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杏々の異世界さんぽ~召喚されたのに勇者ではありませんでした。なので冒険者になって、ご飯を食べます~  作者: わかめ
召喚勇者と駆け出し冒険者

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今日もお仕事


 翌朝、杏々が冒険者ギルドへ入ると、昨日と同じ受付嬢が少し驚いた顔で出迎えた。


「また来たんですか?」


「うん」


「昨日、初依頼を終えたばかりですよね? 今日は休むという選択肢もあるんですよ?」


「元気だよ」


「それは見れば分かりますけど……」


 受付嬢は苦笑した。杏々は昨日と同じように小さな鞄を背負い、首から冒険者証を下げている。ただし、今日は一人だった。


「あれ? リネットさんは?」


「お仕事」


「ああ、そうなんですね。途中で寄り道しませんでした?」


「したよ」


「したんですか?」


「朝ご飯食べた」


「それは寄り道というより……朝食ですね」


「あと串焼き」


「食べてきたんですね」


「うん」


 どうやら今日も平常運転らしい。


「それで、今日はどんな依頼を受けたいんですか?」


「食べれるやつ」


「…………」


 受付嬢は少し考えてから、杏々へ向き直った。


「杏々さん、冒険者ギルドは食材紹介所ではないんですよ?」


「でも魔物いるよ」


「いますけど」


「木の実もある」


「ありますけど」


「じゃあ、食べれる仕事ある?」


「……探してみます」


 受付嬢も少しずつ諦め始めていた。


     ◆


 新人向けの掲示板の前に立った杏々は、貼り出された依頼書を眺めながら、すぐに首を傾げた。


「読めない」


「知っています」


 受付嬢は杏々の隣に立ち、依頼書を一枚ずつ確認していく。


「街中の荷運びです」


「食べれる?」


「荷物は食べないでください」


「次」


「南門の清掃です」


「次」


「商業区への書類配達です」


「文字読めない」


「そうでした」


 受付嬢は次の依頼書へ目を移した。


「北側農地の用水路点検という仕事もあります。水路が詰まっていないか確認して、枝や泥を取り除く依頼です」


「食べれるものある?」


「仕事中に探さないでください」


「次」


「徹底してますね……」


 受付嬢はさらに依頼書をめくり、やがて一枚を取り出した。


「では、これはどうでしょう」


「なに?」


「赤露実の採取です」


 杏々の反応が変わった。


「赤いやつ?」


「昨日、森で見つけた実ですよ」


「食べれるやつ」


「はい」


「それやる」


「早いですね」


 依頼主は王都の菓子店で、赤露実を二十個以上、潰さないように採取するという内容だった。


「昨日の薬草より簡単?」


「採取自体は。ただし、熟した実だけを選んでください」


「どうやって分かる?」


 受付嬢は見本として保存されていた実を取り出した。


「色です。まだ若いものは薄い赤ですが、食べ頃になるとこのくらい濃くなります」


「なるほど」


「それから、強く握ると潰れてしまいます」


「そっと取る」


「そうしてください」


「取ったやつ食べていい?」


「依頼品はダメです」


「えー」


「自分で余分に見つけた分なら、採取禁止区域でない限り構いませんよ」


「じゃあいっぱい探す」


「依頼分を先に確保してくださいね?」


「うん」


 受付嬢が依頼書を差し出す。


