29.金の大鷲
デュルクニアの組織【金の大鷲】によって
教会の手から免れたミセリコルデであったが
唯一の理解者と言える守り手
エスコシェイルを戦いの中で失う。
冥王の機転により、執行者である彼女を取り込んだミセリコルデは
新たな力に目覚め、冥王もまた
自身の力の一部を取り戻したのだった。
現在ふたりは、道を引き返し
金の大鷲により展開された陣地へ向かい
事の手掛かりを求めていた。
『奴らがここに小娘を連れて来た理由があるはずだ。手当たり次第ひっくり返してみろ』
「うん。分かった。」
冥王ヴェルトの指示で、
天幕に残された痕跡を漁る事しばらく
散らばった大量の物資に紛れ、封書が発見された。
しかし、問題の中身を読む事は叶わなかった。
「デュルクニアの文字……でしょうか……。」
『至極当然、と言えばそうだが……。小娘、他にデュルクニア文字が掲載されている書籍はあるか?』
「これなんか、そうかも。」
ミセリコルデが取り出したのはデュルクニアの兵士が持っていた絵本と植物紙の束だった。
『識字率が低い国なのだろうか、練習をした痕跡もあるな……。』
「これで分かるの?」
『余のニューロンは小娘らよりも強靭だ。』
ヴェルトは絵本に載っていた文章と封書の文字を照らし合わせて解読を行なった。
通常、言語の習得にはかなりの時間を要するが、冥王に人類の常識は通用しない。
『ふむ……。どうやら封書の内容は小娘の奪還を指示するものだ。事細かに時間や作戦内容が記されている。』
「そこから何か分かりましたか?」
『いや、【金の大鷲】に関する情報はあまりさらえなかった。しかし、小娘を攫った後に別動隊と合流する手筈らしい。』
「……行きましょう。その場所へ。」
『良いのか小娘。危険であるぞ。』
「狙われる理由もわからないまま、2つの組織に追われるなんて御免です。明確な訳を、わたしは知りたい!」
『よし、場所はここより北西にある【雪被り山】だ。』
目的地が定まったその時、遠くから巨大な地鳴りが起こった。
空気の振動を敏感に感じ取ったふたりは
そのあまりの規模にしばし、身を震わせる。
『一体何が起こったのだ……。こう遠くでは力の根源たる気配を探れぬ。小娘、向かうぞ』
「【雪被り山】はいいの?」
『なんの因果か、地鳴りが起こった方角は目的地と一致している。』
「……行きましょう。ですがその前に……。」
彼女の視線の先には積まれた物資があり
その中身は食糧が入っていた。
おそらくは滞在用に持ち込まれたものであるが、能力を使い切り、疲弊しているふたりにとって、これ程有り難いものはなかった。
食後は兵士の装備を拝借し、身支度を整えた。ヴェルトが武具を体内に取り込み、サイズ調整を行うという荒技を披露したのだ。
簡易な革紐固定タイプの軽装備ではあるが、臓器における、一通りの致命傷は避けられるだろう。
革鎧の下には鎖帷子も装備し、武器は標準的な中型両刃剣である。
「わたしの体にぴったり合うわ。ありがとう、ヴェルト。」
『なに、武具を構成している物質を知りたかっただけだ。気にするな。』
ヴェルトがわざわざ武具を構成したのは
少しでもミセリコルデの生存確率を上げる為に過ぎない。
先程、エスコシェイルと異形を取り込んだ為、力は少し戻ってはいるが、それでも油断しないのは、冥王が冥王となる前
生き延びる事に全てを注いでいた頃の名残と言えるだろう。
背嚢と雑嚢には食糧を満載し、ふたりは天幕の拠点を後にするが、その時、冥王の助言により、ミセリコルデはひとつ仕掛けを施した。
身に付けていた教会の法衣を脱ぎ捨て、その上に争った様な傷と、別人の血を掛けたのだ。
これによって神子は死んだものと思われ、捜査を撹乱、妨害、中断させる目論見がある。
仕掛けを終わらせ、冥王の方向感覚のみを頼りに歩みを進める事しばらく、ようやく森を脱出し、街道に出ることが叶った。
分岐路に建てられた道標を頼りに、ふたりは街道を進む。
『小娘、背嚢は重くないか?』
「大丈夫だよ、わたし元々身体自体は丈夫だし、ここしばらくは特訓してたから。」
『成果が出ているのは何よりだ。しかし、目的地までまだ道のりは長い。体力には細心の注意を払うべきだろう。もうヘルミナ液はないのだからな。』
「うん。……それにしても、山自体は目に見えてるのに、まだ掛かりそうだなぁ……。」
ミセリコルデが遠くの山を見つめ、思いを馳せていた所、街道沿いに身なりの悪い男4人が、荷車から荷物を運び出していた。
『……どうやらボヤいている場合では無いようだ。』
「おい!ガキだ!見られたぞ!!」
