24.社交界と異変
ダルベール・メタボック家主催の会は至って複合的である。
晩餐会と舞踏会を足した様な存在であり、どちらにも本腰を入れる。
舞踏会ならば料理は軽食や喉の渇きを潤す物が常套とされるが、晩餐会程、畏って食事の席を共にしたい訳でもない。
交流の場を設けつつも、楽しく時を過ごす事を目的とされ、その中で互いの家の交流を深めたり、他の地方の貴族達と関係を持ったりする場である。
王都の上級街に家を持つ者はそのまま気楽に訪れる事も可能であり、都外の貴族達はメタボック家に泊まる事も、王都の宿を取るのも可能である。
此処まで自由な催しが可能なのも偏に、社会における教養と民度の高さと、主催の良き人柄とが成せる業と云えよう。
数多くの家柄が集まり始め、それに伴い
各貴族お抱えの騎士なども同伴者として参列する。騎士達にも対応する大きい部屋が用意され、食事などが振舞われていた。
美食家として名高い、メタボック公爵家での催しは、普段食が細い貴族達の間でも話題に上がり、この時を楽しみにしている者もいる程であった。
しかし、到着して間もなく、料理に飛びつくというのは些か、礼儀を欠くものであると感じ、皆が皆、その好機を読んでいる。
「皆さま、本日は我がメタボック家の交流会にようこそお集まり頂きまして、感謝致します。今日日、隣国デュルクニアとの戦いが熾烈を極める中、経済、環境、法務、警備、衛生と人々を導き、支えている皆様方に対して、細やかではありますが、労いの席と致しまして、わたくしめが吟味致しました芸術の数々を楽しんで頂ければ幸いに存じます。それでは……」
ダルベールの指示により、参加者にグラスが受け渡され、乾杯の音頭が取られる。
「ジアスに栄光と繁栄を!」
「栄光と繁栄を!」
それと同時に楽器隊の演奏と、料理の数々が給仕によって運び込まれた。
その中には豊も紛れていたのは言うまでもない。料理を片手に給仕を行う深紅の礼装は、否が応にも目立っていた。
「紅の騎士殿!何を!?」
「あ、人手が足りないとの事で……。」
「まさか、給仕まで……。人が良過ぎますぞ!」
公爵は、自分が招いてしまった非常識な事態に対して天を仰ぐ。
「この後、持参の炉で焼き物をするのでその準備も……。」
「あぁ、もう本来もてなすべき方を……。」
ダルベールが肩を落とす中、会場内では真新しく、煌びやかな海鮮料理を前に人集りが出来ていた。
「この魚卵の塩漬け、塩加減が実に麦酒に良く合いますな。」
「海鮮と野菜の和え物も、酸味が効いていてとても美味ですぞ。」
「もう大皿が空になりました。交流会でこれ程の人気を博したお料理は初めてでは?早く代わりが欲しいわ。」
「流石はメタボック公爵家の料理……。この為に来たと言っても過言ではありません。」
この交流会は貴族の一家が訪れるものであり、家族同伴である事が殆どである。
「父上、じいやは同伴ではないのですか?」
「ロンベールはこの場には呼べないのだよフラウ。分かってくれ。決まりなのだ。同伴を家臣まで許してしまえば、流石にこの会場もいっぱいになってしまうからね。」
その中には子供も存在しており、退屈そうに大人達の顔を窺っていた。
「おひとつ如何ですか?」
彼に話し掛けたのは豊であった。
本来ならば、その地位に併せた呼び名が在るべきなのだが、この時の豊はその知識を持ち合わせていなかったのだ。
「いただきます。」
海鮮のカナッペをひとつ口に放り込む。
彼の中で固定観念が打ち砕かれ、新しい扉が開かれた。
貴族であり、それなりの贅を体験してきたであろうその肥えた舌を、容赦無く殴りつける旨味と塩味。異なる食感の具材が口の中に遊びを生み出した事で、彼の視野は一気に高みへと登ったのだ。
「もっと欲しい!」
急に叫びを上げた自身の子を見て、両親は目を見開いている。大人しい子だったのだろう。
それが、これ程に強い主張を見せたのだ。
「ここには様々な料理があります。どうぞご自由にお楽しみください。」
そう言って豊は、七輪を持って第二会場である庭へと出て行った。
各々で談笑が始まり、料理に舌鼓を打ちながら酒を飲み交わす。
書類仕事や遠征派遣、人事に視察や監査など、日頃の抱えた重圧から逃れる様に人々は笑い合っていた。
これも人の上に立つ者の責任であると、己を鼓舞し、慢心せず生きてきた人々だ。
