20.1VS100
『救世主、貴様、対多数戦闘の経験は?』
「改造魔獣なら100体同時に相手した事あるけど……殺さないようにするのは難しいかもしれない。」
戦場を想定した訓練場はとても広く、軍隊運動を伴う訓練、実戦訓練に最適な環境であった。規模は村ひとつ分程である。
所々には森を想定した林や、草むら、水溜り、川や民家なども再現されており、現実環境を視野に入れた訓練が成されていると想像に難くない。
この試験の難しい所は100人全てが異なる部位に着色装甲を取り付けている事だ。
頭以外、肩や腹部、手甲などを的確に攻撃する正確さと装甲を砕く力。
更には100人を同時に相手する器量と戦術。
総合力を試される試験なのだ。
「隣国デュルクニアとの戦いは、日に日にその激しさを増している。訓練において、貴様の様な強者と刃を交わす事は難しい。この好機を経て、戦場で1人でも多くの生き残りが増えてくれれば……。」
「そういう事なら僕の方も最善を尽くそう。ただ、真っ正面では厳しいだろうな。」
この時、騎士達からひとつの意見や具申が成されないのは、偏にイゾルデにおける将軍としての信頼度の高さによるものであり
寧ろ、騎士団の中では見知らぬ豊の身を按じる者の方が多かった。
それ程までにこの試験は過酷なのである。
「各位、所定の位置に着け!完了次第開始とする!」
「考えている時間はなさそうだ。」
合図と共に試験は開始された。
イゾルデ配下の騎士達は個で10の兵士に匹敵する力を備えている精鋭だ。
更には軍隊の強みである密集戦術に、対猛獣戦闘訓練を重ねた強者たちであり、如何なる相手であろうと冷静さを欠く事はなく、徹頭徹尾、質実健剛が彼らである。
前線は槍部隊。相手との射程差を活かした戦いであるが、密集戦術は速度による撹乱に弱い。そんな事は騎士団諸君も理解している。
豊が【超重厚戦鉈・破】を構え、腰を据える姿勢を取った時、大楯を構えた槍部隊はその場にて停止、号令と手信号によって後方部隊に細かな合図が送られる。
「統一されていて部隊の切り替えが早い。正面からでは無謀だな。」
豊は即座にその場を離れ、訓練場外周を大きく旋回した。
次の瞬間、先程まで豊が腰を据えた箇所に無数の矢が突き刺さる。
号令と手信号は、陣形の編成と射手への攻撃命令だったのだ。
「先ずは射手だ。」
多数戦において厄介なのは、やはり遠距離攻撃である。対処しなければ矢の尽きるまで攻撃は収まらない。
これは常に警戒を強いる上に、重圧を相手に掛け続ける効果がある。
豊は戦場を大きく旋回する事で槍部隊の側面を抜こうとしたが、再編成の速度が余りにも早く、的確であった。
「【ヘイスト】!」
このままでは包囲されると踏み、時魔術で速度を上昇させる。
これにより、豊の旋回は槍部隊の移動速度を超え、弓兵への道が拓かれた。
かに見えた。
『やはり弓兵の前には剣兵が基本か。』
矢の支援と弓兵の護衛には剣兵が付いていた。しかし、槍部隊とは違い剣兵は密集戦術や大楯を構えたりしない。
部隊と部隊の戦いであるならば
矢の攻撃を警戒し、弓兵前に大盾部隊を配置する事はあるだろう。
しかし、今は大多数戦闘。ありもしない矢の攻撃を警戒する必要はないのだ。
豊はそのまま剣兵の前に突撃してゆく。
止まらなければ、囲まれる事はない。
騎馬の様な速度によって一本の槍と化した攻撃は、その貫通力を持ってして、剣兵と弓兵の真ん中に穴を開けた。
しかし、走ってばかりでは体力が持たない。
この戦いにおいては、如何に早く相手の装甲を打ち砕き、戦闘から排除するかが肝要であるからだ。
突撃により、陣形が一部乱れ
その隙を突いて弓兵の戦力を削いでゆく。
戦鉈を振り回し、武器と装甲を破壊された騎士達が次々と戦闘を離脱。
至近距離に詰めれば、弓矢は同士討ちを警戒して手が遅れる。その隙を突くのだ。
相手の隙間を縫う様に、移動しながら攻撃を繰り返す事で全体数を削る。
一撃で装甲が砕けなければ蹴り上げ、転倒に多数を巻き込む。仲間はみすみすそれを見捨てたりは出来ない、という心理も突いている。
