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紅の救世主  作者: メアー
3章.力の弊害と覚醒
PR
15/51

15.受難と思惑

ミセリコルデ視点。





馬車内で薬を嗅がされ、気を失ったミセリコルデ。

彼女は気が付けば四方を石に囲まれた地下牢獄で囚われの身となっていた。


一般的な客室では万が一逃げられた際、取り返しがつかなくなるというペロリーノ司教の思惑があった。


この地下牢獄は他の牢とは独立しており、完全な個室な上、周りに建物は存在しない。


目が覚めた時、ミセリコルデの視界には鉄格子の窓から差し込んだ弱々しい光と、扉の小窓越しに揺らめく蝋燭の火があった。


身体を縮こませ、懸命に耐え様とするも

幼い彼女にとっては過酷な環境であった。


「私……どうなっちゃうのかな……。」


誰に向けた言葉でもない。

寂しさわ紛らわすだけの独り言だった。

しかし、そう思っていたのはミセリコルデだけであった。


『さぁな。』


「えっ!?誰!?」

思いもよらぬ返事に混乱する少女。

辺りを見渡すも声を発するに該当する人物は見当たらない。


『小娘、は此処である。』

そうして出て来たのは冥王の別個体。

小さな握り拳程度の身体で姿を現したのだ。


「ひゃっ……!」


『この姿では警戒するか……。人間の小娘が好む形態はあったかな……。お、丁度良いのが……。』


別個体は身体を変形させ、室内の隅っこにいたネズミを触手で取り込み、形を変化させた。


メキリメキリと筋肉と骨を分断する音が響き、黒い塊は動物の形へと整ってゆく。


『特別に艶のある毛で可愛らしく仕上げてやろう。どうだ小娘、余は可愛いだろう。』


「過程を見なければね……。」



彼女から出たのは至極尤もな感想であった。

毛並みの整った黒くて紫の目をしたネズミ。

これが別個体冥王【ヴェルト】仮の姿である。


「あなたは誰なの……?」


『お前の身体を修復した冥王だ。救世主から説明は……受ける前に奴は旅立ったか……。まぁ、良い。特別に余が説明してやる!』


ヴェルトはミセリコルデにこれまでの事と現状を合わせて説明した。



「えっと……。なんとか分かりました。」


『小娘、お前は余と合体した事で【力】に覚醒した。おそらくは傷を治す【治癒】いや、余の特性からすれば【活性】じゃな。』


「そうなのかな……。よくわからないで使って……お腹が空いて……。」


『能力の使用には【スピリチュアルパワー】……まぁ、平たく言えば【精神力】が必要になる。お前の場合、燃費が悪くて空腹になるんだろう。』


「私の【活性】目当てで拐われたんですよね……。どうなっちゃうのかな……。」


『戯けた事を言うな。【どうなるか】ではなく【どうするか】だ。余は救世主と別の余からお主を任されておるのじゃ。死んだりしたら殺すぞ。』



「それって結局死んじゃうんじゃ……。」


『やかましい!とにかく余がお前を鍛え直してやる!ビシビシ行くから覚悟せよ!』


「ふえぇ……。どうしよう……。」


『……ふははは!お前はこれで、【成り行き】から【選択】へと一歩進んだな。』


「…………?」



『察しの悪い小娘じゃのう……。まぁ、良い。飯をめちゃくちゃに要求して余にエネルギーを蓄積させるのじゃ。そうすれば救世主が助けに来るまでの間、お前を守れる。』



「わ、分かりました。」



食事は朝晩の2回、離れから給仕が運搬し、回転仕掛けによって配給される。


「すみませーん!この量だと餓死してしまうのでもっと下さーい!」


