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紅の救世主  作者: メアー
2章.流れ着いた先
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11/51

11.水神様の正体




会合が終わり、外へ出ると

村長の家の前にひとりの男が座っていた。


「お頼み申す!お頼み申すっ!どうか!ウチの娘を生贄にしないでくださいましっ!」


村長と水鎮に対し、嘆願を行っているのは、生贄の父親であった。


生贄は御告げによって決定し、何者も覆す事は出来ない。

しかし、何故か選ばれる娘達は美しい素質を持つ者ばかりであった。


「お頼み申す!どうか娘だけは!」

水鎮に縋る父親であったが、それは払い退けられた。


「黙れ!これは水神様がお決めになられた事!貴様、言うに事欠いて神の意志に背くつもりか!」


「そこをなんとか!お頼み申す!あの子はまだ13なんです!どうかご慈悲を!!」

何度も何度も縋り付く父親であったが、村長はそんな姿を見て張り手を見舞った。



「甘えるのも大概にしろ!普段から水の恩恵を受けておきながら慈悲だと!?なんだその言い草は!貴様、3年前、向かいの娘が選ばれたら時、何と申した!!【神の国へ行けて良かったな】と両親に申したではないか!」


「そうだ!いざ自分の娘が選ばれたらその言葉を反故にするのか!恥を知れ!!」


「うっ……うぅぅぅ……。」



父親はその場で蹲り、啜り泣いた。


その様子を見ていたカイマンの目は冷たく

生き物以外を見ている様な目であった。






村にある宿へと招かれた豊達。

水田には穂が実り始め、順調に育っているのが伺えた。


畦道の途中には水神様の祠が建てられ

村人はそれを拝んで感謝を示していた。何の疑いもなく。



「ほら、暗くなる前に家に帰らないと水神様の祟りにあうよ!」


親が子供を叱る口実としても水神様は浸透していた。

情操教育が確立する前はこの様な方法で、人々は倫理観や教養を養っていたのだ。


ただ、漠然であろうとも【誰かが自分を見てくれている】

という心理は良くも悪くも抑止力へと繋がるのだ。






「カイマン殿、今回の生贄にされるという少女に会っておきたいです。」


「……どうするつもりかな。」



「このままでは我々の前で見せしめとして少女は滝壺に落とされるでしょう。しかし、着水までには若干の猶予があるはずだ。」



「わたし達で助けるというのか?一体どうやって。」


「それは現場を見てから判断いたします。」



「いいだろう。少女の家はあの辺りだ。わたしも行こう。」



出会った少女は【レイ】といい。

意外にも物分かりが良く、自身の置かれた立場を理解していた。


古くから信仰があるのと、今まで数人の少女を見送った為だろう。

年端もいかぬ女子には有るまじき落ち着き様であった。


「……それでいいのですか?」


彼女は静かに首を横に振る。

「本当は嫌だけど、言えない……。みんな今までそうしてきたから……。」


そう言って家へと走って行った。

声を殺して泣くには些か、彼女は若過ぎる。



「……必ず助けましょう。彼女も、この村も。」


「そうだね……出来るだけの事はしよう。」



新たな決意を胸に、豊はカイマンと共に下見として祭祀場へと向かっていた。


もちろん、暗がりに紛れて刺客が放たれたが全て返り討ちにした。

彼らは金で雇われたゴロツキであり、例え縛り上げてもシラを切られるだろう。


「時間がない。なんとしても水神様の正体を掴む以外、わたし達に勝利はない。」


山道を登る事しばらく、祭祀場である為

道は幾分か整えられ、それ程時間は掛からなかった。


祭祀場の向かい奥、右側には巨大な絶壁聳え立ち

獅子にも似た、なんらかの生物を模した様な像が絶壁から顔を出している。


「あの大きな像の口から水が出て、滝になっている様だ。」


丁度、滝と滝壺。周囲を一望出来る様に祭祀場は造られていた。


「底が見えない。かなりの高さだな。」


水飛沫や水蒸気の所為で、滝壺にはもやが掛かっている。

水量が増えればこのもやは更に滝壺を隠すだろう。




豊は滝壺と滝を生み出す像を、カイマンは祭祀場を調べている。



暫く黙っていた冥王が念話を送る。

『救世主よ、この辺り一面に【流れ】を感じる。生き物ではないが、自然的なものだ。』


「漠然としてるなぁ。」


絶壁の向こう側はどうやっても見渡す事が出来なかった。

しかし、奥はかなり続いている様に思えてならなかった。



豊は広がる情景を見て、何かに似ていると感じていた。

この滝は水神様の悲しみによって水の量が増え


儀式当日に生贄が滝壺に飛び込む事で、悲しみが収まり

水の量が適切に戻るという話だ。


どんな大雨が降ろうとも、悲しみを鎮めている間に氾濫や洪水が起こった記録はない。


本当の意味で水神様は麓の村を守護している。そう受け取る事も可能だった。



『大雨による水害を防ぐ神……。この役割、まるで、貯水池だな……。』




「!?そうか!!貯水池か!!それとこの大掛かりな絶壁。これはおそらくダムで、滝壺が【減勢池】の役割を果たしているんだ!」


豊は改めて絶壁とその周辺を探る。

