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杏々の異世界さんぽ~召喚されたのに勇者ではありませんでした。なので冒険者になって、ご飯を食べます~  作者: わかめ
王都と下積み冒険者

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食べるための荷物


 土玉芋を大量にもらってから、さらに一週間ほどが過ぎた。


 杏々の部屋には、まだ芋が残っている。


 最初の数日は肉と混ぜて焼き、その次は煮込みに入れ、薄く切って焼いたり、潰したものをパンに挟んだりもした。それでも一人分としてはかなりの量だったため、傷みそうなものから順番に使っている。


 食費も、その分だけ少し浮いた。


 だからといって仕事を減らす理由にはならない。


 家賃は毎月かかる。


 食べるものも芋だけでは困る。


 森爪熊が何匹売れたのかも、まだ分からない。


 杏々はその日も朝食を済ませると、剣を腰へ下げてギルドへ向かった。


     ◆


「今日はこれ、どうですか?」


 受付嬢から示されたのは、普段の杏々がよく取る討伐や近距離護衛とは少し違う依頼だった。


「倉庫?」


「はい。王都北西部の物資集積所です」


「何守る?」


「食料や布、薬品などですね」


 杏々の視線が依頼書へ戻る。


「ご飯?」


「大部分は保存食です」


「食べれる?」


「食べられますけど、杏々さんのじゃありませんよ」


「分かってる」


「本当ですか?」


「仕事のもの取らないよ」


「なら大丈夫です」


 受付嬢は咳払いを一つして、依頼内容の説明を続けた。


 王都へ集められた物資を、さらに北西方面へ送る前の一時保管場所。その倉庫で荷物の搬入と搬出が続いており、人の出入りが増えている。


 今回の仕事は戦闘そのものではない。


 昼から夕方まで倉庫周辺を警戒し、許可のない人間を入れないこと。搬入された荷物の数に異常があれば担当者へ知らせること。それから、荷運びの邪魔にならないこと。


「最後、私にいる?」


「杏々さん、気になるものを見つけると近寄っていくでしょう」


「食べ物なら」


「だからです」


     ◆


「黄でできる?」


「できます。倉庫そのものは王都の中ですし、危険度も高くありません。ただ、最近こういう仕事が増えているので、ギルドも冒険者を回しています」


「前のご飯運ぶやつと同じ?」


「関連はしています」


 数週間前、杏々が掲示板で見た長距離の物資輸送依頼は赤ランク以上を含む複数人向けだった。


 今日の仕事は、その荷物が旅へ出る前の場所を守るものだ。


「じゃあこれ」


「受けますか?」


「うん。報酬もいい」


「最近そこをちゃんと見てますね」


「家あるから」


「生活すると変わるものですねえ」


 杏々は依頼票を受け取った。


     ◆


 王都北西部の集積所は、大きな倉庫がいくつも並んだ場所だった。


 普段杏々が歩く市場とは雰囲気が違う。


 売り物を並べる店はほとんどなく、荷車と馬、人足ばかりが行き交っている。


 袋。


 木箱。


 樽。


 束ねられた布。


 矢柄に使う細長い木材。


 乾燥させた薬草。


 そして、かなりの量の食料。


「いっぱい」


 杏々は倉庫の入口から中を見る。


「触るなよ」


 現場の担当者が先に言った。


「触らない」


「食うなよ」


「食べない」


「……なんで二回言われたか分かるか?」


「私が食べるから?」


「自覚あるじゃねえか」


     ◆


 食料の中で多いのは、日持ちするものだった。


 硬く焼いたパン。


 乾燥豆。


 塩漬け肉。


 干した魚。


 穀物。


 杏々が普段市場で買う生肉や新鮮な野菜はほとんどない。


「おいしくなさそう」


「戦地へ送るもんだからな」


 担当者が荷札を確認しながら答える。


「腐らずに届く方が大事だ」


「戦う人が食べる?」


「ああ。兵士も食うし、後方で荷を運ぶ連中も食う」


「いっぱい人いる?」


「そりゃな」


 杏々は積み上がった袋を見る。


 一袋なら、それほどでもない。


 けれど同じものが何十、何百と並んでいる。


「これでも足りない?」


「毎日食うからな」


 その答えに、杏々は少し納得した。


「毎日ならいっぱい要る」


