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杏々の異世界さんぽ~召喚されたのに勇者ではありませんでした。なので冒険者になって、ご飯を食べます~  作者: わかめ
召喚勇者と駆け出し冒険者

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初めての依頼


 翌朝、王都の北門近くにある冒険者向けの道具屋で、リネットは杏々の荷物を一つずつ確認していた。


「採取袋」


「ある」


「水筒」


「ある」


「簡易地図」


「ある」


「依頼書」


「ある」


「非常食」


「ある」


「非常食」


「あるよ?」


「……ちゃんと残っています?」


 杏々が背負っていた小さな鞄を開くと、中には朝に王城で用意してもらった硬いパンと干し肉、それに乾燥させた果物が入っていた。


「ある」


「よかった……」


「一個食べたけど」


「食べたんですか!?」


「朝ご飯のあとに」


「それは非常時に食べるものです!」


「お腹すいたから」


「朝食を食べたばかりでしょう!?」


「ちょっとすいた」


 リネットは額を押さえたが、鞄の中に食料が残っているのを確認すると、ひとまず息を吐いた。


「まあ……全部食べていないならいいです」


「うん」


「それから、これ」


 リネットは小さな木札を取り出した。表面には、この世界の文字と簡単な絵が描かれている。


「なに?」


「昨日見せてもらった薬草を、私が描いておきました」


 木札には、細長い葉と根元の白い模様が特徴的に描かれていた。


「杏々さんは依頼書を読めませんから、分からなくなったらこれと見比べてください」


「おー」


 杏々が木札を受け取る。


「リネットちゃん、絵上手」


「そうですか?」


「うん」


「研究記録で術式図を描くことが多いので、そのおかげかもしれませんね」


「これなら分かる」


「似た植物もありますから、白い模様を必ず確認してくださいね」


「分かった」


「あと、根を傷つけないこと」


「うん」


「十株以上です」


「いっぱい取ったらいっぱいもらえる?」


「今回は規定量を超えた分も多少は買い取ってもらえるそうですが、採り尽くさないでください」


「なんで?」


「また生えてくる分までなくなってしまうでしょう?」


「あー」


 杏々が頷く。


「取りすぎたら次、食べられなくなるやつ」


「薬草ですけど……まあ、考え方はそれで合っています」


 リネットは一つ息を吐いた。昨晩から何度説明したか分からない。森の奥へ行かないこと、知らない植物は食べないこと、魔物を追いかけないこと、暗くなる前に帰ること、そして何か異常を感じたら、依頼を諦めても構わないから街へ戻ること。杏々はそのたびに「分かった」と答えていたが、本当に理解しているのかは少し怪しかった。


