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国立ヴァソール学園の卒業式。
クレージュ公爵邸から国立ヴァソール学園へ向かう。
昨夜はクレージュ公爵と老公爵も交えて夕食を取り、卒業の前祝をして貰った。
元実家であるアグレッサ侯爵家よりも、クレージュ公爵家は温かいと思う。老公爵夫妻からブラックダイヤモンドをあしらった髪飾りを頂き、公爵からはブラックダイヤモンドの指輪を卒業祝いとして頂いた。
そしてーークレージュ公爵令息からは、ブラックダイヤモンドの石がついた耳飾りである。
ーー前世の常識で言うなら、二人は逆の事をしているのでは?
婚約者から指輪を貰い、義理父となるクレージュ公爵から耳飾りを頂く。これが前世と共通して、この国でも当たり前の事だと思う。
ただーー私個人の感情では、クレージュ公爵から指輪を頂いた時、泣きそうになるくらい嬉しかった。
クレージュ公爵家の方々から頂いた装飾品は、今夜のパーティーでお披露目だ。ネックレスだけは魔鉱石や宝石のないシンプルな白金を使用した三連のチェーン。首回りに宝石がついた物を、個人的につけるのが好きではない。
いくら高価な宝石でもゴテゴテつけたら下品なだけだ。
かつてレベッカが言っていた「趣味が悪い」は、私も同感である。
「お嬢様、間もなく国立ヴァソール学園へ到着されます」
正式に私の専属となったアリエルが声をかけてきた。
午前中は国立ヴァソール学園の制服で式典に参加するが、その後のパーティーに参加する為にドレスへ着替える必要があるので、卒業生は両親の他に侍女や侍従を伴って登校する。
私の家族として参加するのは、アグレッサ侯爵家から祖父母のみ。
義理両親となったアンダーソン侯爵夫妻は、嫡男であるアンダーソン侯爵令息と同伴。養女となった私は、アンダーソン侯爵令息の姉という立場らしい。
私は四月生まれで、アンダーソン侯爵令息は五月生まれ。
たった一月の差で義理姉となってしまった。
ーーレベッカに「お姉様」と呼ばれるのも悪くない。
私は馬車から降りてアリエルから離れる。
アリエルは別の場所へドレスを運び、着替える準備を整えておくようだ。卒業生の数で言えば、男子生徒より女生徒の方が少ない。
祖父母の代から比べると女生徒の数は増えたようだが、そもそも国立ヴァソール学園へ入学できる人数が、国内で一番少ないのである。
生徒数が圧倒的に多いのは、国営オードブル学園。生徒の割合が貴族の子女よりも、平民が占めているのでマンモス校と呼ばれている。国営なので入学金や授業料の安さも、生徒の数が多い理由の一つだろう。
その次が男子校であるルーセル付属学院、そしてセルペット女学院と続く。
王立ノヴェール学院は、国立ヴァソール学園の入学試験に落ちた貴族子女を受け入れている存在のようだ。所謂、国立ヴァソール学園の受け皿として建てられた学校らしい。
ちなみに国立ヴァソール学園の入学試験に落ちた者が、全員そこへ入学する事は難しいようだ。王立ノヴェール学院も合格ラインというものが決められていて、それに満たない者は落とされる。
私にとって疑問なのは、最下位から数えた方が早い姉の成績で受かっていた事。
まさか姉の頭が足りないなんて思わなかった。
私の記憶を辿れば、姉には数人の教師がついて勉強をしていたから。その後に姉の魅了の件を聞いてから、あの成績でも奇跡的に受かったのだろうと推測する。
国内にある学校の生徒数より少ない国立ヴァソール学園は、本当に伸び伸びと過ごす事が出来た。各学年は一つの教室に二十人も満たない生徒のみ。その中で女生徒となれば、多くて十人程度だろうか。
元から女生徒の数が少ないので、卒業式でドレスに着替える控室も個室に設置できたのだろう。卒業生だけは個室が与えられるけれど、在校生がパーティーへ参加する場合は一般用の広間を共同で使用する。
