因果の果てと、紡がれる奇跡
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
『天秤の間』が、巨鳴を上げて崩壊をはじめていた。
最後の神造遺物『創世の雫』から溢れ出すのは、全存在を白紙へと還す無色の濁流――【創世の虚無】。
ステンドグラスが粉々に砕け、天井の黄金の天秤が歪み、世界そのものが『始まりの無』へと呑み込まれていく。
「無駄だ! 過去も、未来も、お前たちのくだらぬ『思い出』とやらも……すべてはこの始まりの雫の中に溶け去るのだ!!」
教皇シャルルの白銀の法衣が狂風に揺れ、冷酷な咆哮がホールに木霊する。
息もできないほどの圧倒的な圧力。
足元から世界が消えかかり、シルフィの風も、ルチアの刃すらも、虚無の領域に触れた端から存在感を失っていく。
「くっ……! 風の魔力が……消えていく……!」
「下僕……! 我の脚が……力が入らん……!」
膝をつきそうになる二人の前に、結城 蓮が一歩、前に踏み出した。
その片目に固く装着された『神の単眼鏡』が、これまで集めてきた11の秘宝の輝きを宿し、虹色の七光りを放ち始める。
『――【神の鑑定眼】全能力解放――』
蓮の視界を駆け巡る、膨大で無秩序な数式の嵐。
『創世の雫』が繰り出す「世界の消去法則」。それは人間やエルフの手には負えない、文字通りの『神の理』だった。
(見えねぇ……! 複雑すぎる……! 存在そのものを消す術式なんて、解析の限界を超えてる……!)
蓮の目から血が滲み、単眼鏡のレンズに細かな亀裂が入っていく。
「あははは! 諦めよ、異界の少年! 神の理を人間ごときの瞳で解き明かせるはずがないのだ!」
嘲笑うシャルル。
(くそっ……! 俺ひとりの頭じゃ解き明かせない……! だが――!)
蓮は歯を喰いしばり、視界の数式から目を逸らさなかった。
目を閉じれば、頭の中に浮かんでくる。
――朝市で焼き立てのパンを美味しそうにかじっていた、ルチアの笑顔。
――温泉でふにゃりと頬を緩ませ、くだらない卓球でムキになっていた、シルフィの優しい眼差し。
――旅の途中で一緒に食べた、パイやクッキーの温かな甘み。
(俺は……異世界に召喚された特別な英雄なんかじゃない。だけど……!)
「俺は……ふたりの笑顔を守るために、ここにいるんだぁぁぁぁぁっ!!」
蓮の叫びに応えるように、両隣から温かな手が出重ねられた。
左手には、柔らかく暖かなシルフィの手。
右手には、小さくも力強く握り返してくるルチアの手。
「蓮……! 一人で背負わないで! 私たちの風を、命を……あなたの瞳に預けるわ!」
「下僕! 我らの歩んできた道のり……すべてを注ぎ込め!!」
ふたりの膨大な魔力と、これまでの旅で紡いできた無数の「記憶」が、蓮の身体を通じて単眼鏡へと一気に流れ込んでいく!
カァァァァァァッ――――!!!!
単眼鏡の亀裂から、黄金色の光線が溢れ出した。
視界の数式が、一瞬で書き換わっていく。
神の理すらも凌駕する、三人で紡いだ『絆の絶対証明』。
(見えた……!! 『創世の雫』の真ん中……世界を巻き戻す『最初の1滴』の核だ!!)
蓮は単眼鏡をシャルルへ突きつけ、命の全てを懸けて叫んだ!
「ルチア! シャルルの杖の宝珠と雫の隙間……『絶望の継ぎ目』を切り裂けぇっ!!」
「切り裂く……! 我らの『記憶』を邪魔する者など……何ひとつ残さんっ!!」
ルチアが跳躍! 両手に掲げたハサミの刃が、世界の概念すらも一閃する【無情・断空・永遠】となって、光の隙間を完璧に穿った!
ズバァァァァァンッ!!!!
「な……なにぃっ!? 雫の制御が離れるだと……!?」
「そしてシルフィ! その繋ぎ目に……俺たちの『最高の温もり』をぶち込めぇぇぇっ!!」
「任せて……! 私たちの明日は……誰にも渡さないっ!!」
シルフィが『風断ちの弦』を極限まで引き絞り、解き放つ。
彼女が放ったのは、破壊の風ではない。
あたたかな朝焼けの光と、三人で食べた料理の匂い、そして未来へと続く希望を乗せた――【追憶と未来の風嵐】!
シュオォォォォォンッ――――!!!!
閃光の風が、『創世の雫』の核を寸分の狂いもなく貫いた!
「馬鹿な……不完全な生命の……『思い出』ごときが……神の理を超えるだと……! ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
パリィィィィィィン――――ッ!!!!
甲高い世界崩壊の音が響き渡る。
12個目の秘宝『创世の雫』が過剰な絆の温もりに耐えきれず完膚なきまでに砕け散り、その衝撃波と共に教皇シャルルは光の露となって消滅していった。
静寂が、ゆっくりと戻ってくる。
崩壊しかけていた『天秤の間』の石畳が静まり返り、破れて散っていた雲の隙間から、眩しいほどの朝焼けの黄金光が差し込んできた。
12の神造遺物はすべて光となって単眼鏡へと収束し、不吉な魔力は世界から完全に消滅したのだった。
「……勝った……のか?」
蓮がその場に座り込むと、単眼鏡がカチンと音を立てて静かにその役割を終え、ただの古い装飾品へと戻った。
「ええ……勝ったのよ、蓮」
シルフィが優しく微笑み、膝をついて蓮を抱きしめる。
「ふん! 我らの完璧な勝利だな!」
ルチアもドヤ顔でハサミを仕舞うが、その目にはポロポロと大きな涙が溢れていた。
朝焼けの光が、三人を温かく照らし出す。
世界を救った大冒険の果て。そこにあったのは、変わらない仲間の体温と、新しく始まる眩しい朝の光だった。




