嵐の海原と、黒棘の遺物
南風諸島での穏やかなバカンスをあとにした荷馬車(を載せた大型客船)は、次なる目的地――巨木が立ち並ぶ『大樹の森』が広がる東の大陸を目指し、荒れ狂う外海を進んでいた。
「うぅ……蓮……私、精霊回路が船酔いで逆流しそうだわ……」
船室のベッドで、シルフィが頭に濡れタオルを乗せ、力なく長い耳を垂らしていた。
「あんなにはしゃいでパイナップルポークとマンゴープリンをドカ食いするからだろ。ほら、温かいハーブティー持ってきたから飲めよ」
「……ありがとう、蓮。あなたって本当に気の利く下僕ね……」
「弱ってても下僕呼ばわりは忘れないんだな」
蓮が苦笑いしていると、甲板の方からドガァァァンッ!!と船体を大きく揺らす激しい衝撃音が響き渡った。
「ぬおっ!? 何事だ下僕! 敵襲か! それとも巨大なイカが船を襲っているのか!?」
隣のベッドで大人しくしていたルチアが跳ね起き、ハサミの柄に手をかける。
「外を見てくる! シルフィは横になってろ!」
「待って……私も行くわ。嫌な魔力の匂いがする……!」
シルフィもふらつきながら立ち上がり、三人は嵐の吹き荒れる甲板へと駆け出した。
甲板に出て三人が目にしたのは、激しい雨と高波に揉まれる船上と、漆黒の雷光を纏って上空に滞空する影だった。
それは、かつて解体されたはずの帝国『黒薔薇の天秤』の残党――教皇シャルルの極秘実験によって生み出された人造怪獣【黒棘の海竜】。
その巨大な胸元には、教皇の遺産であり、失われたはずの『裏・神造遺物』――『黒棘の拘束具』が不気味な赤黒い光を放ちながら喰い込んでいた。
「ガアァァァァァァッ!!!!」
海竜が咆哮を上げると、周囲の海面から鋭い黒棘の氷柱が数十本、一斉に客船の船体へと射出された!
「させるか! 『大気遮断壁』!」
船酔いを吹き飛ばしたシルフィが『風断ちの弦』を引き絞り、高圧の風のバリアを展開! 迫り来る黒棘をことごとく弾き飛ばす。
「ふん! 我の獲物を横取りしようとする不届き者め! 刻んでやる!」
ルチアが跳躍し、ハサミを一閃!
【無情・断空】の衝撃波が海竜の表皮を切り裂くが――黒棘の拘束具が赤く光った瞬間、海竜の傷口が一瞬で再生した。
「傷が……再生している!? ただの魔物じゃないわ!」
「くそっ……! あの胸の拘束具が、海の魔力を無制限に吸い上げて本体を超高速再生させてるんだ!」
蓮は胸のポケットから、かつて機能を失ったはずの『神の単眼鏡』を取り出した。
世界を救った戦いのあと、力は消えたはずだった。……しかし、仲間を守ろうとする蓮の強い想いに応えるように、単眼鏡のレンズが再び静かに、黄金色の光を取り戻す!
『――【神の鑑定眼】起動――』
蓮の視界に、久々に広がる緑と黄金の数式世界。
(見える……! あいつの再生能力は無制限じゃない! 黒棘の拘束具が海の魔力を吸い上げる時、胸の『三方向のルーン結合部』が0.2秒だけ過熱して冷却弁が開く!)
蓮は嵐の爆音を突き破り、二人に叫んだ!
「シルフィ! ルチア! 聞け!」
「指示を、蓮!」
「あいつの再生の核は胸の拘束具だ! だが直接叩いても再生が上回る! 0.2秒の冷却の隙に、内部の熱伝導ルートを狂わせるんだ!」
蓮は海竜の胸元、赤黒く光るルーンの結び目を指差した。
「ルチア! 海竜が次のブレスを溜め込んだ瞬間、胸の開いた冷却弁へ『断空』を叩き込んで、冷却口を物理的に歪ませろ!」
「了解だ、下僕ッ!! 完璧な角度で刻んでやる!」
「そしてシルフィ! 冷却口が塞がって内部温度が跳ね上がった瞬間に、お前の持っている一番冷たい『極寒の風』を叩き込め! 急激な熱暴走で拘束具ごと核を自壊させるんだ!!」
「……『極寒の風』ね! 船酔いも吹き飛ぶくらい、最高に冷たいのをあげるわ!!」
海竜が口を大きく開け、船全体を呑み込む巨大変動ブレスを放とうとした、まさにその瞬間――。
ズバァァァンッ!!
ルチアが嵐の暴風を蹴って海竜の胸元へ肉薄! ハサミの刃で冷却弁のルーン文字を一寸の狂いもなく切り裂き、歪ませた!
「ガッ……! ギガァァァッ!?」
排熱を阻害された拘束具が、赤黒く過熱して悲鳴を上げる。
「そこよ――ッ!!」
シルフィが『風断ちの弦』を極限まで引き絞り、解き放つ!
【局所絶対零度・氷結風陣】
かつて極寒の霊峰で学んだ、凍てつく冷気の奔流。
熱暴走を起こしていた拘束具に極寒の風が直撃した瞬間、激しい熱膨張と急冷のショックが核を襲った!
パリィィィィィィン――――ッ!!!!
「グガアァァァァァァッ!?」
胸の『黒棘の拘束具』が砕け散り、再生能力を失った海竜は絶叫と共に光の露となって弾け飛び、荒れ狂う海へと沈んでいった。
静寂が、再び海原に戻ってくる。
雲の切れ間から温かな太陽の光が差し込み、荒れていた波が嘘のように穏やかに静まっていった。
「ふぅ……間一髪だったわね……」
シルフィが肩の力を抜き、安堵の息を吐く。
「ふん! 我らの完璧な連携の前には、残党の兵器など恐るるに足りん!」
ルチアが胸を張り、ドヤ顔でハサミを収めた。
蓮は再び静かに光を潜めた『神の単眼鏡』を見つめ、フッと柔らかく微笑んだ。
「……もう戦う力は残ってないと思ってたけど、やっぱり俺たちの絆がある限り、俺の『目』はお前たちを守れるんだな」
「当たり前でしょう? 私たちの絆は、どんな呪いよりも強いんだから」
シルフィが優しく微笑み、蓮の髪を撫でる。
「……む? 激しい運動をしたら、我が胃袋が再び激しい補給信号を発しているぞ! 下僕、船の食堂へ向かうぞ!」
「お前は本当に切り替えが早いな……。よし、みんなで美味いものでも食うか!」
「「おーっ!!」」
嵐を乗り越え、船は東の大陸へと進んでいく。
平穏な日常を守るための戦いを経て、三人の絆はさらに強く、温かく結ばれていくのだった。