4人は作業を止め、それぞれが武器を構えた。背丈は全員ミセリコルデよりも大きく、未だ興奮状態にある事が理解出来る。
その傍らには商人と護衛、ロバの無残な死体が転がっている。出血量からしてもう亡くなっている事がふたりには分かった。
「……これはあなた方が?」
「おうよ。俺達はこの辺を縄張りにしている【黒の蹄】よぉ。顔を見られたからには生かしてはおかねぇ、な!」
彼らの身体には何処かしらに、蹄を模した焼印が刻まれており、組織の一員である証拠であろうそれを、まざまざと見せつけている。
4人のうちの1人が、ミセリコルデに対し、勢い良く剣を振り下ろした。彼女はそれを後退して回避し、踏み込み2歩分の距離を取ったところで、自らも剣を構える。
その淀みなき行動に、山賊は少しばかり空気を張り詰めた。一撃で終わるはずの攻撃が、見事に空を切った為だ。
人殺しの迷いなき剣筋は、ただの小娘如きに軽々と躱せるものではない。
「ヴェルト、相手はどのくらい強いですか?」
『エスコシェイルの1割にも満たぬ雑魚だ。丁度良い、余も栄養が欲しかった所でな。少し小汚いが我慢してやる。……やれ。』
ふたりのやりとりは他の者には聞こえない。
それが会話の段取りを悪くし、相手を怒らせる結果となった。
「兄貴、構いやしねぇ!こんな小娘ぶっ殺して身包みを剥ぎましょうや!」
「そりゃあそうだ。死体が出なけりゃこの国の兵士も動けねぇ。よく見たら可愛い顔をしてやがる。こりゃあ別の目的でも楽しめそうだ。」
「捕まえて囲んでやるから楽しみにしてな!」
野卑た視線で彼女の身体を視姦する4人は、追い剥ぎとは別の目的を見出した。
四方を囲み、逃げ場をなくした後
その間隔をじわりじわりと狭めてゆく。
『小娘、人間相手の実戦だ。【共感性高速処理】を試してみよう。』
「わかった。」
ミセリコルデは背嚢を置いて剣を構え直した。
その様子に男達は、彼女の気迫と覚悟を読み取り、態度を急変させて武器を構え直す。
「俺は死んだ後でも女ならかまわねぇ!」
とんでもない激白と共に
逆髪の男が曲剣を振りかざす。
その剣筋は恐るべき程【遅い】
『【共感性高速処理】をしている。動いてみろ。』
認識する世界は全て、本来あるべき速度の1割程しかない。それと同時に身体全体は、僅かな圧迫感と抵抗感を受ける。
「まるで水の中に居るみたい。身体の動きは遅いけど、その分考える余裕と相手の動きが読める。」
『余の言う高速演算は通常、人の脳で行う事は不可能に近い。しかし、融合している今、冥王の因子を持つ小娘ならば可能だ。余の脳で演算処理の手助けもしているしな。』
エネルギー消費の激しさから考慮し、
戦いの度に【ヴェルトモード】を使用する訳にはいかない。
故に、通常戦闘はミセリコルデが戦い、ヴェルトは基本的に補助に回る体制をとっている。冥王の複数存在する脳は、この高速処理を行うためであった。
それをこの実戦を通して、確立してしまおうと言う算段であった。
「前方敵、曲剣による上段斬り。」
山賊の動きは非常にゆっくりであり、攻撃の型と初動見てから判断するのは容易かった。
ミセリコルデは振り下ろされた剣撃を掻い潜り、相手の利き手から肩までを一気に斬る。
剣の切れ味を利用した戦いである為、彼女に腕力が無くとも、それは成立した。
一撃で手首から肩まで一直線に斬るなど、通常では考えられない芸当である。
傷は深く抉れており、傷の治療はほぼ不可能
に近い。これなら切断の方が、回復にまだ望みがある。
『小娘、お前なかなか酷な事をするな。』
「川魚みたいな感じで斬っちゃった。ダメだったかな?」
『効果は高いだろうが、これはもう練習にならんだろう。此奴はもう死ぬ。』
冥王は勿体ないとでも言いたげであった。
「ウギャァァァァ!!!俺の腕ガァァァァ!!」
「兄貴ィ!!ヤベェ!血が止まらねぇ!傷口が広過ぎる!!」
「なんだこのガキ……。とんでもねぇ事しやがる……。」
子供の剣筋とは思えない被害に、山賊側は恐れ慄くが、彼女はそれを容赦なく叩きのめした。
素早く、鋭い剣撃は止むことなく襲い掛かる。剣術とは思えない筋でありながらも、その動き全てが後の先。
ミセリコルデは、すぐに死なない様に手加減をして、何処をどう攻めるか的確に判断して剣を振っている。
そして、高速処理を少しずつ弱めてゆき、次第に等速での戦闘に慣らしてゆく手筈だ。
痛い程放たれていた殺気は、みるみるうちに薄れて溶けた。山賊には最早反撃の意思はなく、武器を捨てて両手を上げた。
「や、やめてくれ!俺たちが悪かった!こ、これで見逃してくれ!!」
