ご飯を運ぶ護衛
翌朝、杏々は冒険者ギルドの掲示板の前で、一枚の依頼書を見上げていた。
「護……」
読めない。
「…………」
その下には、知っている文字があった。
「村」
これも最近覚えた。
さらにその隣には、
「王都」
と書かれている。半分くらいなら分かる。
「ご飯?」
「どうしてそこへ行き着くんですか?」
後ろから、いつもの受付嬢が声をかけた。
「村から王都」
「はい」
「荷物?」
「そこまでは書いてあります」
「食べ物?」
「……正解です」
「やった」
「文字を読んで当てたわけじゃありませんよね?」
「たぶん」
「ですよね」
受付嬢は依頼書を掲示板から外した。
「興味あります?」
「何運ぶ?」
「土玉芋と穀物です」
「やる」
「内容を聞いてください」
「聞く」
「最近この流れが定着してきましたね……」
◆
依頼は、王都南方にある農村から、食料を積んだ荷車三台を王都まで護衛するというものだった。
「護衛」
「はい」
「これ?」
杏々が依頼書の文字を指す。
「そうです。『護衛』」
「ごえい」
「覚えておくといいですよ」
「食べ物守る?」
「今回はそうですね」
「覚えた」
「絶対、文字ではなく意味で覚えましたね」
荷物は土玉芋、乾燥穀物、豆で、一部は王都の市場へ、残りはギルドと契約している食料商へ運ばれるらしい。
「前にやったのと違う?」
「以前は王都の中での運搬でした」
「今日は外?」
「はい。街道を通ります」
「魔物出る?」
「可能性はあります」
「倒す?」
「それも場合によります」
「?」
受付嬢は依頼書の注意事項を指した。
「護衛依頼で一番大事なのは、荷物と依頼人を目的地まで無事に届けることです。魔物を全部倒すことではありません」
「逃げてもいい?」
「荷車を守って離脱できるなら」
「追わない?」
「追う必要がなければ」
「なるほど」
杏々は少し考えてから、頷いた。
「ご飯守る方が大事」
「そういうことです」
◆
「魔物以外にも、気をつける相手はいます」
受付嬢が依頼書の別の欄を指した。
「盗賊です」
「盗賊?」
「街道を通る荷車や旅人を襲って、荷物やお金を奪う人たちです」
「人が襲う?」
「はい。魔物だけが危険とは限りません」
「ご飯取られる?」
「食料を積んだ荷車なら、狙われる可能性はあります」
杏々の顔が少し険しくなった。
「ダメ」
「そうですね」
「ご飯守る」
「魔物が出た場合だけでなく、盗賊に襲われた場合も、護衛の仕事になります」
「倒す?」
「相手の人数や状況によります。無理に戦わず、逃げたり、荷車を守りながら時間を稼いだりすることもあります」
「人だから?」
「人だからこそ、魔物より厄介なこともあります。武器を持っていたり、罠を使ったり、仲間と連携したりしますから」
「危険」
「はい」
「禁止?」
「勝手に追いかけるのは禁止です」
「分かった」
「本当に?」
「盗賊も追わない」
「そこだけではありませんよ」
◆
「一人じゃない?」
「もちろんです」
今の杏々は街道護衛の補助には入れるが、単独で隊商を任される段階ではない。
「今日の責任者は――」
「杏々」
横から、聞き慣れた声がした。
「セリア」
「また一緒だな」
赤茶色の髪をまとめた女性冒険者、セリアが手を上げる。革鎧を身につけ、腰には短剣、背中には丸盾を背負っていた。
「護衛?」
「ああ」
「セリアが一番?」
「責任者って意味ならな」
「偉い?」
「今日はな」
「じゃあ言うこと聞く」
「いつも聞け」
「聞いてるよ」
「最近はな」
「また言われた」
セリアのほかに冒険者が二人おり、杏々を含めて護衛は四人だった。
「相手は商人?」
「村の共同出荷だ」
セリアが説明する。
「荷車ごとに御者が一人。あとは積み荷だ。行きは王都から空荷で村へ向かって、帰りに護衛する」
「今から村?」
「ああ」
