10.撒かれた冥王因子
辛くも、巨大猪を討伐した救世主と冥王のコンビであったが、治療と物資回収の過程で状況の整理をしていた。
『【冥王因子】、各所に散らばったというのは分かっていたが、こうもすぐにみつかるとはな……』
「幸先いいって事では?」
『いや、冥王因子には適応期間がある。おいそれと野生の獣が手に入れ、それを受け入れる事はない。はず……なのだ……』
カイパーが言うには冥王因子が適応して育つには時間を要するとされる。
確認の為、猪から冥王因子を抜き取り吸収すると、意外な結果が判明した。
『これは……【何者】かによって育てられた冥王因子だ』
「……というと?」
『純粋な冥王因子ではなく、【誰かを媒介して変化した】という事だ』
「まるで病原菌の突然変異みたいな話だな……」
『まさしくそれだろう。獣に適応した冥王因子を誰かから注がれたのだ。直接受けるよりも拒否反応は少ないというところだろう』
「そんな面倒な事一体誰が、何のためにやるのか……」
『分からぬ……こんな事をしたとて、強い個体が周囲を闇雲に喰らい尽くすだけだ』
「……それじゃないか?」
『……?』
「森に強化した獣を放ち、ジアス国に混乱を齎らすのが目的なんじゃないか?」
『そんな事しても冥王因子は強くならぬぞ?』
「おそらく、因子自体がどうこうじゃなくて、敵国が改造した獣を送り込んで生物兵器として活用してるって事だよ」
『どれ程の利があるかは当事者にしか解らぬな……』
己の実力のみで冥王へと到ったカイパーには、他者が行う、計略という概念に馴染みがなかった。
「害獣被害で兵力を内部から削り、国力を落とす目論みかもしれない」
『故に、国境と真逆であるこの土地を選んだのか……。距離があれば、時と労力が割かれる。なるほどな』
「ここまでの見解が、仮に正解だったとしても、因子を持つ者は特定出来ないけどね」
『うむ。そうだな……。もう少し因子の数が揃えば【育てた人物】が判るかもしれない。引き継ぎ、獣が出る情報を頼りに動くしかなさそうだな』
「……とりあえず下山するか……」
喋りながらではあったが、大体の獣の処理と警備兵の遺品回収は完了した。
救えなかった命は残念だが、これ以上の犠牲を増やさない為にも
因子を持つ者の正体を探らなければならなくなったのであった。
下山後、キュージ村では、しめやかに警備兵の葬儀が執り行われた。
豊は獣討伐の証拠として、食べ残した牙の先端数十と、猪をまるまる二頭を引き摺って帰還した。
解体された猪一頭をひとりで平らげ、村人達は腰を抜かした。
ヨスミ老人は野菜の仇を討った豊に感謝を示し、盛大に酒をあおったという。
滞在中、豊は残された村の為に何かしようと、農具を幾つか製作し、水車を利用した木製のからくり破砕機や、滑車の水汲み機、簡易水路や自身の馬を村に寄贈した。
からくり仕掛けや馬の価値は非常に高く、ひと財産という事もあって皆驚き、村人は豊を【生き神様】とまで崇めた。
この出来事は口伝として残され、後世に歌まで伝えられたという。
かの者、森賑わい、人里荒れる時現れ
ひとり森へと入り、獣二十と数頭を屠る
田畑荒れ果てた民を憂い、知恵の数々と
馬の財を与え村を去る
民これを【紅の神】と称え後世に残す
話の規模が大き過ぎてお伽話とされたが
目撃者が非常に多く、改めて真実として伝えられた。
「お元気で〜!」
村人総出で見送られた救世主は、次なる旅路へ向けて歩みを進めたのだった。
2日後
「村人から聞いた話だと、この先には水神様が居て、定期的に生贄を要求するらしい」
『贄を欲すると言う事は因子を持つ生物である可能性があるな。何か見つかれば良いが……』
次の村に向かって歩いていると
離れた場所から金属を撃ち合う音が響いた。
「剣撃だ!」
誰かが戦っているのだと察し、先を急ぐと
1人の男に対して覆面3人が対峙していた。
「くぉらぁぁぁ!!!何さらしとるんじゃぁぁぁぁ!!!!」
大声で戦斧を振り回し盛大に走る豊を見て、覆面の3人は物凄い勢いで逃げた。
「そりゃあね。逃げるよ」
その場に残された男性は、豊の豪快な威嚇行動によって呆気に取られている。
そして、すぐ様状況を把握した。
「……はははっ、盛大な威嚇走りありがとう。おかげで助かったよ」
「そりゃ良かった。怪我はないですか?」
「あぁ、無事だ。襲われてすぐにキミが来てくれた。まさに救いの英雄だね」
「はっはっは!よく言われます!」
「わたしの名前はカイマン。カイマン・ウェンリー。地質学者をしている」
身長約170センチ、痩せ型で脚が長く
眠そうな顔と寝癖の様な髪型が特徴
青がかった銀髪で、若い印象を受ける。
「これはどうも、僕はユタカ・ホウジョウ。放浪の戦士です」
「キミ、とても強そうだ。少しの間、手を貸してもらえないだろうか?」
「こちらとしては、この先にある【水神さまのいる村】に用事があるのですが……」