広間に衝立が置かれて、着替えている姿が見えない配慮をしているらしい。
そこを使用するのは在校生だけだろう。
卒業生の両親や婚約者は自宅で着替えてから、国立ヴァソール学園へ向かうので控室は必要ない。
パーティーへ参加する予定の親達の装いを想像したら、参観の席は華やかだろう。歴代の卒業生へ入学式の招待状が届く謎のシステムはあるが、卒業式には招待されないようだ。
その招待状は首席と次席の成績で卒業した者だけ。
私の成績は入学時からずっと三番手だったので、招待状が届かずに済んでホッとしたのである。スタンピードの件を聞いていたから、てっきり魔法の実技の成績だと勘違いしていた。
元卒業生のクレージュ公爵情報なので間違いないだろう。
「ジュリー、卒業式って退屈だと思わない? 学園長の話や在校生の祝辞……ただ座って聞いているだけなんて退屈よね」
「この世界の卒業式も似たような感じなのね」
二人で顔を見合わせて深い溜息をつく。
「第一王女殿下とアグレッサ侯爵令嬢、卒業しても連絡はして下さる?」
デュプレ伯爵令嬢が泣きそうな顔を浮かべている。
「ええ、勿論よ! 結婚してからも繋がりがあるじゃない」
デュプレ伯爵令嬢の婚約者はレジス侯爵令息であり、彼はクレージュ公爵令息とアンダーソン侯爵の兄貴分だ。卒業後も何かしら繋がっていくと思う。
私がアンダーソン侯爵家の養子になった事は、この場ではレベッカしか知らない。下手に話をして広められたくないのと、秋にはクレージュ公爵令息と入籍を済ませるので再び家名が変わる。
ーーそもそも説明するのが面倒臭いのよね。
私たち三人で話をしていると、カゾーラン伯爵令嬢とシャレット子爵令嬢も寄って来た。
「アグレッサ侯爵令嬢、関係者以外の人を見かけたのだけど……それもパーティー用のドレスを着た若い令嬢なのよ」
カゾーラン伯爵令嬢とシャレット子爵令嬢の二人が、私とレベッカに向かって小声で呟く。
「関係者以外の人って? これから式典よ。その関係者以外の方は、誰かの婚約者という事かしら?」
午前中の卒業を祝う式典に参加出来るのは、卒業生の両親もしくは祖父母や代理の人間だけである。ドレスに身を包むような若い女性は、式典の後に行われるパーティー以外は入場禁止のはずだ。
「入場する時間を間違えてしまったのかしら? でも……学園の門番や衛兵が止めるはずよね? その方を何処で見かけたの?」
レベッカの指摘に二人が顔を見合わす。
「この教室へ向かう通路でうろうろしておりました。不信に思って警備の方へ連絡をした所、その方は特別だから入場を許可したと……でも若い女性の入場は卒業パーティー以外は禁止されています。学園長へ伝えた方が良いのか悩んでいました」
「警備の方が特別とおっしゃったのね?」
「警備をしている者が国立ヴァソール学園の風習を破るなんて凄いわね。これは学園長へ申し出る案件よ。目撃証言が必要だから、カゾーラン伯爵令嬢とシャレット子爵令嬢も来てちょうだい。ジュリーもね。学園長室へ向かいましょう」
レベッカの言葉にハッと我に返り、急いで学園長室へ向かった。
まだ式典まで時間に余裕があったのは幸いだろう。
これから式典が始まるのに、不要なハプニングは未然に防ぐ。
「ヴァソール学園長、校内に若い女性が徘徊しておりますが、その方は警備の者が言うには特別待遇らしいですわよ? ヴァソール学園長の指示なのかしら?」
レベッカの言葉にヴァソール学園長が、「どういう事だ?」と逆に聞き返してきた。
それを目撃したカゾーラン伯爵令嬢とシャレット子爵令嬢は、身振り手振りで女性の身に着けていたドレスの色と特徴を告げる。そして警備へ訴えたが「特別な方」と言って、彼らが何も対処しなかった事も。
「もしかして……」
私は母や姉の事を思い出して仮説を立てる。
ーーその女性は魅了を使って侵入した?