「そこでご飯?」
「まず仕事だ」
◆
南門を出ると、王都から離れるにつれて道の両側に畑が増えていった。
「土玉芋」
杏々が畑を見て言う。
「見ただけで分かるようになったか」
セリアが感心する。
「葉っぱ覚えた」
「食べたから?」
「うん」
「やっぱり」
畑の間には、見覚えのある魔力調整柱も立っていた。淡い光を放つ柱を見ながら、杏々は少しだけ視線を向けたが、すぐに前へ戻した。
「今日は測らない」
「何を?」
「魔力」
「お前、いつから研究者になった?」
「なってないよ」
「だよな」
「リネットちゃんがやる」
「だよな」
◆
街道を歩きながら、セリアが杏々へ尋ねた。
「護衛依頼で何を見る?」
「魔物」
「それだけ?」
「人?」
「他」
「荷物」
「他」
「道」
「そう」
杏々が周囲を見回す。
「前だけじゃない?」
「もちろん」
「後ろも」
「ああ」
「上?」
「場所によっては」
「下?」
「足元は常に見ろ」
「いっぱい」
「だから護衛は疲れるんだ」
魔物を倒すだけなら敵を見ればいい。しかし護衛では、荷車、御者、道、周囲、進行速度、天候、休憩地点、逃げ道まで、すべてに気を配らなければならない。
「盗賊も見る?」
「見る」
セリアが頷く。
「街道では、魔物より人間の方が厄介なこともある」
「さっき聞いた」
「盗賊は、いきなり正面から襲ってくるとは限らない。道を塞いだり、仲間が先回りしたり、荷車を止めるために罠を仕掛けたりすることもある」
「枝とか?」
「そうだ。だから、さっきの枝も簡単には触らなかった」
「盗賊かもしれない?」
「可能性は低くても、最初から決めつけない」
「なるほど」
「討伐より面倒?」
「別の難しさがある」
「だからランクいる?」
「そうだな」
杏々は少し考えた。
「赤角牛遠い」
「そこに繋がるのかよ」
◆
昼前、一行は目的の村へ到着した。
「おー」
王都周辺の農地より家が少なく、畑が広い。村の中央には穀物庫があり、その前に荷車が三台並んでいた。
「ギルドからの護衛か?」
村人が声をかける。
「そうだ」
セリアが冒険者証を見せた。
「三台で間違いないな?」
「ああ。芋が一台、穀物と豆が二台だ」
「お芋」
「触るなよ」
「触らないよ」
「見るだけで嬉しそうだから先に言った」
◆
出発前に、護衛たちは荷車を確認した。
「これ何してる?」
「車輪を見る。壊れてないか確認するんだ」
セリアが答える。
「紐は?」
「積み荷が固定されているかを見る」
「御者さんは?」
「体調確認」
「荷蜥蜴は?」
「それもだ」
荷車を引くのは、以前王都で見た大きな荷蜥蜴だった。
「かわいい」
「近づきすぎるなよ」
「噛む?」
「個体による」
杏々が一匹を見つめると、荷蜥蜴も杏々を見つめ返した。
「葉っぱ食べる?」
「勝手にやるな」
「聞いただけ」
御者の男が笑った。
「こいつは食うぞ」
「ほんと?」
「でも今はやめとけ。出発前に腹いっぱいにすると動きが鈍る」
「なるほど」
杏々は葉っぱを持っていなかったが、少し残念そうにした。
◆
「積み荷確認」
セリアが言う。
麻袋と木箱を順番に確認していく。
「これは?」
「土玉芋」
「これは?」
「豆」
「こっち」
「麦」
「いっぱい」
「王都で売るからな」
杏々は荷車を見ながら言った。
「なくなったら困るね」
「だから護衛する」
「盗賊も取る?」
「狙う可能性はある」
「ダメ」
「そうだな」
◆
昼食は、出発前に村で食べることになった。
「やった」
「そこだけ声が大きいな」
村の共同炊事場には大鍋が置かれていた。
「何?」
「豆と麦の煮込みだ」
村人が答える。
「肉は?」
「少し入ってるぞ」
「何肉?」
「森猪」
「おー」
器によそわれた煮込みには、麦、豆、根菜、そして細かく切った森猪の肉が入っていた。
「いただきます」
杏々が一口食べる。
