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クローゼットの冬弥

「おい、ちょっと待て、今なんて言った」


 ちょっとそれはあんまりじゃないのかと冬弥はもう一度リラに尋ねた。

 リラの風呂上がり、彼女の頬は上気していて、下ろした髪が色っぽい。寝間着の薄い生地はリラの肌に張りついて彼女のボディラインがくっきりでている。なんとも言えないエロスだ。っとそういう話じゃない、冬弥は意識を戻した。


「何度も言わせないでよ、あんたの部屋はそこよ」


 もう一度聞いた冬弥にリラは食器棚の隣のクローゼットを指した。恐らく人がギリギリ横になれるであろうちょっと大きなクローゼットだ。

夜も遅くなり休みたいと思った冬弥がリラに部屋はどこだと質問した回答がこれだった。


「大丈夫よ、布団は用意してあるから」


 確かに冬弥がクローゼットを開ければ中には服などは入っておらず下には毛布が折りたたんで敷いてある。冬とか暖かいかもなとは思うが冬弥はさすがに意味がわからなかった。


「すまん、俺にはこれが部屋には見えないんだが・・・部屋なのか?」


「うっうるさいわね、扉があって壁もあるんだから立派な部屋よ」


ムキになって反論してくるリラだが、冬弥はその理屈はどうなんだと思った。まぁ世の中には閉所を好む人もいるし、青狸に触発されてタンスで寝る小学生も日本には大勢いるに違いない。そう考えれば別にクローゼットの中でもいいんじゃねと冬弥は思ったのだが、反論はしておく。


「下僕として扱うならせめて部屋くらいは準備してくれ」


「何?それじゃあ不満?わたしが折角準備したのに」


 リラは少し怒ったように言った。クローゼットの中の衣類やらを片付けるのは大変だったのだろう、しかし貴族なら部屋の一つくらい用意してほしいと冬弥は思った。でもどう言っても話は決着しないだろう、冬弥はあきらめた。


「わかった、俺はそこで寝ればいいんだな」


「わかればいいのよ」


 あきらめ気味に言った冬弥の言葉に頷いてみせたリラ。


「それじゃあ、わたしも寝るからトーヤもクローゼットに入りなさい」


「あー、はいはい」


 冬弥がクローゼットに入るのを確認するとリラは部屋の蝋燭を消した。

 クローゼットの中は程よい木の香りと、甘い香りがして思いのほか快適だった。ただスペースがせまいのはどうしようもないのでそこら辺は我慢した。ちなみに冬弥がリラと同じ部屋で寝ていることに意識がいったのは思いっきり寝て起きた次の日の事だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 冬弥はクローゼットの扉を音が鳴らないように押す。そしてわずかにできた隙間から周りの様子をうかがう。部屋の中にはわずかに明るく、どうやら朝になったようだった。

 冬弥は今何をしているのか?のぞき・・・いや偵察である。クローゼットの扉の向こうにはネグリジェのリラがいるはず。隙間からは丸くなった布団が見える。


「さて、ここからどうするか・・・」


 もちろん冬弥としてはこのまま外に出てリラの寝姿を見てみたい。だがその後の事を考えると下手な行動は取れない。怒らせて殴られるくらいならまだいいがリラは魔法を使う。最悪、黒焦げになることもあるかもしれない。しかし冬弥は名案を思い付いた。


「俺は下僕だ。つまり使用人とか執事とかそういう仕事だ」


 使用人とか執事が主を起こし、着替えを手伝うのはお話の中ではよくある話だ。少なくとも冬弥にはそういうイメージがある。執事が主を起こすなら下僕が主を起こすのも別にいいんじゃないだろうか。そうこれは仕事だ。これが冬弥の名案だった。

 考えがまとまった冬弥は早速、クローゼットから出た。ベッドの方を見ると規則正しく布団が上下している。近づいてみればリラは気持ちよさそうに寝ているのが見えた。取り敢ずは冬弥は寝顔を見てから起こすことにした。


