SS 大きい方の寸法
それは、杏々が南街道で盗賊七人を捕まえてから、まだそれほど日が経っていない頃のことだった。
昼過ぎ、杏々はいつもの武器屋へ入ると、腰の初心者用片手剣を外して店主の前へ置いた。
「また欠けたのか?」
「今日は違う」
「じゃあ何だ」
「注文の剣」
店主が眉を上げる。
「金、貯まったのか?」
「まだ」
「帰れ」
「寸法取りたい」
「先に金を貯めろ」
「あとで困る」
「何がだよ」
杏々は今の剣を持ち上げた。
「これ、小さい時はいい」
「小さい時?」
「でも大きい時、短い」
店主の動きが止まった。
「……何の話だ?」
◆
以前から、杏々が妙に小さいことは知っていた。
小柄な冒険者など珍しくはないし、体格に合った武器を欲しがることも普通だ。だから店主も、杏々が注文剣を欲しがっている理由は、単純に今の身体へ合った質の良い剣が欲しいからだと思っていた。
「大きい時って何だ」
「元」
「元?」
「今、小さくしてる」
「…………」
店主はしばらく杏々を見た。
「魔法か?」
「違う」
「じゃあ何だ」
「身体」
「説明になってねえ」
「戻れば分かる」
杏々は店の中を見回した。
「ここ大丈夫?」
「何が起きるんだよ」
「服は大丈夫」
「服の心配をするようなことが起きるのか?」
「うん」
「待て」
◆
止めるより先に、杏々は身体の圧縮を解いた。
光はない。
魔力の揺れもない。
ただ、小さな身体の輪郭が静かにほどけるように伸びていく。
折り畳まれていた骨格が本来の長さへ戻り、筋肉の配置が変わり、肩の位置も腰の高さも上がる。小さな身体に合わせて折り返していた服は、結び目を緩めることで成人状態へ対応した。
数秒後。
店主の前に立っていたのは、ついさっきまでの小さな杏々ではなかった。
背は大きく伸び、手足は長い。極端に細いわけでもなく、武術を続けてきた身体らしい無駄のない筋肉が均整の取れた骨格についている。普段の丸い印象を残した大きな目も、頬の丸みが減った成人の顔立ちでは印象が変わり、整った鼻筋や輪郭と合わさって、可愛いというより端正な大人の女性に見えた。
店主はしばらく無言だった。
「…………誰だ」
「私ですよ」
「いや待て」
「杏々です。さっきまでそこにいたでしょう」
「名前の問題じゃねえ」
◆
杏々は肩を軽く回してから、自分の身体を見下ろした。
「これが本来の身体です。普段は身体を圧縮して、小さい状態を維持しています」
「なんでそんなことしてる?」
「そちらの方が日常生活では楽だからですね。身体が小さい分、維持に必要なエネルギーも少なくて済みますし、単純に食費もかなり変わります」
「…………」
「この状態は動きやすいですけど、その分だけ燃費が悪いんですよ」
「そこだけ聞くと急に納得できるな」
「食費は重要ですから」
店主は杏々の顔をまじまじと見る。
「お前、喋り方まで変わってないか?」
「多少は。こちらの方が頭の中を整理しやすいので、長く説明するなら今の方が楽です」
「……本当に同じやつなんだよな?」
「同じですよ。別人格になったわけじゃありません」
「何から突っ込めばいいんだ」
◆
「それより、剣の話をしましょう」
「ああ……そうだったな」
店主はようやく仕事へ意識を戻した。
「今使ってるやつ持ってみろ」
杏々が初心者用の片手剣を持つ。
小さい身体では十分な長さがあった剣も、成人状態で握ると印象が変わる。短剣とまではいかないが、杏々の長い腕と歩幅を活かすには明らかに物足りない。
杏々は軽く構え、何度か手首を返した。
「扱えないわけではありません。ただ、この身体だと間合いをかなり捨てることになります。踏み込みで補えますけど、わざわざ不利な長さを使う理由はないですね」
「そりゃそうだ。今のお前の腕なら、もう一回りどころじゃなく長くしたい」
「ただし、それを普段の身体に合わせると携行性がかなり悪くなります。抜刀もしづらくなるでしょうし、狭い場所では邪魔になります」
「面倒な客だな、お前」
「だから注文したいんです」
「ようやく話が繋がったよ」
◆
店主は測り紐と記録板を持ってきた。