「では、受注しますか?」


「する」


「分かりました」


 受付印が押され、昨日に続いて杏々の二つ目の仕事が決まった。


     ◆


 昨日と同じ北門を抜け、同じ街道を歩いていると、杏々は畑の横に立つ柱へ目を留めた。石のようなものが埋め込まれた柱は、淡い光を放っている。


「あ」


「まりょくちょうせい……」


 昨日リネットから聞いた言葉を思い出したものの、覚えているのは後半だけだった。


 杏々が柱を眺めていると、近くの畑で働いていた老人が声をかけてきた。


「珍しいかい?」


「うん」


「街の子じゃないのか?」


「最近来た」


「そうか」


 老人は鍬を肩に担ぎながら、柱へ目を向けた。


「ありゃ魔力を土地へ流すための柱だよ。この辺の畑じゃ珍しくもない」


「ないと育たない?」


「まったく育たねえわけじゃねえが、収穫は落ちるな。特に今年みてえに暑い時期は、魔力を安定させとかねえと作物が弱る」


 杏々は畑を見渡した。青々とした葉の間には、丸い実がいくつも見えている。


「それ何?」


「これか? 土玉芋だ」


「おいしい?」


「ははっ。嬢ちゃんはそこが気になるのか」


「うん」


「焼いても煮ても食えるぞ。この辺じゃ冬場の主食にもなる」


「食べたい」


「収穫はもう少し先だな」


「そっか」


 杏々が残念そうな顔をすると、老人は笑いながら続けた。


「市場に去年の保存物ならあるかもしれんぞ」


「ほんと?」


「ああ」


「帰り見てこ」


「仕事はどうした?」


「あ」


 杏々は自分が何をしに来たのか思い出した。


「赤い実取りに行く」


「赤露実か。北森なら、昨日あたり採りに行った連中がいたな。手前は少なくなってるかもしれんぞ」


「奥行ったらある?」


「奥にはあるだろうが……」


 老人の顔が少し真面目になる。


「新人なら、区切り杭より先には行かん方がいい」


「区切り杭?」


「森に入れば色のついた杭が立ってる。赤い杭から先は新人向け区域じゃない」


「昨日見てない」


「薬草を採ってたなら、そこまで行かなかったんだろ」


「なるほど」


「妙な話だが、最近は少し奥の魔物が手前まで出てくるって話もある」


「魔物?」


「ああ。猟師が言ってたよ。普段ならもっと奥にいる奴の足跡が、浅い場所で見つかったってな」


「へえ」


「だから、何か見つけても追っかけんなよ」


「昨日も言われた」


「じゃあ守れ」


「うん」


「本当か?」


「たぶん」


「……なんでそこで怪しくなるんだ」


     ◆


 森へ入ると、昨日一度歩いた場所だけに、杏々はそれほど迷わず進むことができた。青く塗られた杭を見つけ、さらに進むとまた青い杭があり、その先には黄色の杭が立っている。やがて木々が少し深くなった向こうに、赤い杭が見えた。


「ここまで」


 杏々はそう呟き、今日はそこを越えないことにした。まずは赤露実を探すため、昨日見つけた場所へ向かう。


「あ」


 実はあったが、受付嬢から見せてもらった見本よりも色が薄いものが多かった。


「これはまだ」


 少し進むと、濃い赤色の実が見つかった。杏々はそっと摘み取り、専用の浅い籠へ入れる。


「一個」


 二個、三個と数を増やしていくが、昨日の薬草よりも見つけるのに時間がかかった。


「みんな取ったからかな」


 杏々は木々の間を歩きながら、さらに赤露実を探した。十個、十二個と集めても、依頼に必要な数にはまだ足りない。赤い杭まではまだ距離があるため、杏々は別の道へ回ることにした。