「おい、起きろ~。朝だぞ」


「ん~、もう朝?」


 肩を揺らして見ると寝ざめは良い方なのかリラは可愛らしく唸りながら起きはじめた。リラは座って目をこすると冬弥に文句を言った。


「まだ早いじゃない・・・、それに何でここにいるのよ」


「あのな、俺はあんたが何時に起きるか聞いてないんだ。仕方がないだろ」


「それでなんでここに居るの?」


「下僕らしくご主人を起こしてみただけだぞ?他の意味はないよ?」


ジトっと見て来るリラに冬弥は用意しておいた嘘をつく。冬弥自身は嘘が得意な方ではないらしく、あまりスムーズに受け答えができた自信はなかった。


「そっそう、下僕として良い心がけね」


 しかし、リラは信じてくれたようだった。


「それじゃあ、クローゼットに戻って。着替えるから」


「いえ、お嬢様この冬弥、お手伝いいたします」


 冬弥はこのままのノリで着替えの手伝いできるんじゃねっと思っていた。調子に乗っていた。


「さっさと戻りなさい」


「いえ、下僕たるものお嬢様の着替えを手伝うのも仕事かと」


 リラに冷たく言われても冬弥は引き下がる。これは仕事だから何も問題はない、堂々とそれでいて下手に言う。冬弥はめちゃくちゃ調子に乗っている。


「それはそうだけど・・・あんたはいいの!おとなしく中に入ってなさい」


「ですが・・・」


「うるさーい!!早くクローゼットに戻れー!」


「はい・・・」


 結局は無理だったようでリラは手のひらに炎を浮かべて冬弥の方へと向けた。冬弥は死にたくないので大人しく従ってクローゼットに入った。なんというか肩を落としてクローゼットに入る姿はとてもシュールである。


 リラが着替えるの待ってから冬弥はクローゼットから出る。着替えるだけにしては結構時間が掛かった様に感じられた。リラは昨日の制服っぽい魔法使いっぽい服を着ている。


「わたしはご飯を食べて来るから」


 扉に手を掛けていたリラはクローゼットから出たばかりの冬弥にそう言い残すと部屋を出て行ってしまった。唐突すぎる話に冬弥はそのまま見送ってしまうのだが、冬弥はつぶやく。


「俺の飯は・・・?」


それからしばらく経った後、冬弥は一つしかない椅子に座りテーブルに突っ伏すことになる。起きた直後は気にならない空腹も時間が経てば徐々に腹が空腹を主張してくる。冬弥は腹をさすりながら文句を言い始めた。


「下僕は構わねーけど飯は食わせてくれよ・・・」


 脅されて下僕になれと言われて、記憶が無くて意味が解らない、冬弥はネガティブな考えに浸っていた。腹が減って落ち着かない気持ちになるのは仕方がない。


「だいたい下僕って言うけどな、あいつ一人で生活できてんじゃねーか?」


 冬弥の勝手な想像だが貴族というのはとても我がままな奴だと思っていた。飯なんかは一人では作れないし、着替えすら使用人がいないとできない、そういうイメージがある。実際、リラは何かあれば炎を飛ばそうとする我がまま女だしそういうもんだと思っていた。しかし、飯はあらかじめ用意してあったようだし、着替える時に髪なんかも整えていたようだった。正直よくわからない奴だと冬弥は思っていた。


「一日寝ても本気で良くわからない状態だよな」


 記憶がないので確かな事は言えないが地球には魔法なんてものは無かった。記憶喪失といっても冬弥が思い出せないのは自分の事だけらしい。例えば今の総理大臣は誰かとか、味噌汁の赤みそと白みその味の違いとかはわかる。しかし、自分が赤みそ派か白みそ派かと思い出そうとするとよくわからなくなる。そんな感じである。


 冬弥が突っ伏していつの間にか考え事をしていると部屋の扉が開いた。冬弥が顔だけを扉に向けると何故か不機嫌そうな顔をしているリラが部屋に入るところだった。


「なぁ、腹が減ったんだけど飯は出ないのか?」


「うるさいわね、ちょっと待ちなさい」


 不機嫌そうなリラに負けないくらい恨めしそうに冬弥が食事を求めるとリラはタンスの所に歩いて行った。タンスから何かのコインを取り出すとそのまま冬弥に向けて投げた。


「っと」


 冬弥がコインをキャッチするがそれは見たことのないものだった。冬弥が銀色に鈍く輝くコインを見ているとリラが話始めた。


「それだけあれば1日くらいはご飯に困らないでしょ?」


 そう言うリラだが冬弥にはこれがなんだかわからない。話の流れ的に多分お金なんだろうなとは思うものの値段とかがわからないのでどうすることもできない。そのことをリラに伝えるとめちゃくちゃ呆れられた。


「そんな事もわからないの?いい?これは銀硬貨。それでこっちが銅硬貨」


 呆れながらもリラはもう一つコインを取り出して教えてくれた。


「銅硬貨10枚で銀硬貨1枚分。銅硬貨が2枚あれば食堂でパンに暖かいスープと飲み物が付いた物を注文できるの」


「なるほど、少し高い物を食べても1日分にはなるってわけだ」


「そういう事よ。それじゃあ、わたしは学園に行くから後は適当にお願い」


「あ、あーいってらっしゃい」


 説明を終えるとリラは学園に行ってしまった。冬弥は取り敢えず腹を満たすために食堂に向かった。


 

 

 


 


 




 



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