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杏々の異世界さんぽ~召喚されたのに勇者ではありませんでした。なので冒険者になって、ご飯を食べます~  作者: わかめ
王都と下積み冒険者

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少し違う


 七日目の保存食試験を終えた翌日、杏々は王都近郊の農地へ向かう荷車に乗っていた。


 今日は冒険者の依頼ではない。


 以前、形の悪い土玉芋を見せてもらった畑の農家から、ギルドを通して「時間がある時に一度見に来ないか」と伝言が届いたのだ。


 杏々が最初にこの畑へ来たのは、もうかなり前になる。


 同じ作物を続けて育てていると土が疲れることや、豆を挟んだり、一度休ませたりするやり方があるらしいと、元の世界で聞いた話をした。その後、農家たちは本当に畑の一部を分け、いくつか違うやり方を試していた。


 もちろん、杏々自身が農法を教えたわけではない。


 どうすればこの土地で上手くいくかまでは知らなかったし、こちらの土や気候、魔法を使った農業については農家の方がずっと詳しい。


 だから実際に区画を決め、何を植え、どのくらい魔力を使うかを考えたのは農家たちだった。


 杏々がしたのは、昔どこかで聞いた話をしただけである。


「もう食べられる?」


 荷車を降りて最初に聞いたのも、それだった。


「まだだよ」


 迎えに来た農家が笑う。


「今日は収穫じゃない。途中の様子を見せたくて呼んだんだ」


「そっか」


「そこまで露骨に残念そうな顔するなよ」


 杏々は別に隠していなかった。


     ◆


 畑の奥へ進むと、以前は同じように見えた区画が、今は少しずつ違う姿になっていた。


 一番広いのは、これまで通り土玉芋を植えている畑。その隣には、一度別の作物へ替えた区画があり、さらにその横には豆を育てている場所がある。何も植えず、雑草だけを抑えながら休ませている区画も残されていた。


「こっちは、ずっと土玉芋のところ」


 農家が最初の区画を示す。


 葉は育っている。


 枯れているわけでもない。


 ただ、近くで見ると株ごとの大きさにばらつきがあった。


「前より悪い?」


「そこが難しい。今年は雨の入り方も少し違うから、去年とそのまま比べるわけにはいかない。ただ、同じ畑の中で比べる分には面白いことが出てきた」


 次に案内されたのは、前の作付けで豆を入れた後、再び土玉芋を植えた区画だった。


 杏々はしゃがんで葉を見る。


「こっち大きい?」


「平均すると少しな」


「全部じゃない」


「そう。こっちにも小さい株はあるし、向こうにもよく育ってる株はある。だから今の時点で『豆を植えたら良くなった』とは言えない」


「でも違う?」


「少しだけな」


 農家は最初から慎重だった。


 杏々も、最近リネットと話すうちにその感覚には慣れている。


 一か所で少し違った。


 だから原因はこれだ。


 そう簡単にはならない。


「土も調べた?」


「調べたって言っても、俺たちが普段見る程度だぞ」


 農家は土を少し掘り、手で崩して見せる。


「水の抜け方とか、固まり方とか、掘った時の根の張り方とか。その辺は見てる。豆を入れたところは、今のところ少し扱いやすい感じはあるな」


「魔法は?」


「同じくらいになるようにしてる」


「全部?」


「できるだけな。そこが一番面倒なんだよ」


 農家は苦笑した。


 この国の農業では、成長を助けるために土や水へ魔法を使うことがある。ただし魔力を同じ量使ったつもりでも、術者や天候、畑の状態によって効き方が完全に揃うわけではない。