体勢を立て直した騎士達が、陣形を以ってして豊を包囲しようとするが、減り続ける軍隊の指揮がそう易々と回復する筈もなく
穴を見つけては突撃を繰り返し、徐々にその数を減らしていった。
だが、次第に豊の体力も奪われる。
旋回、攻撃、突撃と全ての行動に消耗を強いられるからだ。
更には騎士達の数が減る事で、連携に時間差がなくなり、残された者達は必然的に
攻撃の対処法を確立してゆく。
豊の穴あけ突撃は、逆らうからこそ
その威力が最大のものとなる。
しかし、流れに逆らわず、大楯を斜に構え、道を空けて突撃の勢いを躱せば、兵の被害は最小限に抑えられる。
この時、既に騎士の半数が戦闘を離脱したが
要領を得て、守りは厚く固められていた。
「皆の者!此奴を侮るな!個ではなく、猛獣を想定して陣形を立て直せ!」
指揮官が陣形の号令と手信号を送る。
敷かれた陣は、円周密集陣形。通称【針鼠】である。中央から弓、剣、盾槍という三重構成となり、360度からの攻撃を想定している為、防御力に優れており、隣同士が盾を合わせる事で衝撃を分散し、突撃を無力化するのだ。
一瞬でも突撃が止まれば、後ろに控えた弓兵により追撃を受ける仕組みだ。
持久による戦術も、戦における正統な手段の一つである。豊が走るのを止めれば、騎士たちの総攻撃が加えられる。
「そっちがその気なら……。」
豊は戦場の端っこまで退却し、茂みや物陰を使って休憩を始めた。当然騎士達は追ってくる。それを隠れて大きく旋回し休憩。これを繰り返した。
騎士たちは現状の数を纏めて、防御を維持しなければ豊の突撃を止められない。これを見越した休憩作戦である。
多数戦とはこういうものである。
如何に相手の調子を崩し、自身の土俵で戦うか、これが肝要となる。
このまま追いかけっこが続けば、補給の用意をしていない騎士たちに分が悪い。
彼等は新たに、10人の部隊を5つ作り戦場に散開させた。
これならば、逃げた先で待ち伏せが可能というものだ。
豊はこれを狙っていた。
戦力が分散すれば、各個撃破の難易度は格段に下がる為だ。
物陰に潜み、気配を消して回復と奇襲。
これを繰り返す事で数を減らした。
戦場が広い事で互いの連絡は滞り、全体数が把握出来ず、戦場の騎士たちは、あとどれくらいの兵が残っているかを把握する事が出来ない。
ゲリラ戦法は心理的な重圧が強く、効果的だ。豊は真正面だけでなく、環境や相手の心理すらも味方につけた、多面的な攻撃を仕掛けているのだ。
インペリアルガードの条件における
【100人同時に相手出来る】の定義が何処にあるのかはさておき、豊は善戦していた。
「ここからが正念場だ。騎士たちはこれ以降10人以下での行動を行わない。つまりは各個撃破する以外に道はないという事だ。」
『とは言え、相手はブンブン女の部下だ。一筋縄ではいかんぞ。』
陣形崩壊時の混乱に乗じた乱戦とは異なり
少数精鋭との戦いは【個の力】が重要となる。相手を一撃で倒し、戦力を削らなくては、御された数による連携で押し切られてしまうだろう。
最早、戦場には部隊が散開している為、逃げる事も叶わない。
「……試してみるか。【メタボ・ル・フォーゼ】次の段階へ……。」
『ほう、貴様の身体強化術か。殺さぬ戦いにおいて不向きな術、如何にしてこの場に落とし込むか、見ものであるな。』
【メタボ・ル・フォーゼ】は怒りに身を喰らわせ、一時的に身体能力を100倍にする術であり、代償として莫大なエネルギーを発動の糧とする。
今までは強敵を屠る為だけに使用されてきた術であるが、これまでを振り返り
今まさに、改良と制御をする時が来たのだ。
豊は攻撃を繰り出す瞬間に術を発動させ、余分なエネルギーの放出と消費を防ごうと試みたが、放った戦鉈の攻撃によって、騎士が3人巻き込まれ、大転倒と離脱を余儀なくされた。
しかし、それでは意味がない。
現に、予期を遥かに絶する疲労が蓄積し、同時に急激な空腹も訪れた。
「くっ……ダメだ……。瞬発的に発動をしてもエネルギーの消費を抑える効果は望めない……!【発動】に力を使い過ぎるんだ。」
『力の制御がまるでなってない。我が少し、手本を見せてやろう。』
カイパーは炎剛竜のスーツを介し、豊の表皮を自らの体組織で覆った。
