一週間の味
翌日の昼過ぎ、杏々は予定通り商会へ向かった。
今日は、保存食を作ってからちょうど七日目。三日目の試食では、薄切り肉もスープ用の保存食も大きな問題はなく、むしろ少し乾いたことで塩気が強く感じられるようになった程度だった。
一週間。
杏々自身がローディンまで往復した遠征とほぼ同じ長さである。
そこまで持つなら、少なくとも冒険者や商隊が短い旅へ持っていく食料としてはかなり使いやすくなる。
「今日は大事」
商会の扉を見上げながら、杏々が呟いた。
もちろん、食べる日だからという意味もかなり大きかった。
部屋へ入ると、いつもの三人がすでに揃っていた。机の上には七日目用として分けて保存していた袋が並び、その横には一泊二日の実地試験から持ち帰った一食袋も置かれている。
「来たな」
「来た」
「今日は最初から食う気満々だな」
「七日だから」
「理由になってるようでなってないな」
商人が笑う。
杏々はいつもの椅子へ座った。
まず始まったのは、食べる前の状態確認だった。
袋を開ける前に破れや虫食いがないかを見る。開封後は色、匂い、表面の状態を確認し、三日目の記録と比べる。
薄切り肉は、三日前よりさらに水分が抜けていた。見た目にも少し締まり、端の部分はわずかに反っている。
「匂いは問題ないな」
肉屋が言う。
「色も想定の範囲だ」
食品担当も記録へ書き込む。
「じゃあ、まず基本のやつから」
小さく切った肉が杏々の前へ置かれた。
杏々は一枚取り、ゆっくり噛んだ。
「固くなった」
「三日目より?」
「うん。でも噛めないほどじゃない」
さらに味を見る。
「塩もまた強くなった。でも、これはまだ平気」
「パンと一緒なら?」
「合う。むしろそのまま食べるよりパンと食べたい」
「旅用なら問題ない範囲か」
「うん」
杏々はもう一枚食べ、少し考えた。
「でも、このままもっと乾くと固くなりすぎるかも」
「十日目がそこを見るところだな」
肉屋が頷いた。
七日目の時点では食べられる。
味も悪くない。
ただし、作った直後とは明確に違ってきている。
そこをどう考えるかが、三日目までとは少し違った。
次は香草入り。
杏々は口へ入れた瞬間に、三日前より少し長く噛んだ。
「かなり香り弱くなった」
「そこまでか」
「三日目はまだ噛んだらちゃんと来たけど、今日は最初よりだいぶ遠い」
肉屋も食べて確かめる。
「確かに落ちてるな」
食品担当も頷いた。
「ただ、悪い匂いではない。単純に香草の香りが薄くなってる」
「美味しくない?」
商人が杏々へ聞く。
「美味しいよ。でも『香草のやつ』って思って食べると、ちょっと弱い」
「なるほど」
「普通の保存肉よりは香る。でも最初の日の味を知ってると違う」
杏々はそこで少し考え、もう一枚だけ食べた。
「七日持たせる前提なら、最初の香草ちょっと強くしてもいいかも」
「ただし、作った直後に食べると強すぎる可能性がある」
「そう」
「難しいな」
商人が記録を見る。
売る時点でいつ作ったものなのか。
どのくらいの期間で食べることを想定するのか。
保存食だから長く持てばいい、というだけではない。
作った直後から十日後まで、ある程度同じ使い方ができなければ商品としては扱いづらい。
「一週間の旅向けって決めるなら?」
杏々が聞く。
「その線はあり得る」
食品担当が答える。
「例えば『買ってから七日程度を目安に食べる』と決めるなら、そこに合わせた味にすればいい。逆に二週間も三週間も持たせようとすると、作り方そのものを変える必要があるかもしれない」
「長くすればいいわけじゃない?」
「値段も味も悪くなるならな」
「なるほど」
杏々は素直に頷いた。
そこは少し面白かった。
保存食なのだから、長く持つほど優秀なのだと思っていた。
けれど実際には、長く持たせるために塩を増やし、乾燥を強くし、味が悪くなるなら、短い旅に使う商品としては別の方がいいこともある。
「使う日数で作り方変わる」
「そういうことだ」
最後は辛味入りだった。
こちらは七日目になっても味がはっきりしていた。
「辛い」
「まだ残ってるか」
「うん。香りは減ったけど辛さはちゃんとある」
「七日目だと、むしろこれが一番味の変化が少ないか?」
「そうかも」
杏々は噛みながら考える。
「でもずっとこれだけは嫌」
「そこは変わらないんだな」
「普通と香草と辛いの交代がいい」
「三種類全部売れって話に持っていこうとしてないか?」
「してない」
「本当か?」
「全部食べたいだけ」
「もっと駄目だろ」
◆
薄切り肉の確認が終わると、次はスープ用だった。