他の権力者に知られぬ為、用いられた地下牢獄での幽閉ではあるが、ミセリコルデは大事な客である。司教から指示されていた通り、要望に応えて食事の量は増えた。


事前に彼女が、能力を使うと空腹になる。

という情報を知っていたからこその対応だ。



「これでいいの?ヴェルト。」


大事な会話の時は念話で行う。

そう決めたのはヴェルトだった。


『……まぁ、この際敬称は良いか……。まずはこの食事に薬が仕込まれてないか調べる。』


「薬……ですか?」



『恐らく奴等はお前の【活性】を誰かに使わせたいのだろう。余ならば中毒症状が出る薬物を投与し、意のままに操るだろうな。』



「ひいっ……!そんなの食べたら私、どうなっちゃうの……!」



『案ずるな。余が毒味をして成分を調べ、無毒化する。しかし、中毒物質が出たら掛かった振りをしておけ。相手を油断させるのだ。』


「上手く出来るかな……。」


『腹が減った時の更に酷い版みたいな感覚でやれば大丈夫だろう。』


「うぅ〜……食事ぃ〜!!……こんな感じかな……。」


『……お前は人を騙す器ではないな。』


「絶対褒められてないよ〜っ!」



成分分析の結果、微量だが、麻薬が検出された。

この薬はコカインに似た症状を持ち、中毒症状を引き起こすものであった。


ヴェルトの予想は的中し、食事は全て吸収してから再構築された物となった。


「パンが固いよぅ……。」


『贅沢な小娘だな……。』


ヴェルトは口から火を吹き、パンをこんがり焼き直した。


「ありがとうヴェルト。」


『ふん……。』


こうしてふたりの奇妙な生活が始まった。

相手が、中毒を起こさせる事を考慮していれば、じっくりと1週間は猶予がある。


それまでにヴェルトは、ミセリコルデに力の使い方と身の振り方を教授した。


『基本的に戦闘になれば余が敵を殺して喰う。それの繰り返しだ。お前は余の近くにいて身を守る術を実行するのみだ。』



「う、うん!」


ヴェルトはミセリコルデとの合体練習を入念に行った。

彼女を守る為には一番確実な方法だからだ。

しかし、1度分離して合体すると質量が問題となる。一時的に増えたり減ったりしても不自然でない身体の箇所……。


『腹……。』


「胸!胸でお願いします!!」


『いや、腹……』


「胸!だって!女性だし!胸なら自然に隠せるし!」


彼女の必死の要望により、ヴェルトは瞬時に胸部分へと合体可能となった。

これによりAはCとなった。


『造形を整えるの大変なんだぞ……。』


「冥王なら!やってのけて!!」


『えっ……なにその今までに無い気迫……。解せぬ……。』




逃げる動きは時折紛れ込むネズミを相手に学び、ヴェルトはワザとネズミを呼び寄せてエネルギーの回復に努め


夜中はヴェルト単体で牢を抜け出し

建物の構造を把握、脱出ルートの確立。

見回りの回数や人の数などを調べた。


『ネズミ穴が役に立ったな……。』

探索をしている最中、ヴェルトは兵士達の立ち話などを聴き、情報を収集。

現状の把握と人物関係、組織図に関しての情報も手にした。


兵士達などを乗っ取ろうかとも考えたが、記憶まで吸収出来る訳ではない為止めた。


『あの司教を殺せるなら殺しておきたいが……何分、この身体でこの広さの王都を駆け回る訳にもゆくまい……。余は人の営みに疎いところがあるからな……。さて……。』


ヴェルトは身体を細長く伸ばし、独自の周波数で別個体であるカイパーとの連絡を図った。しかし、この時カイパーはイゾルデの治療に付きっ切りだった為、反応出来ずにいたのだった。