「…………」


「なに?」


「本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ」


「昨日から何度も聞いているのは分かっていますけど……」


「じゃあリネットちゃんも来る?」


「うっ」


 痛いところを突かれ、リネットは言葉に詰まった。


「行きたいのは山々なんですが……」


 リネットは王城の方へ目を向けた。


「午前中に研究班の仕事があるんです。召喚記録の整理がまだ終わっていませんし」


「そっか」


「お昼過ぎには終わる予定ですけど、その頃には杏々さんも帰ってきているでしょうし」


「たぶん」


「そこで『たぶん』をつけない!」


 杏々が笑った。


 北門の向こうには街道が伸び、そのさらに先には森の木々が見えている。初めて自分一人で王都の外へ出ることになる杏々は、少しだけ楽しそうだった。


「じゃあ行ってくる」


「はい」


 リネットはしゃがみ、杏々と目線を合わせた。


「いいですか。森の浅い場所だけですよ」


「うん」


「薬草を採ったら帰る」


「うん」


「寄り道しすぎない」


「……うん」


「今、間がありましたよね?」


「気のせい」


「絶対ありました!」


 杏々は手を振った。


「行ってきます」


「い、行ってらっしゃい!」


 小さな背中が門の向こうへ歩いていく。リネットはその姿が見えなくなるまで見送った。


「…………」


 大丈夫。ギルドも安全な依頼だと言っていたし、森の入口周辺には冒険者や採集民も多い。杏々の身体能力なら、小型魔物程度を相手にしても逃げることはできるはずだ。


「大丈夫です」


 そう自分に言い聞かせたものの、返事をしてくれる人は誰もいなかった。


     ◆


 王都を出てしばらく歩くと、周囲の景色は大きく変わった。石造りの建物はなくなり、道の左右には畑が広がっている。見たことのない穀物や背の低い葉野菜が植えられ、遠くでは大きな鳥のような生き物が畑の上を飛んでいた。ところどころに立てられた柱には石のようなものが埋め込まれ、淡い光を放っている。


「なんだろ」


 杏々は少し近づいてみた。柱には文字が刻まれていたが、当然ながら読むことはできない。


「読めない」


 そう呟いて、杏々はあっさり諦めた。あとでリネットに聞けばいい。


 街道には王都へ向かう荷車や、剣を腰に下げた冒険者らしい人たちも行き交っていた。すれ違った荷車の御者が、杏々の姿を見て声をかけてくる。


「嬢ちゃん、一人か?」


「うん」


「どこまで行くんだ?」


「森」


「森?」


 御者は杏々の首から下がった冒険者証に気づいた。


「ああ、新人か」


「今日初めて」


「そりゃ頑張れよ。北の森なら、街道から外れすぎなきゃ危ねえもんは少ねえ。ただし、森猪を見かけても追っかけんなよ」


 杏々が反応した。


「森猪」


「おう。この辺にもたまに出る」


「昨日食べた」


「……食べた?」


「おいしかった」


「そ、そうか」


「森にいるんだ」


「いるけど、追うなって話だからな?」


「分かった」


「本当か?」


「たぶん」


「……新人ってのは怖えな」


 御者は少し不安そうな顔で去っていった。杏々はその背中を見送りながら、森猪がいるという情報を頭の片隅に置いた。


「森猪いるんだ」


 少しだけ楽しみが増えた。


     ◆


 北の森までは、それほど遠くなかった。街道沿いに設置された案内板の前で、杏々は立ち止まったが、そこに書かれた文字を読むことはできなかった。ただ、ギルドでもらった地図には絵が描かれている。


「こっちかな」


 地図を上下逆さまに持ち、少し考えてから向きを直す。


「……こっち」


 杏々は森へ続く細い道へ入った。


 入口付近には人が歩いた跡がはっきり残っている。薬草採取の新人依頼に使われる場所だけあって、完全な未開の森というわけではないらしい。木々の間からは日光が差し込み、鳥の声や葉の揺れる音、どこかで水が流れる音が聞こえてくる。


