天秤の間と、世界を騙す真実
重厚な扉が静かに閉まり、カチャンと硬い鎖の嵌まる音が広い空間に響き渡った。
そこは、幾重もの壮麗なステンドグラスから青白い月光が差し込む、巨層のホール――『天秤の間』。
天井には巨大な黄金の天秤が吊り下げられ、その下、漆黒の玉座に一人の男が静かに腰掛けていた。
白銀の豪華な法衣を纏い、片手に長い杖を携えた男――帝国『黒薔薇の天秤』の絶対的支配者、【教皇シャルル】。
「――よくぞ辿り着いた、異界の観測者よ。そして、我が手足であった落ちこぼれども」
シャルルの透き通るような声が、静寂のホールに心地よく、けれど氷のように冷ややかに通る。
「教皇シャルル……! 貴様の野望も、これで終わりだ!」
ルチアがハサミを身構え、威嚇するように叫ぶ。
だが、シャルルは怒る風もなく、ただ慈愛に満ちた(しかしどこか歪んだ)笑みを口元に浮かべるだけだった。
「野望、か。……勘違いするなよ、幼き殺し屋よ。私は世界を滅ぼそうなどとは一度も思っておらん。ただ……この歪んだ世界の『理』を、正しき姿へと巻き戻そうとしているだけなのだ」
「理を……巻き戻す?」
蓮が片手に『神の単眼鏡』を握り締め、警戒を強める。
シャルルは静かに立ち上がると、法衣の胸元から一つの小さな漆黒の小瓶を取り出した。
小瓶の中で怪しく脈動しているのは、星の輝きを閉じ込めたかのような漆黒の液体――12個目にして最後の神造遺物、『創世の雫』。
「世界の因果、命の寿命、時の流れ……。それらすべては神々が造りし不完全な籠。私は12の秘宝を揃え、この世界そのものを『最初から悲劇の存在しない世界』へと書き換える(リライトする)」
シャルルは穏やかに、けれど狂気を孕んだ瞳でシルフィを見つめた。
「エルフのお嬢さん。お前も知っているはずだ。人間の一生など一瞬の羽虫と同じ。いくら愛おしい仲間を作ろうと、ほんの数十年のうちに彼らは老い、傷つき、お前の前から去っていく。……その度に味わう永遠の孤独を、私は消し去ってやろうと言っているのだ」
「……っ」
シルフィの肩が微かに揺れる。
数千年の時を生きるエルフとしての孤独。自分が取り残される恐怖。シャルルの言葉は、かつての彼女がずっと胸の奥に抱えていた冷たい傷跡を正確に穿っていた。
「私の創る新世界では、別れも、孤独も、老いも存在しない。永遠の平和が約束された静寂の庭園だ。さあ……11の秘宝を宿せし単眼鏡を差し出しなさい」
シャルルが手を差し伸べる。
12個目の秘宝『創世の雫』が怪しく輝き、ホール全体の空間がぐにゃりと歪み始めていた。世界そのものがシャルルの意志に浸食されていく。
絶望的な世界改変の威圧感。
だが――。
「ふざけるな」
静かな、けれど毅然とした声がホールを切り裂いた。
結城 蓮が、ゆっくりと前に踏み出す。
「別れが怖いからって……誰かと一緒に過ごした時間の温もりまで『無かったこと』にしてたまるかよ!」
蓮は単眼鏡を片目に強く押し当て、シャルルをまっすぐに見据えた。
「確かに人間はすぐに死ぬし、傷つくし、儚いよ! だけどな……一緒に食べた焼き芋の甘さも、笑い転げた卓球の夜も、涙を拭い合った朝も……全部、本物なんだよ!!」
「蓮……」
シルフィが目を見開き、蓮の背中を見つめる。
「悲劇のない世界だ? そんな冷たい箱庭なんかより、俺たちは傷つきながらでも、みんなで『美味しいご飯』を食べて笑い合える明日を選ぶんだ!!」
「ふん! 下僕の言う通りだ!」
ルチアもまた、ハサミの刃を勢いよく開いて前に出た。
「我が暗殺者として生きた過去も、下僕に食わされたプリンの味も、すべては我が歩んできた道! 貴様のようなジジイに勝手に書き換えられてたまるか!」
二人の言葉に、シルフィの瞳からすっと迷いが消え去った。
風が優しく吹き抜け、彼女の金色の髪をなびかせる。
「……聞こえたかしら、教皇様」
シルフィが『风断ちの弦』を引き絞り、世界で一番美しい笑顔を浮かべた。
「私ね……もう一人じゃないの。どれだけ時が離れても、この子たちと過ごした思い出が……私の永遠の光なんだから!」
「……愚かな。ならば、その温もりごと消え去るが良い」
シャルルの瞳から慈愛が消え、冷酷な神の殺意が宿る。
『創世の雫』が解放され、世界の法則そのものを消去する【創世の虚無】がホール全体を呑み込まんと襲いかかってきた!
「来い……! 俺たちの『旅の答え』を……見せてやる!!」
最後の秘宝と、世界を騙す教皇との最終決戦。
三人の絆を懸けた最後の戦いが、いま幕を開けるのだった!




