陽だまりの小道と、召喚された日の眩しさ
巨大プリンの名所を目指す荷馬車は、丘を越えて穏やかな森の小道を進んでいた。
「ふぁぁ……よく寝たぞ……。下僕、我の朝食のプリンはどこだ?」
荷台でカエルのぬいぐるみを抱きしめたルチアが、目をこすりながら体を起こす。
「まだ街に着いてないっての。ほら、顔洗って焼き立ての干し肉パンでも食ってろ」
「む……焼き立てなら許してやろう」
手綱を引く蓮が苦笑いしながらパンを渡すと、ルチアは「美味い!」と頬を膨らませた。
その様子を愛おしそうに見つめていたシルフィが、ふと風の匂いを嗅ぎながら目を細める。
「ねえ蓮……。昨日はルチアと出会った頃の話をしたけれど、今日みたいな秋の木漏れ日を見るとね、私が『あなた』と出会った日のことを思い出すわ」
「俺と……? ああ、俺がこの世界に突然転移してきた、あの最初の日か」
蓮が遠くを見るような目をすると、シルフィは「ええ」と優しく頷き、懐かしそうに目を細めた。
――それは、今から一年前の、少し肌寒い秋の日。
エルフの森の奥深く、古い遺跡のほとりで静かに薬草を摘んでいたシルフィの目の前に、突如として空間が歪み、黄金の光の渦が巻き起こった。
光が収まったあとに倒れていたのは、見たこともない異国の服を着た、一人の黒髪の少年――結城 蓮だった。
『う……ううん……ここは……? 俺、学校の帰り道で……』
見知らぬ森、見知らぬ空、そして目の前に立つ長耳のエルフ。
自分が事故か魔法かによって「異世界」へ飛ばされたのだと理解した瞬間、まだ十五歳だった蓮の顔は一瞬で青ざめ、膝がガクガクと震えていた。
『嘘だろ……帰れないのか……? 父さんも、母さんもいないところで……俺、これからどうすれば……』
突然奪われた日常と、身寄りのない孤独。
地面に膝をつき、必死に涙を堪えようと肩を震わせる少年の姿。
数千年の孤独を知るシルフィにとって、その怯えた少年の瞳は、痛いほど胸に刺さった。
『大丈夫よ、男の子』
シルフィはそっと膝をつき、怯える蓮の頭を優しく撫でた。
『行き場がないなら、私と一緒にいらっしゃい。この世界はね、悲しいことばかりじゃないわ。美味しいものも、綺麗な景色も……たくさんあるのよ』
シルフィが差し出した手と、あの温かな笑顔。
冷え切っていた蓮の心に、その手はまるで太陽のように温かかった。
『……俺、結城 蓮です。……よろしく、シルフィさん』
『ふふ、よろしくね、蓮。……あら? あなたのその片目にある古い単眼鏡……すごく不思議で、温かな光を秘めているわね』
それが、すべての始まりだった。
右も左も分からない異世界で、シルフィは蓮にこの世界の言葉や歴史を教え、蓮は持ち前の器用さで地球の美味しい料理――クレープやシチュー、から揚げをシルフィに振る舞った。
最初はただ「居場所のない少年」を守るつもりだったシルフィ。
けれど、いつしか蓮の作る温かなご飯とまっすぐな笑顔は、数千年の時を生きて冷めかけていたシルフィの心を、優しく溶かしていったのだ。
「あの時の蓮、今にも泣き出しそうな顔をしていて……本当に小さくて可愛かったのよ?」
シルフィが楽しそうにクスクスと笑う。
「な……! 泣いてなんかないだろ! ただちょっと動揺してただよ!」
蓮が真っ赤になって反論すると、横からパンをかじっていたルチアがニヤリと不敵に笑った。
「ほう……下僕にもそんな情けない過去があったのか。我と出会った時は、一調子前に『指示を越せ!』などと威張っていたくせにな!」
「威張ってないだろ! お前を救うために必死だったんだよ!」
「あははっ! ほら、やっぱり蓮は昔も今も、みんなの優しい『ヒーロー』じゃない」
シルフィが嬉しそうに耳をパタパタと揺らし、蓮の肩に優しく寄り添う。
蓮は照れくさそうに頭をかきながら、そっと手綱を握り直した。
言葉も通じない、誰も知る人のいない世界に放り出されたあの日。
絶望の縁で自分を救ってくれたのは、シルフィの差し伸べた温かな手だった。
だからこそ自分は、彼女の孤独を救いたかったし、ルチアの傷ついた心を温めたかったのだ。
「……ありがとな、シルフィ。あの時、俺を拾ってくれて」
蓮がぽつりと呟くと、シルフィは驚いたように目を見開き、それから世界で一番愛おしそうな笑顔を浮かべた。
「お礼を言うのは私の方よ、蓮。あなたが来てくれたから……私の止まっていた時間が、こんなに温かく動き出したんだもの」
「む……なんだか良い雰囲気を出しているが、下僕! 前を見よ! 街が見えてきたぞ!」
ルチアが荷台から立ち上がり、指を突き出して叫ぶ。
街道の先に見えてきたのは、山あいに広がる可愛らしい石造りの村――ついに到着した『巨大プリンの山村』だった。
村の広場からは、すでに甘いカラメルとバニラの香ばしい匂いが漂ってきている。
「よし! 思い出話はここまでだ! プリン全種類、食い倒れるぞ!!」
「「おーっ!!」」
召喚されたあの日から始まった、運命の出会い。
幾多の戦いを乗り越え、深まってきた温かな絆。
彼らの歩んできた過去のすべてが、いま目の前に広がる輝かしい日常へと繋がっていた。
三人は笑顔を弾けさせながら、甘い匂いの漂う村へと、元気に足を踏み入れていくのだった。




