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転生令嬢は初恋を貫く!  作者: 尾木 愛結
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 警備室の空気が少し変わった。


 この室内は監視と音声の録画機能が備わった魔道具が設置されている。私が開発した魔道具で、サンプルは王侯貴族が試した後、学園の秩序や重要施設をメインに販売している商品だ。


 私は魔道具の設計を考えるだけで、製造は商業ギルドの下請けの工場である。その下請けの工場は王族の関係者が経営している為、部外者に魔道具の存在が漏れる事はない。



「貴方が主人公だったとしても、現状での立場を弁えなさい。王立ノヴェール学院を卒業ーーしたのかしら? 卒業の件は、この際どうでも良いわ。これまでに貴族の爵位順を始めとし、礼儀や立場等を学んで来たのよね? 貴方が行っている言動は失礼を通り越して不敬罪に値するの。そして精神異常系の魔法で侵入した件も重罪よ。自分より身分が格上の相手を呼び捨てにするだけじゃなく、連れて来いって……普通なら有り得ないものよ」



 レベッカの言葉にハリソン伯爵令嬢の態度が、徐々におとなしくなる。



「王女殿下に向かってアンタと言ったりモブ呼ばわりは、極刑に値する言葉になるわね。あと昨日、クレージュ公爵令息から聞いた話だけど、王族のプライベートエリアにも侵入していたわよね? 誰の許可を頂いて侵入したのかしら? ハリソン伯爵令嬢の行動は軽率と言うよりもーー本当に命は惜しくないの?」



 私の言葉の追撃で顔色を悪くしていく。


 これまでの自分の行動を思い出し、大きな過ちだと気づいたのだろう。



「それでーー貴方は何をしたかったの?」



 レベッカがハリソン伯爵令嬢に話を促す。


 本当にハリソン伯爵令嬢が主人公の物語の世界なら、この先の情報を手に入れておきたい。聴覚を駆使して盗み聞きをした内容も気になっているのだ。

 


「此処はわたくしの妄想を物語にした世界よ。それは間違いないわ。メインキャラクターは、わたくしとダニエルの二人。そして……わたくしがダニエルと結婚する為に、アグレッサ侯爵令嬢にならなければいけない。物語の序盤は十二歳で、わたくしが初めて王宮の園遊会へ参加するシーンよ。慣れない靴を履いて転び、その時にダーレンが助け起こしてくれるの。彼の隣にいたマグノリアは、わたくしの顔を見て娘に欲しいと願うのよ」



 あの時ーー本当かどうか分からないが、彼女が慣れない靴を履いて転ぶのは必要な事だったらしい。



「でも……ダーレンは助けるどころか、物凄く冷たい態度だった。ジュリエンヌを庇っていたし、マグノリアも興味なさそうだったから何かおかしいと思ったの。物語の序盤で躓くなんて有り得ない。その後は王立ノヴェール学院に入学して、ダニエルと親密度を上げたいのに彼に近づけなかった。お茶会で噂を流しても効果はなかった」



 彼女の言う本来の物語の序盤は、十二歳になって園遊会への出席が認められたハリソン伯爵令嬢は、新しいドレスと靴を履いて園遊会の場へ向かって歩いていた。その時に慣れない靴を履いていたせいで躓き、転びそうになった所をアグレッサ侯爵に助けられる。


 アグレッサ侯爵の隣にいた夫人が、ハリソン伯爵令嬢の愛らしい顔を見て「娘に欲しい」と熱望。妻の願いを叶える為に、アグレッサ侯爵はハリソン伯爵家に養女の件を持ち出す。

 新興貴族で成り上がったばかりのハリソン伯爵は、アグレッサ侯爵の差し出した準備金に飛びつく。この時点でハリソン伯爵令嬢は、実の親にお金で売られた形だろう。


 アグレッサ侯爵家の養女となった彼女は、アグレッサ侯爵の後輩になる公爵親子を紹介して貰ったのを機に縁を結ぶ。その後は子供同士でお茶会を開き、クレージュ公爵令息から婚約話を申し込んでくる流れだったようだ。


 しかし現実は全く違う。


 私にわざとぶつかってきた事もそうだが、アグレッサ侯爵が父親らしい態度を取った事である。更にアグレッサ侯爵夫人は、ハリソン伯爵令嬢に一瞥すらしなかった。


 ーーここが分岐点だったのかな?