「あ」


 そこには赤露実の木が何本もまとまって生えており、その多くに濃い赤色の実がついていた。


「いっぱいある」


 杏々は嬉しそうに実を摘み取り、十五個、二十個、二十五個と数を増やしていく。


「依頼終わり」


 籠にはまだ余裕があった。


「余ったら食べていいって言ってた」


 杏々は自分の分として、さらに三個だけ摘み取った。昨日覚えたばかりの、取りすぎないという約束も守っている。


 籠を鞄へ入れようとしたとき、何かの音が聞こえた。


 落ち葉を踏む、さく、さくという音だった。


 杏々が振り返っても、そこには誰もいない。


「リネットちゃん?」


 返事はなかった。今日は仕事中だと言っていたので、ここにいるはずはない。


 さく。


 今度は横から音がした。


「……いる?」


 杏々がそちらを見ると、茂みが揺れた。しばらく待っていると、そこから小さな頭がひょこりと現れる。


「お」


 丸い頭に長い耳、額には小さな一本角が生えていた。


「角兎?」


 昨日まで何度か食べていた魔物だった。


 角兎は杏々を見つめ、杏々もまた角兎を見つめる。やがて角兎が葉を食べ始めると、杏々はしゃがみ込んだ。


「これがお肉になるんだ」


 料理された状態しか見たことがなかったため、生きている角兎を見るのは初めてだった。


「かわいい」


 角兎が耳を動かす。


 杏々は少し考えてから、首を傾げた。


「でもおいしいんだよね」


 角兎の動きが止まった。もちろん言葉を理解したわけではないだろうが、次の瞬間、角兎はぴょんと跳ねて茂みの中へ逃げていった。


「あ」


 杏々は逃げていく角兎を見送った。


「行っちゃった」


 依頼対象でもないため、追いかけることはしなかった。


「また今度かな」


 何がまた今度なのかは、角兎にとって知らない方が幸せだった。


     ◆


 そのまま帰ろうとしたとき、杏々は木の根元に何かが落ちていることに気づいた。


「なにこれ」


 地面が掘り返されている。昨日の牙鼠とは比べ物にならないほど大きな跡で、杏々の身体よりもずっと大きな何かが土を踏みつけたように、地面が深くへこんでいた。


「足跡?」


 しゃがんで見ると、四本の太い爪の跡が残っている。


「大きい」


 その足跡は森の奥から、こちら側へ向かって続いていた。


 杏々は少し先へ目を向けた。木の幹には大きな傷があり、それはかなり高い位置まで伸びている。


「昨日の音かな」


 ばきりと枝が折れた音を思い出し、杏々は少しだけ気になった。しかし、視界には赤い杭が入っている。


「行かないって言ったし」


 杏々はあっさりと背を向け、そのまま森の入口へ戻ることにした。好奇心はある。それでも、約束は約束だった。


     ◆


「戻りました」


「お帰りなさい」


 午後、杏々がギルドの受付へ戻ると、受付嬢が笑顔で迎えた。


「どうでした?」


「取れたよ」


 杏々が籠を差し出すと、受付嬢は中身を確認した。


「一、二……二十五個ですね」


「うん」


「全部きれいです。潰れているものもありません」


「そっと取った」


「完璧ですよ。昨日の薬草といい、杏々さんは採取依頼に向いているかもしれませんね」


「食べ物なら分かりやすい」


「薬草は食べ物ではありませんけどね」


 受付嬢は依頼書へ達成印を押した。


「これで二件目ですね」


「ランク上がる?」


「まだです」


「えー」


「昨日今日で上がるほど簡単ではありませんよ」


「赤角牛遠いね」


「遠いですね」


「いっぱいやらないと」


 受付嬢は苦笑しながら報酬を用意した。


「でも、順調なのは間違いありません。新人で最初から二件続けて問題なく達成できる人ばかりではありませんから」


「ほんと?」


「はい」


 杏々は少し嬉しそうに報酬を受け取った。昨日よりも少しだけ革袋が重くなっている。


「それと」


「?」


「依頼主から、品物を直接受け取りたいので店まで届けてもらえないかとのことです」


「お店?」


「菓子店です」


 杏々の目が変わった。


「お菓子?」


「はい」


「行く」


「返事が早い」


 受付嬢は地図を取り出した。


「商業区にある『木苺亭』というお店です。赤露実を使った焼き菓子やジャムで有名ですよ」


「ジャム」


「杏々さんの世界にもあります?」


「あるよ」


「なら話は早いですね」


 杏々は籠を持ち直した。


「行ってくる」


「場所は分かります?」


「…………」


「分かりませんよね」


「うん」


「案内を書いて――」


「読めない」


「…………そうでした」


 受付嬢は少し考えてから、道順を口頭で説明した。


「大通りをまっすぐ行って、噴水を右です。その先に、果物の絵が描かれた緑色の看板があります」


「果物」


「はい」


「分かった」


「寄り道しないでくださいね」


「たぶん」


「その返事をリネットさんが嫌がる理由が、少し分かってきました」


     ◆


「ここかな」


 大通りを進み、噴水を右へ曲がり、果物の絵が描かれた緑色の看板を見つけた杏々は、ちゃんと目的の店へ辿り着いた。


 扉を開けると、からんと鈴が鳴る。


「いらっしゃいませ」


 店内には甘い匂いが漂っていた。棚には焼き菓子や瓶詰めのジャム、果物を煮込んだもの、薄い生地にクリームを挟んだものまで並んでいる。


「おー……」


「お嬢ちゃん?」


 店の奥から、ふくよかな女性が出てきた。


「一人?」


「依頼」


 杏々は冒険者証を見せた。


「赤い実持ってきた」


「あら!」


 女性の表情が明るくなる。


「ギルドへお願いしていた赤露実ね」


「うん」