「…………」
「どうだ?」
「おいしい」
「そりゃよかった」
麦は少しぷちぷちしていて、豆は柔らかい。森猪の脂が全体に馴染み、素朴だが満足感のある味だった。
「これ毎日?」
「毎日じゃない」
「村のご飯?」
「こういうのはよく食うな」
「いいね」
「王都の方がうまいもん多いだろ?」
村人が笑う。
「違うおいしい」
「そうか?」
「うん」
杏々はもう一口食べた。
「これ好き」
◆
食事を終えると、荷車三台が出発した。
配置は、先頭に冒険者一人、中央に杏々、後方にセリアともう一人の冒険者という形だった。
「私ここ?」
「ああ」
「何見る?」
「前の荷車と後ろの荷車」
「両方?」
「それから左右」
「いっぱい」
「さっき教えただろ」
「うん」
街道をゆっくり進む。杏々の横には荷車があり、その上には土玉芋の袋が積み上げられていた。
「…………」
「食うなよ」
御者が笑う。
「食べないよ」
「ずっと見てるから」
「一個落ちないかなって」
「落ちても拾って積み直すぞ」
「そっか」
◆
最初の一時間は、何も起きなかった。
「護衛暇」
杏々が呟く。
「何も起きないのが一番だ」
近くを歩いていた冒険者が答える。
「戦わない?」
「戦わずに着いたら最高だ」
「討伐と逆」
「そういうもんだ」
「でも依頼達成?」
「もちろん」
「楽?」
「気を抜かなければな」
杏々が周囲を見回す。
「…………」
「今、気を抜きかけた?」
「ちょっと」
「正直だな」
◆
さらに進むと、道が少し狭くなった。片側には林があり、反対側には浅い斜面が続いている。
「杏々」
後ろからセリアの声がした。
「うん」
「ここ注意」
「なんで?」
「見通しが悪い」
「林?」
「そう」
杏々が右を見る。木、草、茂み。今のところ何かが動く気配はない。
「何かいる?」
「今はいない」
「じゃあ大丈夫?」
「今はいない、だけだ」
「なるほど」
そのとき、先頭から短い合図が飛んできた。
「止まれ」
荷車が順番に止まる。
「何?」
杏々が前を見ると、道の少し先に太い木の枝が落ちていた。
「邪魔」
「待て」
セリアが前へ出る。
「周囲を見る」
「枝だけじゃない?」
「分からないからだ」
護衛たちが左右を確認する。聞こえるのは鳥の声と風に揺れる木の葉だけだった。
「罠?」
杏々が聞く。
「その可能性も見る」
「盗賊?」
「可能性は低いがな」
セリアは枝の周囲だけでなく、林の奥や斜面の上も確認した。
「盗賊は、こういう障害物で荷車を止めてから襲うことがある」
「止まったら?」
「逃げにくくなる。荷車が邪魔になるし、御者も動けない」
「だから見る」
「ああ」
しばらく確認したあと、セリアが頷いた。
「問題なさそうだ」
「じゃあどかす?」
「ああ」
「私やる」
「待――」
制止の声が終わる前に、杏々は太い枝を持ち上げ、そのまま道の端へ放った。
「終わり」
「こういう時だけ便利すぎるな、お前」
「早い方がいい」
「それはそうだ」
◆
再び進み始めてから、少し経った頃だった。
「…………」
杏々が林の方へ顔を向ける。
「何だ?」
御者が尋ねる。
「音」
「何の?」
「いっぱい」
林の中で、がさ、がさがさ、と何かが動いている。
「セリア」
杏々が呼ぶと、すぐに後方から返事があった。
「どっち?」
「右」
護衛たちの手が武器へ動くが、荷車は止めない。
「速度そのまま!」
セリアが指示する。
「御者は前だけ見ろ!」
「分かった!」
林が揺れた。ひとつ、ふたつ、みっつ。
「牙鼠!」
冒険者が声を上げる。
「三――いや四!」
灰色の小型魔物が、林の中を走っていた。以前、杏々も倒したことがある魔物だ。
「食べたやつ」
「今それ言うな!」
◆
牙鼠は、まっすぐ荷車へ向かってきたわけではなかった。街道と平行に、林の中を走っている。
「追う?」
「追うな!」
