波打ち際の太陽と、南国のバーベキュー
満腹のお腹を抱えて向かったのは、市場から少し離れた静かなプライベートビーチだった。
どこまでも広がるエメラルドグリーンの海、眩しいほど白い砂浜、そしてさらさらと風に揺れるヤシの葉。
「うわぁぁぁ……! 蓮、見て! 水がまるでガラスみたいに澄んでいるわ!」
シルフィがサンダルを脱ぎ捨て、素足で白い砂浜へと駆け出していく。
薄手のアロハドレスの裾を持ち上げ、波打ち際でパシャパシャと水を跳ねさせると、太陽の光を浴びた金色の髪がキラキラと眩しく輝いた。
「おいシルフィ、はしゃぎすぎて転ぶなよー!」
荷物を浜辺の木陰に降ろし、蓮が声をかける。
「ふん! 我の足腰を舐めるなよ! この程度の波など、我が足技の前には……ぬわぁぁぁっ!?」
カッコつけて足を海へ踏み出そうとしたルチアだったが、押し寄せてきた波に足元をすくわれ、勢いよく尻餅をついた。
「ぶはっ! げほっ……海の水が……塩辛いぞ下僕!!」
「あたり前だろ、海なんだから。ほら、手出せ」
蓮が苦笑いしながら手を差し出すと、ルチアは不満そうに「むぐぐ……」と唇を尖らせながらも、その手をギュッと握り返して立ち上がった。
「ルチア、大丈夫? ほら、お水で顔を洗うとすっきりするわよ」
シルフィが優しくルチアの髪についた砂を払ってやる。
「エルフ……我を子供扱いするな。我は海など怖くはない……! ただ、あの打ち寄せる波の不規則な動きに一瞬不意を突かれただけだ!」
「はいはい、強がりさんはどっちかしらね? よーし、それなら水鉄砲合戦よ!」
シルフィが大きな木製の水鉄砲を取り出し、水面から汲み上げると同時にルチアへ向けて射出!
シュバーッ!!
「ぬおっ!? 卑怯なりエルフ! 我のハサミで撃ち落として……いや、水鉄砲で応戦だ!!」
ルチアも水鉄砲を構え、ふたりで砂浜を駆け回りながら激しい水の掛け合いが始まった。
「あはははっ! 参ったかルチア!」
「クッ……負けんぞエルフ! 下僕、お前も援護射撃をするのだ!」
「なんで俺まで巻き込むんだよー!?」
水飛沫と眩しい太陽の光の中、三人の笑い声が青い海と空へとどこまでも溶けていく。
陽が傾き、空と海が美しい紫と黄金色のグラデーションに染まる刻限。
波音だけが静かに響く海辺のコテージの庭で、三人は夕食の準備を進めていた。
レンガで組んだ炭火台の上には、大きな海鮮と肉が並べられている。
「よし、炭に火がついたぞ。焼いていくか!」
蓮がトングを手に取り、獲れたての大きなエビ、分厚い骨付き肉、そして甘い南国トウモロコシを炭火の上へ乗せる。
ジュワァァァァァッ―――!!
香ばしい脂の弾ける音と、醤油ベースの香ばしいタレの匂いが煙となって立ち上る。
「「……ッ!!」」
遊び疲れてお腹を空かせていたシルフィとルチアが、吸い寄せられるように網の前へ寄ってきた。
「……蓮。私、あのエビの香ばしい殻の焦げた匂いを嗅いで、胃袋が第二の覚醒を果たしたわ」
「我もだ……! あの骨付き肉の焼き目は罪だ! 我のハサミで肉を切り分け、そのまま口腔へ放り込みたい!」
「だからハサミで食べ物を切るなって! 焼き上がったら皿に取り分けてやるから、座って待ってろ!」
熱々のお肉とエビ、焼きトウモロコシが木皿に並べられ、冷たい果実ジュースで乾杯する。
「いただきます!」
香ばしいお肉を一口かじる。
「~~~~~っ!! 美味しい!! 外はカリッと香ばしくて、中は肉汁が溢れてくるわ!」
シルフィが幸せそうに耳をパタパタと揺らし、ルチアも大きな口で骨付き肉をガブリと噛み締めていた。
「美味い……! 海で暴れた後のメシというのは、どうしてこれほど胃袋に染み渡るのだ……っ!」
「焦るなよ。ほら、焼きトウモロコシも甘くて美味いぞ」
蓮も笑いながらトウモロコシをかじる。香ばしいタレの甘みとコーンのジュワッとした甘みが口いっぱいに広がった。
食後、満天の星空が広がるビーチ。
波打ち際に座り、三人は並んで夜空を見上げていた。
「綺麗ね……。街の灯りがないから、星が降ってきそうだわ」
シルフィが膝を抱え、愛おしそうに星々を見つめる。
「うむ……お腹もいっぱいだし、波の音が気持ち良いぞ……」
ルチアは蓮の肩に頭を預け、すっかり心地よい眠気に包まれていた。
蓮は胸のポケットにそっと手を触れる。かつて世界を巡っていた『神の単眼鏡』。いまや秘宝の輝きは消え、ただの静かな思い出の品となったそれを見つめ、ふと口元を緩めた。
「なあ、シルフィ」
「ん?」
「俺たち、世界を救って本当によかったな」
蓮がぽつりと呟くと、シルフィは驚いたように目を見開き、それから柔らかく、世界で一番温かな笑顔を浮かべた。
「ええ……本当にそうね、蓮」
シルフィはそっと蓮の手に自分の手を重ねた。
「あの時、あなたが私を見つけてくれて……ルチアと出会って……みんなで色んなものを食べて、笑い合って。その全部があったから、私は今、こんなに幸せなの」
数千年の時を生きるエルフの孤独は、もうどこにもない。
いまここにあるのは、ずっと未来へ続いていく温かな絆と、明日も続く眩しい日常。
「さあ、明日は何を食べに行こうか?」
蓮が笑うと、ルチアが寝言交じりに呟いた。
「……んむ……次は……マンゴープリンだ……下僕……」
「あはは、ルチアは夢の中でも食いしん坊ね!」
三人の笑い声が、温かな南国の夜風に乗って、星空の下へと静かに響き渡っていった。