『別の余と救世主の事だ。きっと村人に怪我人が出たのだろう。この分だと、こちらからのアクセスは困難だな……。間に合えば良いのだが……。』



ヴェルトの望みも虚しく、この後も通信が繋がることは無かった。



それから1週間が経過し、突如としてミセリコルデの牢獄に使用人達が押し寄せた。

この際、ヴェルトはミセリコルデの体内へと隠れる。


「えっ!なに?何するの!?」


「失礼します。」


使用人の女性達はミセリコルデを丁寧にお湯で洗い、石鹸で身を清めさせ、新しい清潔な司祭の法衣を着せた。


その法衣は足首まですっぽりと身体を隠す、ゆったりとした着心地の良い代物であった。


「なんでこんなことに……。」


身支度を終えると、待ち構えていたペロリーノが現れる。


「お待たせしたミセリコルデ嬢……。」


「……。はい。」

ミセリコルデの返事は一瞬遅れ、これを徹底する。中毒患者に見せる為だ。


「本日までの食事も大変美味しかったと存じます。ところで……あなたに是非救って頂きたい方が居るのですが……。」


「……はい。ご飯の為なら……。でも……あれはお腹が凄く減るので……。たくさんご飯……。」


「ほほっ!そうですか!いやいや、御馳走をたくさん用意しておきますとも!是非貴方の手で、苦しむ人々を救って下さい!!ほほほ!!」



薬が効いていると信じ、上機嫌であったペロリーノ。彼の案内について行く事となった。


『小娘、油断するなよ。余が合体している間はそう簡単には死なぬが、それにも限度はあるからな。』


「はい……。」






ペロリーノに同行し、通されたのは王室。

王族たちの完全なるプライベートルームであった。


司教は扉の前の騎士に話を通した。


「本日はかねてより通達しておりました【治癒の神子】をお連れ致しました。何卒、お目通りを……。」


「よろしい。お入り下さい。」


ふたりが通されたのは王の寝室だった。

広い室内に豪華な内装とイメージがしやすい寝室であった。


大きなベッドにはジアス現・国王

【ガイゼリック・ジ・アース15世】の姿があった。王は床に伏せており、その顔色は芳しくない。肌は土色となり、髪には白髪が混じり、頬も若干痩せている。


その側に仕えるのは彼の長男にして末子の

【カイゼルグ・ジ・アース16世】であった。



「ペロリーノ司教。其奴そやつが話に聞く【治癒の神子】か。」

幼さ残る声でカイゼルグは司教に問う。その面持ちは深刻であり、余裕の無さが窺える。


「その通りでございます殿下。この【治癒の神子】ミセリコルデは死を待つばかりだった重傷者をたちどころに治したといいます。きっと、陛下のご容態も……」


「きっと、とはどういう事だ。ペロリーノ司教。確証は有るのだろうな?」


カイゼルグは司教に向かい睨みを利かせた。

それは幼さとは不釣り合いの獅子を彷彿させる鋭さであり、ペロリーノは一瞬にして脂汗をかいた。


「はっ、実は【奇跡】にはかなりの下準備が必要でして……、本日参上するまでに試す事が叶いませんでした。これも陛下の治療を優先させるが為……何卒、ご理解頂き、お怒りをお鎮め下さい……。」


司教が深々と頭を下げ懇願するのを見て

カイゼルグも言葉を濁した。

「そうか……父……陛下の治療が最優先だ。早速始めてくれ。」


司教は短く返事をするとミセリコルデに命じた。

「さぁ、治癒の神子よ!今こそ、その力を顕現させるのだ!」


「……はい。」


言われるがままに国王に【活性】を執り行う。ミセリコルデは国王の手を取り、意識を集中させる。


この際、手のひらで相手に直接触れる事でヴェルトの一部を体内に送り込み、調査を行った。


「……少し時間が掛かりますが、お待ち下さい。」


「う、うむ。」


ペロリーノは彼女の【治癒】が如何なる方法で行われているのか知らなかった。

故に【時間が掛かる】などと口にしたのだ。



『随分身体が衰えてやがる……。原因はなんだ……?』


ヴェルトが体内を駆け巡る。順応する細胞で有る為、身体を透視するかの様に移動を行う。


『これは……判りにくいが、毒物だな。成分は遅効性で検出されにくく、混ぜられても気が付かないやつだ。本来の抵抗力があれば問題はないが、恐らくは2種類以上の混合毒によって抵抗力を下げられている。』


「複数の抵抗を……下げる毒……。」


ミセリコルデがそれを口にした為

辺りには動揺が走った。

これには司教も予想外である。


「複数の毒だと……!?一体誰が!?おい!娘!毒の種類はなんだ!!」


「殿下!お静かに!これでは神子が集中出来ませぬ!」


喰ってかかる勢いの王子を引き止める司教。

この情報で国王暗殺未遂が明らかとなってしまい、今後王宮内では激動が起こるだろう。


それ程までに、大きな問題が発生したのだ。

司教は焦りを見せていた。

ミセリコルデが国王を治療すれば、自身が連れて来たという功績で王宮内での株が上がり、王族は恩を売り、教会内でも出世出来る算段でいた。


しかし、暗殺未遂が明らかになった事で、より立場が危うくなったのだ。


ただ、治療しただけなら問題はないが、暗殺未遂があったとなれば、暴いたきっかけを作った司教に矛先が向けられるのは必然。


もし、自分より立場が上の人間が図った事であったとすれば……。

司教の身の安全は保証されない。


「殿下、こ、この事は如何に……。」


「犯人が居るとするならば見つけねばならぬ、しかし……。毒を特定しなければ犯人の手掛かりすら追えぬだろう……。下手に情報を流せば、相手に隠蔽する時間を与えてしまう……。ここは信頼のおけるインペリアルガードにだけ、話を通すべきだと思う……。」


