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約一年半ぶりにクレージュ公爵領の邸に戻ってきた。
「ジュリエンヌ、貴方がいなくて寂しかったわ」
クレージュ夫人に抱き締められ、懐かしさに目が潤む。
邸に到着した早々、私はクレージュ公爵に促されるままサロンの方へ向かっていた。サロンに入ると老公爵夫妻が二人でお茶をしている姿が視界に飛び込む。
私の姿を見るや否や、クレージュ夫人に抱き締められる結果となった。
祖母の看病に出ると告げてから、一年半近くも老公爵夫妻と会う事がなかったのである。その時には既に、私の胎内に子供がいる事を知っていたらしい。
実際は子供の気配というより、私の中で別の魔力が定着しているといったもの。魔眼は胎児になる前ーー受精した直後の状態で、女性の妊娠を察知するようだ。
それは即ち、夜伽をした相手も直感で分かるらしい。
魔眼の能力は便利でもあるが、使い方によっては怖いものである
ーークレージュ夫人がマーガレットの事を汚いと言っていた意味が分かった!
クレージュ公爵令息が不貞をし、その不貞相手までお見通しだったのである。
私は聴覚で盗み聞いたので知る事は出来たが、魔眼の能力まで手に入れたのだから耳だけじゃなく、その現場を見る事も可能という事だ。
「アルカードが不甲斐なくて、貴方には不安な思いをさせてしまったわね。良い大人が女性を口説く事すら出来ないなんて、アルカードは貴族紳士として失格よ。アブラームを手本にすれば簡単だったのに……そういう所は、わたくしに似てしまったのね。ようやくジュリエンヌを手に入れたのだから、貴方は愛する妻の為に馬車馬のように働くのよ」
「アルカードはジュリエンヌの前では恰好つけたいのだよ。さぞかし立派な姿を見せるだろうな」
老公爵夫妻がクレージュ公爵を揶揄うように言い合う。
「そんな事を言って良いのですか? 可愛い孫を抱かせてあげませんよ」
クレージュ公爵が二人に反撃をしている。
彼の腕の中でアルベールが寝ているのだ。
アルベールの寝顔を見た二人は顔を崩す。
「この子たちがジュリエンヌとアルカードの子ね。まあ……なんて可愛いのかしら」
クレージュ夫人は優し気な眼差しを双子に向けていた。
私の腕には次男のベルナールがいて、クレージュ公爵の腕には長男のアルベールが眠っている。初めて会った父親なのに、まだ生後半年の赤子が自分の親を認識しているのか、彼が腕に抱いたら安心した顔で眠っていたのだ。
最初はギャン泣きだったのに、電池が切れたように寝落ち。
「初めて子を抱いたが、なかなか良いものですね」
ーークレージュ公爵は赤ちゃんを抱いた事がない?
一人息子だったクレージュ公爵令息を、彼は一度も抱いた事がなかったのだろうか。
そんなニュアンスな言葉を吐いている。
「ジュリエンヌが生んだ子は特別よ。それも魔眼を持つ双子!」
ベルナールが起きていたので、クレージュ夫人の腕に攫われた。
この子も初めて対面したクレージュ夫人に、警戒心を持たずに抱っこされている。ベルナールの赤紫色の魔眼が、自分を抱くクレージュ夫人の瞳に注がれている。
魔眼を持つ者同士は分かり敢えるのか。
アルベールの方はクレージュ公爵の腕の中で爆睡している。こんなに騒がしい中でも眠れるなんて、きっと大物になるに違いない。
「マリー、私にも孫を抱っこさせてくれないか」
老公爵がクレージュ夫人が抱っこしているベルナールにデレデレしている。
ここまで孫に対してウエルカムとは思いもしなかった。
クレージュ公爵と婚前交渉ーー薬を盛られて病む負えない事情だったとしても。この国では婚姻を結ぶ前の男女の行為は、世間から白い目で見られる程の醜聞である。
だからこそ、クレージュ夫人に「はしたない」と言われるのを覚悟していたのだ。
ーー心配して損したかも。
私が持つこの常識は高位貴族のものであって、低位貴族や平民は自由恋愛を謳歌している者が多い。
伯爵家から血筋を重んじる思想が強い為、婚前交渉は以ての外という考えだ。その為、高位貴族になる程に子供の数は少なく、低位貴族は子だくさんな家が多い。その結果、高位貴族と低位貴族の価値観も違うので、高位貴族は高位貴族同士で婚姻を結ぶ。
ーー世界共通で赤ちゃんは可愛がられる存在よね。
「ああ、やっぱりジュリエンヌの子は違うわね。まだ生まれて一年も経たないのに、この子たちの魔力量が増大だわ。それにアルカードの魔眼も、しっかり受け継がれているのは喜ばしい事ね」
クレージュ夫人は前嫁について文句を言い始める。
トランプ伯爵家の令嬢でシャーリン・クレージュ公爵夫人。ベル伯爵を出産した後に亡くなった。十六歳という若さで命を落としたらしい。
前嫁からベル伯爵へ内容が変わる。
