25.大怪鳥
突如として会場を襲ったのは
王都より北の山に住う大怪鳥だった。
「ば、馬鹿な!この王都にガルデルダが出現するだなんて!!」
ダルベールは驚きを露わにするが、来賓に向かって即座に避難指示を出した。
「皆の衆!下がって屋敷へと逃げ込むのだ!衛兵!!衛兵!!であえい!!」
会場はパニックと化し、逃げ惑う人々でごった返した。人々は皆、ガルデルダの恐ろしさを伝承や唄、物語等の形で知っている為
取り乱すのは必然的な状況と言える。
ダルベールの武装私兵が続々と現れるが
大怪鳥の羽ばたきにより生まれる激しい風圧によって、一切の身動きが取れないでいた。
「【エクストラ・フォーゼ】!!」
その中でひとり、豊だけが身体強化によって風圧に耐え、大怪鳥へと向かってゆく。
「うおぉ……!まるで台風の中だ!」
身体強化を行なっても尚、攻撃に転ずる事が出来ない。この強風の中で、地面から足が離れれば、一瞬で吹き飛ばされてしまうからだ。
『コルルルァァ!!!!』
続けて奇声が発せられ、その振動数によって人々の身体が硬直する。圧倒的な捕食者から発せられる負荷にはなす術がない。
「なんだ、この異様な重圧は……!これはまるで……!」
全員の無力化を確認した大怪鳥は真っ直ぐ、散乱した料理を啄み始めた。
それは主に、豊が冥王醤油で作った料理である。山盛りのおにぎりが次々と胃袋に収められる。
「おのれガルデルダ!!わしの屋敷をめちゃくちゃにし、客人に危害を加えるその行い!決して許さぬ!!」
風圧が収まった事で、身を奮わせたダルベールは立ちあがり、刀剣を振り回す事で自身に注目を集めた。全ては他者を逃し、隙を生む為である。
彼の指示により、多くの弓兵が物陰に待機している。
大怪鳥は食事を取りやめ、ゆっくりと公爵へと近付いてゆく。
「うぬの思い通りにはさせぬぞぉぉぉ!!」
屋敷に避難したフランソワも、父の勇姿を目の当たりにして涙を流している。この絶望的な状況でも、ダルベールは諦めず、客人を守ろうとしているのだ。
そして一閃、ガルデルダの鋭い鉤爪が公爵を狙った。
「【ヘイスト・アクセル】!」
次の瞬間、刀剣は爪によって切断されたが、ダルベールは自身の身体が無事な事に気が付いた。
間一髪であった。
強化の上に加速を乗せ、稲妻の様な速さで、豊は大怪鳥の攻撃から公爵を救い出しており
それを公爵も即座に理解した。
「今じゃ!!!」
合図と共に、物陰から公爵私兵の矢が一斉に放たれる。
『コルルルァァ!!!』
咄嗟に、大きな翼で顔を守る大怪鳥。
矢は分厚い羽に阻まれ、全てが打ち落とされた。
その場で大怪鳥は羽ばたきを始め、再び風を生み出し。私兵達を蹴散らすのと同時に、走って飛び立つ加速を始めたのだった。
「奴が逃げるぞ!矢で追撃するのだ!」
追撃によって逃亡を促し、痛みと恐怖によって人間の恐ろしさを示す。獣相手には常套手段であった。しかし
「う、うわぁぁぁ!!助けてぇ!!」
突如として響き渡る悲鳴、大怪鳥が加速したその先には、逃げ遅れた者がいたのだ。
「あ、あれは!ハーバリー家のフラウ御子息!!」
「くそっ!術のクールタイムが……!」
急いで公爵を下ろし、飛び出すも
先程、ダルベールを救う折に時魔術を使用した為
身体強化だけでは豊の手は届かず、
不完全な疾走は空を切った。
大怪鳥は、転倒したフラウを足で掴み上げ
そのまま飛び上がったのである。
一度の羽ばたきは強風を生み、辺りをなぎ倒して一気に上空へと駆ける。
「弓兵!撃つな!御子息に当たる!」
態勢を立て直した弓兵だが、フラウの存在もあって、下手に矢を放てない。
「坊っちゃまっ!今お救い致すっ!」
「じいや!」
疾風怒濤。駆け付けた執事ロンベールは、素早く細身の剣を抜き、屋敷の壁と庭の木を足場にして大怪鳥へと飛び掛かる。
「せいっ!!」
ロンベールは加速を乗せて刺突を放ったが
空中の相手には効果が薄く、分厚い羽と筋肉によって攻撃は防がれ、剣が折れる。
「ぐっ……!!」
「じいやっ!!」
攻撃は不発に終わるも、ロンベールが時間を稼いだ事で冥王が到着し、豊に指示を出す。
『救世主!我を投げろ!急げ!』
「冥王!頼んだ!!」
『形態変化、【撃】!』
カイパーは即座に戟形態へと変形し、それを豊は全力で投げ飛ばす。
しかし、怪鳥はみるみる上空へと飛翔し、その距離は縮まらない。
『舐めるなよ鳥風情がぁ!!』
冥王が紫に発光し、戟形態が一瞬、限界を超えて伸長する。内部エネルギーを消費した突発的な細胞の成長である。