「いいところ」


 杏々はゆっくり歩いた。元の世界で山や公園を歩くときと少し似ているが、生えている植物は知らないものばかりだった。


「あ」


 足元に、細長い葉と根元の白い模様が見えた。杏々はリネットからもらった木札と見比べる。


「これだ」


 しゃがみ込み、根を傷つけないよう周囲の土を指で少しずつ掘る。やがて一本の薬草をきれいに抜くことができた。


「一個」


 採取袋へ入れ、さらに少し進むと、また同じ薬草を見つけた。


「二個。三個」


 思っていたより簡単だった。杏々は森を歩きながら薬草を探し、五株、七株と数を増やしていく。


「八」


 九株目を見つけたところで、別のものが目に入った。低い木の枝に、小さな赤い実がいくつもなっている。丸くて少し透き通っており、いかにも甘そうだった。


「食べられるかな」


 手を伸ばしかけたところで、杏々は動きを止めた。


『食べられるか分からないものは、絶対に口にしないこと』


 昨日の受付嬢の言葉を思い出したのである。


「…………」


 杏々は手を引っ込めた。


「えらい」


 自分で自分を褒めると、代わりに実を一つだけ採り、薬草とは別の小さな布へ包んだ。


「リネットちゃんに聞こ」


 そうして再び歩き始めた。


     ◆


 同じ頃、王宮魔術院の一室では、リネットが勢いよく立ち上がっていた。


「……終わりました!」


「何だ、急に」


 向かいに座っていた先輩術師が顔を上げる。


「担当分の記録整理です。全部終わりました!」


「早いな」


「確認をお願いします!」


 机の上には整然と並べられた記録板がある。先輩術師が一枚を手に取ると、そこには召喚時魔力量、座標偏差、対象固定などの項目が細かく記されていた。


「誤記はないだろうな」


「三回確認しました」


「珍しく気合いが入っているな」


「いつも入っています!」


「ならいいが」


 先輩術師が資料へ目を落とす一方で、リネットはそわそわしていた。


「…………」


「何だ」


「いえ」


「帰りたいなら帰っていいぞ」


「本当ですか!?」


「声がでかい」


「すみません!」


「午後はお前に振っている仕事はなかったはずだ」


「ありがとうございます!」


 リネットは鞄を掴んだ。


「では失礼します!」


「待て」


 ぴたりと足を止める。


「何でしょう」


「どこへ行く」


「…………」


「なぜ黙る」


「少し……王都の外へ」


「何しに?」


「散歩です」


「お前が?」


「……はい」


「休日にも書庫にいるお前が?」


「今日は外の空気を吸いたくて」


「眼鏡が曇るほど嘘が下手だな」


「曇ってません!」


 先輩術師はしばらくリネットを見つめた。


「異界の少女か」


「…………」


「図星か」


「心配なんです」


 リネットは観念した。


「今日、初めて一人で森に行っているんですよ」


「冒険者になったんだろう」


「そうですけど」


「昨日の適性確認では戦えると分かったんじゃなかったのか」


「戦えるのと安心できるのは別です!」


「…………」


 どこかで聞いたような理屈だった。


「好きにしろ。ただし夕方までには戻れ」


「はい!」


 リネットは走っていった。先輩術師はその背中を見送り、呆れたように呟く。


「……保護者か、あいつは」


     ◆


「十」


 杏々が十株目の薬草を袋へ入れた。


「終わった」


 依頼達成である。あとは帰ればいい。そう思って立ち上がった杏々だったが、周囲を見回すと、まだ薬草がいくつか見つかりそうだった。


「もうちょっとあるかな」


 規定量を超えた分も買い取ってもらえる。たくさん取れば、その分だけご飯代になる。


「ちょっとだけ」


 杏々はさらに森を歩いた。ただし、同じ場所からすべて採ることはせず、何株かまとまって生えているところを見つけても、そのうちの一部だけを採るようにした。


「残しとかないとね」


 十一、十二、十三、十四、十五。


「これくらいでいいかな」


 採取袋にはまだ余裕があったが、初仕事なら十分だろう。杏々は地図を確認し、来た道へ戻ろうとした。


 そのとき、少し離れた茂みが揺れた。


「?」


 がさがさと音がする。何かがいるらしい。


「魔物かな」


 昨日の説明を思い出した。


『魔物を見つけても、依頼と関係なければ無理に戦わないこと』


 杏々はそのまま歩き出した。しかし、背後からは再び茂みの揺れる音が聞こえてくる。杏々が立ち止まると、音も止まった。もう一度歩き出すと、またがさがさと音がする。


「ついてきてる?」


 杏々が振り返った瞬間、茂みから何かが飛び出した。


「キィッ!」


 犬より少し大きいくらいの灰色がかった獣で、口からは長い牙が二本伸びている。


