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其の1

 

 ちゅんちゅん……。


 窓から眩しい光が入ってきていた。


「朝か……」


 といっても春休みなので学校に行く必要はない。二度寝を決め込むのも悪くない選択ではないが、すぐにこよりが起こしにくるに違いない。なので結局悼矢は身を起こすことにした。

 ベッドで『ふああぁ』と伸びをして、眼をこすりこすり扉を開ける。


 ばきばきっ!


 変な音がしてドアが外れてしまう。


「あちゃー。ついに壊れたか」


 この家は古いのでいつかはこういう時がくるとは思っていたのだ。蝶番を見ると完全に外れてしまっている。


(はあ……どうせ暇だし飯食ったら直しちまおう……)


 悼矢は階下へ降りてリビングに入った。すると――


 べきんっ!


 とリビングの扉も壊れ、次いでばたーんっと床に倒れる。


「こっちもかよ!」と思わず叫んでしまう。


「ああっ! 悼矢ちゃん! 何してるの!?」


 リビングにいたこよりが怒った表情でやってくる。


「いや、なにって俺は普通に開けただけだって!」


「もう……! いつも物を乱暴に扱ってるからこういうことになるんだよ!」


「はい、すいません……」


 悼矢はしゅんとなった。


「何よ……朝から何の騒ぎ?」


 そこへ寝起きな感じのリタがやってきた。心なしか寝癖で髪の毛がくしゃくしゃになっている。

 倒れている扉を見るとリタは納得した顔になる。


「この家、古いもんねー」


「そうだよ! 古いからこそ大切に使ってあげなきゃいけないのに!」


 こよりはぷんすか怒っている。リタはしゃがみ込んで扉を見た。そしてあることに気づく。


「ちょっと……これ……蝶番が錆びてて壊れたってわけじゃないみたいよ」


「へ? どういうことだ?」


 しょぼんとしていた悼矢だが、それを聞くとリタと同じように扉の側にしゃがみ込む。


「ほら見て。錆びてない。それにこの取れ方は何か強い力で……」


 リタは悼矢を見た。そして見る見るうちにリタの表情が驚愕の色へと変わる。


「トウヤ……あんた、それ……どういうことよ……」


「はあ? それ?」


 指をさされ思わず自分の体を見る。だが特に変わったところはない。そんな悼矢の様子を見てリタはテーブルの上に置いてあったリンゴを手に取った。すると無造作に悼矢に向かって放る。


「お、おい……!?」


 悼矢は慌てて放物線を描いてとんできたリンゴをキャッチした。


 その刹那!


 どばんっ!