結果、刃は大怪鳥の翼へと突き刺さる。
更には体を変形させ、本体を大怪鳥に巻き付かせた。
『クルルルァァ!!』
『このまま体液を吸い上げてやる!』
傷口から侵入を試み、液状化した瞬間。
大怪鳥は空中できりもみ旋回を行い、冥王を振り落とそうと不規則な飛行を繰り返した。
『ええい!この鳥、冥王因子に抵抗がある。こいつも【覚醒】しているのか!』
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
冥王が攻撃を続ける事で、大怪鳥は激しく暴れ、その結果フラウ少年は危険に晒される。
この高さで落下すれば死は免れない。
『……仕方あるまい……!』
少年の保護を優先し、冥王は攻撃を中断。
大怪鳥はそのまま、北の山へと飛び去った。
冥王が空中で交戦していたその頃、
屋敷内の会場では、拐われたフラウ少年を如何にして救出するかが話し合われた。
「【大怪鳥ガルデルダ】……天空の覇者と呼ばれるジアス国の怪物……。記録では20年前にインペリアルガード【隻腕のウォレン】によって退治されたが、彼もまた大怪我を負った……。あの山を登り、大怪鳥を倒せる者は……。」
「あんな史実上の怪物相手では、流石に軍の兵でも……。」
皆が沈黙した。インペリアルガードですら手古摺る相手を、一体誰が倒せるのか
各部隊は地方に分散されており、呼び戻すには数週間は要するだろう。
「た、頼む!誰か息子を!フラウを救ってくれ!褒美なら望むだけ払う!誰か!」
ハーバリー家の当主は、泣き崩れている夫人を支えているが、その手は震えている。
望みが薄いと云う事が分かっているのだ。
現実的に、ガルデルダに【捕われた者】が助かったという前例がない。
奴は繁殖期に家畜を襲い、栄養を蓄える性質がある。つまりフラウは【餌】として捕まったのだ。
「今から追えば間に合うかもしれない。僕が行きます。」
話し合いが行われていた最中、屋敷へと戻り
豊は既にグルカニンブルを装着。
武装を完了させていた。
誰もが望みを捨て、失落の中にいたのに対し
たった1人、彼だけは着実に準備を進めていたのである。
「く、紅の全身鎧……!まさかあの……!頼む!騎士殿!私の息子を救ってくれ!」
王都では既に【紅の騎士】の噂は広まっていた。ハーバリー卿は藁をも掴む思いで、豊に息子を託したのだった。
「紅の騎士殿、坊っちゃまの救出、是非わたくしにもご助力させて下さいませ。」
名乗りをあげたのは老執事ロンベール。
彼もまた礼装から鎧へと装備を改めていた。
青と黒を基とした、薄手の美しい全身鎧だ。
年季ものではあるが、その丁寧な仕上がりと無数の傷が、戦いの歴史を表している。
「ロンベール……。既に老体である貴殿に幾度も頼らなければならないなど……。不甲斐ない主人を許してくれ……。今回は……今回はだけは……!【蒼い狼】に……!」
「承知いたしました。旦那様。」
思いの丈全てを言葉に出来ない程に、ハーバリー卿は精神的な負傷を追っていた。
その様子を真に汲み取り、白髪の老騎士はその目に熱い力を宿したのである。
「紅の騎士殿。先程は遅れを取りましたが、必ずお役に立ちます故、どうか……。」
豊の目を見つめる老騎士の瞳は鋭く、
年齢に見合わぬ力と気迫を感じた。
「分かりました。それでは、道中の道案内をお願いします。」
「かしこまりました。移動にはハーバリー家の名馬をお使いください。ご用意致します。」
こうして豊は、老騎士ロンベールに案内され
【大怪鳥ガルデルダ】の棲まう北の山を目指すこととなった。
「ハーバリー家の名馬は特別な早馬です。北の山へは八半日(3時間)もすれば到着出来るかと。」
「本来なら入念な準備をする所ですが、今は火急的速やかに行動せねばなりません。ロンベール殿、道中で山の詳細をお教えください。」
「御意」
セントジアス北の山、通称【雪被り山】
その標高の高さ故、一年中雪を被っている事から名付けられた山であり
古代人の痕跡を多く残すこの山は、山道がある程度整備されている。
「一万階段……まさか登る日が来ようとは……。しかし、これも坊っちゃまを救う為。命を賭けて挑まねば……!」
一万階段と呼ばれる険しい山道は、実際に登って数えた訳ではなく、1000数えてもまだ先が果てなく残されていた故、付けられた名である。
ふたりが山の入り口に差し掛かると、遠目に巨大な碑石らしき物が現れた。
それは、近づく事でより大きく存在感を表し、不思議と風化した様子が見られなかった。