しかし、この中に居ようともボタンを掛け間違え、道を踏み外す者も少なからず存在する。
「我が警備局の精鋭部隊が頼り無いと申したか!」
「そうではないが、デュルクニア兵を未だ押し戻せずにいる事は事実であろう。あの、忌々しい金の大鷲を描いた旗がいつまでも国境沿いで目に着くのは、そういう事だ。」
「兵を前線に集中出来ないのは国内における犯罪の影響が大きいのだ、賊を発生させぬ様、経済をまとめ上げ、社会福祉の向上や犯罪者の抑制をする。それが福祉局の務めではないのか!」
「やっておるが手が回らんのだ!戦死者や戦障害の補償にも限りがある!孤児院を維持するにも金が掛かるのだ!」
「それに加えて度重なる大型獣の来襲、徴兵や訓練にも手が回らなく、前線の士気は下がる一方だが、それを我々警備局の責と罵るのは些か礼儀を欠くのではないか!?」
白熱する議論の中
そこに割り入ったのは主催者であるダルベールであった。
「各々方、仲間内でその様に啀み合っていては敵の思う壺でありましょう。気が昂るのは仕事や使命に疲れ、心が摩耗している証拠。ここは一旦呼吸を整え、我が家に伝わる酒を飲み交わしましょう。それが、この交流会の目的です。」
公爵の登場に冷静さを取り戻した両者は、即座に頭を下げ、自らの非を詫びた。
「申し訳ありません公爵閣下……!宴の席でこの様な醜態を……!」
「わたくしも、気が立っておりました。申し訳ございません……!」
謝罪するふたりを宥め、両者のグラスに追加の酒をなみなみと注ぐ。
「そういった日もあるであろう。ささ、飲み交わそうではないか……。」
なる様に成らないのが戦であり、国の経営である。それを他に責任を押し付けようなどとはあっては成らぬ事だが、人は強い生き物ではない。時には誰かのせいにしたくなり、また時には逃げてしまうのも手段といえる。
詰まるところこの会は、貴族達のガス抜きに有効とされているのだ。
一部始終を見ていた豊は、公爵の手腕、及び貴族達における教養と倫理観の高さに関心を示していた。
「やはり貴族である事を誇りに思っているんだな……。」
豊は興味から会場を周り、人々の声を聞いていた。会場裏には従者や騎士が待機する別会場が用意されており、たくさんの騎士や従者が料理を片手に談笑をしていた。
そこにひとりの少年が現れる。
「じいや!ここにいたか!」
「ほほっ、フラウ様。このロンベール爺めに何か御用で?」
「じいや!これ、これ美味しいよ!」
先程、豊からカナッペを受け取った少年である。彼の持つ盆には、先程少年が感動を見せた料理が盛られていた。
「フラウ様……。わたくし達従者は身分の異なる方々と、食事を共にしてはならないという決まりが御座います。ましてや、交流会の料理は来賓の方々に用意されたもの。どうか、ご理解の程を……。」
「ならば、じいやの料理と交換だ。」
「フラウ様……。」
「じいやと一緒が良いのだ!これは命令であるぞ……!」
困り果てる執事であったが、主人の命令である以上、逆らう事もままならなかった。
根負けした執事は命じられるままに、料理に口をつける。
「美味いであろう?私がじいやのために選んだのだ!」
「えぇ……。えぇ……。美味しゅうございます……。じいやは果報者です……。」
確かに料理は美味いものであったが、執事にとっては何よりも、フラウが配下の為に選んだという点に価値があるのだ。
「じいやが来れぬなら私が料理を持ってきてやろう!」
大人しい子だが、執事の事となると楽しそうに話す。主従の良い関係性がそこにはあった。
「良い御子息だなぁ……。ウチのお嬢様もこのくらい思いやりがあれば……。」
隣で見ていた別の従者は安い酒を飲みながら、豪華な料理に想いを馳せていた。
「思いやりねぇ……。一体どのお嬢様の話をしていたのかしら……?」
「ファッ!?お嬢様いつの間に!?」
「これでも喰らいなさいっ!」
「はぶっ!!」
匙ごと彼に押し付けられたのは、山盛りのパエリアとマリネードが盛られた皿であった。
彼女もまた、配下を労いに来たのである。
「まったく!少しでも家来を労おうとしたわたしが甘かったわ!」
少女は怒って会場へと戻って行った。
皿を持ったまま家来は謝罪をし、後を追う。
「お、お嬢様ぁ〜ッ!料理ありがとうございますぅ〜ッ!!」
「もう!泣くんじゃありませんの!みっともないんだから!」
