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紅の救世主  作者: メアー
4章.未だ見えぬ悪意
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23/51

23.手掛かり


心労に気が狂い、醤油を作った後

豊はイゾルデ家の倉にて、酒と味噌の仕込みを行っていた。


「念の為にイゾルデ殿を通して、行政機関で正式な書類を用意してもらった。これなら違法にならない。」


豊は用心深かった。醤油の技術や麹の製法などは資産価値が高く、基本は秘匿とされる。

もし、許可なき者が作ればそれは密造となり、罪に問われるのだ。



「お前たちが何をしているかと思えば……。醤油を作ろうとしていたのか……。確かに我がシルヴァネール家には、醤油蔵などが無い。醤油や酒は百姓、その家の一子相伝故、家に入る以外入手法がないとされていたが……。よもや冥王の力を使うとはな。」


彼女の家は他国からの移住である故に、ジアス国の醤油蔵などを所持していなかった。


しかし、家督である彼女は貴族であると共に、インペリアルガードとして騎士の位も所持している。よって、申請さえすれば蔵は持てるのだ。



『救世主に【旨いものを食え】と吹き込んだ結果がこれだ。おかげで我は人の深淵を見たぞ』


未だ気分がげんなりとしている冥王ではあるが、ラーメン自体は気に入ったらしく、今のところ毎食食べている。


「おかげで冥王の醤油は完成し、気力は満たされました。今から伝統的な方法で食べるのですが、イゾルデ殿も宜しければ。」



「済まないがこれから仕事だ。晩には戻るから夕食に用意しておいてくれ。」


そう言ってイゾルデは馬でセントジアス砦へと向かったのであった。



「では、早速……。」


『救世主、貴様また何か途轍もなく旨いものを作っておるな……?』


豊が用意していたのは白米のおにぎりである。

それに金属網や七輪など炭火焼きの一式だ。


『小型の炉であるか……。』


「これを、こう。」


ラーメンで使用した煮込み豚。

それの下拵えで出た豚脂らーどを、網の上に塗り、おにぎりを投下。

自然と剥がれるまで焼き上げ、ひっくり返す。


「さらに、こう。」


刷毛ハケを使い、おにぎりに醤油を塗ると、滴り落ちた滴が炭へと落下し、蒸発。

芳ばしい香りが辺りに広がる。


『救世主、これは何が起こっておるのだ!』


「【メイラード反応】と呼ばれる、糖とアミノ酸が結合する反応だ。」


俗に云う、焦げ目の事である。

メイラード反応は140℃から155℃にかけて活発に起こる化学反応であり、【アミノカルボニル反応】とも呼ばれ、旨味を引き上げる効果がある。


「焼けてきた焼けてきた……。」


加熱によって発生したアミノ酸と糖の結合反応。表面は光沢を帯びた茶色、改め【ブロンズ】の輝きを放ち、醤油焼きおにぎりが出来上がろうとしている。


香りの誘惑は凄まじく、醤油が蒸発する事でより直接的に鼻腔から取り込まれる。


気が付けば、屋敷のメイド達や小間使いの者達も匂いに引き寄せられ、気が付けば人集りが完成していた。



「……場所を間違えたかもしれない。」


皆にはシルヴァネール家の醤油であると説明し、醤油焼きおにぎりは恐るべき早さで皆の胃袋へと消えたのであった。

腹を空かせた人を見過ごせなかったのは救世主としての宿命サガである。


「この醤油はシルヴァネール家の宝だ。時が来るまで、皆には黙っててくれよ。」


「はい!」

皆とても良い返事をしたが、期待は即座に裏切られる事となる。


その醤油の完成度とあまりの美味さに、人に立てた戸は爆発四散。シルヴァネール家の醤油は瞬く間に噂として広まったのだ。


何しろ雇われている召使い達は、一部の【お務め】を除いて皆平民であり、今まで醤油の味や存在も知らなかった。

そこに豊がバフを掛けた料理が現れた事により、人生観が劇的に変化したのだ。


その噂は平民から貴族の耳にも入り、是非シルヴァネール家の醤油を味わいたいと、申し出が殺到したのだ。


もちろんイゾルデは、仕事を理由に全てを断った。人を集めるにも密な予定調整が必要になり、任務に支障をきたすからだ。


財産である醤油の品質価値を守る為であり

これらは法によって権利が定められている。



「ユタカ、今回の件はこの醤油おにぎりに免じて水に流そう。その代わりに……。」


「こちら、追加のおにぎりです……。」


「それで良いのだ……。」


イゾルデが一口かぶりつくと、『バリッ』とした最初の歯応えと、口内での『サクサク』とした軽快な音が響く。