「まず今の身体を測るぞ。身長」
「お願いします」
「腕を横に」
「はい」
杏々が腕を伸ばす。
肩幅。
腕の長さ。
握り。
腰の位置。
脚の長さ。
店主は順番に数字を書き込んでいった。
「……お前、思ったよりでかいな」
「リネットちゃんよりは、かなり高いですね」
「見りゃ分かる」
「この前の盗賊の時も、この身体だったから届いたんです」
「盗賊?」
「南街道の七人です」
「そういや最近、妙な話が回ってたな。小さい冒険者が急に大人の女になって七人まとめて転がしたって」
「それ、たぶん私です」
「たぶんじゃねえだろ」
◆
採寸を続けながら、店主は杏々の服へ目を向けた。
「しかし、その服どうなってんだ?」
「どれです?」
「さっきまであの小さい身体で着てたやつだ。今も普通に着れてるだろ」
「折り返しと紐で調整しています」
杏々は袖口を見せた。普段は内側へ何重か折り込んで固定している布を、成人状態では伸ばしている。腰回りも同じで、紐を通す位置を変えることで布の余りを調整していた。肩や脇には動きを邪魔しない程度の余裕があり、小型時にはその分を畳んで固定している。
「最初からこういう服だったのか?」
「いいえ。自分で直しました」
「お前が?」
「はい」
「裁縫できるのか?」
「できますよ」
「なんで?」
杏々は少し考えてから、当然のことのように答えた。
「お姉ちゃんだから、ですかね」
「説明になってねえ」
杏々が少し笑う。
「妹がいるんです。服のほつれを直したり、小物を作ったりすることは昔からありました。それに、自分の服はこの身体と普段の身体の両方で使えるようにしないと不便なので、自然と自分で調整するようになりました」
「それ全部自分で考えたのか?」
「必要だったので。毎回誰かに頼むより、自分で直せた方が早いでしょう?」
「……器用だな」
「細かい作業は得意な方ですよ」
「そのレベルじゃねえと思うが」
杏々にとっては、それほど特別なことではなかった。身体の細かな動きを制御することに比べれば、針の先を狙った場所へ通す方がずっと簡単だった。
◆
店主は成人状態の寸法を一通り測り終えると、記録板を見ながら唸った。
「問題はここからだな」
「二つの体格の中間を探す必要がありますね」
「今のお前に最適な剣を作ったら、普段のお前には完全に長すぎる。逆に小さい方へ合わせれば、今みたいに間合いが死ぬ」
「どちらにも完璧に合わせるのは無理だと思っています。両方で実用になる範囲に収められれば十分です」
「そこは分かってるんだな」
「注文する以上、そのくらいは考えていますよ」
「普段もそのくらい話が通じれば楽なんだがな」
「普段は、ここまで細かく考えるのが少し面倒なんです」
「さらっとひどいこと言ってんな」
◆
杏々は店主の記録板を覗き込んだ。
「小さい状態では多少長めでも扱えます。重心が前に寄りすぎなければ、切り返しもそれほど問題ありません」
「今の身体なら?」
「多少短くても、踏み込みと体捌きで間合いは補えます。だから、両方の中間より少し小さい方へ寄せた方が、普段使いには向いていると思います」
「なるほどな」
「成人状態は必要な時しか使わないので、日常の携行性を優先したいです」
「話が早いな」
「今は頭がすっきりしてますから」
◆
「握りは?」
「片手主体でお願いします」
「両手は?」
「使えますけど、基本的には片手を空けておきたいですね」
「盾でも持つのか?」
「いえ。打撃や掴み、投擲にも使うので」
「結局殴るのか」
「剣だけで戦うわけじゃないですから」
「妙に理屈が通ってるのが腹立つな」
◆
店主は刃の長さを仮に示すため、木製の棒を何本か並べた。
「まずこれ」
杏々が持ち、軽く構える。
「これは短いですね。今の剣よりは良いですけど、この身体で使うならもう少し欲しいです」
「じゃあ次」
杏々は別の棒を握り、何度か振る。
「これくらいが良さそうです。成人状態では少し短めですが、普段の身体でも何とか扱えると思います」
「本当に?」
「普段に戻って確認した方が確実ですね」
「いや待て。まだ測る」
「分かりました」