 そもそもの話だが、私は十歳の時にクレージュ公爵令息と婚約している。

 私と同じ十二歳なら婚約済みの状態だろう。



「わたくしがクレージュ公爵令息と婚約したのは十歳の時なので、この時もう婚約済みでしたよ?」


「ーーえ?」


「あのさぁ、そこまで物語と違うなら、その時点で諦めた方が良かったんじゃない? ダニーはジュリーに一目惚れをした直後に、その勢いで婚約を結んだくらいよ。それとアグレッサ侯爵家には、レイモンという嫡男が存在しているから、貴方が養女になる話は無理ね」


「は? レイモンって誰よ?」



 やはりレイモンの存在を知らなかったようだ。



「レイモンはわたくしの弟で、現在は八歳。四月で九歳になるわ。レイモンは、アグレッサ侯爵夫人が生んだ正真正銘の嫡男よ」



 私はハリソン伯爵令嬢にレイモンの事を説明する。


 六歳の誕生日後に初めて参加した園遊会が終わった頃、アグレッサ侯爵夫人の体調が悪くなり、医師の診察を受けたら懐妊していた。その翌年の四月にレイモンが誕生したのである。


 アグレッサ侯爵夫人が以前から嫡男を望んでいた事だったり、待望の嫡男が生まれたにも拘わらず育児放棄の事などを説明した。それを見かねたアグレッサ侯爵の両親、私から見たら祖父母が嫡男を領地へ連れて帰り育てたこと。


 その育児放棄はシャプル伯爵夫人の魅了によって、アグレッサ侯爵夫人の精神異常が正常ではなかった事など。大まかな説明を入れつつ、既にアグレッサ侯爵家の血を受け継ぐ嫡男がいるので、ハリソン伯爵令嬢が養女になる件は有り得ないと断言しておく。



「ハリエットの旦那は? 地味でしがない無能な男でしょう?」


「シャプル伯爵は国立ヴァソール学園の卒業生で、コンサル侯爵家の三男よ。成績は優秀で元生徒会副会長でもあるわ。そんな優秀で人望の厚い方が、なぜ地味で何の取柄もないシャプル伯爵夫人と結婚したのかしら。これだけは解けない謎の一つでもあるわね。夫婦仲はそれなりに良好のはずよ」



 シャプル伯爵ーーシリウス義理兄は、本当に出来た人間なのだ。


 見た目は爽やかイケメンで性格が良くハイスペック。ゆくゆくはスタンピードの討伐部隊である。将来も安泰で妻になる人はさぞかし幸せだろう。

 その妻が劣等生で魔力も微々たるもの。実の父アグレッサ侯爵に執着している極度のファザコン。アグレッサ侯爵夫人の傍を離れないのも、彼女の傍にいればアグレッサ侯爵と一緒に過ごせる。


 ーー頭が悪いのに打算的な所が不愉快。



「義理兄は素晴らしい方よ」

 

「え? コンサル侯爵家の令息? 子爵じゃないの?」



 ハリソン伯爵令嬢の言葉に、私とレベッカが同時に驚く。



「貴方の物語では子爵令息なの?」



 まさか元姉の結婚相手まで違っていたらしい。



「そう。地味でしがない無能な男。趣味がギャンブルとお酒だったはず」



 そんな相手と結婚していたら、ますますシャプル伯爵夫人がアグレッサ侯爵に執着しそう。


 ーー結婚した相手がシャプル伯爵で本当に良かった。



「ハリエットはダーレンがいれば良いから、旦那は誰でも良かった感じ? ずっと別居婚で実家に入り浸りな生活を送っていたと思う。実際は有能な夫を捕まえるとか、マジで有り得ないんだけど!」



 確かにシャプル伯爵夫人は結婚して四年間も居座っていた。

 これは物語通りの展開らしい。


 おかげで私の予算は打ち切られた。シャプル伯爵に請求するのも悪く、私の予算が打ち切られた後に帳簿に記載した分を、養子の件で祖父母と話し合った際に請求したのは内緒。


 その予算は祖父母のポケットマネーじゃなく、アグレッサ侯爵家の資産から支払われた。



「さっきも言ったけど、この世界はもう別の世界になっているのよ。貴方もいい加減に諦めなさい」



 レベッカが呆れたような口調で告げる。



「ダニエル以外はお呼びじゃないの!」



 ハリソン伯爵令嬢もむきになって言い返す。


 ーーやっぱりキレやすいタイプなのね。



「そんなにダニーが良いなら、彼のどこが好きなのかしら?」


「どこが好きって……顔に決まっているじゃない。それと公爵令息という立場。資産家で贅沢三昧が出来るのよ」


「クレージュ公爵令息の内面は?」



 彼女の言い分は、クレージュ公爵令息の家柄と資産しか見ていない。



「は? ダニエルの内面? 顔が良ければ性格が悪くても気にしないから大丈夫よ」


「ではーーハリソン伯爵令嬢は、クレージュ公爵令息の相手に相応しくありませんね。彼は二年間の留学を経て、農耕学に情熱を注いでいるの。それを支えてあげない方に、クレージュ公爵令息は渡さない」



 ハリソン伯爵令嬢はクレージュ公爵令息と結婚して、悠々自適に贅沢して過ごしたいだけ。そこにクレージュ公爵令息に対する愛情すらないのだろう。


 クレージュ公爵令息が他国へ二年も留学して学んできた事、それをクレージュ公爵領に活かしたいと考えている事も知らない。領地の中に作物が育ちにくい場所があり、そこを何とか活用できないかと模索していたようだ。


 そこで目を向けたのが土壌改善と肥料の開発。

 国内に専門的な学校がなかったので、クレージュ公爵令息は二年間だけという条件つきで留学したのである。本格的に学ぶには二年という期間は短い。


 その短期間で詰められるだけ詰め込んで、クレージュ公爵令息は他国で一人学んで来たのだ。ハリソン伯爵令嬢は彼の努力を考えず、公爵家という立場と資産があれば良いと思っているだけ。



「ちょっと待って! 農耕学って何よ? ダニエルは両親から愛されずに育って、金持ち特有の我儘で傲慢な態度を取る癖に、他人を信じられない人間不信じゃないの?」



 ーーその設定おかしい!