交流会では、こういった配下の者を労える主人の存在も、箔の一つとして重要な要素にもなりえる。
思いやりのある主人や、誇りある仕事にはやりがいと自尊心が育つと信じられているのだ。
配下を労い、何らかの形で褒美を与える貴族の者が多く見られる。
例え、個人的な労いが無くとも、この会場内で配下専用の飲み食いは出来るのだが、こう見せつけられると家によって扱いの差を感じてしまうのが人間というものだ。
「色々な形があるんだな……。」
豊はかつてない高水準の文化と、文明を目の当たりにし、人の心は、ゆとりと満ち足りた者たちの、思いやりから成立するものであると、改めて実感した。
貴族達の会場へと戻ると、料理は既に8割ほど消えていた。
開場から1時間弱。その勢いは予想を遥かに超えている。
「此度は海鮮という珍しさもあって料理が盛況であったな……。いやはや、これ程までとは交流会始まって以来やも知れぬ。」
「メタボック公爵閣下、今宵の料理、いつもにも増して完成度が高く感じられたのですが、料理人をお変えになられましたか?」
「いいえ、その様な事……はっ!!」
思い当たる節はひとつ、紅の騎士であった。
挨拶回りに精を出していたダルベールはその実、料理の完成品を見ていなかったのだ。
「わたしとした事が……!今宵の料理を食べ損ねてしまうとは……。」
「おぉ、それは……なんとも……。」
心の底から落胆した公爵を、周囲は慰めようがなかった。そんな時である。
「いやぁ、私の料理がお気に召した様で何よりです。この後追加で料理をお出ししますので、楽しみになさってください。」
貴族達に料理人をここへ。と呼ばれ
豊はそれに対応をしていた。
そこへダルベールは歩み寄る。
「紅の騎士殿……!まだ料理はあるのですかな?」
「えぇ、海鮮物にまだ余裕があるので、順次追加出来るかと……。」
「わたし個人としては、その小型炉を使用した料理を味わいたいですな。」
「勿論ですとも公爵閣下。」
豊は笑みを浮かべると、下準備という程で調理場へと引っ込んだ。
それと入れ替わりにフランソワがダルベールのもとへとやってくる。
「お父様、他の家を接待していては騎士様の相手は務まりませんわ……。」
「むむむ……仕方あるまい……。今夜は彼に泊まってもらい、じっくりと攻めるのだ……。交流会は本来、日を跨いだ催し。不自然な事はないであろう……。まだ好機はある。」
準備を終え、調理場から戻ってきた豊が手にしているのは、盆に乗った大量の握り飯であった。
米の流通が盛んであるジアスにとって、それは貴族の口に入る機会も多く、手間の掛かる白米は特に好まれる代物である。
「それでは順次、調理してゆきますね。」
白米の握り飯自体がご馳走である為、そこから更に発展があると云うこの事態。
人々の期待は膨らんでゆく。
「な!なんと巨大な握り飯……!」
平均の1.5倍はあろうおにぎりを、油を塗り、炭で熱せられた網の上に乗せてゆく。
ダルベールは調理を行う騎士の一挙手一投足を観察し、己がものにしようとしていた。
表面が焼けた事で、網から剥がれたおにぎりをひっくり返し、冥王醤油を刷毛で塗る。
「そ、そうか……油を塗る事で網との接着を抑え、醤油には平たい筆を使えば良かったのか……!建築塗装用という固定観念が私の料理の幅を狭めるとは、何たる盲点……!そして、驚くべきはあの醤油。これだけの距離が有りながら、豊潤で濃厚な香りが漂ってくる!あの壺に例の醤油が……!!」
『じゅうぅ……』
滴り落ち、炭へと落ちた醤油は一気に蒸発して気化した。それにより香ばしさがより一層深まり、食欲が引き上げられる。
それは風に乗って天に昇った。
『おい、救世主。我に黙って冥王醤油を使ったな。ずるいぞ。』
どこからともなくやってきたのは、黒猫の姿をしたカイパーであった。茂みを経由して見つからないように豊の死角へと入る。
「イゾルデ殿の屋敷から此処まで距離があるのによく分かったな……。冥王の鼻は伊達じゃない。」
『気が付いたら引き寄せられていた。1度味を知ってしまったからかもな。それにしても、醤油の握り飯、美味そうだ。』
「この場では我慢してくれよ。貴族様の前で粗相は出来ないからな。」
『心得ておる。後でまた寄るから用意しておけ。』
そう言って冥王は茂みに消えた。
両面の醤油を焦がし、完成した醤油おにぎり