「お」


 魔物は地面を蹴り、杏々へ飛びかかった。鋭い牙が顔へ向かってくるが、杏々はほんの少し身体を横へずらした。魔物は空を切り、そのまま横を通り過ぎて着地する。


「襲ってくるんだ」


 杏々が振り返ると、魔物はすぐに向きを変え、再び飛びかかってきた。今度は杏々が片足を上げる。


 どん。


「ギャンッ!」


 飛び込んできた魔物の横腹へ蹴りが入り、小さな身体がそのまま吹き飛んだ。魔物は茂みを突き抜け、木の幹へぶつかって地面へ落ちる。


「…………」


 杏々は少し待った。


「終わり?」


 近づいて確認すると、魔物は完全に気絶しているどころか、もう息をしていなかった。


「これ、何だろ」


 杏々はしゃがみ込み、知らない魔物を眺める。


「食べられるかな」


 結局、そこへ行き着くのだった。


     ◆


「はぁ……はぁ……」


 その少し後方では、森の入口へ到着したリネットが息を整えていた。


「急ぎすぎました……」


 王城から北門までほとんど走り、そこからさらに森まで歩いてきたのである。杏々はすでに出発してからかなり時間が経っている。


「もう帰ってきてたり……」


 周囲を見回しても、杏々の姿は見えない。


「すれ違ってないですよね……?」


 不安になったリネットは、道にいた採集帰りの女性へ声をかけた。


「あの、すみません。このくらいの小さな女の子を見ませんでしたか? 冒険者証を首から下げていて……」


「ああ、見たよ」


「本当ですか?」


「一人で薬草を探してた子だろ?」


「はい!」


「さっき向こうで見たねえ」


 女性が森の奥を指さす。


「ありがとうございます!」


「妹かい?」


「い、妹ではありません!」


「じゃあ娘?」


「違います!」


「そうかい?」


「違います!」


 リネットは赤くなりながら森へ入った。


「もう……」


 杏々が通ったと思われる道を進むと、地面にはところどころ薬草を掘った跡が残っていた。


「ちゃんと依頼してる……」


 少し安心しながらさらに進む。途中、赤い木の実がなっている場所で、実を採った跡を見つけた。


「これ……」


 リネットが実を確認する。


「赤露実ですね」


 食用で、少し酸味が強いものの、よくジャムにも使われる実である。周囲に種や食べ残しは見当たらなかった。


「食べなかったんでしょうか」


 杏々がちゃんと言いつけを守ったことに気づき、リネットの胸に小さな感動が生まれる。


「私、ちょっと疑いすぎてたのかもしれません」


 そう呟いた直後、遠くから何かがぶつかるような音が響いた。


 どん。


「…………」


 リネットの顔が固まる。


「今の何ですか」


 鳥が一斉に飛び立った。


「杏々さん!?」


 リネットは走り出した。


     ◆


 杏々は倒した魔物の後ろ脚を持ち上げていた。


「重くない」


 これなら持って帰れそうだった。


「ギルドで聞けばいいかな」


 食べられるなら食べたいし、食べられないなら素材として売れるかもしれない。そう考えていると、遠くから声が聞こえてきた。


「杏々さーん!」


「ん?」


 知っている声だった。杏々は魔物の脚を持ったまま振り返る。木々の向こうから、青い服が見えた。


「やっぱ来た」


 杏々はぽつりと呟いた。


 実のところ、森へ入ってしばらくした頃から、誰かが後ろにいることには気づいていた。足音や、ときどき聞こえる枝の音、そして少しだけ見覚えのある青色。最初は誰か分からなかったが、近づいてくる気配でだいたい予想はついていた。


「杏々さん!」


 リネットが茂みを抜けて飛び出してくる。


「リネットちゃん」


「無事ですか!?」


「うん」


「今、大きな音が――」


 リネットが足を止めた。杏々を見て、その手を見て、そこからぶら下がっている魔物を見る。


「…………」


「これ何?」


「…………」


「食べられる?」


「ちょっと待ってください」


 リネットは眼鏡を押さえた。


「まず状況を整理させてください」


「うん」


「それは何ですか?」


「これ?」


「牙鼠です」


「ねずみ?」


「齧歯類型の魔物です。新人区域でも比較的よく出る小型魔物で……」


「食べられる?」


「食べられなくはないですけど!」


 リネットが声を上げる。


「そうじゃなくて!」


「?」


「どうして倒れているんですか!?」


「襲ってきたから蹴った」


「蹴った?」


「うん」


「それだけ?」


「それだけ」


 リネットは倒れた牙鼠と木を見比べ、最後にもう一度杏々を見た。


 昨日、ガルドが言っていた。杏々の身体能力は、見た目から想像する水準ではない。実際に砂袋を殴るところも見ている。だから、小型魔物くらいなら大丈夫だろうとは思っていた。