 クレージュ公爵令息が両親から愛されず、成金貴族にありがちな我儘で傲慢な態度をしている。物心ついた時から両親に愛されずに育った環境のせいで、他人を信じられずに人間不信を患っているのが、ハリソン伯爵令嬢が知っているクレージュ公爵令息の人物像らしい。


 ーーハリソン伯爵令嬢の話と全然違う!


 クレージュ公爵令息は、確かにクレージュ公爵から避けられていた。


 そこはクレージュ公爵も認めていた事である。私と婚約してからは、クレージュ公爵も息子を見る目が変わって、今では仲良し親子と言っても過言ではない。


 ハリソン伯爵令嬢の情報のままだったら、絶対に婚約はしていないと思う。



「ダニーは子供っぽい所はあるけど、素直で真っすぐな性格よ。彼の周りにいる幼馴染が、独りぼっちのダニーに良い例を学ばせていたの。片親なんだから多少の寂しさは仕方ないと思うけど。伯父様もダニーの事を可愛がっていたし、伯母様も厳しいなりにダニーへ目を向けていたわ」



 私が呆然としている間に、レベッカがクレージュ公爵令息の援護をしている。



「片親って何? ダニエルの母親ってシャーリンよね? 我儘で自意識過剰の派手好きで浪費家。そしてマウントを取るのが好きなビッチ。ダニエルが生まれた直後から育児放棄して、領地に監禁されているんじゃなかった?」


「ちょっと! ダニーの母親は出産で命を落としたのよ。何その最悪な設定……引くわぁ」


「シャーリンが死んでいる!? それじゃ……本当に物語と全く違う」


「だからさっきも言ったはずよ。その十二歳の時に違和感を感じていたなら、早々に諦めて自分に相応しい相手を探した方が身の為。わざわざ極刑になる行動を取る必要もなかったのに」


「ーーえ? 極刑って何?」


「貴方は貴族の関係性を学んでいないの? それじゃ、改めて聞くわ。貴方の現在の立場は何かしら?」


「ハリソン伯爵家の長女だけど?」


「貴族の関係性は? 例えばーー伯爵家は侯爵家よりも立場は上かしら?」


「伯爵家より格上は、辺境伯家、侯爵家、公爵家、王族よね?」


「それが何?」


「貴方はさっきから、王女であるわたくしやアンダーソン侯爵令嬢を呼び捨てにしているの。そしてアグレッサ侯爵夫妻に長女、クレージュ公爵家の嫡男ダニーにもね。話す言葉に敬意がないのも問題だわ。あまつさえ伯父様の亡くなった妻をビッチ……それが事実であっても口にすれば極刑になるの」


「どういう事?」



 ハリソン伯爵令嬢は、本当に自分の立場を分かっていないようだ。



「しっかりと貴族の事を学んでいないのかしら? 爵位順に説明すればーーまず下位から順に追っていくと、騎士爵、準男爵、男爵、子爵、伯爵、辺境伯、侯爵、公爵、王家の順かしら。下位の者は格上の者に話しかける事はマナー違反ね。格上の者が下位の者へ挨拶をして初めて会話が許される。だから貴方の様に下位の立場でいる人間が、貴方より格上の立場にいるわたくしとジュリーに話かける事がタブーなのよ」



 レベッカが小さな子供に語り掛けるように、分かりやすく貴族社会の事を口にする。



「貴方はそれを知ってか知らずか、貴族のマナーを破っていた。これは幼いうちに学んでいるはずよね。この場での会話も全て録音されているから、今更言い逃れは出来ないの。だから最初に極刑に値すると教えたでしょう?」


「あ……」



 ようやく自分の置かれている現状に気づいたらしい。

 これまでのハリソン伯爵令嬢の強気な発言、そして高圧的な態度も全て映像に残されている。


 私とレベッカと同じ転生者で間違いはないけど、これまでの言動はなかった事に出来ない。ハリソン伯爵令嬢の素性まで警備の人が把握しているのだ。

 これは間違いなく、ハリソン伯爵家へ通達が届くだろう。


 学園長の差配がどうなるか予想は出来ないが、ハリソン伯爵令嬢は魅了を使って学園内に侵入した事が裏目に出た。パーティーの開始時間なら誤魔化せたのに、卒業生の関係者でもない者が校内でうろついているのが大事である。


 私とレベッカはハリソン伯爵令嬢から、これ以上の情報は何も聞き出せないと判断し、ドレスに着替える為に警備室を後にした。




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