「そういうことだ」


     ◆


 仕事自体は地味だった。


 入口付近に立ち、人の出入りを見る。


 許可証を持っている者は通す。


 持っていない者は担当者へ確認する。


 搬入の荷車が来れば、道を空ける。


 最初のうちは、それだけだった。


 杏々は暇そうに見えたが、仕事中なので勝手にどこかへ行ったりはしない。


 二刻ほど経った頃、一台の荷車が入ってきた。


「保存肉、十二箱!」


 御者が声を上げる。


 倉庫側の人間が荷札を見る。


「十箱じゃないのか?」


「十二だ。積み込み場で増えた」


「聞いてないぞ」


 人足たちが少しざわついた。


     ◆


 杏々も荷車を見る。


 同じような木箱が十二。


 そのうち十個には同じ印があり、残りの二個は少し違った。


「これ違う」


 杏々が言った。


 担当者が振り返る。


「何が?」


「印」


「……本当だな」


 近づいて確認すると、追加された二箱は送り元が違っていた。


 不正というわけではない。


 途中の集積場所で、同じ行き先の荷物を追加したものだった。


 問題は、その連絡が先に届いていなかったことだ。


「ったく、またか」


 担当者が頭を掻く。


「よくある?」


「増えてきたな。送る荷が多くなって、あちこちからまとめて持ってくるようになったせいだ」


「数違うと困る?」


「困る。ここで十二受け取ったのに、記録が十なら、後で二箱なくなったのか増えたのか分からなくなるだろ」


「そっか」


「だから今確認する」


 杏々は頷いた。


     ◆


 追加分の書類を作り直す間、荷車は脇へ寄せられた。


 杏々は十二箱を眺めながら、さっきの話を思い出す。


 毎日食べる。


 だから大量に要る。


 大量に集めれば、今度は数える必要がある。


 数を間違えれば、どこでなくなったのかも分からなくなる。


「ご飯運ぶの大変」


 担当者が苦笑する。


「戦争ってのは、戦ってる奴だけでできるもんじゃないからな」


「ふーん」


「お前は冒険者だろ。北へ行く仕事もそのうち回ってくるかもしれんぞ」


「ご飯守る?」


「そういう仕事もある」


「それならやる」


「食うためじゃないぞ」


「分かってる」


     ◆


 午後も、荷車は何台もやってきた。


 穀物。


 布。


 薬品。


 また保存食。


 その中には荷札が読みにくくなっているものや、紐が緩んだ袋もあった。


 杏々が全部を判断するわけではない。


 気づいたものを担当者へ知らせ、その先は専門の人間が確認する。


 以前の杏々なら、荷物が一つ増えていようが減っていようが、自分の仕事ではないと思ったかもしれない。


 今は違う。


「これ破れてる」


「どれだ?」


「ここ」


 穀物袋の下側に小さな裂け目がある。


 まだほとんど中身は漏れていない。


「よく見つけたな」


「粒落ちてた」


 杏々は地面を指した。


 数粒だけ、穀物が転がっていた。


「助かった。このまま積み直したら途中で全部開いてたかもしれん」


 担当者が人足を呼び、袋を別のものへ移し替える。


「ありがとな」


 杏々が顔を上げた。


「褒めた?」


「……は?」


「今の」


「まあ、褒めたな」


 杏々は指を一本立てる。


「一回」


「なんだそれ」


「数えてる」


「変な奴だな」


     ◆


 夕方になり、杏々の担当時間が終わった。


 大きな問題は起きなかった。


 侵入者もいない。


 盗難もない。


 搬入数の食い違いが一件。


 袋の破損が一件。


 それだけだ。


 担当者が完了証へ署名する。


「今日は助かった。こういう仕事、退屈だろ?」


「ちょっと」


「正直だな」


「でもご飯いっぱいあった」


「食ってないだろうな?」


「食べてない」


「ならいい」


「お腹すいた」


「今言うと信用なくすぞ」


     ◆


 ギルドへ戻ると、受付嬢が報告を受けた。


「搬入数の相違と、穀物袋の破損ですか」


「うん」


「どちらも杏々さんが見つけたんですね」


「印違った。あと粒落ちてた」


「よく見てましたね」


 杏々が指を二本にする。


「二回」


「……向こうでも褒められたんですか?」


「うん」


「本当に数えてるんですね」