「ジュリー、どうしたの?」
「第一王女殿下……もしかしたら、その方は魅了を使って忍び込んだのかもしれません。わたくし達を始め全生徒や教師は、国内の中で魔力量が多い者が集められているのです。本人の自覚なく魅了を弾き返してしまうので、その考えに及びませんでしたが。門番や警備の者たちの中に、魔力量が少ない者がいるのでは? その相手から精神異常の魔法を掛けられたら? 本人の意思に関係なく魅了に囚われたのなら、魅了を使った相手の指示に従うのも不思議ではありません」
「それだ!」
ヴァソール学園長が声を上げる。
「まずは構内の結界と浄化を強化しておこう」
ヴァソール学園長の実家は、結界魔法を得意としている血筋の家系だ。学園長であるイアサント・ヴァソール侯爵は、一族の中で特に秀でた結界魔法を使う。
一瞬で巨大な学園の敷地を覆う結界と浄化が施された。
これで魅了にかかった警備の者の目が覚める事だろう。
「君たちは教室へ戻りなさい。私は式典へ向かう際に、校内を見回っておく」
「はい、ヴァソール学園長。有難うございました」
私たちは学園長室を出て教室へ戻る。
その時に「不審者を発見!」と言う声が聞こえた。魅了を使って侵入した女性が見つかり、その場で捕獲されたらしい。現場を目撃した生徒の話によると、捕獲された女性は半狂乱で叫んでいるようだ。
彼女は自分の魅了魔法に自信があったのだろう。
ーーどんな女性だったのか。
私は興味本位で聴覚を強化して、警備員に捕獲された女性を意識する。
「貴方は何方の関係者ですか?」
これはーー男性の声なので警備の者だろう。
「わたくしはアグレッサ侯爵家の関係者です」
この女性の声に聞き覚えがない。
アグレッサ侯爵家の者と言えば、元両親と弟のレイモンに祖父母だけだ。姉は四年前に結婚してアグレッサ侯爵家から出ている。現在はシャプル伯爵夫人。
元姉がアグレッサ侯爵家を名乗るのは分かるが、この声は姉のものじゃない。
「アグレッサ侯爵家ーーお連れ様は既に式典の場へ入場されておりますが? ここに記入されている項目を見ると、ご夫妻の二人だけでご出席だ。他に連れの方のお名前は記入されていない」
警備の人が帳簿みたいなものを確認してから聞き返す。
「ーーでは、アグレッサ侯爵であるお父様にお伝えして下さい」
ーーは?
ますます意味が分からなくなった。
元父を「お父様」と呼ぶのは、彼女にとって何か意味があるのか。
しかも出席しているのは元両親ではなく、祖父母の二人である。
彼女の言い分に警備の人も違和感を覚えたようだ。既に侯爵として現役を引退した祖父を「お父様」と呼ぶのだから、警備の人の目が余計に不審者への視線が強くなるだろう。
「わたくしはお父様に会いに来たのよ。今すぐ連れて来なさい」
「貴方の言い分は認められません」
きっぱりと断りの言葉を告げる。
「はあ!? どうして言う事を聞かないのよ! 今すぐアグレッサ侯爵を連れて来なさいと言っているでしょう?」
警備の人の対応に逆切れしたのか、その女性は声を荒げた。
「貴方の身元確認を行いますーーその手を机に乗せて下さい」
「何故わたくしが警備の人間の指示に従わなくちゃいけないの?」
バンと大きな音が聞こえ、女性が机を叩いているのだと判明。
ーーキレやすいタイプね。
警備室の机は鑑定と鑑識の付与がついた天板を使用している。ただ机に手を置いただけで、その相手の素性が分かる仕組みだ。忍び込むような人間は、自身の保身の為に嘘をつく。
相手が本当の事を言うはずがないので、天板だけじゃなく他の備品にも、そういった付与魔法が仕込まれているらしい。
「ああーーミレーヌ・ハリソン伯爵令嬢でしたか。貴方はアグレッサ侯爵家とは、何の縁もない方ですね。伯爵家の者が格上の侯爵家の人間を呼び出すとは無知すぎる。これは自殺行為と同じ行動ですよ」
「此処はわたくしが主人公の世界なのよ! わたくしの行動は全て正しいの。本当なら十二歳の時に、アグレッサ侯爵家の養女として引き取られるはずだったのよ! それなのに現在も養女の話は聞こえてこない。もう時間がないのよ。物語を正しい道筋に修正しないといけないの。アグレッサ侯爵家の養女にならないと、わたくしは最推しのダニエルと結婚出来ないじゃない!」
ーーこの人は転生者だ!
