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紅の救世主  作者: メアー
5章.暗躍と決意
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31.与奪




ひとり見晴台の拠点に残ったミセリコルデは、少ない食料から料理を作り、腹を満たしていた。


「すごい……この小屋の作り、排煙処理が遠くにあるんだ……。」


小屋の煙突は地中を経由し、複数に枝分かれして森に分散している。更に、排煙部には擬態が施されている為、煙を分散させ、冷やす事で、現在地を割り出されない作りになっているのだった。


煙の滞留部を設ける構造としては、

1951年、ベトナム兵によって考案された、

ホワン・カム・ストーブに似ているだろう。


「少しでも体力を取り戻さないと……。」


温めた握り飯と干し肉にかぶりつき、咀嚼するも、その気分は一向に晴れない。

窓から見える森の様子を反映したかの様だ。


「ふう……。」


食事も半ば、ふと溜息が漏れた瞬間、突如として、彼女の脳内でフラッシュバックが起こった。


「つぅ……!」


急激な痛みにより目の中が点滅し、耳鳴りが続く。繰り返される強い光と、目の奥に走る感覚が数度続き、しばらくして治まる。


己のものとは異なる記憶が読み込まれた時、自身は既に人間とは違う生き物になってしまったのだと、思い出してしまう。


その時に甦った記憶は、エスコシェイルのものであった。


知らない顔の男が、自分に微笑み掛けている。再吸収を行った為か、その内容は欠落していて曖昧なものであったが、エスコシェイルが抱いていた感情は、胸の熱くなるものである事は理解出来た。