 杏々が籠を渡すと、女性は中身を確認した。


「きれいねえ。ちょうど熟したものばかり」


「濃い赤いやつ取った」


「ちゃんと選んでくれたのね」


「ギルドのお姉さんが教えてくれた」


「ありがとう。これなら今日の仕込みに使えるわ」


 女性は嬉しそうに籠を厨房へ運んでいった。


 杏々は店内を見回した。視線は棚に並んだ焼き菓子を追い続けている。


 女性が戻ってくると、杏々へ声をかけた。


「お礼に一つ食べていく?」


「いいの?」


「もちろん。届けに来てもらった分のお礼よ」


「やった」


「どれがいい?」


 杏々は真剣な顔で棚を見た。右を見て、左を見て、もう一度右を見る。


「全部?」


「ふふ。全部は無理ね」


「そっか」


「おすすめなら、これかしら」


 女性が取り出したのは、小さな丸い焼き菓子だった。表面はこんがり焼けていて、中央には赤いジャムがのっている。


「赤露実のジャムを使った焼き菓子よ」


「今日取ったやつ?」


「今日の分はこれから仕込むから、これは昨日までに届いたものね」


「なるほど」


 杏々は焼き菓子を受け取った。


「いただきます」


 一口かじると、外側はさくりと軽く、中は少ししっとりしていた。甘い生地のあとに、赤露実の強い酸味が広がる。


「んー」


 杏々の頬が緩んだ。


「おいしい」


「よかった」


「酸っぱい」


「そこが赤露実のいいところなのよ。砂糖を多めに使っても、ちゃんと果物の味が残るから」


「へえ」


 杏々はもう一口食べた。


「昨日見つけたとき、そのまま食べなくてよかったかも」


「生でも食べられるわよ?」


「ほんと?」


「酸っぱいけどね」


「食べてみればよかった」


「今度は食べてみるといいわ」


「うん」


 杏々は自分用に採ってきた赤露実を思い出し、鞄から小さな包みを取り出した。


「ある」


「これ、自分の分?」


「うん」


「ちゃんと洗えば食べられるわよ」


「洗って」


「はいはい」


 女性が笑いながら実を洗ってくれる。杏々は一粒を口へ入れた。


「…………」


 きゅっと顔を縮める。


「酸っぱい」


「でしょう?」


「でもおいしい」


「ジャムにすると、もっと食べやすくなるわ」


「どうやって作るの?」


「実を潰して、砂糖と一緒に煮るのよ」


「それだけ?」


「基本はね。保存するなら瓶の扱いなんかにも気をつけるけど」


「ふーん」


 杏々は瓶詰めされた赤いジャムへ目を向けた。


「買う」


「気に入った?」


「うん」


「じゃあ、小さい瓶なら八銅貨よ」


 杏々は今日の報酬袋を取り出した。


「これで足りる?」


「十分よ」


 女性が硬貨を受け取る代わりに、小さな瓶を杏々へ渡す。


「はい。毎度ありがとう」


「自分のお金で買った」


「冒険者さんだものね」


「うん」


 杏々はジャムの瓶を大事そうに鞄へしまった。


     ◆


 店を出ると、聞き慣れた声がかかった。


「杏々さん」


「ん?」


 振り返ると、リネットが立っていた。


「リネットちゃん」


「どうしてお菓子屋さんから出てくるんですか?」


「お仕事」


「…………」


「ほんとだよ」


「本当ですか?」


「赤い実届けた」


 杏々は空になった籠を見せた。


「なるほど……」


 リネットは少し安心したように息を吐いた。


「今日は尾行してなかったね」


「だから昨日も尾行じゃありません!」


「今日はお仕事終わった?」


「はい。ちょうど今終わって、ギルドへ様子を聞きに行こうと思っていたところです」


「今日もちゃんとできた」


「何をしたんです?」


「赤露実取った」


「へえ」


「二十五個」


「十分ですね」


「あと角兎見た」


「角兎?」


「かわいかった」


「そうでしょう? 角さえなければ普通の兎とあまり変わりませんし」


「おいしいけどね」


「……その感想を続けます?」


「あと大きい足跡あった」


 リネットの足が止まった。


「……足跡?」


「うん」


「どこで?」


「森」


「それは分かります」


「赤い杭の手前」


 リネットの表情が少し変わった。


「どのくらい大きかったです?」


 杏々が両手で大きさを示す。


「これくらい」


「…………」


「爪もあった」


「何本?」


「四本かな」


「木に傷もあった」


「高さは?」


 杏々が自分よりずっと上を指す。


「このくらい」


 リネットは黙り込んだ。


「リネットちゃん?」


「……ギルドに戻りましょう」


「なんで?」


「念のためです」


「足跡だけだよ?」


「だからこそです。新人区域で大型魔物らしい痕跡が見つかったなら、報告しておいた方がいいです」


「大型なの?」


「実物を見ないと分かりません。でも……」


 昨日、森の奥から聞こえた大きな音。今日、農民が話していたという、浅い場所で見つかる魔物の痕跡。そして杏々が見つけた大きな足跡。


「何もなければ、それでいいんです」


「なるほど」


 杏々は素直に頷いた。


 二人はギルドへ戻ることにした。


「そういえば」


 杏々が鞄を開ける。


「ジャム買った」


「今その話します?」


「リネットちゃんも食べる?」


 リネットは少しだけ迷った。


「パンにつけるなら」


「帰ったら食べよ」


「はい」


 杏々は嬉しそうに歩き、その隣でリネットだけが森の方を一度振り返った。


 今まで新人が安心して利用してきた北の森。その浅い区域で、少しずつ何かが変わり始めていた。


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