噛めば噛む程広がる、ほのかな米の甘味と、それとは異なる醤油の甘さ。絶妙な塩加減が身体へと溶けていく感覚が非常に新しく


加えて、焼き立て独特の食感と旨味には流石のインペリアルガードも逆らえはしなかった。


「薄くして煎餅なんか作っちゃったりして」


「悪い奴だなユタカは……!こんなの旨いに決まってるだろうが……!」


「イゾルデ殿、この醤油に関しておりいってご相談が……。」




その後も豊は、自身の欲望を満たす為

あらゆる食事を上質化し、心の回復に努めた。この行為には別の目的も含まれている。


料理人としての価値と箔を得て、人々の信頼を得る算段であり


実質、現在の豊には【戦士】としての側面しか見えず、武力は人に【恐怖】と【信頼】を与えるが、【料理人】という面を見せる事で食を通じて人々から【共感】と【好感】を得ようと云うものだ。


実態が明らかとならない噂程度の話でも、戦い以外の側面を知れば、人の警戒は自ずと解かれていき、人脈にも発展する見込みがある。


その上、不鮮明だった豊の目的が【美食】という明らかなものとして知られれば、行動原理に納得が行き、交流手段も明確になるのだ。


この試みによって、次第に街中や人々の間では【力ある戦士が美食を求めて諸国放浪している。】という名目が成立した。




だが、醤油を味わえなかった一部の貴族達によって、シルヴァネール家は妬みを買う事となる。



その中の1人に【美食貴族】として有名な

【ダルベール・メタボック】公爵は噂で耳にした【醤油焼きおにぎり】を実践していた。


彼は経済界における重鎮であり、農家や職人、商人や労働者などの支持が熱い人物だ。


そんな男が今、行っているのは

【料理】である。


「【上質な醤油のひとさじは黄金に匹敵する】とされる……。それをよもや【焼く】などと……。なんという暴挙であるか……。」


貴重な調味料を大胆に使うなど、それは貴族であっても気が引けるもの、ましてや宝石などとは異なり、消費する黄金となれば話は大きく変わってくる。


「くくっ……!おのれ!米と網がひっつくではないか……!醤油もどうやって満遍なく塗るというのだ……!あぁっ!焦ったい!」


焼きおにぎりを極めた豊とは異なり、普段料理をしない公爵とでは、その腕に実力差があり過ぎた。

火加減を違えた為に、おにぎりは見事に焼き焦げ、食べる黄金は露と消えた。


「ぐっ……!醤油の価値を考慮し、おのれで実行したのはやはり軽率であったか……!しかし、これ程の大役を並の料理人に課せば緊張で身体が竦むであろう……!」


メタボック卿は悩んだが、既にシルヴァネール家への申し込みは断られた。だとすれば手段は直接に及ばざるを得なかった。


「相手はシルヴァネール卿と肩を並べる実力者である……。しかし、聞くところによると彼は美食屋でありながら料理人……。そこに付け入る隙があるに違いない……!」




そんな事はつゆ知らず

豊は朝早くから屋敷を離れていた。

「イゾルデの屋敷だと迷惑みたいだから離れた場所で調理しないとね……。」


七輪を片手に、調理に適した場所を探して王都を彷徨っていた。

この行動は王都の探索も兼ねている。

セントジアス内部は古代の建築物と、新しい建築物が入り乱れており、宛ら地上の迷宮とばかりに複雑な構造をしていた。


「冥王には屋敷で電波の交信を続けてもらっているけど……繋がることを祈ろう。」


そんな時。

氷樽を満載した荷馬車が道の端で立ち往生していたのだ。馭者が何度か鞭を入れるが、馬は動かない。


「うーん……困ったなぁ……。急がないと商品の鮮度が……。」


「どうかなさいましたか?」


「おぉ、コレは紅の騎士殿!実はですね。この商品をご貴族様のお屋敷に届ける手筈なのですが、馬が息を切らしたみたいで……。もうこいつも歳だからなぁ……。」


「大変だな……。上級街に行くなら僕が押して手伝うよ。馬の負担が無くなれば歩くくらいは出来るだろう。待っててくれ。」


「いいえ!いくら騎士様と言えどこの量の荷馬車は流石に……!」


「よいしょっと……!」


豊が後ろから馬車を押すと、自然と馬車は前に出た。馬車を含めて2t以上ある荷車だが、【エクストラ・フォーゼ】を使う彼にとってはどうと云う事はない。


そうして馬車が運び込まれた先の貴族邸へとやって来たのだが、待ち構えていたのはとある貴族であった。



「待ち兼ねたぞ!運び屋!早急にそれらを運び出してくれ!今宵は年に一度の交流会!皆も急げ!」


馬車を見るなり飛び出したのは小太りの貴族、通称美食家公爵【ダルベール・メタボック卿】であった。彼は品の良い礼装と、襟を毛皮であしらえた真っ赤な外套を着こなしている。


