11.善良な村
目の前に広がる湖は、遠くで見るのと近くで見るのではまた表情が違っていた。
遠くで見た時は深い青に引き込まれそうなほど美しかったが、近くで見ると透明度の高い水に光が反射してキラキラと輝いている。
「うわーー! これがジュルード湖ですか~。本当に綺麗なところですね 」
マリオンは声を弾ませながら湖の水に手を浸した。
「っ――冷たい~。気持ちいいですよ、皆さんも休憩しませんか? 」
「そうだね~。さっき小休憩した崖からわりと距離もあったし、村に入る前にちょっと休憩しようか~。いいですよね~、ユーリ様? 」
そういうとクロードはさっさと木陰に座り込んだ。
「おい、クロード……。俺は良いなんて一言もいってないが…… 」
「え~。だってほらマリオンだってもう靴を脱いで湖に足を浸してますケド…… 」
クロードの言葉に、ユーリと目が合ったマリオンはにっこり笑うとスッと目線を外した。
「…………少し休憩にしよう 」
「わ~。流石ユーリ様~。話がわかる~ 」
嬉しそうに木にもたれ掛かったクロードにユーリは嫌そうに顔を顰めると「お前の為じゃない 」と呟いた。
「まぁまぁ。ユーリ様もマリオンと一緒に足を浸して少し休憩しては? 」
「休憩は構いませんが、あまり遠くへは行かないでください 」
ミカルとアルの言葉にユーリは素直に頷いているのを見てマリオンはこっそり笑ってしまった。
どうやらここ数日旅をして分かったのだが、アルとミカルの言うことは割りと素直に聞いているようだ。
それに比べてクロードは口数が多い為か、その分軽口も多くなるので、扱いがちょっとぞんざいにもみえる。
しかし、あの軽口があるからこそ人間にひどい事を言われてもそれがなんでもないことのように思えてくるのだから、クロードが心の大きな人物であることは間違いない。
「マリオン、隣いいか? 」
考え事をしていた為気づかなかったが、いつの間にか横に立っていたユーリに頷くとマリオンは瞳を閉じた。
皆から少し離れたところで足を浸しているためか、風の音と鳥の鳴き声、それから木々のざわめきしか聞こえない。
そんな穏やかな時間と、湖から吹く涼やかな風がマリオンの頬を撫でていくのが心地よかった。
「気持ちいい風ですね。ユーリ様 」
「うん……本当に 」
目を薄く開けて横を見ると、マリオンの胸がドキリと跳ねた。
水面に反射した光が、瞳を閉じたユーリの銀色の髪をキラキラと輝かせている。ただでさえ綺麗な顔なのに、それがより一層美しく見えた。
「ユーリは本当に綺麗だね 」
ポツリと漏らした言葉にパッと目を開いたユーリと目が合った。
「………急に呼び捨てするなんて反則だ 」
そういって顔を背けたユーリの顔は相変わらず赤く染まっていた。
「えー、だって皆さんとはちょっと離れてるし、いいかなと 」
「―――っいいけど。急だとちょっと驚く…… 」
「じゃあ、普段どおりに戻しますね 」
その言葉にユーリは眉尻を下げると「いやだ…… 」と小さく答えた。
やっぱりその態度がクレルと同じ感じなのでかわいいと思ってしまう。
あまりの可愛さについユーリの頭を撫でると、驚いた顔をしたユーリだったがその後は花のような笑顔を見せてくれた。
(か、かわいい!!! ああ、ユーリが本当の弟だったらすごく楽しいだろうなぁ )
実際の弟であるレナードも、弟みたいなクレルも十分可愛いのだが、ユーリの可愛さは群を抜いていた。
こんな弟がいたら抱きしめて頬擦りして離さないのに、なんて思ったのは誰にもいえない。
「そういえば、このジュルード湖には珍しい珠があるらしいけど、ユーリは知ってる? 」
「知らない……けど、なにか思い出したの? 」
また何気なく放ってしまった言葉でユーリが記憶について問うてくる。
マリオンの瞳を見つめながら真剣な顔しているユーリに、ふいと顔を背け湖に目をやると真っ直ぐ前を見据えて首を振った。
「……ううん。湖をみてたら勝手に頭に浮かんできて…… 」
「………そっか 」
ユーリは少しがっかりしたように小さく呟いた。
そんなユーリを見ていると、本当は記憶があることを話してしまいたい衝動に駆られる。
けれどそうしてしまうと、自分が未来から来た人間だということも一緒に話さなければいけなくなるのだ。
「それで、頭に浮かんできたのはどんなの? 」
話の続きを促してくれたユーリにホッとしながら口を開いた。
「うん、ジュルード湖にはジュルード貝っていう貝がいて、その貝の中で作られる珠がすごく綺麗なんだって 」
「貝から出来る珠か……。どんなものか見てみたいな 」
二人は湖を覗き込みながら貝を探してみるが、どうやらここにはないようだった。
「ユーリ様、マリオン。そろそろ休憩を終わりにして村へ向かいましょう 」
離れたところから声をかけてきたミカルの言葉に二人は腰を上げる。
「何かお探しだったようですが、そろそろ参りましょう。直に日が暮れてしまいます 」
そう言って近づいて来たアルが差し出した布で足を拭うと靴を履く。
「じゃあ行こうか。毎回のことだけど、今回も村の周辺では気をつけるように。ドルガー王国の考えを強く残している村かもしれないから 」
