17話
その日の夜。
消灯から暫くたった時間、通路側から例の音が聞こえ始めた。ギィ……ギィ……普通ならそれくらいの音気にせず眠ってしまうものだろう。単なる徘徊している人がいる、霊なんかではない、そう思えばいいだけのことと思うだろう。だけど、突然目が覚めてしまうのだ。そして、あの車椅子の音が気になる程によく私の耳に届くのだ。それは通常ではあり得ないことだ。あまりにも神経質だが、それは普段の私とは違う。知っての通り私は目覚まし時計を掛けなければ寝過ごしてしまう人だ。だけど、いつもと違うベッドという理由もあるだろうが、大部屋でいびきも寝言もない静かな部屋はむしろ当たりな方なのに、あの音が気になって眠れないのはやはりおかしな事だった。その原因は最初はあの音やあの通路の嫌な雰囲気だったり、そういった起因によるものかと思っていた。でも、毎日がこうも続く中で段々とそれだけではない理由があるのではないかと思い始めていた。
車椅子が私のいる大部屋を過ぎて音が遠ざかるのをみてから、私はベッドから起きて大部屋を出てみた。
通路は静かで不気味に漂っている。車椅子の音は聞こえなくなっていた。車椅子の一周する方向は時計回り。同じように自分も時計回りすれば車椅子の霊と遭遇することはない。
私は時計回りに歩き始め、辺りを見渡した。その先にエレベーターが見え、そこにはナースステーションもある。エレベーターの横には自動販売機があり、その照明は眩しい。ステーションの方からも明かりが見えるが、声は聞こえてこない。
私は自動販売機の前まできてポケットから小銭を取り出し、小銭を入れるとボタンを押した。新通貨使えますというシールが貼ってある比較的新しい白の自動販売機からガタンと勢いよく音がした。なんか、落ち方酷い自動販売機だな。そう思いながら小さいペットボトル飲料を取り出すと、音に気づいた夜勤の看護師が近づいてきた。
「眠れない?」
「はい」
私はそう言って自分の部屋へ向かおうとして、足を止めた。振り返り看護師を見る。
「あの、さっき車椅子の音がしてそちらに向かっていったんですが」
「本当に? でも、ここには来てないわよ」
「そうですか」
私はそう言うとやはり看護師にはあれが聞こえないらしい、私は諦め自分の部屋へ戻った。
反時計回りだが、車椅子の移動速度的に部屋に戻る前に遭遇することはない筈。そう頭で分かっていても、足は小走りに部屋へ向かっていた。
ギィ……
え…… 。
今、後ろから聞こえた? 私は振り返ると、私は悲鳴をあげて思わず買ってきたペットボトルを落とし尻もちをついた。
目の前に車椅子、そしてそれを押している看護師が立っていた。それはさっきの看護師の顔だった。
私のちょっとした冒険心は仇となった。
私はペットボトルをそのままに立ち上がると全力疾走した。通路の壁には廊下は走らないという貼り紙が貼られてあった。そんな場合じゃない私は構わず走り続けた。鼓動が跳ね、まだ心臓がバクバクしている。車椅子には誰も乗っていなかった。看護師はその車椅子をただ押しながら前へ進み出した。私はそれを振り返りながらその霊と距離をとる。
そうか、私の中ではずっとこの病院の患者だった霊だと思っていた。でも、そうではなかった!
目の前で角が見えた。私はそこを曲がる。すると、そこはステーション前だった。
「え?」
まだ、一周してないのになんで?
すると、向こう側から
ギィ…ギィ…
車椅子を押す看護師が現れだした。
「きゃあああっ」
その看護師の顔が消えてのっぺらぼうになっていた。
私は引き返し走り出した。
どうなってるの!? なんで向こうから現れてくるの!
その時、視覚がぐにゃりと曲がった。
「え……」
まるで、この通路の空間が曲がった感じだ。
そうか……この現象は単に車椅子だけでない。この場所も現象に含まれてるんだ。
と、とにかく部屋を見つけなきゃ。
だが、どれだけ走り続けても自分のいる大部屋に辿り着けなかった。
角を曲がると、そこはステーション前だった。
そして、どこからともかく車椅子の動く音が響いてきた。
私は直ぐ様引き返した。
いったいどうなってるのよ。
だが、その先もステーション前に着いた。
うそ…… 。
ギィ……ギィ……
逃げ場がない。私は辺りを見回した。その時、エレベーターに目が止まった。私は急いでエレベーターに向かいボタンを押す。
早く来てお願い。
ボタンを連打する。エレベーターは一階から上がっていき、この階へと向かっていく。
ギィ……ギィ……
「来た!」
車椅子を押す顔なしの看護師が現れた。
「お願いだから早く!」
ボタンを強く連打する。そして、ようやくエレベーターがやってきて扉が開いた。私は飛び込むように乗り込むと素早く閉めるボタンを連打した。
カチカチカチカチ。
扉はゆっくりと閉まり出す。車椅子はこちらへ徐々に近づいてくる。
そして、扉が閉まりきるとエレベーターは下へ向かって移動しだした。
私は胸を撫で下ろした。
エレベーターは一階へと降下した。
そして、数字を示すモニターが数字の1を示すと扉が開き始めた。
そして、私は固まった。
扉が開いた先は一階のロビーではなく、先程の階のステーション前だった。そして、開いた先で待っていたのはあの顔なしの看護師だった。
「きゃあああああああああ!!!」




