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スクランブル

 胸騒ぎが止まらない。竜仁は椅子の上で居心地悪く尻を動かした。指はスマホをいじり、目も画面に向いているが、耳と意識の向かう先は別だった。

 バスルームで水音がする。今まさに使っている人がいる。当然のこと裸だろう。


 ユリアと一緒に暮らすようになってから、既に二ヶ月以上が経っている。だからこんな状況には慣れている、とは必ずしも言い難い。

 第一に今入浴している人はユリアではなく、第二に今いるここは竜仁の部屋ではない。ラブホテルの一室、即ちエロいことをするための場所だ。


 これは本当に現実のことなのか。このままここにいていいのか。どうしてここにいるのか。

 もちろん、誘われたからだ。相手はゼミの先輩で、普通に入り慣れているふうだった。きっと彼氏と来たりしたのだろう。けれど最近別れて、今はフリー。だからこの場に竜仁といても問題ない。


 竜仁もまた彼女はいない。ユリアは竜仁の彼女ではない。確かに彼女ではないのだが。

 落ち着かない気分に駆られて、腰を浮かせる。バスルームを覗きたい。待て違う、そうじゃない。そんな必要はまるでない。大人しく待ってさえいれば、すぐに合法的に見られるのだ。見るだけではない。触れる。揉める。これまで動画で見るだけだったあれやこれやができる。やばい。昂る。破裂しそうだ。


 ひとまず素数でも数えよう。

 暴発を防ぐため竜仁は再び腰を落とした。

「はぅっ」

 熱く鋭い衝撃が来た。下腹部ではない。まるで胸の真ん中に焼けた鉄串を突き刺されたかのようだ。


 こらえられず体を二つ折りにして、為す術なく悶える。

 発作の類ではない。痛みの極点は心臓よりなお深い位置にある。おそらく竜仁の体をすら越えた先だ。


 激烈な感覚の波は暫くして引いていき、竜仁はゆっくり息を吐き出した。まだ奥に異物感が残っているものの、無視しようと思えばできるレベルだ。

 いったい何が起きたのか。まさか良心の呵責というやつか。


 それにしては破壊力があり過ぎだろう。ひょっとしたら、竜仁の状況をユリアがテレパシー的な力で監視していて、電撃ショックを送り込んできたとかかもしれない。

 空恐ろしい想像に竜仁はそそけ立ち、刹那鳴り響いた着信音に、心臓がぶち破られるような戦慄を味わった。


 やはりユリアが見ているのか?

 だが発信者として表示されていたのは鷹司凛子だ。思わずほっとする、ことはできない。これはこれで色々怖い。

 竜仁はバスルームの様子を窺った。花見沢がすぐにも出てきそうな気配はない。ためらいつつも通話を受ける。


「……もしもし?」

「武大くん? 今どこにいるの?」

 のっけから詰問調だ。竜仁は思わず身を竦めた。

「え、えっとですね、今はそのちょっと……」

「やっぱり答えなくていいわ。とにかく、すぐにこれから教える場所に行って。ユリアちゃんが危ないわ」




 バスルームを出た恭子はわけが分らずにぽかんとした。一緒に入ったはずの相手がいない。

 まさか自分を置いて逃げたのか。

 信じられない、というか信じたくない。この世にそんな不届きな男が存在するのか。存在することが可能なのか。


 ほとんど不条理な思いの虜となって、投げやりに椅子に腰を下ろしたところで、気付く。テーブルの上に書き置きがあった。

“ユリアに何かあったみたいなので行きます。すいません”

 ひどく乱雑な書き殴りだ。よほど焦っていたらしい。本当に緊急事態なのかもしれない。


「……だとしても、あとで事情聴取はさせてもらわなくちゃね」

 許すか否かはそれから決めよう。恭子はメモ紙をくしゃりと握り潰してゴミ箱に放り込むと、備え付けの冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

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