彼女の前に、宝石と金貨が入った革袋が置かれた。必死に命乞いをする山賊ではあるが、
ふたりは山賊が所持していた血塗れの武器や金品の袋などを見て、これが盗品であり、無血で得た物ではないと自然に悟る。
それに加えて、側には無残な死体が残されている。この状況で仏心を出せる人間が居るとすれば、それは最早、狂っているとしか言えない。
「わたしが見逃せば、より弱い人達が被害に遭う。それは未然に防がねばなりません。」
『よく言った小娘。自分達がやって来た事の意味を教えてやるが良い。これも経験だ。』
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ヤケを起こし、半狂乱になった山賊達を手玉にとり、実戦感覚を上手く掴めるよう、ミセリコルデは立ち回った。
視線、筋肉の動き、呼吸、踏み込み
あらゆる情報が戦いの中で生きてくる。
装備の隙間を的確に突き、どうすれば致命傷になるのかを考慮しながら戦いは続く。
敵の勢いを利用した反撃や、体重移動を活用した刺突。陽動や誘導など、冥王は様々な技術を彼女へ教え込んだ。
「……こんな所でしょうか。」
山賊の身体に突き刺した剣を引き抜き、勢い良く振って血糊を吹き飛ばす様子は手練れの剣士に見えるだろう。
しかし、彼女は紛れもない村娘だ。
死の淵から救われ、神子として祭り上げられなければこんな事をする必要はなかったのだ。
瀕死の山賊たちを目の当たりにし、
複雑な想いで血糊を拭う彼女に対して
冥王が力の一部を発動させて見せた。
『見ておれ小娘、これが余の取り戻した力の一端だ。』
山賊を処理する際、ヴェルトは自身の身体から燃え盛る紫炎の塊を発射した。
『これぞ【暗黒無限闘気・滅】 』
紫を巻き上げる炎は、恐るべき高温を放って山賊の亡骸を灰にした。
「エスコシェイル……。」
燃え上がる炎を前に、ミセリコルデは
己の命を投げ打って救ってくれた彼女の事を思い出していた。
『彼奴のおかげか、余は力の一部を取り戻せた。全てを焼き滅ぼす炎。それが【滅】である。』
紫炎は全てを焼き尽くした後、冥王の体へと戻っていった。栄養価を吸い尽くし、還元したのだ。
『この先も世界の悪意が、お前に立ち塞がるだろう。しかし、この世は他者同士における、意志のぶつかり合いを元に成り立っている。生き残りたければ勝ち続け、乗り越える他道はないと思え。』
「……ヴェルトの言う事は、正しいのだと思います。しかし、彼等が山賊に身を落としたのは、全て彼等の責任なのでしょうか……。」
心優しい村娘は、自他の割り切りが達者ではなかった。彼女は、冬と不作による飢えと寒さを知っている。だからこそ、山賊への同情が拭えないのだ。
『考えても無駄だ。お前が背負い切れるのは、自身の責任だけなのだからな。』
「山賊に殺された人たちを弔ってあげたいの。いいかな?」
『余が小娘に言える事はひとつだ。……ロバは食え。』
「……はい。」
彼女の心境と意図を組み、冥王は被害者の弔いに口を出さなかった。一刻の時が惜しいこの状況で、彼女の行為を尊重したのは、共に過ごした事による心境の変化だった。
率先して山賊を焼き払ったのは、単に自身の取り戻した力を、見せびらかそうとしただけではなかった筈だ。
長い時を生きようとも、終わりのない戦いの連続により、生物としての【安らぎ】を経験して来なかった冥王にとって、この状況と芽生えゆく感情は言葉にするには困難であった。
気付けば二時間が経過し、
ミセリコルデが弔いを行なっている間、ヴェルトは彼女から分離し、大鼠形態で持ち物の整理等を行なっていた。
栄養を蓄え、60センチ程に大きさを調整したこの姿であれば、荷物の整理くらい容易に片付けられるだろう。
『まるで、生きるのに必死だったあの頃の様だ……。』
山賊が残した金品や装備、荷車に積まれていた物資などは粗方、冥王の【異次元収納】に収められる。
『幾分か、使用された形跡があるが……。【我】の方が領域を使った様だな……。力を取り戻してはいる様だが、互いの情報を共有出来ない辺り、【何か】……余の弱体化だけでは説明出来ない要素が、この世界には残されているのやもしれない……。』
得た戦利品の中に、優れた業物が一点存在していた為、ヴェルトはそれを嬉々として保管した。
「教会で学んだ弔いの言葉が役に立つとは思ってなかったな……。」
祈りを終え、身支度を整えたミセリコルデと冥王は合流。
改めて【金の大鷲】が合流するとされる地点を目指して歩みを進めたのだった。