すると、普段は水飛沫で見えない様な位置に、別の放水像を発見した。


「ってことは……あれは【コンジットゲート】で上の像は【クレストゲート】なんた!!」


『救世主よ。その口ぶり、これらは何らかの設備であるという事か?』


「あぁ、間違いない、この構造、僕の知ってるダムとは少し異なるが、大凡の機能が備わっている!そして冥王が感じた【流れ】」


豊の示した先には太い管が絶壁の中央から祭祀場まで伸びていた。


そして、カイマンもそれに気付く。

「祭祀場に似つかわしくない大きな建築物だ。扉に取っ手がない事を鑑みて、古代文明の名残りである事は間違いないだろう……。」


思案するカイマンをよそに、豊は設備の外見などから

1つの答えに辿り着いた。

「見てくれ冥王……。あれは……水力発電所だ……!」







そして儀式当日


予定通り、水神様の像からは通常の4倍の水が溢れている。

これが1日続けば、村は大洪水に見舞われるだろう。


儀式には村長、水鎮を始めとした村の衆と

カイマンが参加していた。



人々は神の悲しみを初めて目の当たりにして

その水量に恐怖を覚えていた。




「カイマン殿。お連れの方が見えませぬが……?」


「彼はわたしの身辺警護です。今この辺りの見張りを行っています。お気になさらず儀式を行なって下さい。」



カイマンの提案で、村の衆にまで儀式を見学させたのは単に人目に着かせる為であった。

カイマンと豊はだけでは悪党をけしかけて来る可能性があった為だ。


村人たちも、自分達が行ってきた儀式を今一度受け入れる為、希望者全員を集める。


村長がこれを受け入れたのは単に見せしめと

儀式の整合性を村人にアピールする為であった。



その実、水鎮の一族は悪事を働いて追放となった下級貴族の末裔であり


他の追放者と同じくこの土地で田畑を耕し

開拓に全てを注ぐ事で罪を償う筈だった。

しかし、ひょんなことから、この山にあるダムの存在に辿り着く。


このダムはオーパーツであり、失われた古代の技術で造られていた。

何年も掛けて仕組みを解読した一族は

ダムの機能を使って【水神様】という偶像を作り出し

生贄とした少女を貴族に横流しする事で富を得たのだ。


そして水量を調整して水田に水を送り

米の生産地として国に影響を及ぼす程にまで成長を遂げたのであった。



「馬鹿な奴等め、我々が裏で水量を調整しているとも知らずに……。」


「手筈は大丈夫なんだろうな水鎮よ。国の機関の者が来ている時に何かあったら……。」



「心配要らぬ。既に我が息子が遺跡内でオーパーツの調整をしている。生贄を滝壺に落としたら水量を絞れば良いのだ……。」


「それで、水神様の悲しみは収まると……。流石は水鎮……。悪党よのぉ……。」


「ふっ……一族復活の為、手段は選ばぬさ……。」




そうしているうちに儀式は始まった。

生贄の少女が白い衣装に身を包んでいる。

太鼓や笛の音が鳴らされ、いよいよ少女は

滝壺へと飛び込んだ。声も上げずに、人々の為を思って。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

少女の父親は泣き喚きその場に伏した。

後は水量が元に戻るのを待つばかりであったが


【数分経とうとも水の量は戻らない。】


「な、何故だ!?」

水鎮と村長は慌てふためくが、この場を去るわけにはいかない。

何と言っても彼らはこの儀式の責任者だからだ。




「どうやら、水神様の悲しみは拭いきれなかったようですね。」


カイマンはふたりに詰め寄る。


「な、何かの間違いだ……!そう!まだ神の国に到着していないのかもしれん!」


「そうですか……しかし、確証がない以上、悠長に待っているだけ、という訳にも行きません。水鎮、貴方神と直接お話が出来るんでしたね。」


「あ、あぁ!勿論だとも!そうでなくては水鎮は務まらないからな……!」


挙動不審の水鎮だが、必死に時間稼ぎを行なっていた。

本来ならば水量調整を自身の息子が行い、戻る筈だったのだから



「どうやら水神様の悲しみはまだ続く様だ。どれ……。」


カイマンは水鎮と村長のふたりを掴み上げ、祭祀場の際まで引っ張ってゆく。


「離せ無礼者!ワシを誰と思っている!水鎮の一族であるぞ!!」



「神様とお話が出来るのであれば、直接慰めに行った方が早いと思いまして。」



「何を馬鹿な……!神の国など……!」

そこまで言い掛けて水鎮は口を紡いだ。


「無いとは言えませんよね……?貴方が散々少女らを送った国だ。それを否定することは許されない!!」


「わ、わしは関係ない!全部此奴の責任じゃ!わしは離してくれ!!」

村長は往生際悪く、自身の安全を優先した。


「いいや、連帯責任だ。」

カイマンは淀みなく、迷うことなくふたりの悪党を滝壺へと突き落とそうとした。


「誰かぁ!この無礼者をなんとかしろ!!」


しかし、水の勢いが収まらない不安からか、誰も悪党ふたりを救おうとはしない。


「村の皆さん!こうなったのは水神様のお気持ちをおもんぱかれなかった水鎮と村長の責任です!!ならば、悲しみが晴れる様、直接お話が出来る方に神の国へ行ってもらう他ありません!!先程の少女の様に見送るのが道理ではありませんか!?」