ここは物語の世界という事だろうか?
レベッカも転生者だが、この件について何も言ってなかったと思う。
単純に私とレベッカが知らない物語の一つとも言える。
「ねぇ、レベッカ」
私は小声でレベッカに耳打ちをした。
すると彼女も首を横に振る。
「もう少しだけ話を聞いてみるわ」
私の言葉にレベッカも頷く。
「貴方の言い分は支離滅裂だ。このまま警備隊へ通報して虚言罪で牢へ入れる必要がある」
「はあ? わたくしが牢? 信じられない! 将来はアグレッサ侯爵家の養女で、クレージュ公爵夫人になるわたくしが牢!? それこそ有り得ない! もう良いわ、ジュリエンヌを呼びなさい。あの女が証言してくれるはずよ」
ハリソン伯爵令嬢に、私が呼び捨てにされる理由がない。
ーーそれにクレージュ公爵令息と結婚するのは、本当は彼女の方だった?
十二歳の時にぶつかってきたのは、元父との接触を図るのが目的だった。わざと私にぶつかって元父に接触し、母へ魅了を仕掛けて養女になるのが流れだったのか。
あの時の元父は、私にぶつかってきたハリソン伯爵令嬢に対して、珍しく怒りを露わにしていた。そして元母の方は全く興味がなさそうだったように見える。
元母は元姉から魅了を受け続けていた影響もあるのだろう。
その物語の内容は分からないが、ハリソン伯爵令嬢は物語の主人公らしい。
彼女の発した言葉を整理してみる。
ハリソン伯爵令嬢が主人公だという物語は、彼女が十二歳で参加した園遊会をきっかけに、アグレッサ侯爵家から養女の話が持ち掛けられた。そして彼女は正式にアグレッサ侯爵令嬢となり、クレージュ公爵令息と婚約を交わす。
ゆくゆくはクレージュ公爵令息と結婚して、二人は幸せになるーーといった所か。
本来の物語の筋は分からないが、おそらく私とレベッカが転生者だった為に、その内容が大幅に変わっていったのかもしれない。クレージュ公爵令息も同じだろう。
私と婚約する前のクレージュ公爵令息の魔力量は、高位貴族では稀な存在とも言うべきな程、生活魔法がギリギリ使用できる程度の微量だった。
私と婚約した事でクレージュ公爵家の嫡男としての自覚を持ち、王立ノヴェール学院へ入学した後は努力を続けていたのである。微量だった魔力量が増えて、属性魔法まで発現した。
入学時から次席だったのに、彼は首席を勝ち取るまで努力を続けたのである。
クレージュ公爵令息の魔力量が増えて、ハリソン伯爵令嬢の魅了を弾き返していたのだろう。
ハリソン伯爵令嬢が王立ノヴェール学院へ入学して、何かと理由をつけてクレージュ公爵令息に付きまとっていたと聞いている。本来の物語の筋では彼と偶然に出会い、その偶然が重なってお互いを認識していく。
しかし現実はーークレージュ公爵令息の魔力量が増えた事により、本人に自覚なく精神異常の魔法を弾いていた。ハリソン伯爵令嬢がしつこく付きまとっていたのは、彼に魅了を仕掛ける為だったのだろう。
ーーハリソン伯爵令嬢には悪いけど、クレージュ公爵令息は渡さないわ。
ハリソン伯爵令嬢のような自分の欲望にしか動かない相手に、クレージュ公爵令息は渡せない。私も彼を利用している時点で、彼女と同罪である自覚を持っている。
自分の欲を満たす為に汚い手を使ったり、他人を蹴落としてでも手に入れるような相手は許せないからだ。