◆
それから柄の太さ、鍔の形、重心位置について細かく話した。
「重心は少し手元寄りがいいです。普段の身体だと先が重すぎると切り返しに時間がかかります。ただ、寄せすぎると今度は打撃として軽くなるので、それは避けたいですね」
「刃幅は?」
「今より少し広くても構いません。ただ、厚くしすぎないでください。私は魔力強化ができないので、単純に重量だけ増えると普段の状態で扱いづらくなります」
「刺突は?」
「使います。先端はきちんと残してください」
「受けは?」
「最低限は。ただし、相手の攻撃を全部剣で受けるつもりはありません。避けるか流す方が多いと思います」
「……お前、本当に普段のあいつだよな?」
「何度聞くんですか。同じですよ」
「会話が成立しすぎて逆に怖いんだよ」
「それ、普段の私にちょっと失礼じゃないですか?」
「今のお前が言うな」
◆
採寸と相談が長くなってくると、杏々の腹が小さく鳴った。
店主が顔を上げる。
「腹減ったのか?」
「減りましたね」
「さっき昼食っただろ」
「この身体、本当に燃費が悪いんですよ。維持しているだけでも普段より消費が大きいので」
「なら戻れよ」
「まだ確認が終わってないでしょう。今戻ると、また必要になった時に戻すことになります」
「あと少しだ」
「できれば早めにお願いします。かなりお腹が空いてきました」
「注文剣の採寸を急かす客があるか」
「このまま長引くと、採寸より夕食の方が重要になります」
「もう十分食い物の方が重要そうだよ!」
◆
「次、普段の方も測るぞ」
「ようやくですね」
「比較が必要なんだよ」
「分かってます」
杏々は身体を再び圧縮した。
伸びていた骨格が静かに縮まり、筋肉と内臓の配置まで小さな身体へ収まっていく。服の余った部分を手早く折り返し、紐を結び直すと、そこには見慣れた小柄な杏々が立っていた。
「…………」
「なに?」
「いや」
店主が目をこする。
「目の前でやられても意味が分からん」
「同じだよ」
「顔まで印象変わりすぎだろ」
「小さいから」
「そんな理由で済ませていいのか?」
「うん」
◆
小さい状態でも同じように測る。
肩。
腕。
手。
腰。
握り。
店主は先ほどの数字と見比べながら、何度もため息をついた。
「本当に一人分の注文なのか、これ」
「一人」
「二人分作った方が楽だぞ」
「二本は高い」
「そこか」
「持つのも二本になる」
「まあ、それもそうだな」
杏々は木の棒を握り直す。
「これくらいなら小さい時も使える」
「さっきの身体なら?」
「短め。でも今の剣よりいい」
「なら、この辺が妥協点か」
「うん」
◆
店主はようやく記録をまとめた。
「よし。寸法は取った。条件も分かった」
「作れる?」
「作れるが」
「お」
「金は?」
「まだ」
「…………」
「貯める」
「じゃあ何で今日来たんだ!」
「先に測った方がいいと思った」
「金貯めてからでいいだろ!」
「大きいの、お腹すくから」
「それこそ金貯めてから一回で済ませろ!」
◆
杏々は腰の初心者用片手剣を戻した。
「でも次、すぐ注文できる」
「金があればな」
「毎日仕事する」
「飯で全部使うなよ」
「ご飯は減らさない」
「じゃあ時間かかるぞ」
「分かってる」
杏々は店を出ようとして、ふと振り返った。
「寸法、なくさないでね」
「職人を何だと思ってる」
「剣作る人」
「その通りだよ」
「じゃあお願い」
「まだ注文は受けてねえ!」
◆
店を出た杏々は、そのまま食堂へ向かった。
成人状態で長く採寸したせいで、普段より明らかに腹が減っている。
「何食べよ」
肉。
油。
炭水化物。
できれば全部。
そう考えながら歩いている杏々の背後で、武器屋の店主は改めて二種類の採寸記録を見比べていた。
一人の客。
二つの体格。
魔力は使わない。
どちらでも実戦に耐える片手剣。
「……面倒な注文だな」
店主はそう呟いた。
それでも、記録板を捨てることはなかった。
杏々が本当に金を貯めて戻ってきた時のために、二つの身体の寸法と、その間に引いた一本の線を、きちんと保管棚へしまった。