これにより、体外へのエネルギー浪費と放出を極限まで減らす事が可能となるのだ。
表面を覆った事で身体におけるエネルギーの流れが冥王によって制御される。
その結果、【メタボ・ル・フォーゼ】の発動エネルギーは霧散する事なく、豊の身体へと還元されたのだ。
『想像しろ、己が体内に流れるエネルギー。【スピリチュアルパワー】の流れを……。これらは血液のように循環し、訓練次第でその量と速さを御する事が可能だ。』
続く激戦の中、豊は戦いと制御を同時に行わなければならない。
長年の修練と実践により培われた戦闘の要領は、彼を裏切らず、並列での処理を可能とした。
【崩】と【壊】の融合時に一瞬感じ取った【崩の世界】
これに似た、研ぎ澄まされ、透き通る感覚。
豊の目に青い光が満たされる。
「見える!見えるぞ!体内の青い炎が!」
『そうだ。それが生命の根源【スピリチュアルパワー】だ。』
律動に併せ、体内で青い炎の塊が渾々と循環するのを目で見て認識する。
そこからは早かった。
一度認識した原理は、豊の中に落とし込まれ
確立した事で、完全に自身のものとなったのだ。
画して、より繊細で厳密なエネルギーの制御法を会得した豊は、身体強化術【メタボ・ル・フォーゼ】を【エクストラ・フォーゼ】へと進化させたのだった。
「【エクストラ・フォーゼ】!」
身体を守り、持久力と効能を全て考慮し
最適化された身体強化術は、彼本来のおよそ3倍の身体能力を実現可能とした。
豊は3倍の力によって、残された装甲を次々と破壊。誰一人死なす事なく、課せられた試験を全うしたのであった。
「なんという強さだ!我々が手も足も出ず敗退を喫するとは!」
「あの気迫と力、そしてあの速度。シルヴァネール将軍との噂は真実であったが……。」
「装甲だけを正確に破壊する手腕。恐ろしい男だ……。」
しかし、騎士たちの目は未だ、疑いから晴れてはいなかった。何故この様な人材に、今まで陽の光に当たらなかったのか。疑問は尽きなかったのだ。
「それまでだな。皆良く戦った。ユタカとの実戦を経て、貴公らには益々の精進を願うばかりである。」
イゾルデはこの100人多数戦を、ごく当たり前のように受け入れている。
と、部下達の目にはそう映ったのだった。
「彼は事情により、その出生や経歴を諸君に明かす事が出来ぬ。しかし、彼の人柄と信念は剣を交えた私には分かる。それと、力は今示した通りだ。必ずや我がジアス国に戦果を齎してくれるだろう!」
イゾルデによる詮索の封殺。
この事で更に噂は実を得ず、【紅の戦士】という人物は偶像化を始めた。
噂は噂を呼び、虚構は真実となる。
その後、ほんの少しあった野盗討伐の情報と今回の多数戦を以ってして、噂は次第に大きくなっていったのだった。
斯くして、騎士隊を巻き込んだ【選抜】は幕を下ろした。
2日後、イゾルデより書状が与えられ
【選抜騎士】の名誉が与えられた。
「今更なんだけど、【騎士】の称号は易々と手に入るものではないのでは……?」
自身の置かれた立場を心配している豊は
黄金で作られた立派な勲章を賜った。
造形には職人の技が込められており、偽造など容易く出来るような代物ではない。
「……案ずるな。私の名前と家で書類を通しておいた。貴様が気にする事ではない……。ただ……定期的に顔を出せ。それだけだ。」
イゾルデは何か隠し事をしているようで、終始落ち着きのない仕草をしている。
「それならいいけど……。」
「それとだ、貴様の要望通り、各地に調査を出しておいた。今後、猛獣や古代遺跡の情報が入り次第通達する。」
「助かったよイゾルデ。君には世話になりっぱなしだな。いつか借りは返すから。」
「……別に……今返してくれても……良いのだが……。」
彼女の言葉は消え入るように小さかったが、豊は耳が敏感系の男である。
「えっ?今と言っても……何を……。」
「……いや!聞こえなかったことにしておけ!考えておく!」
「そうか……?分かった。」
『前途多難だな……。』
指摘や指南を受けていない故、豊はまだ知らなかった。
貴族や王族を名前で呼ぶ事の重大さに……。