司教にとって、それは助け舟である。

「そ、それが良いと思われます。下手に動けば勘付かれるやもしれませぬ故、私も口を紡ぎます……。」


「わかった……。」


そうこうしている間にミセリコルデによる治療は終わった。体内の洗浄を行い、ヴェルトを回収を完了させた。


『毒は小娘の力で消えたようだが、かなり弱っているな。【活性】は万能という訳ではないらしい。少しばかり、エネルギーを分けてやったから死ぬ事はないだろう。』


ヴェルトが考えるに、彼女の【活性】は怪我と解毒のどちらか一方しか作用せず、優先順位の高い症状から治癒してゆくものとされた。


「後は、よく食べて寝る事です。」


国王の顔色は少し良くなり、静かな寝息を立てている。

一応の処置を施したが、結果として1人の人間を救う事が出来た。

手放しで喜べる状況ではなかったが、ミセリコルデは一仕事追え、安堵していた。


「ペロリーノ。これから毒の特定を行いたい。彼女を少し借りるぞ。」


「そ、それは……は、はい。かしこまりました……。」


ペロリーノ司教は薬の効果が切れ、拘束もしてない神子が余計な事を口にしたり、逃げたりするのを恐れた。

だが、この状況でカイゼルグ殿下の要望を断る事は不可能である。


一同は国王の寝室を後にし、カイゼルグ殿下とミセリコルデは、毒の種類を突き止める為、別棟に存在する研究機関へと急いだ。



そしてひとり残されたペロリーノ司教は、極度の疲労と緊張からか、フラフラとした足取りで自室へと戻ろうとしていた。



『余計な事をしてくれたな、司教よ。』


「ひっ!!」


ねっとりと纏わり付く、流体の金属のように重たい気配。声の主は長身で身なりを黒で統一した銀髪の男であった。


「ば……【バウロン卿】……!何故此処に……!今はデュルクニア遠征の筈……!!」


『貴様には【神子】の捕縛を命じただけの筈だが……?やはり、欲が出たか……。』


「はっ……!!」

気が付けばこの長い王宮の廊下には人の気配が何ひとつ存在していなかった。

本来ならば一定間隔で兵士が警備している筈であった。


『所詮は肥えた豚か……。』


「ば、バウロン卿……!此度の件……よもや貴殿が……!神子に飲ませた薬にも何か仕掛けが……!?」


『……お前のせいで予定をまた組み直さねばなるまい……。』


「こ、答えぬか……!卿!!貴殿の行いはこのジアス国を……!ま、まさか……!兼ねてから話に出ていたデュルクニア国への内通者は……!」


ペロリーノ司教は懸命に命を繋ぐ為の虚勢を張った。自身の持つ国への影響力を加味し、己の価値を相手に知らしめる為だ。


『高々司教の分際で小賢しく、よく喋る男だ。』

バウロン卿は静かに距離を縮めた。



「寄るな!」

迫り来る死の恐怖に耐えかね、ペロリーノ司教は衣服の下に隠し持つ仕込み棍棒をバウロン卿へと振るった。


神光教会においてペロリーノ司教は屈指の武闘派でもある。人の上に立つものとして、研磨を怠らず、武力と知力を兼ね備えた人物でもあったのだ。


「もらった……!」


司教の振るった棍棒は真っ直ぐとバウロン卿の頭部を弾いた、かの様に見えた。


『……つまらぬ。』


「そ、そんな……有り得ぬ……!貴様人間では……!」


全ての言葉を口をする前に司教の首が宙を舞った。渾身の力で振るった筈の棍棒は、バウロン卿の頭部を透過し、彼の手中に収まっていた。






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