「この人が……、バウロン卿……?」


ミセリコルデは彼女とは短い付き合いであり、然程会話を交わした回数も多くない。


唯一、彼女が話してくれた身の上話が、最初で最後であった為、記憶が関連性を付けてバウロン卿の顔が思い浮かんだのだ。


「でも、どうして突然……。ダメだ、気持ち悪い……。冷たい空気を……。」


あまりの不調から吐き気が我慢ができず、ミセリコルデは見張り台の小屋から外に出た。


一度の呼吸で、凍てつく空気が肺まで達し、熱った体が急激に冷えてゆく。


雪山で体温を失うことは、本来ならば危険な行為ではあるが、吐き気を伴う現状であれば、この冷たさは最適解と言える。



「はぁ……。はぁ……。」


吐き気を堪え、食べた物を戻さない様に努めるミセリコルデは、しばし時間を使って呼吸を整えた。


小屋の中へと戻ろうと踵をかえす際、風の音に紛れ、音とも呼べない様な、微弱な振動を感じ取った。


奇妙な、後ろ髪を引かれる感覚へと陥ったミセリコルデは、周囲の安全を確立させる為、音のした方角を探索する事にした。


「やっぱり、気になると落ち着かない。」


勿論それなりのリスクはあるだろうが、

正体が掴めない不安こそ、今の彼女にとって、精神的な負荷になり得る。


「やっぱり、ヴェルトと融合してから感覚が鋭くなった様な気がする……。」


肉体の強化に伴い、感覚の強化も日を重ねる毎に増している。通常、強い個体へと成長するのは喜ばしい事ではあるが、それ故に必要とする栄養価も多くなる。


食事の量と回数が多くなっているのは、その為でもあり、冥王による、治療から来る飢餓の効果は、この時点ではほぼ薄れていた。


「確か……こっちから音の様なものが……。」


小屋から離れる事数分、引き寄せられる様に辿り着いたのは、雪崩の跡地であった。


膨大な量の雪が雪崩となって押し寄せ、多くの木々を巻き込んで倒したのだろう。

その規模は大きく、少なくとも100本以上の大木が雪の圧力に屈していた。


「まさか、この中から?」


雪の中に耳を澄ませると、風の音とは別に、

微弱な振動を感じ取ることができた。


「……ここだ……と思うけど……。」


ミセリコルデは剣の鞘をスコップの代わりとして、その場の雪を掘った。


そしてすぐに、雪の下から頭のない大怪鳥の死体が折り畳まれた状態現れたのである。


「雪の中なのにまだ、温かい……。まさか、これが……?いや、頭が潰れているから確実に死んでる……。じゃあなんで……。」


その答えはすぐにわかった。

大怪鳥の死体が、体躯を折り曲げた状態で、後生大事に抱えていたものがあったのだ。


「おおきな……卵……?大怪鳥の?」


人の頭程ある巨大な卵。

それは大怪鳥ガルデルダが後世に残した希望のひとつであった。


頭を無くし、雪に埋もれながらも、生き残る可能性に全て賭け、極厚の羽根で熱を守り続けた親鳥と、雪の中で生き延びていた卵。


ミセリコルデは、親鳥の執念にも似た強い愛を、この卵に見出し、それと同時に、生きる為の糧として適切かどうか、判断に悩んでいた。


「……。」


『迷っていらっしゃいますねぇ、闇の神子様。』


「……!!」



なんの前触れもなく、陽炎の様に現れた人物は、紫紺しこんを何度も染め、黒により近い紫、濃色こきいろの法衣を纏っていた。


首から下げている美しい宝石は26に及び、そのひとつひとつが経済を揺るがす程の価値を秘めている。


『驚きましたか?驚きましたね?ふふ、ワタクチの気配断ちも中々……まるで野生動物……まさに、【鼬鼠イタチの様な気配断ち】ですね……。』


「紫色の法衣……、ドミニショニス……。」


『おや、ワタクチ達をご存知でしたか。我々の本質は闇であり影、常に目立たず、認識されぬもの……心掛けたるは【過激な所作は影ゆえに加減すべし】』


「あなた達の目的はなんなの!?どうしてわたしを付け回すの!?」


『ワタクチが、貴女を狙ったのは初めてですが……、すんすん……。この気配は【庇護】……!……奴もこの国に来ていたのですか……。【庇護など非合理極まりない】』


「話す気はあるの!?」


『お黙りなさいな、闇の神子様。ワタクチのドミニショニスは【与奪】。【庇護】などとは比べるのも畏れ多い、真意に最も近い存在なのですよ。ワタクチの【与奪】で、恐怖に……!……ドン底に……!違うわね……震えて……!』