公爵は各方々に影響力を持ち、公共事業と娯楽施設、各地の治水と建設、造船や商業連合の会長を担う総管理職でもある。


交流会準備に伴い、屋敷の召使い達や馭者が、大量の氷樽を運び出す。

その中には、皆を手伝う豊の姿もあった。

それを目撃したダルベールは驚きの声を上げる。


「のわっ!?何故なにゆえ紅の騎士殿がこちらに!?」


「道中、馭者が困っていたので助けたのですが……。」


「本来客人として招く筈の騎士殿に、荷物運びなどして頂く訳には参りませぬ!誰か!代わりを!」


「折角なのでサッと運んじゃいますよ。」


ひとつ60Kgはあるであろう氷樽を豊はひとりでふたつ担いでいる。


その上、彼の足取りは軽い。本来なら樽はふちで転がして移動するのが常識なのだが、この方が早いと言う彼に召使い達は引いていた。


「アレが紅の騎士か……恐るべき怪力だな……。」




氷樽を運び終わった豊は、再び街へと戻ろうとしたところ、ダルベールによって呼び止められた。


「紅の騎士殿!此度は手をお貸し頂き、感謝致します。宜しければ是非この後の交流会へお越しになって下さいませ。」


「私、鎧なんですけど大丈夫なんですかね?他の御貴族様もいらっしゃるのでは?」


「その点はご心配なさらず。我が家自慢の礼装をお貸しいたしましょう。本日は珍しい【海産物】を料理にしてお出しいたします故……。」


セントジアスでの海産物は希少品であり、市場には概ね、乾物しか流れない。

それを知っていた豊は即座に踵を返した。



「海産物……!そ、それは……有難い申し出で……受けねば無作法というもの……。」


釣れた。


予想を遥かに上回る好感触に、ダルベールも思わず拳を握りしめた。


「ささ、こちらへどうぞ……。」


豊はメタボック家の侍女に案内され、ドレスルームを訪れた。部屋を埋め尽くす大量の衣装に圧倒されながらも、侍女によって深い紅の礼装が用意された。


グルカニンブルを合体形状へと組み立ててから、超重厚戦鉈・破を預け、豊は炎剛竜のスーツの上から礼装に袖を通した。


貴族達が集まる迄の間、会場を見て回る事にした豊は、改めて全容を見渡し、この屋敷が相当な広さを知った。


「まごう事なきパーティー会場って感じだな……。」



ダンスホールの端には楽器隊も控えており、着々と準備が整えられてゆく。

立食用のテーブルを始めとし、様々な料理が蓋をした状態で運び込まれる。


時代背景を考慮するに、かなりの高水準な文化が形成されているという印象であった。


「おぉ、紅の騎士殿。深紅が良くお似合いで。その礼装は、私が若い頃に着ていた特注なのですが……まぁ、今ではこの通り……。」


ダルベールは年相応に出て来た腹を摩り、自虐を挟んだ。

「招待頂き感謝致します。礼装もピッタリで安心しました。いつもは鎧なので、こういった趣は少々緊張します。」



「はっはっは!今日は楽しんでいってください。宴が始まれば、庭の方で実演調理と実食も行います。是非御賞味ください。」


「えぇ、海産物はこちらでは珍しいと聞いておりますので、私も僭越ながらお手伝いを……。」


料理人である豊を招き入れれば、調理を行う好機も生まれるであろう。そう踏んでいたダルベールは、心の中で拳を天に突き上げた。


「その手にあるのは【小型調理炉】ですな?しかし、あまり見ない形状の小型炉だ。何処でこれを?」


「私が土から切り出し、作りました。」


「ほう……、騎士殿は多彩でいらっしゃいますな。是非とも私共も騎士殿の腕前、此度の宴にて御相伴ごしょうばんに預かりたいものです。」


「えぇ、是非。腕を奮いましょう。」


豊は一礼を済ませ、料理の準備をしている使用人のもとへ向かった。


滞りなく会話を済ませた互いの印象は、当たり障りなく。寧ろ、好感が持てた。

品位、作法、仕草、言葉遣い、立ち振る舞い

全てにおいて完璧であった。


「……騎士としての資質が高過ぎる……。これ程当たりの良い人物。インペリアルガードや教会の連中を遥かに凌いでいる……。欲しい……!美食家、料理人、騎士。全ての要素がワシの後継者に……!フランソワ!フランソワはおらぬか!!」


