16話
病院にいると本当に日に日に自分の体調が悪くなっていった。今は微熱が続いている。それは病院という空気感や不眠がそのせいかもしれないし、実際私は今病人なのだからそれが原因なのだろうけれど、しかし、私の脳裏にはあの霊の仕業ではないだろうかという嫌な予感をしていた。看護師や医者はそんな私の姿を見て頭を悩ませていた。薬が全く効いていない。原因はなんだ。私は心の中でこの病院に幽霊がいますよと呟いた。勿論言えるわけがない。学校でも親でも言わないようにしてたのは変に目立ちたくなかったからだ。それにおかしな人扱いされたくはない。
だけど、このままだと私はまた命が危うくなることになる。前回はたまたまだが今回もそう運良くはいかない筈……遂に私の運も尽きたか。
母親はそうとは知らず毎日面会に来てくれた。
「大丈夫?」
「うん」
「あなたのことお婆ちゃんにも言ったら凄く心配してたよ。次の日曜日はお婆ちゃんも面会に来るって」
「いいよ別に」
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だって」
「何か欲しいのある?」
「プリン」
「分かった。それじゃ買ってくるね」
そう言って母は病室から出ていった。その様子を見ていた同じ病室の患者達は心配そうに私を見た。実は最近、よく話しかけてくれて中には私の進路とか将来とか愚痴とかそんな話まで相談にのってくれるまで親密になっていた。自分の向かいは吉川さん、斜め向かいが藤井さん、私の隣が西川さん。吉川さんには子どもがいて今は中学3年生。思春期に受験、進路と色々重なる時期。そんな子どもにとって大事な時期に体調を崩してしまったんだとか。今は旦那さんがなんとか家を回しているけど家がどうなってるのか帰るのが怖いと言っていた。そんな吉川さんは私に対しては進路相談を受けてくれるかわりに受験の時や面接対策の話を訊かされ、参考になるか分からなかったので友人の話も合わせて答えた。それをこちらが思った以上に真剣に聞いてるものだから徐々に少し不安になり、これでいいんだろうか? と自信がなくなっていった。それは自分のことの話なのに自信が持てないのは自己評価が元から高いわけではなかったからだ。本心としてはリア充になれない自分が他人の参考になって欲しくはなかったが、自分の相談に真摯に聞いてくれた以上(最初は一方的だったが無視出来ず)断るわけにはいかなかった。
対して藤井さんは30歳でまだ新婚。これからだっていうときに体調を崩したんだとか。
私なんか高校3年で進路とかあるし、皆タイミング悪く体調を悪くしていた。でも、都合の良いタイミングなんて病気が考えてくれるわけでもない。むしろ、そういうことの連続だと語るのは西川さんだ。四十代になって突然ガクッと体力が落ち、体調もその時期に悪くしたのだとか。
「私が30になった時もだけど、40という境目になったとたんに不思議と一気に年齢を感じるよね。こう考えると60、70になったらどうなっちゃうのかって心配になっちゃう」
これには皆苦笑するしかなかった。そんな話聞きたくなかった。でも、なんとなくそんなような話は母がボヤいていたかもしれない。
だけど、年齢をこえてこう話せるのは中々久しぶりだった。それは昔団地にいた頃くらいだろうか。その時も年齢なんて気にせず子どもは子どもで集まったし、親は親でなんか喋っていた。
そんな懐かしい思い出が蘇って、あの頃と今の自分を振り返っていると母がプリンを持って戻ってきた。
その時、通路からギィ……と音がした。私はハッとした。この昼間に!? だが、それは私の勘違いだった。看護師が検査の為にと患者を車椅子に乗せ移動させているところだった。それが大部屋前、通路を通り過ぎていった。その先はエレベーターがある。検査なら一階へ向かうのだろう。
私はホッとした。
「どうしたの?」
「なんでもない」
「そう? あ、そういえばさっき一階で種本先生に会ったわよ」
「誰?」
「覚えてないの? 昔、先生にお世話になったじゃない」
「いつの話」
「あんたが幼稚園の頃よ」
「……あ」
そういえば……すっかり忘れていた。それは先生のことではない。この病院のことだ。私は確かにこの病院で風邪で熱を出した時に診てもらったその日の夜、夢で自分の顔のパーツが無くなってのっぺらぼうになる悪夢を見たんだった。でも、あれは夢だった。
あの頃の私は皆に馴染めず、他の子と距離があった。いつも一人で黙々と遊んでいた。いつだったか、お絵描きする時間、私は画用紙に幼稚園の絵を描いた時、皆の顔がのっぺらぼうみたいに目や鼻を描いていなくて、それを覗き見していた他の子が私の絵をからかって笑ったのだった。私はそれで自分の絵が嫌になってその場で破った。先生はどうしてそんなことするのと言ってセロハンテープで裂けた絵をくっつけてたっけ。でも、もうその絵は私にはどうでもよくなっていた。今も皆の顔は思い出せない。のっぺらぼうのままだ。私にとって家族の顔が最初で、次に友達、それから団地に住んで、顔が増えていった。でも、何人かは直ぐに消えていった。引っ越したりしていなくなり、それから皆の記憶から徐々に薄れ消えていった。本当に記憶に残るのはあれだけ沢山いたのに少なくなっている。私って思った以上に薄情なのかも。