「あの女が生んだ子は成長して何とか使えるようになったけれど、生まれた直後は魔力も乏しくて期待する気になれなかったのよ。ダニエルの世話は乳母とメイドに任せきりだったわ。初孫だったけれど、特に興味が持てなかったのよ。ジュリエンヌと婚約したあたりから、ようやく見直す事が増えたのに……最終的に裏切られた気分ね。あんな出来損ないの孫より、この子たちの将来は明るいわ」
クレージュ夫人がベルナールに頬擦りをしている。
赤ちゃんの頬っぺたは触っても、頬擦りをするのも気持ちが良い。
もっちりした頬とすべすべの感触。
「アルカードの血が濃く受け継がれているのが分かるわ」
クレージュ夫人は魔眼でベルナールを見たのだろう。
私も念願の魔眼の効果が使えるようになったので、物は試しと生まれた子を観察してみたのだ。
その結果、クレージュ公爵と同じ全属性持ちと判明。更に、私の血も受け継いでいる為、氷魔法の保持者である。
双子は全属性で光魔法も使える素質を持っていた。
クレージュ公爵の血を完全に受け継いでいる事になる。
私の血は氷魔法の要素だけらしい。闇属性は受け継がれなかったが、氷魔法を保持しているだけで十分だろう。
「父上、こっちは長男のアルベールだ。アルベール、この方はお前の祖父アブラーム。よく覚えておくが良い」
目が覚めたらしいアルベールを、老公爵の腕に引き渡す。
初めてみる老公爵に、アルベールはじっと視線を向けている。まだ言葉を理解していないはずなのに、クレージュ公爵の言葉を理解しているようだ。
アルベールを抱く老公爵は、更に脂下がってデレデレしている。
「アルカードが生まれた頃を思い出すわ」
「どんなお子様だったのか、お聞きしても良いですか?」
「勿論よ」
クレージュ夫人から、クレージュ公爵の幼い頃の話を沢山教えて貰った。
クレージュ公爵が生まれた直後の話から、最初の結婚に至るまでの話。
それから現在はベル伯爵となった元孫が生まれるまでの経緯。その後は老公爵から爵位を引き継ぎ、現在に至る話までーークレージュ公爵の話が沢山聞けて、私はとても嬉しかったのに、本人はあまり面白くなさそうな感じだった。
「ジュリエンヌ、アルカードから結婚式の話は聞いたかしら?」
「来週に行うと言われたのですが、わたくしは何も考えていなかったので驚いています」
「それはそうよ。アルカードの失態ですもの。だけど……ジュリエンヌを手に入れる為に、前々から下準備を行っていた事だけは褒めるべき部分ね。あの孫が横やりを入れなければ、最初からアルカードの相手として迎えるつもりだったのよ」
「……え?」
ーー私は最初から、クレージュ公爵の相手として見られていた?
「アルカードがブラックダイヤモンドを贈りたいと言ったのは、後にも先にもジュリエンヌ一人だけですもの。当時は八歳の子供に贈ると言った時は、わたくしとアブラームはアルカードの事が心配になったのよ。息子が幼女趣味だなんて笑えないわ。それで影をつけて貴方の事を常に報告させていたのよ。そしたら偏屈なレベッカと対等に話せる相手じゃない。あの子は産まれた時から記憶持ちで、なかなか友人に恵まれなかったのよ」
「記憶持ち?」
「ええ、そうよ。貴方もでしょう? 記憶持ちは精神的に大人だから、アルカードがジュリエンヌに惹かれた理由が分かったのよ。たった一人の息子が幼女趣味じゃなくて、わたくしも安心してホッとしたわ」
レベッカが私の事に関して詳しいのは、クレージュ夫人の影が関係していた事になる。
ここで色んな事が繋がり、ようやく心のモヤモヤと謎が解けた。
「本当はジュリエンヌが十二歳になったら、アルカードと仮婚をさせる予定だったのよ。それなのに、あの孫が横やりを入れた挙句、平民の女と不貞してアルカードの怒りを買ってしまった。あの孫はクレージュ家とは永久に断絶ね。ひ孫が生まれても汚い女が生んだ子なんて見たくないわ」
「そういえば彼女は妊娠していましたね」
無事に生まれたとしても、ベル伯爵は子供の認知が出来ない。
実子でも平民との間の子は養子という形になる。
「ジュリエンヌの部屋の水差しに媚薬を入れたのが、あの女なのよ。ベル伯爵家は魔力は微々たるものだけど、古代の薬を錬金する能力があるの。古い薬は癒し魔法が効かないのが厄介よね。あの孫も同じ媚薬を盛られて関係しちゃったのよ。一度目は薬のせいで仕方ないと許せたけど、その後も二人の関係が続いていたから嫌悪感しかないわ」
「わたくしも薬が理由だったとしても、その……婚前交渉になってしまいました」
「ジュリエンヌの場合はそれで良かったのよ。あの薬のおかげでアルカードも覚悟が決まったのだから。わたくしにとって結果が良ければ、それで充分だわ」
ーー私とベル伯爵に対する温度差が凄い!