「だから今年一回で決める気はない。少なくとも何回か続けて見ないとな」


「長い」


「農業ってのはそういうもんだ」


 最近、その言葉をいろいろな人から聞いている気がした。


 保存食もすぐには売らない。


 味噌もすぐにはできない。


 冒険者のランクも、仕事を一つ成功させただけでは上がらない。


 畑も同じらしい。


「待つのいっぱい」


「何の話だ?」


「こっちの話」


 農家には説明しなかった。


 さらに奥には、何も植えずに休ませている区画があった。


「ここはまだ何も分からない?」


「収穫するものがないからな。ただ、次に何を植えるかは決めてる。そこから比べる」


「いつ?」


「次の作付けだ」


「もっと先」


「そういうことだ」


 杏々は畑を見渡した。


 何か大きな変化が起きているわけではない。


 豆を植えた区画だけが青々と輝いているわけでもなければ、ずっと土玉芋を育ててきた場所が枯れ果てているわけでもない。


 少し違う。


 今は、それだけだった。


     ◆


 畑を見終えたところで、農家の家へ案内された。


「せっかく来てもらったから、これ持って帰れ」


 出された籠には、小ぶりな豆と葉物、それから少しだけ古い土玉芋が入っていた。


 杏々の目が変わる。


「もらえる?」


「畑の話より反応いいな」


「食べられるから」


「知ってるよ」


 ただし、今日見た試験区画から取ったものではない。比較中の作物は、収穫する時までできるだけ条件を変えないよう残しておくらしい。


「じゃあ、これ別の畑?」


「そうだ。普通に出荷してる方」


「なら食べる」


「試験のやつでも、終わったら食う気だろ」


「うん」


 そこは当然だった。


 帰る前に、杏々はもう一度だけ比較区画を見た。


「収穫したら呼んで」


「結果を見たいのか?」


「食べたい」


「そっちか」


「結果も見る」


「後から付け足したな?」


「両方」


 農家は笑いながら、必ず連絡すると約束してくれた。


 王都へ戻る荷車の中で、杏々はもらった豆の籠を抱えながら、畑で見たものを思い返していた。


 豆を育てた後の区画は、少しだけ土玉芋の育ちが揃って見えた。


 けれど、それが豆のおかげなのかはまだ分からない。


 雨かもしれない。


 土の違いかもしれない。


 魔法の効き方かもしれない。


 農家の作業の違いかもしれない。


 だから、まだ「こうだった」とは言えない。


「リネットちゃんにも、まだいいかな」


 以前なら何か面白いものを見つければ、そのまま話していたかもしれない。


 けれど今は、リネットの机にすでに森、川、山、空、それに昔の召喚者の資料まで積まれていることを知っている。


 畑については一度話してある。


 今日の段階で増えたのは、「比較区画で少し差が見えた」という途中経過だけだ。


「収穫してからでいい」


 そのくらい待っても問題なさそうだった。


     ◆


 王都へ戻った杏々は、その日はもう依頼を受けず、西市場で肉を少し買って家へ帰った。


 もらった豆は柔らかくなるまで煮込み、肉と葉物を加えて簡単な煮物にする。味付けは塩を基本に、最後に香草を少しだけ入れた。


「美味しい」


 豆は保存食の試験でも何度か食べているが、今日は乾燥豆ではなく採れてからそれほど時間の経っていないものだったので、柔らかさも香りも違う。


 杏々は一度食べ始めると、畑の比較試験よりこちらの方へ意識が移った。


 それでも食後に日記を開いた時には、見たことをちゃんと残した。


『畑見た』

『豆の後の土玉芋 少し大きいかも』

『全部じゃない』

『まだ分からない』

『収穫してから比べる』


 その下へ、


『休ませてる畑は次まで待つ』

『農家の人も一回じゃ決めない』


 と続けた。


 以前の杏々なら「豆植えたらよくなったかも」で終わっていたかもしれない。


 今は、少し違うだけでは決められないことを知っている。


 森でもそうだった。


 川鎧魚でもそうだった。


 山綿羊でもそうだった。


 何か変わっているように見えても、一度見ただけでは理由まで分からない。


「見るのも待つ」


 杏々はそう呟いてから、最後に今日の一番大事な記録を付け足した。


『豆おいしかった』

『肉と煮た』


 こちらには疑問符を付けなかった。


 美味しかったことだけは、今すぐ決めても問題なかった。


 翌日は特に変わったこともなく、近場の護衛依頼を一本こなし、その次の日も王都内の短い仕事で終わった。保存食のことを忘れていたわけではないが、十日目になるまでは開けても意味がない。


 そして三日目の夕方、ギルドへ戻った杏々へ受付嬢が声をかけた。


「商会から伝言です。明日、十日目の試食をするそうですよ」


「覚えてる」


「ですよね」


「最後?」


「最初に決めていた試験では、ひとまず区切りですね」


 杏々は少し考えた。


 十日目で問題がなければ、そのまますぐ売るわけではない。


 値段も決める。


 作り方も詰める。


 袋も直す。


 まだ先はある。


 けれど、自分が旅先で美味しいものを食べたくて作った保存食が、最初の試験を終えるところまでは来た。


「明日食べる」


「はい」


「今日は普通のご飯にする」


「それは自由です」


 杏々は家へ帰りながら、明日の味を少しだけ楽しみにしていた。


 七日目より、さらに三日。


 どこまで変わっているのか。


 それを比べるために、七日目の味も三日目の味も、作った日の味も、まだちゃんと覚えていた。


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