順次仕上がってゆくおにぎりを皿に乗せ、希望者に配る。
「騎士殿!ワシには特別大きいこの握り飯を!」
「心得ました。」
ダルベールが待ちわびる中、先に焼きおにぎりを手にした人々が各々口をつけてゆく。
香ばしさと歯応え、確かな旨味
それに加えて中には、イカとイクラを醤油と酒で和えた具が含まれていた。
イカの弾力とイクラの弾ける食感。
程よい塩気とそれを優しく包む米の甘味。
それを口いっぱいに頬張れば、まるで大波のように幸福が一斉に押し寄せてくる。
異なり食感と異なる旨味。それらが組み合わさる事で、焼きおにぎりはより高みへと昇華してゆく。
一種の恍惚状態に見舞われた貴族達面々は、一心不乱におにぎりを頬張る。
「早く飲み込みたい、という身体の欲求が抑えられない反面、理性は噛む事で発生する味の深みをもっと愉しみたいと願っている。」
咀嚼と嚥下の狭間で揺れ動く想い。何方にも其々の言い分があるだろうが、それでも本能が勝った。
温かい料理を美味しいうちに食べる。
これこそが1番の楽しみ方であると理解しているからだろう。
「僕にも、貰えるかな?大きいのふたつ!」
やって来たのは、先程配下を労い、別会場へと現れたフラウ少年だった。
「勿論だよ。」
「やった。じいやにも分けてあげるんだ!」
フラウはおにぎりをお皿に受け取ると、慎重にその場を後にした。
「くぅぅ……御客人方の反応を見れば、ますます辛抱堪らん……!」
この場で1番の地位を持ちながら、ダルベールは来賓の事を優先し、自身の順番を後回しにした。しかし、それにも限界がやって来た。
「騎士殿……!頼む……!その焼き握り飯をわしにも食べさせてくれい!!!」
漂う醤油の香りと、周りから発せられる軽快な咀嚼音。更には大勢の賛美の声。
これを目の前にし、ここまで耐える精神力はまさに人の上に立つに相応しいだろう。
「さぁ、焼けましたよ。閣下。」
皿に乗せ、手渡される焼きおにぎり。
「で、では……!」
夢に見たご馳走を頬張る。
口にした瞬間、両頬に電撃が走る。
一口目に感想を唱える余裕は無い。
ひとまずは味わい、体に取り込む事で興奮を抑えなくては始まらないだろう。
【がぶり】【むしゃり】
と思い切り良く食べる様子は人々に気持ち良さを与える。
周りの貴族達も、それを【わかる】といった眼差しで見つめている。
「う……美味い……。【醤油のひとさじは黄金に等しい】とはまさにこの事……。もうこれだけを食して人生を終えたいと思える程に……!」
「閣下。紅の騎士こと、わたくしユタカ・ホウジョウは、この醤油を一般に公開したいと考えており、既にシルヴァネール卿とも話を付けてあります。」
「ば、馬鹿な……!これだけの旨味を持つ醤油……!資産価値にして黄金の山を築けるこの財宝を……!?」
「隣国、デュルクニアとの戦いは長期に渡り、前線における兵士の士気低下や、国民の間に不安が生まれております。それを解消したいのです。」
「ぐぬぬ……この黄金の山をみすみす放棄するなど……しかし、この旨さが民に広がれば嘸かし救われる者が……!」
「私はそれを、成したいのです。」
「わ、分かった。しかしだ、いきなりこの精度の醤油が市場に流れれば、逆にコレを求めて内戦が起こるやもしれん。わしにはそれが感じられる。」
美食の限りを尽くした公爵によるこの言葉には、重みと説得力が自然と滲み出ていた。
「た、たしかに……!」
「わしが管理している醤油の製法を、広く公開できる様に国や組合に掛け合おう。その醤油を市場に出すのは、安定した供給経路と法整備が整ってからにしてほしい。」
「成る程……、お任せしてもよろしいですか?」
「あぁ、構わない……それと、研究の為に騎士殿が持つ醤油を優先して提供してほしい。量産の軌道に乗せるには必要なのだ。」
「分かりました。用意致しましょう。この件は後程じっくり……。」
「うむ……。すまぬが、もうひとつ追加を所望したい。」
「はい。喜んで!」
豊が引き続き、おにぎりの量産に取り掛かり、ダルベールが2つ目のおにぎりを口にしようとしたその時。
猛烈な風が外会場へと吹き荒れ
何かが太陽の光を遮った。
『コルルルァァ!!!』
会場上空を飛び回り、耳を劈く巨大な鳴き声をあげたのは、全長10m、体高3mを超える巨躯をした怪鳥だった。
「だ、【大怪鳥・ガルデルダ】!!」