フランソワと呼ばれた少女は、ダルベールの実の娘である。金髪に軽いウェーブが掛かった美しい髪と整った顔立ち、男を惑わす豊満さが魅力の女性だ。特にその目は宝石の様に美しく、長い睫毛から繰り出される流し目で、惑わされなかった男は居ないとされる。


「お父様、わたくしは此処に。如何なさいましたか?」


「フランソワ。お前も今年で15になる。貴族間では今が最高の時期だ。紅の騎士を落とせ。何をしても構わん。既成事実を作るのだ。」


「わたくしは以前から想い人が……。」


「フランソワ、あの優良物件を見てから判断するのだ。お前は頭が良く周り、賢く、器量もあって母親に似た最高の女。やるからにはワシはアレのような盤石な男が欲しい!家の為!繁栄の為に!」


「は、はい……お父様がそう言うのであれば……。」



そんな策略が交錯する中、豊は着々と海産物の下拵えを行なっていた。

料理人たちも貴重である海産物の扱いに困っており、手をこまねいていたのである。


「まさか来賓である騎士様にお手伝いしてもらうとは……。」


屋敷の料理人は、その場で魚の捌き方を実演していた。

鱗を落とし、エラから包丁を入れて首を落として腹を割り、内臓を取り除くまでは変わらないが、三枚おろしはせず、各部をぶつ切りにしてパイの具材に仕込んでいた。


「魚の形状はヒレなどが特出して発達している以外、然程違いはない……。そしてこちらのイカは足が12本ある……。そして、寄生虫が恐ろしい程デカい。まずはこの、マスに似た魚卵をイクラ……いや、塩漬けにしてしまおう。」


※【イクラ】とは魚卵の塩、醤油漬けを意味する言葉である為、市場にあるもの全てが鮭由来であると云う訳ではない。


蓄えた常識とは異なる食材を、現地の料理人や食材構造から分析し、調理を始める。


魚の形状や大きさ、用途に合わせて開き、二枚おろしと三枚おろしに分類した。


この文明水準ならば、魚は火を通して身をほぐし、パイの具材にしたりするのが一般的だか、届いた魚は氷の効果で仮死状態を保っていた。


その甲斐あって鮮度が高く、刺身でもいけると豊は踏んだ。


「しかし、魚の生食は衛生的観点やこの地の常識から察すれば、あまり推奨されないだろう。ならばこうするしかあるまい……。」


豊は三枚におろした魚の部位を味見しておき、より適合する調理法を模索した。

幸い、ダルベール家は美食の名家。食材や調味料などは多数揃っている。


「植物油に胡椒、柑橘類に、ハーブまで沢山あるな……。よし。」

豊は自身の嗅覚と味覚を頼りに味の掛け算を実践した。より、自身の経験に近しい料理を再現する為の手段である。


魚や海産物において生食の文化が確立してない地に、如何に美味しい料理を提供するか。

更には、貴族が集う立食パーティーである事も考慮しなければならない。


「やはり、焼きと揚げか。いろどりと胸焼け解消に野菜由来のディップソースを確立させなくてはならないかな……。」



紫の野菜や酸味のある柑橘類、若干の苦味などを備えたネギ類を、酒、塩などで混ぜ合わせてサラダのベースを作り、その上に加熱処理を行った赤身魚をスライスしてゆく。


更に酢と果汁、酒、胡椒を混ぜ合わせたドレッシングを振りかければ一品目、【カルパッチョ】の完成である。


同じ様な手順で野菜と燻した魚のスライスや茹でた貝などを酢で和えた【マリネード】も用意。


魚の細かな切れ端や軟骨をミンチにして形成、湯どうしや揚げ物にしてクラッカーなどの上に乗せ、チーズを掛ける【カナッペ】


魚と芋を混ぜ合わせ、バジルにチーズとパン粉を塗してオーブンで焼いた【香草パン粉焼き】や海産物で炊き込んだ【パエリア】


トマトと一緒に魚と具材を煮込んだ【アクアパッツァ】や【フライ】なども準備出来た。


他にも肉類を中心とした料理も並べられたが、海産物類は全て豊が仕切り、調理法を他の料理人に伝授した。


この国でのレシピは所謂、一子相伝であり

無形財産にも当たる貴重なものであるが、文化向上の為にと、広く伝える事を条件に、使用料を取ることは無かった。


「まさに、食の伝道者……。」


久しぶりに腕を振るった豊は、満足げに宴開催を待ちわびていた。


この時、王都に刻々と迫る巨大な影を、まだ誰も予測していなかった。

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