ユーリの言葉に皆が頷いた。
先程までの穏やかな空気はどこかへ消え、皆気を引き締めるように口元が強く引き結ばれている。
お互いが顔を見合わせると、あと数キロ先の村へと足を踏み出した。
―――――――
「う~ん。僕っていま起きてるよねぇ~? 目を開けたまま夢見ちゃってるとか? 」
クロードの呟きに皆一様に首を横に振った。
「だよねぇ。やっぱり皆も同じように見えちゃってるってことだよねぇ 」
「大丈夫だクロード。私にも見えてる 」
ミカルの言葉にアルとユーリも頷いた。
「さぁさぁ~~! そんなところではなんですから、どうぞこちらへ 」
そう言ったのはにこにことした笑顔で迎えてくれた村人――いや、ベリーニ村の村長である。
一様に驚いているエルフたちを他所に「どうぞどうぞ 」と村長の家へと招いてくれた。
「いや~。この村はこれといった特徴のない村ですから、旅人は湖を見るとすぐ帰ってしまって。こうやってこちらまで訪ねてくれる方は滅多にいないんですよ 」
そう言った村長の言葉を裏付けるように、先程通ってきた村の様子はどこか寂れた印象で村人達の目にも元気がないようにみえた。
そしてそんな様子にマリオンの頭には疑問が浮かぶ。
(あれ? でもここってジュルード湖に一番近い村だから、ジュルード貝の養殖して賑わってるって聞いてたのにどうしてかな? )
「それにしても、こんな辺鄙な村にまさかリードガルフの王子殿下に来ていただけるなんて嬉しい驚きです。ここには本当にお客さんがこないので、村の者も喜びましょう 」
そう言われて村人達の様子を思い出すが、誰も喜んでいたようには見えなかった。
ただこちらを伺うように見ていた風に思えたのだが、村に元気がないともしかしたら人間も元気がないのかもしれない。
村長は相変わらずにこにこしながらユーリたちを見ている。
人間と仲良くする――そう望んでいたことがこうもあっさりと叶うとなると皆も戸惑いを隠せないようだった。
「それでは早速質問させて頂きます。いまこの村で困ったことや、村の周辺で様子がおかしい所はありませんか? 」
村に入った時に一通り自己紹介をしたのでそれは割愛し、早速話を進めるユーリの言葉にエルフたちは再び気を引き締めるように居住いを直す。
ユーリの質問に村長が一瞬驚いたような顔をしたのをマリオンは見逃さなかった。
(やっぱり人当たりよさそうな村長でも、エルフが良い事しようとしたら驚くのかな? )
「えぇと……、困ったことですか? 」
「はい。些細なことでも仰ってみてください 」
いつもの喋り方と違って人前では王子としての自分を意識しているユーリがなんだかおかしくて顔を背けてにやけてしまう。
そこで目があったアルに怪訝な眼差しを向けられたがそ知らぬ顔をして真面目な顔をした。
「うーん。これと言って困ってることはないんですがね……。人が来ないというくらいですかね 」
ワハハハハと明るい声で笑う村長にユーリは困ったような顔をしている。
折角エルフを悪く言わない、普通に接してくれる人間に会えたのにここで何も出来ないことが残念なのだろう。
「ああ! そうです。折角こんなところまで来ていただいたのですから是非我が村に泊まっていってください。大したおもてなしも出来ませんが……幸い村には空いた家もありますので。旅の方がいつ来ても良いように掃除はしてますから安心してください 」
村長は相変わらずにこにこしながら手を二回叩くと、一人の女性が部屋に入ってきた。
「この村の娘でカンデといいます。皆様を宿泊場所まで案内しますので御用がありましたらカンデにお申し付け下さい。ほらカンデ、挨拶をしなさい 」
「カンデと申します。案内させて頂きますのでどうぞこちらへ 」
少女は頭を下げると部屋の外へと促した。
元々野宿をするつもりだったのでありがたい話ではあったが、こちらが返事をする前に全てを決めてしまう村長はどうやら話を聞かない人らしい。
ユーリ達の表情を見る限り思うところがあるようだが、素直に従っている以上マリオンが何か言うのもおかしな話なので黙っていることにした。
カンデに案内されるまま、村長の家を出た一行が連れて行かれたのは村の入り口に程近い一軒の家だった。
空き家だという割りに新しい綺麗な家で、周りの家に比べても使われている木が新しい。
(なんだろう………何か変? )
どうしてそう思ったのか分からないが、何故か違和感を覚えたのだ。
「こんな綺麗な家に泊めていただいてもいいんでしょうか? 」
戸惑うマリオンに思案気なアルがユーリを見る。
アルやミカル、クロードの顔をみたユーリは少し考えたそぶりを見せだが小さく頷くとマリオンの側に立った。
「村の方の好意です。お断りするのも失礼になりますからお世話になりましょう 」
微笑むユーリに、漸く肩の力を抜くことが出来た気がした。
エルフに優しい村長出現。
マリオンはユーリに無意識に頼ってる……
ようにかけてますかね(汗
いつも読んでいただいてありがとうございます
個人的な理由ですが、投稿が既にゆっくりなのに
もっとゆっくりになりそうです。すみません。
気長にお付き合いいただければと思います。




