表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/63

見敵不殺

 ここだ、な。

 ひとけのない寂れた街区の一角で、竜仁は鷹司から教えられた建物を見上げた。

 正確には建物の成り損ないと言うべきかも知れない。聞いた話によると、完成を間近にして会社が破産、新たな買い手もつかず、もはや解体するしかないのだが、そのための資金のあてもなく、放置されたままになっているという状況らしい。


 乏しい街灯りの中、人々から見捨てられたビルはいかにも不気味だった。たとえ行き場のない犯罪者だろうと、ここに隠れ潜みたいとは思うまい。誰も寄りつきそうにない場所は、当然のようにひっそりと静まり返っている、はずだった。


「うひゃっ!?」

 破壊音が遠雷のように轟き、竜仁はびくりと肩を震わせた。持参した木剣の柄を無駄に強く握り締める。

 幽霊か、はたまいわゆるポルターガイストか。

 そうかもしれない。でも絶対それだけではない。


「ユリア、何してるんだよ……」

 ほとんど泣きそうな声で呟く。悪霊に取り憑かれたようだ、と鷹司は言っていた。おそらく本当だと思う。この廃墟の中にユリアがいる。魂で繋がる竜仁にはそれが分る。しかし言葉は届かない。


 直に触れられる距離まで近づくしかない。そして目を覚ませと耳元で叫ぶのだ。他ならぬこの自分が。今は我を失っているに違いない、力も技も武器の性能も自分を圧倒的に上回る相手に対して。

 今すぐ回れ右したい気持ちによろめきながら、竜仁は廃ビルへと足を踏み入れた。


 暗い。もちろん電気など通じているはずもなく、人工の光は皆無だ。だがユリアによる修業の成果だろう、肉体とともに五感も鍛えられているようで、竜仁は夜目が利くようになっている。

 騒音は上から聞こえてくる。竜仁は階段へ向かった。崩れはしないかと冷や冷やしながら足を進め、三階でいったん止まる。もう現場はすぐそこだ。この上の階に違いない。物理的な衝撃とともに、激しい霊的な波動がびりびりと伝わってくる。


 びくつきながら進軍を再開する。ようやく四階までたどり着き、入口の陰からそっと中を覗き込む。黒スーツを着た背中が見える。賀茂忠正とかいう男だろう。鷹司の知り合いの悪霊祓い師だ。竜仁も前に一度あったことがある。


 イケメンぶった、いけすかない感じの奴だった。ユリアにばかり色目を使い、竜仁のことは完全に無視していたくせに、いざ自分の身が危なくなると呼びつける。何様のつもりだ。むかつく。それにユリアを守れなかった。

 あの男に助太刀したい理由はない。だが黒スーツ姿のさらに向こうには、竜仁がここにいるべき理由があった。


 闇の中、濁った赤黒い光がぼうっと浮かび上がっている。剣だ。常は澄んだ白金色に輝く刃が、今は暗く不吉な錆に覆われてしまったかのようだった。

 気分は複雑だった。やはりユリアは悪いものに取り憑かれているらしい。だがあの状態であれば、普通の剣と変わらないか、それ以下の威力しか持たないかもしれない。賀茂は超常の戦闘には慣れているはずだ。不完全な今のユリアが相手なら、竜仁が助太刀すればどうにか戦える気がする。

 強いて楽観的な分析を試みていると、奥に佇むユリアが無造作に剣を振るった。


「うぉっ?」

 物陰に身を隠していてなお竜仁は飛び上がりそうになった。物凄まじい熱気だ。本来のユリアの放つ清冽な光とは全く違う、マグマのような奔流が押し寄せる。もし正面からまともに浴びでもしたら、骨まで溶かされてしまいそうだった。


 では賀茂はどうなったのかと見れば、なんと扇をかざして立ちはだかっている。驚愕の光景だった。何の防御力もなさそうな雅な扇が、赤黒い光の流れを受け止めて、周囲に飛沫を散らしている。

 ついに耐えきったらしい。熱波が消えて、再び暗闇が戻る。竜仁は半ば吸い寄せられるように、半ばこそこそと身を小さくしながら、中に踏み入った。


 奥にはユリアが佇んでいる。その美しさは見紛いようもない。だが同時に普通でないこともまた一目瞭然だった。

 右手に持った剣の切っ先が、だらりと床に落ちている。そういう構えなのではないだろう。単に持つのが億劫という風情である。全くもってらしくない。

 だがもっとずっとユリアらしくない部分があった。


「ユリア、だよな……?」

 距離を隔てたままそっと声を掛ける竜仁を、澄んだ瑠璃色の瞳が真っ直ぐに見返す、ことはない。苛立たしげに竜仁を捉えたのは、どろりと濁った赤黒い視線だ。

 そして錆びついたような色合いの剣を、ユリアはぞんざいに振り上げ振り下ろす。


「ちょっ、待っ……」

 竜仁は咄嗟に木剣を構えた。だが無理だ。こんな半端な体勢で防ぎきれるわけがない。戦慄する竜仁を、暴風のような衝撃が襲う。全身が薄紙のように震え、踏ん張ろうとした足は後ろに滑り、あえなく吹き飛ばされかかる。


「……あれ?」

 だが体がボロ屑と成り果てることはなく、ユリアの剣が放った波動は失せていた。どうやら命拾いしたらしいが、事態はまだ何一つ改善していない。


「ユリア!」

 とにかく正気に戻すことが先決だ。二人は魂で繋がった主としもべなのだ。誠心誠意気持ちを込めて名を呼べば、頬を張るぐらいの効果はある。あるはずだ。あるといいな。

 ユリアが竜仁を見る。まるで忌わしいものにでも対するように、端麗な顔が引き歪む。竜仁は軽く泣きたくなった。


「ユリア……僕が分らないのか?」

 まるで取りすがるような調子で問う竜仁に、わずかながらユリアが身を竦ませる。余り嬉しそうな仕草ではない。むしろ脅えてさえいるふうだった。あのユリアが。竜仁ごときに。あり得ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