 音をたててリンゴが爆発した。


「うおっ!?」


 リンゴの汁で手をべとべとにしたまま呆然としている悼矢。それを見たこよりもまた唖然としている。ただ一人リタだけが何が起こったか分かっているようだった。


「やっぱり。信じられないわ。こんなことが起きるなんて」


 何やらうーんと腕を組んで悩む素振りを見せる。

 リタには見えているのだ。悼矢から立ち昇るエーテル・エネルギーが。


「何がやっぱりなんだよ? 黙ってないで教えてくれよ」


「トウヤ」


「おう」


「アンタ、今、すっごいバカ力の持ち主になってるみたいね!」


 あっはっはと爽快に笑って悼矢の肩を叩く。


「うぉおい!? なんだそれ!? 笑ってごま――」


 文句を言おうとした悼矢の耳元にさりげなくリタがささやく。


「深い話をこよりに聞かれたくないでしょ。後で私の部屋に来て」


 その声には真剣さが含まれていた。


「さあー、ご飯にしましょー。こより~、私もうお腹ぺこぺこよー」


「あ、は、はい! すぐ並べますね」


「私も手伝うわ」


 こよりとリタは台所へ消えて行った。その時、こよりが心配そうな、それでいて何かを言いたそうな視線でちらりと悼矢を見た。だがその視線に気づく者はいなかった。

 その場に悼矢だけが残る。悼矢は自分の両手を不思議そうに見て呟いた。


「どうなってんだ……」



  ◇◇◇



 ご飯を食べてこよりがせっせと掃除を始めた頃。

 悼矢はこっそりとリタの部屋の前にいた。ちなみにこれは余談となるが食事中に悼矢は箸を折ったり、コップを握り潰したりと四苦八苦していた。

 悼矢はそんな怪力になってしまった理由を訊きに来たのだ。


「おい、リタ……! 来たぞ……!」


 小声で扉の向こうにいるはずのリタを呼ぶ。するとカチリと鍵が開く音がして、扉の隙間からリタが顔を出した。


「来たわね。さ、入って」


 促されるままに部屋に入る。


「それで俺がこうなった理由を話してくれるんだろ?」


「ええ。アンタがそんなことになったのはおそらく私と契約したことによる共鳴が発生したんだと思うの」


「共鳴だって?」


「立ち話もなんだし、座ったら?」


 言われ悼矢はカーペットにあぐらをかく。リタはテーブルを挟んだ向かい側に座った。


「エーテル使いが契約したエーテルの特徴を得たなんて前例は聞いたこともないけど……そうとしか考えられないわ」


「つまり俺がこんなバカ力になったのはお前と契約したからってことか」


 悼矢はそっとテーブルを掴んだ。徐々にだがどれくらいの力を使用すればいいのか分かってくる。しかし、どちらにせよ当分は慣れるまであまり物に触らないほうが良さそうだ。


「それにしてもこれでアンタの両親がエーテル使いって線が更に濃くなったわね」


「なんでそうなるんだよ」


 悼矢は怪訝そうな顔になる。


「あんたはエーテル使いの親から生まれた特異体質の人間。そう考えると辻褄は合うからよ」


「むりやり理由をはめ込んでるようにしか感じねぇよ」


「そうかしら。私は結構当たりだと思ってるんだけど……」


 リタはふと何かを思い出したかのように悼矢の腕を見た。


「そうそう。アンタに私と同じような怪力が宿ったのなら試さなくちゃいけないことがあるわ」


「? なんだよ?」


 リタはテーブルにどんっと肘をついた。


「腕相撲よ。私とアンタ、どっちの力が強いのかしらね」


 好戦的に笑うリタ。


「お、おまえ……俺が勝てるわけないだろ! つーか、お前も自分が勝つことくらい分かってんだろ!」


 悼矢はリタがあの大剣アルデヴァインをぶんぶか振り回しているところを見ている。簡単に勝敗が想像できた。


「ふふふ……さあ? どうかしらねぇ?」


(こ、こいつ、怪力を見せつけたいだけかよ……!)


 仕方なくリタの自慢に付き合うことにする。テーブルの上で両者の手が組まれた。


「分かってると思うけど本気できなさいよ」


「ああ。やるからには全力を出すさ」と言いつつもあまりやる気になれない悼矢。


(どうせ一瞬で勝負はつくだろうし)


「ふふ、いい心意気ね。それじゃあいくわよ。レディ……ゴー!」


 ギャン!


 力と力がぶつかり合う音が聞こえたような気がした。しかし互いの位置から腕は一向に動かない。


「ちょわあああっ!」


 リタはというとなんだか奇声を発しながら悼矢の腕を倒そうとしている。


(ん? あれ?)


 悼矢はすぐに違和感に気づいた。いつまで経ってもリタの押してくる力がこない。まるでクラスの女の子と腕相撲をしている感覚。


「ぬぬぬぬっ! なにこれっ! どうなってんのよ!」


 リタがどんなに押しても悼矢の腕は動かない。


「リタ……それ力入れてんのか?」


「な、なんですってぇっ!? 入れてるわよっ!」


 入れてるらしい。その顔を真っ赤にしていることから見ても、それは確かなようだ。

 悼矢はクラスの女の子と腕相撲した時のようにひょいと腕を倒した。

 リタは倒れた自分の腕を少し放心しながら見ていた。


「も、もう一度よ! 今度は本気を出すから!」


「あ、ああ」


 再度、手が組まれる。


「いくわよ! レディ……ゴー!」


 しかし結果は同じだった。どんなにリタが力を込めようが悼矢の腕を動かせない。

 とその時だった。

 悼矢とリタが置いている肘のところから机にぴしりっと亀裂が走り、バキャッと音をたてて割れる。


「ぎゃああ! テーブルがあああ!」


 悼矢は頭を抱えて立ち上がった。


「こんなの有り得ないわ! 私が人間のあんたに力で負けるなんて!」


 リタはリタで頭を抱えて嘆く。


「だけどよ……俺にエーテル能力がうつったっていうならこの結果も当たり前じゃないか?」


「どうしてよ!?」


「だって……エーテルによる筋力強化って面では俺とリタは同等なわけだろ? なら後は俺とリタの基礎筋力の違いってだけになるんじゃないか?」


 悼矢は割れたテーブルを部屋にあったセロハンテープでくっつけながら言う。

 そんな悼矢を見ながらリタはベッドに座る。


「なにそれ。エーテル能力抜きなら元から私に勝てたって言うの?」


「まあ……そういうことになる。ってことはエーテル能力が使えなきゃリタもそこらにいる女子高生と同じってことか。そう考えると色々と納得できる面もある。あんな怪力なのに腕は筋肉質じゃないこととか。そりゃ多少は引き締まってると思うがな。

 それと同時にエーテル・エネルギーがどれだけ強力なものかも理解できるな」


 悼矢の言っていることはエーテル能力の的を射ていた。リタたちエーテルは普段からエーテル・エネルギーを使うことに慣れているせいで自分の基本運動能力を把握できていないきらいがあるのだ。

 リタは手をあごに当て唸る。


「エーテル能力がなければエーテルも人間と一緒……。なんだか不思議な感じだわ。エーテル能力がない自分なんて考えたこともなかったし」


 ぺたぺたとセロハンテープを張って無駄な努力をしていた悼矢がふと顔をあげる。


「待てよ。リタよりも力が強いということは俺も一緒に戦えるってことか?」


「頭がキレるかと思いきやそんな馬鹿なこと言って……。守る対象が最前線に出てどうする気よ。例えアンタが戦えるようになったとしても、自ら危険に飛び込むような真似をするべきじゃないわ」


「言われてみればそうだよな……。じゃあさ、エーテル使いはどうやってエーテルをサポートしてるんだよ。

 お前、前に言ってたことあったよな。エーテル使いの役目はエーテルをサポートすることだって」


「………………あら、庭の桜の花が開き始めてるわよ。これが現界の春なのねぇ」


「おい、コラ」


 ふらふらと窓の方へ行きかけたリタの肩をがしっと悼矢は掴んで止める。


「おまえ、まさか知らないんじゃないだろうな!」


「ええ、そうよ! 知らないわよ! 悪い!?」


「うっわ、開き直りやがった、コイツ! 信じられねぇ!」


「でもアンタの言うことにも一理あるわよねぇ。最前線で戦うとまではいかなくても自分の身を守るくらいしてくれたら私がだいぶ楽になるわね。これから危険も増すでしょうし」


 何か考え込むリタ。


「よし、決めた。悼矢、あんたに強くなってもらうわ」


「おいおい……強くなるって言ったってどうやって……」


「決まってるじゃない。特訓するのよ」


 リタはパチリとウィンクした。


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