「……【与奪で身の毛もよだつ】?」



『お黙りなさいな!!!!!』


ミセリコルデの一言が、与奪の琴線に触れた。彼は言葉遊びを阻害される事に対し、耐性が著しく欠落していた。


自分を押さえつける筈の両手は、一旦抑え込んだ与奪自身の肩を、驚異的な握力で抉り取り、そのままの勢いで、ミセリコルデへと襲い掛かった。


「くっ……!!」


激しく鳴り響く金属音と、長く弾けた火花。

素早く引き抜いた剣によって、与奪の攻撃は防がれた。それによって狂人の得物の正体が、鉤鉄甲である事が判明する。


ミセリコルデは、剣筋、軌道を大きくする事で、攻撃の範囲を拡大させ、与奪に牽制を仕掛けた。


それによって、濃色の法衣は激しく旗めき、行われた跳躍によって、大股五歩分の間合いが生まれた。



『ワタクチのっ!向上心をっ!横から!掻っ攫うなど!あってはならないっ!正統なワタクチの権利を!意思を!誰にも!阻害!蹂躙!奪われてはいけないのだっ!!』


足場の不安定な雪原を、滑るかの様な足捌きで蛇行し、ミセリコルデへと襲い掛かる。


上下左右、視界の外、認識の死角

力押しでない技術の猛攻によって、

少女の剣はじわりと押さえ付けられる。



『闇の神子であろうとも、所詮は小娘に過ぎぬ!如何に闇の寵愛を受けようとも!ワタクチの敵ではないのよぉ!!』


「あなた達はっ、わたしを守るのが、目的ではないの!?」


『【有象無象のドミニショニス】など、知ったことではない!!命の求めるままに活路を見出す事こそ、我らが真髄!欲望のドミニショニス!!』


エスコシェイルの細胞に残された記憶が、電気信号となって筋肉を適切な動作へと導く。


超近接での変則的な乱撃は、彼女を苦しめるものであったが、逆に与奪の自力の底を知る事となった。



『【奪う】ぅ!!』


与奪が放った掌底。先程の鉤爪とは異なる攻撃ではあるが、掌に纏った異様なる空気。

それを察して、ミセリコルデは大きく回避を行った。


『寄越せ!寄越せ!寄越せぇ!!』

尚も止まない掌打の連撃。

その中のひとつが、回避後の身体に触れる。


【バチィン!!】


その瞬間。意識が吹き飛ぶ程の強い衝撃が、互いを弾き飛ばしたのである。

異常な現象の有り様に、与奪だけが理解を示していた。


『そう……。その力、手放す事は出来ない……という訳ね……。ならば!!』


与奪は再び鉤爪での攻撃へと切り替え、

巧みな足捌きで戦場を駆ける。

習熟された澱みなき技術は、素人相手を屠るに十分な出来栄えと言えるだろう。


しかし、それはこの戦いの中で何度も見せている。


ミセリコルデは、相手の攻撃が繰り出されるのと同時に半歩、わざと後ろへと下がり、相手の間合いと感覚に穴を開けた。


「ありがとう、エスコシェイル。」


感謝と同時に放った突き、それは追撃の蛇行攻撃における、初期動作に入っていた与奪に対して有効だった。


防戦一方と思われていた矢先の反撃は、相手の虚を、文字通り突いたのだ。


「よし……!」


『なにが、【よし】なのかしらぁ!』


与奪は、一瞬、その顔に戸惑いを浮かべた後、歯を剥き出しにして笑い、剣が肩に突き刺さった状態から

【更に突き進み】自分の傷を深くした。


「な、なんで!?」


『わからないでしょうとも。大いなる寵愛を受けているあなたの様な甘ちゃんにはねぇ!【与える】っ!!』


与奪が鍵となる言葉を言い放ち、振りかぶった右掌で、ミセリコルデを大きく突き飛ばした。

その瞬間、目に見えない不確かな力が、一点へと集約し



【ミセリコルデの肩から鮮血が噴き出した】




「あぁぁあぁっ!!」


受けた衝撃の強さによって、

ミセリコルデは大きく後ろへと跳躍を余儀なくされ、咄嗟に負傷箇所を手で押さえる。


その傷はまさに【自身が与奪に与えた負傷そのもの】であった。


刺突によって深く抉れた傷口は、

冥王の細胞であっても即座には塞がらない。


「なんで、こんな事が……!」


勝ち誇る様に与奪の口角は上がる。


『くふふ……!知らないのも無理はないわね。我らドミニショニスは、その名前に因んだ【冥刻魔法めいこくまほう】を授けられているのよ。』



「冥刻魔法……。まさか、教会で司教達が言っていた……。それが正しい名前……。」


『今まで、冥刻魔法で屠って来た有象無象達、それらはワタクチに力を齎してくれた。この鉄の爪も、膂力も、宝石も!闘い方も!生き方も!立場も!権力も!全部!全部奪ってやったものだ!!!えへ!えへ、えへへへへへへ!』


