陽だまりの木漏れ日と、約束のハチミツパイ
地下霊窟での激闘を終え、大樹の森に巣食う異形の脅威を打ち払った三人は、再び光あふれる樹上都市『フォレスト・ミル』へと帰還していた。
大樹を蝕む毒が消えたことで、幹を渡る風はより一層澄み渡り、陽の光を浴びた葉々がカラカラと心地よい音を立てて揺れている。
「――おお、勇者様がた! おかげで神木様の衰えがすっかり治まりましたぞ!」
大樹の長である老エルフは、涙を浮かべて三人の手を取り、何度も頭を下げた。
「これは約束の品……そして我が街が誇る最高の御馳走です。どうぞ心ゆくまで堪能してください!」
長が案内してくれたのは、樹上の最上層に位置する、見渡す限りの雲海と樹海を一望できる絶景のテラス席だった。
そこに運ばれてきたのは、焼きたての香ばしい匂いを漂わせる巨大な『特製ハチミツパイ』。
サクサクの生地には森の完熟ハチミツが贅沢に塗られ、中にはじっくり甘煮にされたリンゴとほくほくの木の実がギッシリと詰まっている。
さらに隣には、柔らかい鹿肉と色鮮やかな冬野菜をたっぷりのミルクと香草で煮込んだ、熱々の『木の実のクリームシチュー』が湯気を立てていた。
「「……ッ!!」」
シルフィとルチアの目が、満開のひまわりのようにパッと輝く。
「……蓮。私、今この瞬間のためにあの激しい戦闘を乗り越えたのだと確信したわ」
「我もだ……! あのツヤツヤと輝くハチミツの照りは罪だ! 我が胃袋が歓喜の遠吠えを上げているぞ!」
「二人とも、戦闘の疲れが一瞬で吹き飛びすぎだろ。……よし、冷めないうちにいただこうか!」
三人揃って手を合わせ、賑やかな宴が始まった。
スプーンで救い上げたシチューを一口。
「~~~~~っ!! 美味しい!!」
シルフィが幸せそうに長い耳をパタパタと揺らし、両頬を押さえてうっとりと目を細める。
「お肉が口の中でホロホロって崩れて、木の実の香ばしいコクがミルクと完璧に溶け合っているわ!」
「美味い……! 実に美味いぞ下僕! このハチミツパイのサクサク感と、ナッツの歯ごたえも至高だ……っ!」
ルチアも口元にハチミツを付けながら、夢中でパイを頬張っていた。
「火傷するなよ、ルチア。……ん、でも本当に美味いなこれ。ナッツの風味が最高だ」
蓮も笑いながらパイを一口かじる。
昨日までの激しい激闘、黒棘の寄生核の恐ろしい毒。
そんな殺伐とした戦いすらも、この温かな食卓と仲間の笑顔の前には、遠い出来事のように霞んでいく。
「ふぅ……美味しかったわねぇ……」
お腹いっぱい御馳走を平らげたシルフィが、爽やかなハーブティーを飲みながら、満足そうに雲海を見つめる。
「うむ……我が胃袋も、これ以上の補給を受け入れられぬほど満たされたぞ……」
ルチアはカエルのぬいぐるみをギュッと抱きしめ、お腹をぽんぽんと叩きながら、気持ちよさそうに目を細めていた。
蓮は二人の穏やかな顔を見つめ、ポケットの中にある『神の単眼鏡』にそっと触れた。
世界を救う秘宝の旅は終わった。けれど、この目が見つめるべき「いちばん大切なもの」は、いつだって目線のすぐ隣にある。
「なあ、シルフィ」
「ん?」
「次はどこへ行こうか?」
蓮が尋ねると、シルフィは驚いたように目を見開き、それから世界で一番優しく、温かな笑顔を浮かべた。
「そうね……どこへでも行きましょう。美味しいものがあって、綺麗な景色があって、みんなで笑い合える場所なら……世界の果てまで、どこへでもね!」
「ふん! 我の行きたい場所もリストアップしてあるぞ! 次は巨大なプリンが名物の山村だ!」
「お前は本当にブレないな……。よし、明日も早いんだ、そろそろ宿に戻って休むか!」
「「おーっ!!」」
澄み渡る秋空の下、三人の楽しそうな笑い声が大樹の風に乗って、どこまでもどこまでも響き渡っていく。
世界を救った大冒険の、その先にある日常。
特別な奇跡なんてなくても、彼らの笑顔と温かな絆がある限り、この旅はこれからもずっと、どこまでも続いていくのだった。