三日目と同じように、薄味、中間、濃い味の三種類を同じ量の水で煮る。
こちらは乾いたまま食べる肉とは少し違い、煮ることで硬さがある程度戻る。杏々が最初の器を飲むと、三日目との差は思ったほど大きくなかった。
「薄いの、まだ普通」
「肉の硬さは?」
「少し残るけど、ちゃんと煮れば平気」
二番目の中間も試す。
「これもまだ一番使いやすい」
「七日でも変わらずか」
「うん」
最後の濃い味は、三日目よりさらに塩気を強く感じた。
「これは、そのままだとかなり濃い」
「七日でそこまで来たか」
「でも豆か芋入れるなら使える。水も増やせる」
「最初から具を足す用途なら問題ない?」
「うん。でも何もない時に一袋だけ使うなら真ん中がいい」
商人はそこを大きく囲った。
これまで何度も話してきたが、スープ用の保存食は「完全な一食」ではなく、普通の旅食へ足すものとして考えた方がいい。
七日目でも、その結論は変わらなかった。
「じゃあ今のところ、一番商品に近いのは真ん中か」
「そうですね」
食品担当が頷く。
「塩が弱い方は保存性の確認が必要。強い方は用途が限定される。その中間なら、そのままでも使えるし、多少の具材追加にも対応できる」
「一泊の試験でも使いやすかった」
杏々が付け足す。
「袋は開けにくかったけど」
「そこは直してる」
食品担当が別の袋を出した。
前回より少し太い紐を使い、指を掛けやすいよう結び目の位置も変えてある。
「次に外へ持っていく時はこれを試してほしい」
「また食べる?」
「もちろん食べていい」
「やる」
「そこは毎回早いな」
杏々は袋を受け取って鞄へ入れた。
ただ、今回は無理に泊まりの依頼を探すつもりはない。
ちょうどいい仕事があれば持っていく。
なければ次でいい。
そのくらいには、待つことにも慣れてきた。
七日目の試験で大きな異常がなかったことを確認すると、商人は記録をまとめながら言った。
「一週間は一応越えたな」
「売れる?」
「まだだ」
「まだ?」
「十日目が残ってる。それに保存できたからって、値段が合うとは限らん」
「そっか」
「ただ、最初よりはかなり現実的になってきた」
杏々が少し反応する。
「進んだ?」
「進んだ」
「ならいい」
完成ではない。
けれど、最初に旅へ持っていった自分用の肉が、少しずつ「他の人も使えるもの」に近づいている。
杏々はその方が面白かった。
◆
商会を出た後、杏々は市場へ向かった。
今日は試食でそれなりに肉とスープを食べているので、すぐに大きな食事を取る必要はない。ただ、夕食用の食材は必要だった。
魚屋の前を通ると、店主が杏々を見つける。
「今日はまだないぞ」
「川鎧魚?」
「それ以外でお前に先に言うことあるか?」
「ないかも」
「自分で言うな」
入荷はまだだった。
杏々は並んでいる別の魚を見て、今日は小ぶりな川魚を二匹買った。
「これ焼く」
「川鎧魚じゃなくても食うんだな」
「魚好き」
「知ってる」
家へ帰る頃には夕方になっていた。
杏々は買ってきた魚を塩焼きにし、野菜を少し煮る。保存食の試験で濃い味を何度も食べた後だったので、夕食はあまり複雑な味にしなかった。
「こういうのもいい」
焼いた魚の身をほぐしながら食べる。
毎日保存食を食べたいわけではない。
旅で普通の食事ができない日が続くからこそ、少し美味しくなる保存食が欲しい。
その違いも、最近は前よりはっきり分かるようになっていた。
食後に日記を開き、七日目の結果をまとめる。
『七日後』
『普通の肉 もっと乾いた』
『塩強いけどパンならいい』
『香草 かなり弱くなった』
『辛いのはまだ分かりやすい』
スープは、
『真ん中まだ一番』
『七日でも使える』
『濃いのは水か具いる』
と書いた。
そして少し考えてから、
『長く持てばいいだけじゃない』
『何日で食べるか大事』
と付け足す。
杏々にしては珍しく、食べ物そのものではなく、作り方の考え方を記録した一行だった。
保存できる期間を伸ばす。
味を保つ。
値段を抑える。
持ち運びやすくする。
全部を一番良くするのは難しい。
だから、何に使うものなのかを最初に決める。
「旅に足すご飯」
杏々は小さく呟き、その言葉も日記へ書いた。
『旅のご飯に足すやつ』
最初から、自分が欲しかったものはそれだった。
十日目まで、あと三日。
そこまで確認すれば、最初の試験は一度区切りになる。
杏々は日記を閉じ、ちくわアザラシを引き寄せた。
「あと三日」
今度は何が変わるのか。
少しだけ楽しみになっていた。