「……これは。」
「古代人が残したとされるものですな。長年研究されておりましたが、未だ解明されておりません。それよりも早く坊っちゃまを救わねば……!」
「少し待って下さい……。何か手掛かりがあるかも……。この文字見覚えが……。」
「ふむ、それでしたらわたくしは、馬を休ませるために繋いでおきます。走りっぱなしで我々にも負担が掛かっておりますからな。」
豊は記憶を遡り、碑石の文字を読み解こうと試みた。そして、思案の末に予想だにしない真実が浮かび上がったのである。
「……どうして【神界共通文字】がここにあるんだ……。いや、それよりも【頂上直通昇降機】とは……。」
碑石に記された文字を読み解くこと数分。
内容としてはこの山の目的と、頂上直通エレベーターの存在を示す記述だった。
「ロンベール殿、こちらへ。上手くいけば一万階段を攻略出来るかもしれません。」
「それは誠ですか!」
「この碑石によると、脇道の林を抜けた先に裏道があるとの事です。行ってみましょう。」
道を外れ、林の中を進むと木々に隠れた扉を発見。くまなく調査を行うと、操作パネルが起動し、扉が開いた。
照明が点灯し、内部が明らかとなる。
「なんと……触れずに開閉する扉とは……。よもや頂上へと続く道が?」
「えぇ、恐らく……。先程の碑石に、古代人が残したであろう、頂上へ繋がる昇降機があると云う記述がありました。……以前、ダムで見たパネルに似ている……。これなら感覚で操作出来そうだ。」
豊たちは、扉の先にあった畳二畳程の部屋へと入り
パネル操作によってそれを動かした。
大きな起動音と共に、部屋が動き出す。
エレベーターの速度は早く、それでありながら慣性による圧力を感じる程であった。
「ロンベール殿、この様子ならすぐに辿り着きそうです。戦闘の用意を。」
「騎士殿、最悪の場合、フラウ坊っちゃまの亡骸を抱えてお逃げ下さい。わたくしが殿を務めます故。」
「そうならないよう最善を尽くします。ガルデルダの相手は僕がしましょう。」
エレベーター内では緊迫した空気が流れていた。到着した先の情報が無いのも理由のひとつではあるが、何よりも人質が無事かどうかも不明であるからだ。
到着の合図らしき短い音が鳴り、扉が開いた。それと同時に高所特有の冷たい風が吹き付け、ふたりは目を細めた。
十分な広さの足場に、風化した石の階段。
辺りを見渡せば、自分達が雲の上にいる事が明らかとなった。
「……道理で寒い訳だ。酸素も薄い。」
現時点からは怪鳥の巣らしき物は見当たらない。照りつける日の光がとても近く感じられる。それ程、この山の標高は高いのだろう。
「もしや、昇り過ぎてしまったのでしょうか?」
「もう少し詳しく探索してみましょう。」
風の音に殆ど掻き消されているが、
注意深く耳を澄ますと、遠くで怪鳥の嘶きと、金属音が聞き取れた。
鳴き声を頼りに更に山を登ると、頂上付近の広い高原に巨大な巣が存在していた。
暖をとる為の資材や金銀財宝。
二つの巨大な卵に獲物の死骸。
どれもガルデルダが蓄えたものだろう。
巣の中には冥王とフラウの姿もある。
『このっ!忌々しい阿保鳥がぁ!ぐっ!!いい加減にっ!!諦めろ!!』
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!怖いよぉぉ!じいや!じいやぁ!」
『クルルルァァ!!!』
冥王がフラウを庇い、崩刃を展開させてシールドを形成しているが、大怪鳥はその上から嘴で、容赦無く攻撃を仕掛けている。
豊は手筈通り、ロンベールに合図を送って奇襲を仕掛けた。
「こいやぁぁぁあ!!!!」
大声を放って注意を逸らし、その間に救出を試みる。フラウはロンベールの姿を確認すると安堵した様子でしがみつく。
「じいやぁ!来てくれたぁ!!」
「坊っちゃま、急いで脱出致します。お掴まりください。」
フラウを抱えたロンベールは、そのまま山を降ってエレベーターの場所へと向い、戦線を離脱した。
『救世主!小僧は離脱した!我々はこいつの後処理だ!!』
「分かった!」
冥王は豊と合流し、紅玉へと身を潜めた。
『小僧を守る為に力を使い過ぎた。補充するまでなんとか持ち堪えろ。』
「それは、倒してしまっても?」
『できるものならな……。』
軽口のひとつでも叩きたい場面ではあったが、冥王の一言で身が引き締まる。
「こりゃあヤバそうだな……。」
天空の覇者、【大怪鳥ガルデルダ】との戦いが始まろうとしていた。