 受付嬢は笑いながら、報告書へ記録を書き込んだ。


「でも、こういう仕事も問題なくできるようになりましたね」


「立ってただけ」


「立ってるだけじゃ駄目なんですよ。見て、気づいて、必要なことを報告するのも仕事です」


「ふーん」


「討伐ができるだけじゃ、ランクは上がりませんから」


 その言葉に、杏々が反応した。


「赤?」


「まだですよ」


「まだ?」


「まだです」


 即答だった。


     ◆


「杏々さんは黄ランクになってから、討伐、護衛、採取補助、街道警備、倉庫警備と、かなり仕事の種類が増えてます」


「うん」


「依頼放棄もありませんし、報告も前よりちゃんとしてます」


「じゃあ赤?」


「だから、まだです」


「なんで?」


「活動期間も必要ですし、もう少し記録を見ます。それに、黄から赤は白から黒みたいにすぐ上がるものじゃありません」


「川鎧魚」


「結局それですか」


「赤になったら大きいのある」


「依頼があれば、です」


 杏々は少し不満そうに掲示板を見る。


「長い」


「その間も仕事してください」


「してる」


「知ってます」


     ◆


 受付嬢が報酬を渡したあと、ふと思い出したように別の掲示板を指した。


「そういえば、杏々さんが前に気にしてた物資輸送ですけど」


「ご飯運ぶやつ?」


「はい。また増えてます」


 掲示板には、北西方面への輸送護衛依頼が何枚か貼られていた。


 以前と同じように、赤ランク以上を含む複数人向け。


 ただ、前より枚数が多い。


「全部ご飯?」


「食料だけではありません。薬、布、武器の材料なんかもあります」


「いっぱい送る」


「そうですね」


「戦争まだやってる?」


 杏々が何気なく聞いた。


 受付嬢の表情が少しだけ変わった。


「続いてますよ」


「そっか」


 王都で暮らしていると、戦争そのものを見ることはない。


 市場には食べ物が並び、仕事もある。


 新しい家も借りられた。


 杏々の毎日は、少しずつ安定してきている。


 けれど、その一方で、北西へ向かう荷物は増えていた。


     ◆


「これ、黄でも行けるのない?」


 杏々が掲示板を見ながら聞く。


「今のところ長距離はありませんね。ただ、集積所から王都外の中継地点までなら、黄ランクを含む護衛を募集することもあります」


「出たらできる?」


「条件次第です」


「やる」


「まだ出てませんよ」


「出たら」


「分かりました」


 受付嬢は少し笑った。


「その頃まで今みたいに仕事を続けてれば、選べる依頼も増えてるかもしれませんね」


「赤?」


「そこへ戻さないでください」


     ◆


 杏々は報酬を帳面へ書き、そのまま西市場へ向かった。


 今日の仕事は終わった。


 家へ帰れば、昨日作った芋料理の残りがある。


 ただ、それだけでは少し足りない。


「肉買う」


 保存肉ではなく、今日食べる肉。


 市場に並ぶ新鮮なものを選ぶ。


 倉庫で見た大量の食料を思い出した。


 あれは遠くへ行く人たちのご飯。


 これは自分のご飯。


 同じ食べ物でも、ずいぶん違って見えた。


     ◆


 その夜、杏々は肉と土玉芋を炒めて食べた。


 芋にはまだ余裕がある。


 肉は少し高かったが、今日の報酬なら問題ない。


 食後、床へ座って日記を開く。


『倉庫 ご飯いっぱい』


『箱 数ちがった』


『袋やぶれてた』


『ほめ 二』


 少し考えてから、日本語で続ける。


『保存の肉かたそう』

『干した魚いっぱい』

『戦う人のご飯』

『毎日食べるからいっぱい必要』


 その下に、


『今日の肉 脂あっておいしい』

『芋と炒めたら脂すった』


 と書き足した。


 やはり最後は自分の夕食になった。


 杏々は帳面を閉じる。


 遠くで戦争が続いている。


 そのために食料を集める人がいて、運ぶ人がいて、数える人がいて、守る人がいる。


 今日の杏々は、その中のほんの小さな一つを担当しただけだった。


「ご飯守った」


 少し考える。


「食べてない」


 誰も疑っていないのに、自分で付け加えた。


 そして杏々は満足すると、明日の朝に食べるパンを確認してから眠る準備を始めた。


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