「ふむ、それなら丁度いい。わたしもそこに行って野暮用で少し滞在する予定なんだ。なぁに、キミに頼むのはわたしの身辺警護さ。しばらく同行してほしい」
「さっきみたいに狙われてるのですか?」
「あぁ……。その【水神さまのいる村】からね……」
豊はカイマンから事情を聴くために物陰に身を潜めた。
「【水神さまのいる村】は通称で、本当の名は【ミナホ村】という。100年以上前から続く、米の名産地だ」
「多くの水量を確保が可能な稲作の村であると……」
「話が早くて助かる。実はその村、とても閉鎖的でね。交流があるのは一部の商人だけで、毎年莫大な量の米を国に納める事で、国の一部にかなりの影響力を持っているんだ」
豊は時折相槌を打ちながら話を聞いた。
「ある時、王都で娘が保護された。とある屋敷から逃げたらしく、長い間乱暴に扱われていた所為か、かなり衰弱していたのだが、ミナホ村の出だとわかり、調べた。しかし、保護期間中に上から圧力が掛かってね。調査は白紙となり、彼女は何者かに消された」
「……何故この話を僕に?」
「わたしの人を見る目は確かだ。こんな話を聞いてしまっては、キミは協力せざるを得ない。なんたってキミの信念が黙ってないからね」
「随分と買われたものだ。たった1度助けただけで……」
「それだよ。この国で本当の善意を持つ者は少ない。人の本質は悪であり、それを倫理と教養が抑えているのが真実だ。しかし、キミはその上に自身の判断材料である【信念】を積んでいる。これはキミ自身が常人よりも強い人物である証なんだよ」
「……」
「納得してくれた様だね。【救いの英雄】」
「話の続きを聞かせて下さい」
「その娘を扱っていたこはとある貴族でね。【モーケルン・ウルバルト・リッヒ】という評判の良くない輩だった。長年、【身請け】という書面上の手続きで、人身売買を裏で行い、少女らは性被害を受けている」
「それはどの頻度で?」
「3年に1人だ」
「そんなに……!」
「そこで調べたが、このミナホ村、水神様を慰める為に生贄が用意される」
「それは噂で聞きました。僕はそれを見定め、人に仇を成す怪物であるならば、討伐するつもりでここに来ました」
「それが、3年に1度なんだ」
「……なるほど……」
「しかし、これに対して決定的な証拠が見つからなかった。故に、わたしは自身の持つ権力と技能を以ってして、ここにやってきたのだよ」
「貴方も、信念を持つ者だから?」
「キミの様に誰かを救おうって考えじゃない。ただ、自分が楽でいられる様に、少しでも世の中の汚れを排除したいだけなんだ」
そう彼は言うが、それは紛れもなく【信念】であった。なんて事はないとは言うものの、その実、彼の中には太く折れない心が備わっていたのであった。
その後、カイマンと豊は打ち合わせを行い、口裏を合わせる手筈を整えた。
村を訪れたカイマンは特別な書状を持ち、村長へと面談を果たした。
「国直々の調査依頼書です。あなた方もお分かりのはずだ。信心深いのは結構だが、その神がいつ心を変えるかも分からない。山へ赴き、調査を行なって治水を行うべきだと、国王様も仰っている」
もちろんやましい事がある村長と、水神様を鎮めるという一族は反対を示した。
この書状が届いた時点で彼らの思惑は殆ど潰えていたのだ。
「無礼な!我々【水鎮】の一族は長年、水神様の声を聞き、共に歩んできた!偉大なる存在を否定し、神聖なる山に土足で踏み入ろうなど言語道断である!」
水鎮の使いを名乗る男はかなりの古狸であった。決定的な決め手が無いだけで状況証拠は全て揃っている上で、論点をすり替えるこの口上が言えるのは並の神経ではない。
「ほう、では貴方は神と直接話し、今後生贄を納め続ければ何も起きたりはしないと?そうおっしゃるのですね?」
「当然だ!水神様は至極孤高故の寂しさを紛らわせる為、滝壺に女子を落とし、神の世界へ送ってほしいと申されておる!」
「100年以上昔からそれは変わっていないわけですね?」
「無論である!現に神の世界へ送られて居ないのであれば、滝壺から川へと女子の死体が上がるはずだ!そうでないのは神の世界に誘われた証拠と言えよう!!」
「そうですね……。話では祭祀場の滝から、底の滝壺までかなりの高さがある。普通に落ちたのでは死は免れない……」
「当然である!!」
「では、わたしにその儀式を見せていただきましょう。この目で見れば儀式の重要性を陛下にお伝えする事が出来る。そうなればもうこの話に口を挟む事はありません」
「ぬぅ……」
余程儀式を見られたくないのか、村長と何やら相談を始めた。
「良かろう。それで納得するならば貴殿らの同伴を認める。しかし、これきりであるぞ」
「分かりました。しかし、生贄を送って尚、水神様の悲しみを拭えぬ場合はご理解下さい」
カイマンが何を言おうが使いの者は動じなかった。それだけ自分達の計画に自身があるのだろう。
「儀式は2日後じゃ!楽しみにしておれ!」
若い女子が生贄となる儀式を楽しみにしていろと宣うこの悪漢に豊は静かなる怒りを燃やしていた。




