しく話せ!」


トーマスが生き埋めとなった村人を抱え上げるが、ベアニトラスの大爪によって腹部が抉られており、内臓が溢れ、唇も紫色になっていた。


『こうなっては活性では助からん。治癒するだけの体力が、こやつには残っていない。』


「……酷い傷……きっと、物凄い力で引き裂いたんだ……。」



「おい!お前達の仇は討ってやる!ベアニトラスはどっちへ行った!」


必死に呼びかけると、村人は残された力を振り絞った。震えながら茂みへと指を刺し、そのままゆっくりと事切れた。



「ベアニトラス……!こうなっては、これを……【大型獣専用猛毒】を使うしかあるまい……!」


雑嚢から取り出されたのは、緩衝材等で厳重に封をされた小瓶であった。


『それならあの大熊は死ぬのか?』



「あぁ、威力は何度かの実戦で確かめている。複合毒な為、取り扱いが難しく、解毒方法が無いのが弱点だな。」


『どれ、ひとくち寄越せ。』


「わっ!何をする!」


ヴェルトが、小瓶から一滴の猛毒を採取し、分析を図る。


『ほう……これは愉快な……。』


一滴の毒から得られた知識は、冥王の目に適った。歯をむき出しにして喜びを表す彼に、誰も言葉をかける事は出来なかった。



引き続き痕跡を辿ると、血の道は山奥の洞窟へと繋がっており、猛獣特有の物々しい空気と、むせ返るような鉄の臭いが入り口から漂ってくる。


『この際、効率を考慮して、入口を塞ぎ、生き埋めというのはどうだ?』


「ベアニトラスの姿を直接見ていない状況で、それは軽率だ。下手に傷付けるのはかえって逆効果となる。奴の特性は、怒りによって力を数倍にしてしまう。おれとしては、それだけは避けたい。」


『確かに……。出入り口が此処だけとも限らぬしな……。作戦はどうする?』


「本来なら時間をかけて落とし穴や罠を仕掛けるんだが、それが望めない。だとすれば注意を引きつけて、毒のボルト矢を撃ち込むしか方法は無いだろう。」


『では、作戦を……』


現状可能な事は限られている。ヴェルトは持ち前の頭脳で討伐成功率が一番高い作戦を考案していたのだが、それを披露する機会は失われた。



『ゴァァァァァァァッッ!!!』


洞窟内から巨大な咆哮が放たれ、

その衝撃波で全員が数歩よろけてしまった。


「おれたちの気配を嗅ぎつけたようだ。もう覚悟を決めて戦うしかない。奴の気を引いてくれ!」

トーマスが毒のボルト矢を装填し、茂みに身を隠す。



『小娘、体調はどうだ?【ヴェルトモード】は可能か?』


「無理。力に振り回されて吐いちゃう。」


『吐くのだけはやめろ。体力が減る。常に呼吸を意識して立ち回れ。なぁに……先程目視した限り、研究所で戦った奴よりは弱……。』



ズンッッッ!!!