「貴方の姉だったシャプル伯爵夫人は、第二子を身籠っているそうよ。あの女も子を作るしか能がないから、世継ぎを産む事だけに専念させるやり方は上手いわね。コンサル侯爵家の三男もやり手だわ」
シャプル伯爵夫人が第二子を妊娠していたとは知らなかった。
そもそも第一子の存在も知らなかったので驚きしかない。シャプル伯爵は夫人の事を大切にしているのだろう。長い間ずっと別居という形でいたが、二人が一緒に暮らすようになって子に恵まれた。
「ジュリエンヌの結婚式は盛大に行いたくて、協力者を募ったら人数が増え過ぎて困ったくらいよ」
「お母様、協力者って?」
「アグレッサ老侯爵夫妻にアンダーソン侯爵夫妻は当然よね。それとレベッカとレジス侯爵家の嫡男の嫁、ベイロン伯爵家の嫡男の嫁も名乗り出たわ。他にもジュリエンヌの同級生や、なぜか商業ギルドの方々も協力してくれたのよ」
まだ同級生は分かるが、商業ギルドは魔道具の関係でしか繋がりはない。
クレージュ夫人が楽し気に協力者の名を上げる。
私がそれに絶句していると、背後から腕が伸びてきた。
「母上、そろそろジュリエンヌを返して頂きたい」
「ふふふ、やだわ。いい年をした貴方がヤキモチを焼くなんて」
「ジュリエンヌを取り戻したばかりなんだ。しばらくは俺に独占させてくれ」
ーー天然タラシが発動!
どうしてそんなセリフをサラっと言えるのか。
「仕方ないわね。結婚式の当日までスッキリさせておきなさい。双子の事は安心して任せてちょうだい」
「そのつもりだ」
二人のやり取りが終わったと同時に、私はクレージュ公爵にお姫様抱っこされていた。
「では、結婚式の当日に」
「ええ、程々になさい」
「え?」
私はクレージュ公爵にお姫様抱っこをされたまま、見知らぬ部屋に運ばれた。
部屋は二間続きになっていて、リビングと寝室が分かれている。これはどう見てもクレージュ公爵の私室だ。そのまま寝室の方へ運ばれ、私はベッドに寝かされる。
「此処が俺たちの部屋だ」
そう言ったクレージュ公爵に唇を奪われる。
まだ夕方になったばかりなのに、クレージュ公爵はその気になっているらしい。
ーー結婚式の当日って言ってなかった?
結婚式は来週に行うと聞かされたばかりだ。
もしかして私は、その間この部屋から出られない?
片思いは長いけど、恋愛は初心者なんですけど!?
こういった大人の関係をするのはハードルが高い。あの時は薬で意識がおかしくなっている状態だったが、今は理性の方が勝っている。
ーー恥ずかしくて死にそう!
「ジュリエンヌ、体から力を抜いてーー俺に身を委ねていれば良い」
角度を変えて唇を貪られている。
口付けが深くなっていくと同時に息が上がっていく。
鼓動はずっとドキドキして煩い。
「クレージ……」
「アルカード」
私の耳元で彼が囁く。
「……アルカード様」
「そう、良い子だ」
ご褒美とばかりに深い口付けが落とされる。
この日を皮切りに、私はクレージュ公爵のベッドから出られない日々を送る事になった。
ようやく部屋から出られたのは、結婚式の当日。
クレージュ公爵にドロドロに溶かされ、自分が自分じゃない錯覚に陥る。蜜月という言葉が相応しい時間を過ごしたのだと思う。いきなりの展開で恥ずかしい醜態を晒した。
あんなに濃い閨は聞いた事がない。
前世でいうセクシー動画に近いものだ。
世の男性はあんなに求めない。
私の体力が極限まで落ちていく。
意識が浮上するとクレージュ公爵と一緒に湯に浸かっていたり、彼の腕に抱かれて声を上げたりと、時間の感覚が分からなくなるほど求められた。
私が何度も果てて疲れ切って寝ている間、クレージュ公爵は艶々の肌で執務を行っていたらしい。執務の作業も常にない程の捗りようだったと聞く。
双子の世話はクレージュ夫人を筆頭に、彼女の侍女とメイドが双子を奪い合っていたようだ。
その中にレイモンもいたらしい。
初めての甥っ子に、レイモンの顔が始終緩みっぱなしだったと耳にした。