 思ってはいたのだが。


「……本当に一発なんですね」


「弱かったよ」


「杏々さん基準で言わないでください」


 リネットは大きく息を吐いた。少なくとも杏々に怪我はない。


「薬草は?」


「取ったよ」


「何株です?」


「十五」


「ちゃんと採れてます?」


「たぶん」


「見せてください」


 採取袋を確認すると、薬草はどれも根を大きく傷つけず、きれいに採られていた。


「……完璧です」


「やった」


「赤露実も見つけました?」


「赤いやつ?」


「はい」


「食べてないよ」


「えらいです!」


 思わず褒めてしまう。


「リネットちゃんに聞こうと思って、一個持ってきた」


「食べられますよ」


「ほんと?」


「はい。少し酸っぱいですけど」


 杏々の目が輝いた。


「食べていい?」


「洗ってからにしましょう」


「そっか」


「帰ったら食べましょうね」


「うん」


 そこで杏々がリネットを見る。


「リネットちゃん」


「はい?」


「仕事は?」


「…………」


 リネットの視線が泳いだ。


「終わりました」


「そっか」


「はい」


「じゃあ、なんで隠れてたの?」


「…………」


 完全に言葉に詰まる。


「何のことでしょう」


「ずっと後ろにいたでしょ」


「…………」


「森に入ったくらいから」


「…………」


「青いの見えてたよ」


 リネットは自分の服を見た。鮮やかな青色だった。


「隠密に向いてない……」


「おんみつ?」


「何でもありません!」


 頬を赤くしながら、リネットは開き直った。


「心配だったんです! 杏々さんが本当に一人で大丈夫なのかと思って!」


「大丈夫だったよ」


「結果的には!」


「薬草も取れた」


「取れてました!」


「知らないの食べなかった」


「それもできてました!」


「奥にも行ってない」


 リネットは周囲を見回した。そこはまだ新人用の採取区域内だった。


「……行ってませんね」


「約束したから」


 その言葉を聞いて、リネットは少し気まずくなった。自分が思っていたより、杏々はちゃんとしている。食べ物が絡むと危なっかしいだけで、約束を忘れていたわけではないらしい。


「ごめんなさい」


「何が?」


「ちょっと心配しすぎたかもしれません」


「別にいいよ」


「怒らないんですか?」


「なんで?」


「勝手についてきたので……」


「リネットちゃんだし」


「…………」


 どういう意味なのだろう。考えているうちに、杏々は牙鼠の脚を持ち直した。


「じゃあ帰ろ」


「それ、持って帰るんですか?」


「食べられるんでしょ?」


「食べられますけど……あまり人気のある肉ではありませんよ」


「なんで?」


「ちょっと臭みが強いので」


「料理したらおいしくなる?」


「下処理次第では」


「じゃあ持ってく」


「…………」


 リネットは止めなかった。冒険者なのだから、倒した魔物を持ち帰るのも仕事のうちだ。


「分かりました」


「やった」


「ただし」


「?」


「私も一緒に帰ります」


「うん」


「今日はもう寄り道しません」


「えー」


「依頼を報告するまでが仕事です!」


「分かった」


 二人は並んで歩き始めた。杏々の片手には採取袋、もう片方には牙鼠があり、首にはまだ新しい冒険者証が下がっている。


 薬草十五株と小型魔物一匹。杏々の冒険者としての初依頼は、少なくとも今のところ、何の問題もなく終わろうとしていた。


 ただ、王都へ戻る道の途中で、杏々は一度だけ森の奥を振り返った。


「…………」


「どうしました?」


「なんか音した」


「音?」


「うん」


 リネットも耳を澄ませるが、聞こえるのは風が木々を揺らす音だけだった。


「何も聞こえませんけど」


「そっか」


「行きましょう」


「うん」


 二人はそのまま歩いていった。


 森の奥、新人冒険者が立ち入らない場所で、太い枝がばきりと折れた。


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