セリアが即答した。
「うん」
杏々は剣へ手をかけたまま、荷車の横を歩く。
「こっち来る?」
「可能性ある」
一匹が林から飛び出した。
「来た」
「杏々、中央から離れるな!」
「うん」
牙鼠は杏々ではなく、荷蜥蜴へ向かった。
「そっち」
荷蜥蜴が驚いて鳴き、身体を横へ向ける。荷車が大きく揺れた。
「押さえろ!」
御者が手綱を引く。
杏々は前へ出て剣を抜いた。牙鼠が飛びかかる。杏々は横へ半歩ずれ、剣を一閃させた。
「ギッ!」
牙鼠が地面へ落ちる。
「次!」
林の中で、二匹目が動いた。
「杏々、追うな!」
「追わない」
杏々は荷車へ戻った。二匹目の牙鼠は少し離れた場所でこちらを見たが、やがて林の奥へ消えていった。
◆
「行くぞ!」
セリアが叫ぶ。
「倒さない?」
「必要ない!」
「でもまだいる」
「荷車を動かせ!」
杏々は一瞬だけ林を見た。牙鼠は食べられる。依頼で討伐すれば肉にもなる。
しかし、今日は護衛だ。
「護衛」
杏々は呟き、剣を鞘へ戻した。
「そうだ」
セリアが頷く。
「行くぞ」
「うん」
◆
荷車は再び進み始めた。牙鼠は追ってこなかったが、セリアはすぐには気を緩めなかった。
「終わり?」
「まだだ」
「?」
「安全な場所まで移動する」
狭い林道を抜け、見通しのいい場所へ出たところで、ようやく隊列が止まった。
「荷物確認!」
「荷蜥蜴も!」
御者たちが一台ずつ確認する。
「怪我なし!」
「袋一つずれただけ!」
「車輪問題なし!」
「杏々」
「うん」
「怪我は?」
「ない」
「剣は?」
「大丈夫」
「牙鼠は?」
「一匹倒した」
「回収は?」
「置いてきた」
「惜しい?」
「…………」
「杏々?」
「ちょっと」
「でも戻らなかった」
「護衛だから」
セリアが少し笑った。
「正解」
◆
「倒したのに置いてくるの、もったいない」
杏々が言う。
「気持ちは分かる」
「食べれた」
「分かる」
「回収してたら?」
「隊列から離れる」
「うん」
「その間に別の牙鼠が荷蜥蜴へ来たかもしれない」
「うん」
「荷車が先へ進めなくなったかもしれない」
「うん」
「なら?」
「置いてく」
「そういうこと」
「護衛難しい」
「討伐とは頭の使い方が違うからな」
「ご飯捨てることある」
「そこが一番引っかかってるのか?」
「うん」
「だろうな」
◆
その後は大きな問題もなく、王都が見えてきた。
「あ」
城壁と門が見える。
「帰ってきた」
「まだ終わってないぞ」
「門入ったら?」
「荷物を指定場所まで届ける」
「まだ?」
「護衛は届けるまでだ」
「なるほど」
王都へ入り、市場近くの倉庫へ向かう。荷車三台を一台ずつ確認し、積み荷を受け渡していく。
「土玉芋、問題なし!」
「穀物、問題なし!」
「豆も大丈夫だ!」
「全部ある?」
「ある」
「やった」
◆
依頼主の商人が受領票へ印を押した。
「ご苦労さん」
「終わり?」
杏々が尋ねる。
セリアが受領票を確認した。
「……よし」
「終わり?」
「ああ」
「やった」
「何が一番嬉しい?」
「報酬」
「成長したな」
「あと」
「?」
「土玉芋食べれる?」
「やっぱり変わってなかった」
◆
ギルドへ戻ると、受付嬢が出迎えた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
杏々が依頼票を渡す。
「どうでした?」
「牙鼠いた」
「戦闘になりました?」
「一匹」
セリアが横から報告する。
「林道区間で牙鼠四体を確認。一体が荷蜥蜴へ接近したため、杏々が排除しました」
「他は?」
「追跡せず、隊列維持を優先しました」
「被害は?」
「なし」
「積み荷は?」
「全量納品済みです」
「依頼人は?」
「全員無傷」
受付嬢が頷いた。
「問題なく達成ですね」
「やった」
◆
「それと」
セリアが続けた。
「杏々」
