↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/33

陽だまりの食卓と、終わらない旅の続き

世界を揺るがす十二の神造遺物を巡る戦いから、数か月が過ぎた。

あの大混乱が嘘のように、大陸には穏やかで平和な時が流れていた。

帝国『黒薔薇の天秤』は解体され、怪しい魔力の気配も世界から完全に消え去っている。

――そして、かつて世界を救った三人の英雄たちはというと。

「ちょっとルチア! ニンジンの皮、薄く剥いてって言ったでしょう! それじゃ半分くらい身がなくなっちゃってるわ!」

「うるさいぞエルフ! 我のハサミに切りやすさの加減など存在せん! すべてを一瞬で断ち切るのみだ!」

「包丁を使いなさい包丁を! ハサミで野菜を裁断するんじゃないの!」

眩しい秋の陽射しが差し込む小さな宿の厨房で、シルフィとルチアが相変わらずくだらないことでギャーギャーと騒ぎ立てていた。

「二人とも、喧嘩しながら仕込みするなよ。スープに飛沫が入るだろ」

エプロン姿の蓮が呆れ顔で苦笑いしながら、大きな鍋の蓋を開ける。

フワッと広がったのは、じっくり煮込まれた柔らかいお肉と、新鮮な野菜、芳醇なバターとクリームが溶け合った、特製のクリームシチューの香ばしい匂い。

「「……ッ!!」」

シルフィとルチアの足がピタリと止まり、同時に鼻をひくひくさせた。

「……蓮。私、今すぐそのシチューの試食を担当する権利を要求するわ」

「我もだ! 料理長(下僕)の味見を手伝うのは、副料理長(我)の神聖な義務である!」

「まだ煮込み途中だよ! ほら、器とスプーン持ってテーブルで待ってろ」

蓮が笑いながら二人を厨房から追い出すと、二人は「ちぇーっ」と声を揃えてリビングへと戻っていった。

陽だまりが心地よい庭のテラス席。

木製の丸テーブルの上には、出来立てのご馳走が所狭しと並べられていた。

じっくり煮込んだ熱々の『特製クリームシチュー』。

朝市で手に入れた、外はサクサク中はモチモチの『焼きたてフランスパン』。

カラッと黄金色に揚がったジューシーな『特製から揚げ』。

そして食後の楽しみに用意された、甘酸っぱい『焼き立てのアップルパイ』と『濃厚プリン』。

「……壮観ね。私、数千年の人生の中で、今が一番幸せかもしれないわ」

シルフィが幸せそうに耳をパタパタと揺らし、うっとりと料理を見つめる。

「ふん! 我の腹の虫も、歓喜の咆哮を上げているぞ! 下僕、いただきますの号令を許可する!」

「はいはい。……じゃあ、みんなで手を合わせて」

「「「いただきます!!」」」

三人の声が重なり、待ちに待った昼食が始まった。

スプーンで救い上げたシチューを一口頬張る。

「~~~~~っ!! 美味しい!! お肉が口の中でホロホロってほどけて、野菜の甘みが広がっていくわ!」

シルフィが両頬に手を当てて幸せそうに微笑む。

「美味い……! このから揚げのジューシーさも完璧だ! 肉汁の小川が我が口内で氾濫を起こしているぞ!」

ルチアも大きなから揚げを口いっぱいに頬張り、モグモグと幸せそうに顔をほころばせた。

「火傷するなって言ったろ。ほら、パンもスープにつけて食うと美味いぞ」

「む……! 本当だ! パンがシチューを吸い込んで、至高の味わいに昇華している……っ!」

「ふふ、蓮って本当に料理上手ね。……私、あなたを『伝説の料理人』としてエルフの歴史書に書き残しておこうかしら」

「やめてくれよ、変な伝説作らないでくれ」

蓮が苦笑いし、三人で顔を見合わせて楽しそうに笑い合った。

特別な「神の力」も、命を脅かす秘宝も、もうどこにもない。

いまここにあるのは、ただ美味しいご飯と、ポカポカとした温かな陽射し、そして大好きな仲間たちの笑顔だけ。

けれど、それこそが――彼らが命を懸けて守り抜いた、何よりも愛おしく掛け替えのない「答え」だった。

お腹いっぱいご飯を食べ終え、食後のハーブティーを飲みながら、三人は庭の木陰でポカポカと日向ぼっこをしていた。

ぽかぽかとした陽気に誘われ、ルチアは蓮の膝の上に頭を乗せ、スヤスヤと気持ちよさそうに小さな寝息を立て始めている。

「……すっかり丸くなったわね、ルチアも」

シルフィが膝の上のルチアの頭を優しく撫でながら、愛おしそうに呟く。

「そうだな。最初に出会った時は、目つきの鋭い殺し屋だったのにな」

「ふふ、人間もエルフも、美味しいご飯と大好きな人がいれば、みんないい子になるのよ」

シルフィは遠い空を見上げ、それから柔らかく目を細めて蓮を見つめた。

「ねえ、蓮」

「ん?」

「旅が終わったら、どこか一つの街に定住するのかなって……少しだけ思っていたの」

シルフィは自分の膝に触れ、そっと微笑んだ。

「でもね……私、やっぱりあなたたちと色んな場所へ行きたいわ。見たことのない海を見て、食べたことのない名物を探して……世界中を旅して回りたい」

長寿のエルフにとって、人間の一生は瞬きのようなもの。

けれど、シルフィの瞳に宿る温もりは、永遠の孤独を恐れるものではなく、未来への希望に満ち溢れていた。

蓮は胸のポケットに手をやった。

かつて秘宝を映していた『神の単眼鏡』は、いまやただの思い出の品として静かに眠っている。

「……ああ。行こうぜ、どこまでも」

蓮はそっと立ち上がり、心地よい秋風に吹かれながら空を見上げた。

「次は西の国にあるっていう『温泉のある港町』に行ってみようか。そこには、とんでもなく美味い海鮮焼きそばがあるらしいぞ」

「海鮮焼きそば……!? 素敵ね! 私、今からお腹が空いてきちゃったわ!」

「む……海鮮焼きそばだと……!? 我も……我が胃袋も同行を希望する……」

膝の上で寝ていたはずのルチアがガバッと起き上がり、目を輝かせて叫んだ。

「お前、寝てたんじゃないのかよ!」

「我が胃袋は、美味しいものの気配を察知すれば常時覚醒するのだ!」

「ふふっ、あはははっ!」

澄み渡る青空の下、三人の楽しそうな笑い声がどこまでも響き渡っていく。

12の神造遺物を巡る大冒険は、これでおしまい。

けれど、彼らの愛おしくくだらない「日常」という名の旅は、これからもずっと、どこまでも続いていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。