薄暗い洞窟から姿を表した【それ】はたった一歩で冥王の認識を改めさせた。

真っ白な剛毛を逆立て、殺気を放っており、全長は初見よりも一回り大きい。


『ほう……毛並みに艶が出ている……。腹一杯食ったってところか……。』


ほんの短期間で変異したベアニトラスを、藪越しに確認したトーマスは、一瞬言葉を失ってしまった。それ程までに、対峙した個体は規格外だったのだ。


「おいおい……さっきのデカさで空腹状態だったってのか……。」


無意識に震える腕を勇気で押さえ付け、トーマスは呼吸を殺してクロスボウを構えた。


「この分厚い毛皮と肉体だと、剣は通らないかも知れない。ヴェルト。何か手段は!?」


大熊はミセリコルデに対し、獲物と見定めて突進してきた。その姿はまるで大型重機、降り積もった雪を跳ね飛ばし、速度を落とす事なく向かってくる。


人を襲ったベアニトラスは、既に人間の弱さを理解している。その上味も知った。

彼らにとって、弱くて食いごたえのある生物は、喜ばしい存在なのだ。


しかし、そんな驕りも一手でひっくり返る。


『まずは手始めだ。』


冥王が大きく息を吸い、【滅】を広範囲に吐き出した。

紫炎は大熊へと襲い掛かり、周囲を巻き込んで轟々と燃え上がる。


『グオオオォオォッッ!!』


断末魔でも悲鳴でもない高らかな咆哮。

次の瞬間、ベアニトラスは足を止めたが、両手を恐るべき速度でめちゃくちゃに振り回し、【滅】を振り解いたのである。


『……風圧でここまでやるとは。』


ベアニトラスも生物である以上、炎が全く効かない訳ではない。しかし、全身の毛が防炎である上に、山の気温が低く、さらには積雪の所為で炎の勢いが弱まっているのだ。


だが、これが効いた。

油断していたベアニトラスは、相手をただの食料から、抵抗する食料へと改めたのだ。

その為、視線、意識は必然とミセリコルデと冥王ヴェルトへと注がれる。


『連戦の所為で【滅】の威力が下がっている……。しかし、十分に引き寄せる事は出来た。』



「……っ!!」


冥王の目論見を察して、ミセリコルデは大きく剣を構え直す。それを合図と悟り、トーマスは死角から毒のボルト矢を射出した。


しかし、足を止め、紫炎を振り払っていたベアニトラスは、飛んできたボルト矢を打ち落としてしまう。


「なっ……!」


運命の悪戯か、矢の速度と振り払われた剛腕の角度などが合致し、必殺の毒矢は弾かれてしまった。


しくじる要素は殆ど無く、トーマスも狩人としての腕は最適であった。にも関わらず、この土壇場で失敗したのだ。


「……!」


大型クロスボウによる、毒矢の再装填には時間が掛かる。

ミセリコルデと冥王は、最悪の場面も考慮しつつ、戦いに臨まねばならない。


『小娘!【共感】だ!』


「はい!」


ふたりは即座に融合を果たし、【共感性高速処理】を駆使してベアニトラスに立ち向かった。


如何に脳の処理速度が上がろうとも、相手の生物的な速度は、人間を遥かに上回っている。


ふたりは初動の角度などを頼りに、予測によって攻撃を回避しているに過ぎない。


「速過ぎて攻撃に回れない……!」


『防御と呼吸に専念しろ!情報処理は余が受け持つ!なるべく耐えて隙を見つけるのだ!』


剛腕による腕の一振り一振りが必殺の威力を秘めている。それ故にまともに受ける事は叶わない。

「まるで竜巻……!技を繰り出す時間がない……!」



至近距離なら腕を振り回し、距離を取れば突進してくる。攻撃は全て受け流しで回避するが、乱打は一向に収まる気配がない。


力の方向や角度を、受け流しによって変更しようにも、地力に差があり過ぎる。

如何に訓練を積んでいても、ミセリコルデは武術や剣術の達人ではない。


そして相手との身長差が、とてつもない重圧となって体力を削り取る。

もちろん、身体を大きく逸らしたり、躱したりする事も出来るだろうが、回避の動作が大きいと体力が多く削られる上、足運びで回避が失敗する可能性も出てくる。


だが、相手も獲物と対峙した際に、ここまで粘られた経験は無い。


当たらない攻撃と苛立ちが積み重なり、攻撃は大きくなり、徐々に息が切れてゆく。


「ここだ!」


ベアニトラスの大振り攻撃に対し、剣を滑り込ませる様に振り抜く。

物体を切るときに必要な要素は、何よりも速度。それと接地面と角度による摩擦力である。


山賊、与奪戦を経て身に付けた、滑る様な斬撃は、着実にミセリコルデの技として成立した。


サビュッ!!


斬り落としたのは前脚。熊の手である。

ベアニトラスは信じられないものを見ている様子で、激痛によって怯んだ。


自分より遥かに小さい生物に前脚を斬り落とされるなど、想像したこともないだろう。

悲痛な鳴き声をあげ、戦意は削がれてゆき、逃げようと方向転換を試みた際。


大熊はその巨躯を硬直させ、全身から蒸気が噴き上がった。


『いかん!小娘!喉!』



「はいっ!」


判断が早い。ミセリコルデは剣を両手にしっかりと握りしめ、膂力を振り絞り、ベアニトラスの喉へと刺突を抉り込んだ。


共感性高速処理の効果で、無駄なく的確に刀身が喉元へとめり込んだ。体毛と筋肉繊維を掻き分け、呼吸器に甚大な被害を与える。



その上で、ベアニトラスは、【咆哮】を放った。痛みに対して抵抗力があるなどと言う、そんな低次元の話ではない。


破壊された器官を酷使するなど、自棄にも等しい行動である。


しかし、その自棄が、捨身とも言える行動が、ミセリコルデを吹き飛ばし、甚大な負傷を与える事となる。


「何も……見えない……!」


至近距離からの爆音と衝撃による、

一時的な突発性の失明と難聴。

目と耳からの出血。暗闇の恐怖。

ミセリコルデの不安は全身に連鎖し、

身体の動きを鈍らせる。


『落ち着け、命令系統は余が操作する。案ずるな。奴とて瀕死、小娘は変わらず呼吸を整え、動作に集中するのだ。』


融合し、感覚を共有しているヴェルトは、自身の細胞を構築し、【新たな目】を作り上げ、それを眼球の上に展開し、代用したのだ。


『急拵えではひとつが限界か……!小娘、神経伝達の都合上、貴様に義眼からの情報を伝える事は出来ぬ。余の思考を信じて動け!』



「はい!」


冥王の義眼が大きく見開き、眼球が素早く情報を捉えた。


ベアニトラスの放った苦し紛れの大振りは、ミセリコルデの左上から右下に向かって振り抜かれるだろう。


それを冥王の義眼と、共感性高速処理で捉え運動神経へと伝達。速度と体重を十分に乗せた反撃を行う。




サジュッッ!!


『グオオオォオォッッ!!!!』


もう片方の熊の手を切断し、勝負は決まったかに思えたが、未だベアニトラスの殺気は衰えていない。


それどころか、命の危機を感じ取り、更に凶暴性が増している。



「まだ倒れないの……!」


大熊の異常な耐久力と威圧感に、ふたりの体力も限界が近づいていた。最早何をしてもこの生物は死なないのではないだろうか、そんな不安すら湧き上がってくる。


『ぐっ……後、一押しだというのに……!』


両手の武器を奪われた大熊は、残された武器、強靭な顎と牙で襲い掛かる。



バシュッッ!!!



クロスボウによる発射音が響き、毒矢はベアニトラスの背中へと撃ち込まれた。



「これでダメなら!!もう無理だぞ!!」



トーマスの放った矢は見事、大熊の心臓を深く貫いていた。


ズズゥン!と大きな音が山にこだまし、

その様子を遠くから紫紺の瞳が捉えていた。

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