「なに?」
「途中、倒した牙鼠を回収しなかった」
「うん」
受付嬢が少し意外そうな顔をする。
「杏々さんが?」
「何その顔」
「いえ」
「食べたかったよ」
「やっぱり」
「でも護衛だから」
「…………」
受付嬢が笑った。
「いい判断です」
「えらい?」
「えらいです」
「また言われた」
「最近、本当に増えましたね」
「ランク上がる?」
「すぐそこに繋げないでください」
「でも実績」
「実績としては残りますよ」
杏々の目が少し明るくなる。
「ほんと?」
「正式な街道護衛補助、初回達成です」
「初めて?」
「そうです」
「おー」
◆
採取、討伐、緊急救助、運搬、調査補助、そして街道護衛。少しずつ、杏々の冒険者記録が増えていく。
「赤角牛近づいた?」
「一歩は」
「ほんと?」
「一歩です」
「あと何歩?」
「そういう数え方じゃありません!」
◆
「今日の牙鼠」
杏々が尋ねる。
「回収される?」
「街道巡回の担当に場所は伝えます」
「食べられる?」
「状態が良ければ」
「私の?」
「もう杏々さんのものではありません」
「そっか」
「そんなに残念そうにしないでください」
「自分で倒したのに」
「護衛報酬があります」
「そのお金で食べる」
「切り替え早いですね」
◆
夕方、市場へ立ち寄った杏々は、今日運んだものと同じ村の札が付いた店先で足を止めた。
「土玉芋」
「これ今日の?」
店主に聞く。
「ああ。さっき届いたばかりだ」
「私守った」
「ん?」
「護衛した」
「お嬢ちゃんが?」
「うん」
店主は少し驚いたが、杏々の腰の冒険者証を見て笑った。
「じゃあ、一番うまそうなのを選んでくか?」
「いいの?」
「金はもらうぞ」
「うん」
「そこは払うのか」
「買い物だから」
当たり前のことを、当たり前に言った。
◆
杏々はいくつか土玉芋を買った。王宮へ戻る途中、後ろからリネットの声がかかる。
「杏々さん」
「リネットちゃん」
「何持ってるんです?」
「お芋」
「またですか?」
「今日守った」
「守った?」
◆
王宮の食堂で、杏々は今日の護衛依頼について説明しながら、焼いてもらった土玉芋を食べていた。
「牙鼠が出たんですか?」
「うん」
「怪我は?」
「ないよ」
「追いかけたりは?」
「してない」
「本当に?」
「護衛だから」
リネットが少し驚いた顔をする。
「何?」
「いえ」
「みんなその顔する」
「だって」
リネットは笑った。
「杏々さん、ちゃんと冒険者になってきましたね」
「前から冒険者だよ」
「登録上は」
「失礼」
「ごめんなさい」
◆
「でも」
杏々は焼いた土玉芋を半分に割った。中から湯気が立ち上り、ほくほくした香りが広がる。
「今日分かった」
「何がです?」
「護衛」
「はい」
「倒したやつ取りに行ったらダメな時ある」
「そうですね」
「もったいない」
「そこですか」
「でも」
杏々は一口食べてから続けた。
「これ届かなかった方が、もっともったいない」
リネットが少しだけ目を丸くする。
三台分の土玉芋、麦、豆。王都で、これからたくさんの人が食べる。
「……そうですね」
「だから置いてきた」
「はい」
「私えらい?」
「えらいです」
「やった」
◆
杏々にとって、冒険者の仕事は少しずつ、食べ物を探すだけのものではなくなっていた。
採りすぎれば、次がなくなる。危険な場所へ入れば、帰れなくなる。護衛中に獲物を追えば、守るはずの荷物を失うかもしれない。
そして、街道では魔物だけでなく、盗賊に襲われる可能性もある。
相手が魔物でも人間でも、守るべきものを見失えば、依頼は失敗する。
全部、結局はご飯へ繋がっている。
「もう一個焼けたよ」
料理人が新しい土玉芋を置いた。
「おー」
杏々はすぐに手を伸ばした。
「いただきます」
学んだことは増えたが、食べる量は特に減っていなかった。