一通り激情を吐き出し、一呼吸挟んだ与奪は

歓喜に満ちた瞳でミセリコルデを見据えた。



『ワタクチの【与奪】に加え、あなたの持ってる寵愛……。このふたつの力が合わされば!ワタクチは人の器を超越し、より完璧な存在へと!登り詰めるのよぉ!』


大きく前方へと繰り出された与奪の跳躍は、

剣を構え直したミセリコルデとの距離を

一呼吸もせぬうちに無くした。


その並外れた膂力を解決せねば、戦闘経験の浅い彼女が、やがて追い詰められるのは明らかであった。


「(ならば、狙いは足!)」


『視線が読み易く考えが単純!!』


与奪は、ミセリコルデの目線から、考えを即座に察知し、攻撃の手を増やした。

これでは防御をするだけで彼女の手は塞がってしまう。


その上、身体を覆う濃色の法衣は、足運びや動きなどを完全に隠してしまっている。


「(ならば……!)」


法衣に対して勢いよく剣を滑らせるも、刃先は力の分散によって流れ、法衣は斬れなかった。


『この法衣には【ヘルミナの鋼糸】がたっぷり織り込まれているわ……!あなたのへっぴり腰と鈍剣ではしっかりと斬ることは出来ない……。さっきの刺突は、アタクチの油断……うっかりから攻撃を許したけど、もう容赦はしないのよ……。』


体重を乗せた刺突は通っても、小手先の斬撃では刃は通らない。


これによってミセリコルデは、

攻撃手段に多くの制限を強いられる。


彼女の左肩に残された深い刺突傷、

それは、戦闘中に完治する様なものではなかった。


「(どうして、与奪は怪我をしたまま平然と武器を振っているの……?)」


自身が負った傷の深さを思えば、その思考に辿り着くのは難しくない。

考えている間も、容赦なく鉄の鉤爪が剣の耐久度を削ってゆく。


エスコシェイルの記憶から発せられる肉体の動きも、まだ未熟な身体では完全に再現しきれないでいる。


「(これ程まで、実戦の経験差が出るなんて……!)」


傷の治療と、エスコシェイルの体捌きを両立させる事は困難であり、ミセリコルデの持つ身体のリソース、脳の処理能力に限界が近づいていた。


鉄の鉤爪が変則的な軌道を描き、革の装備を剥ぎ取ってゆく、果実の薄皮を剥く様に、徐々にミセリコルデは守りを失い、

遂には、攻撃の圧によって弾き飛ばされ、雪の上に膝をついてしまう。


『死ぬぇ!!』


それを好機と見た与奪は、憎悪、怨嗟を含んだ右手からの一撃を、頭頂部目掛けて振り下ろした。


「うぉおうり゛ぁぁぁ!!」


放たれた振り下ろしには、乱撃により十分な加速が備わっており、力みからか、ほんの僅かに大振りであった。

そして、反撃に対し、余りにも無力だった。


姿勢を更に低くして、頭への攻撃を寸前の所で回避し、不安定な足場で爆発的な跳躍を行い、放たれたのは【跳び膝蹴り】であった。


【鷹蹴連撃・伊國】

記憶より引き出された、エスコシェイルが最も得意とした体術のひとつである。


伊國が与奪の顎を貫き、脳を縦に揺らす。

痛みによって明確となった【負傷】は、

与奪の脳に何が起こったのかを刻み込む。



小柄なミセリコルデが膝をついて、更に姿勢を引くした事によって、与奪は万物の弱点である【頭】を【意図的に狙わされた】のだ。


弱点への追撃は戦闘において常識であり、

常套である。それ故に抗えない心理だった。


しかし、頭とは標的としてはとても小さい部位である。それを狙ったとなれば、攻撃が来ると分かっているならば、回避の難易度は数段に容易くなると言えるだろう。


ミセリコルデは、エスコシェイルの行って来た戦いの記憶を呼び覚まし、この場で習得、再現しているのだった。


そして、鷹蹴連撃の真髄は、飛び膝蹴りからの武器による追加攻撃に他ならない。


顎を撃ち抜き、顔が上がった所へ、間を開けずに剣を振り抜いた。しかし、首を狙った攻撃は鉤爪によって防がれる。


『ふが、ふが……。ゆるさぬぅ……!こむしゅめがぁぁぁぁ!!!!』


激昂する与奪は顎を砕かれた状態から復帰し、脳が揺れた状態から反撃を繰り出したのだった。


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