憑依
ユリアは賀茂に攻撃的な視線を返し、すかさず剣を横薙ぎに振るった。もとより直接刃の届く距離ではない。だが刃から残像が分かたれたかのごとく、三日月のような弧を描く白金の光が飛んでいく。
賀茂はわずかに目を瞠った。しかし狼狽することなく素早くその場に身を伏せる。光は賀茂の頭上を越えていき、その背後から迫っていた異形の獣の首を断ち落とす。羆の体に狼の頭をつけたような魔性の物は、苦鳴を上げることすらかなわずに、さらさらと崩れて消滅する。
立ち上がった賀茂はごく微かに礼を取った。ユリアは構わず体ごと背後に振り返った。歪な球形の塊が、口らしき部分をぱっくりと開けている。濁った赤色をした洞ろの中に白金の刃を叩き込む。魔物の口が上下に離れ、球が二つの半球となって、さらにユリアが剣を振るう度に四つから八つへと分断される。魔物は細かい破片となって散らばり、最後に残ったちっぽけな赤黒い玉が空中をひょろひょろと漂い失せる。
屠るべき魔物はまだいる。しかし臆すべき理由はどこにもない。自分には十分過ぎるほどの余力がある。
もっともユリアに本気を出すつもりはなかった。それは望んでも果たせぬことだ。
転生した体は完全な状態からほど遠いし、それにもしユリアが全力を発揮したりすれば、今いる建物は瓦礫と化し、周辺一帯にも壊滅的な被害が及んでしまう。
自分より倍以上も大きな魔物を、二匹立て続けに斬り捨てる。刃が届かなかった一匹は、賀茂の扇に打ち据えられる。その時にはもうユリアは別の魔物へと向かっている。
やはり賀茂は優秀だった。ユリアの戦闘能力が自身よりも上だと見定め、援護的な働きに徹することに決めたらしい。
信頼するに足る男だ。呼吸が合う。言葉にせずとも狙いが伝わる。賀茂はユリアと同じ側の人間だ。戦いに身を捧げ、そのために心を剣と化すことをためらわない。
ひときわに巨大な、ぶよぶよと不定形に蠕動する魔物を一刀で斬り破る。たわいない。もっと手応えのある相手を求めて、ユリアは闇を見透かした。
あれだけ多くいた魔物も、既にだいぶ数を減らしていた。もはや終わりは近い。ユリアの参戦が流れを決定的に変えたのだ。賀茂一人では間違いなくどうにもできなかった。
それを証明するように、賀茂は今ひどく苦戦していた。敵が放出する強力な瘴気のせいで、自分の間合いを作れずにいる。瘴気の発生源は、魔物の全身からびっしりと突き出た棘だ。もしあれで傷をつけられでもしたら、そこから体内に入り込んだ毒がたちまち生命を蝕むに違いない。いかに手練とはいえ、普通人の賀茂には荷が重い相手だ。
ユリアは無造作に近付いた。ことさらに気配を抑えもしない。魔物は当然のようにこちらを向いた。全身の棘が逆立ち、どろりとしたひときわ濃厚な瘴気が吹きつける。
「はぁっ!」
ユリアは鋭く気合を発した。押し寄せるどす黒い気塊が、ただそれだけで光に切り裂かれたようにちりぢりになっていく。
怒りかあるいは恐怖の故か、魔物が無音の咆哮を放って突進してくる。対してユリアはおもむろに剣を振り上げた。
一閃で身に迫る棘の束を全部まとめて切り飛ばし、二閃で通常の獣なら眉間に相当するであろう位置に剣先を突き入れて、間髪を容れずに斬り上げる。
前の生では世界を滅ぼす巨竜と戦ったユリアだ。この程度の魔物ごとき、鼻歌混じりに仕止められる。
きっとこの世界には自分を脅かすほどに強大な怪物は存在しない。もしいるならば出て来るがいい。片端から屠り去ってやろう。
いつしかユリアの口角は吊り上がっていた。笑いの衝動が内圧を高め、我知らず開いた唇の間から、密やかに傍を漂い浮かんでいた赤黒い玉が入り込んだ。