カイマンの言葉に乗り、民衆はふたりが飛び込む事を認め、受け入れた。


「その通りだ!早く飛び込め!!」

「早く水鎮の責任を果たせ!!」


それぞれがふたりに責任を求め、飛び込みを強要した。

集団心理とは恐ろしいもので

己に正義ありと見た人間は何処までも残忍になれるのだ。



終いには飛び込みを補助しようとする者まで現れ、村長と水鎮は必死に抵抗した。


「許してくれ!!勘弁してくれ!!私達が悪かった!!実は……!!う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」



ふたりは真実を口にする前に、村人達に押し出され、滝壷へと消えた。

そして、今度こそ水量は元に戻ったのであった。



「水の量が収まってゆくぞ!助かったんだ!!」

村人達が喜びをあらわにする中、生贄となった娘の父親は未だ立ち直れずにいた。



「お父ちゃん!!」


祭祀場までの道を登ってきたのは先程飛び込んだ生贄の娘、レイであった。

父親は自分の娘が生きている事に驚きを隠せずにいた。

「な、なぜ!?どうして!?」



「答えは簡単さ。水神様は現実に居なかったんだ。神の国が無ければ滝壺に落ちる。そして落ちる前に僕が助ければ、その子は死なない。それだけの話だよ。」


男3人を担いで山道から現れたのは豊かであった。

首謀者である男3人は気を失ったまま、祭祀場の中心に放り出される。

村長と水鎮とその息子だ。



豊は少女が滝壺に飛び込んだ後、祭祀所の死角で待機し

グルカニンブルの手甲を空中で操作して回収したのだ。


「間に合うかどうかはかなり危なかったがね。」


そして村人に全ての悪事を説明し、3人の口からも証言が取れた。

それにより、村人は怒りに震えた。


「どうしてこんな奴ら助けたんだ!」


「そうだそうだ!!こんな奴ら、滝にのまれて死ねばよかったんだ!!」




そんな人々を見て豊は悲しい目をした。


「……僕はね。この村を長い間支えて、育んでくれたこの水を、復讐、ましてや殺しの為に使いたくはなかったんだ。」


人々は口を紡いだ。カイマンが豊の言葉を繋げる。


「……真実はどうであれ、あなた方の村を見守り、育ててくれたのは紛れもなく、この水達だ。真実が偶像であろうとも、それに支えられて生きてきた。それをこんな悪人の血で汚してはならない。そう、わたし達は考え、この計画を実行に移した。」



「皆さん、考えてみてください。全ての物事が悪く進みましたか?確かにコイツらは悪人です。しかし、偶像によって信仰は生まれ、育んで来ました。水に罪はない筈です。」


水自体に意思はないが、これは人々の自尊心の問題でもある。

村人は思い返していた。自分が生まれた時のこと、育んできた心。過ごしてきた時間。


その側にはいつも水神様がいた。

人々を見守り、水の恵みと怖さを知った。

時には悪い事の抑止力となり、人の道を正してくれた水神様。


形は無いけれど、【信仰】として人々の心に水神様は確かに存在していたのだ。

ただ、漠然と自然の恵みを受け取るだけでは、道徳心の成長は望めなかっただろう。


確かに悪党のしでかした出来事は許されない事であったが

その裏で人々の教養は高まっていたのだ。

人々は改めて水神様という、【形なき偶像】に感謝と祈りを捧げた。


「それにだ、この3人には当然の報いを受けてもらう。こんな所で死なれては、売られて行った少女達も浮かばれないからね。」



余所者にここまで明確に物事のあり様を諭されてしまった村人は、これ以上口を出さなかった。


更には関係のあった水鎮の一族は全員捕まり

後から来たカイマン直属の軍団によって搬送されたのだった。



別れの際、カイマンは王都で保護された少女の事を水鎮に問い質す。

しかし、返ってきたのは予想せぬ言葉だった。


「あ、あの娘なら本当に滝壺へ落とした……。祭祀場での儀式後に連れ出そうとしたが、抵抗が激しく、気が付いた頃には……!ワシのせいではない!ワシの……!」



滝壺に落ちたとされる少女の死体は、必死の探索にも関わらず発見されなかったという。

では、報告に上がっていた王都で保護された少女とは一体誰だったのだろうか。

この事件は解決を見たが、不可解な謎だけが残った。


その後、水鎮と村長は輸送中の馬車の中で死んだ。

場に居合わせた兵士の証言と検視の結果

ふたりの死因は水による窒息、溺死だったという話だ。

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