18話
目が覚めるとそこは自分の病室のベッドだった。
夢?
だが、私のそばには点滴台があって私の腕にはその点滴とルートで繋がれてあった。窓の外は太陽が昇っていて空が眩しい。そこに、様子を見に来た看護師が現れた。私は白い看護師の制服を見てビクリとしたが、その看護師には顔があった。黒縁の眼鏡に白のマスクをしていて、髪は茶髪。年齢は40代といったところだろうか、背はバスケ選手かバレー選手みたいな長身だった。私は他人をこうも凝視したのは珍しいことだった。それは他人に疎いという事もあるし、私の中にある顔のある人物は自分に親しい人や関わりに深い人順に遠ざかると印象が薄れ、それも曖昧なものになっていく。それは私だけではないと思う。他人に対する印象はそれだけ霧がかかるように曖昧であり、それは関わりを重ねることでその関わり方でその人のイメージをつくりだし、その人の顔が現れる。
普段から注意深く観察をしなければ、大抵そうはならないだろうか。それか単に他人の希薄な私の個人的問題なのだろうか。
ともあれ、私は観察が苦手だった。だから、例えば風景画を描こうものなら、実物を見ながらでないとほとんどボヤけた絵になるだろう。人物なら尚更顔を描くことは得意ではない。それは単に絵が上手い下手という話ではない。私に観察は向かないということだ。
あの霊は私のイメージが生み出したものなのだろうか?
あれから夜にあの霊が現れることはなかった。
私の体調もその日を境に何故か回復しだし、数日後には退院が決まった。
「本当になんだったんだろうね? 急に倒れたとか病院から聞いた時はドキッとしたけど、急に回復するなんてね」
母は私の荷物を整理しながらそう言った。
私は「さぁ?」と返した。そんなこと私に言われても。
「ねぇ、私の顔良くなってる?」
「何急に? まだ悪いの?」
「そうじゃないよ。ただ」
「入院する前より全然良くなってるわよ。変なこと聞くのね」
「なら良かった」
それは本心だった。確かに、自分の顔色が悪いかどうかも自分で分からないなんてね。
それから私は退院した。
母の車の助手席に座り、窓から遠ざかる病院を見続けた。
ふと、病院の屋上に白の制服、看護師が立っているのが見えた。
私の背筋がゾッと震えと寒気が伝った。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない……」
私は嘘をついた。
あの霊はいったいなんなのか。少なくとも他者が希薄だった(むしろ霊を見ることで他者を恐れてもいるからなのかもしれない)そんな私にのっぺらぼうの霊が現れたのは偶然だったのだろうか。
その時、母は隣の運転席から突然私に言う。
「自分で抱えないでお願いだからちゃんと私に相談しなさいよ。あんたが時々何に悩んでるか分からないけど、家族なんだからちゃんと言いなさい」
それは強い口調だった。だが、叱るとか怒るとかというより、訴えるに近い感じのものだった。
私に必要なのは自分以外をもっと信じてみることなのかもしれない。
「あのさ、お母さん実は私」
臆病で踏み出せなかった私は遂にこの日、母に打ち明けた。
それは今後の私に大きく左右する大事な日になった。
幽霊が存在するかどうか、それは私という自己の世界の中だけの話だとこれまでなら思っていた。それが今日、一歩踏み出したことで少しだけその世界が開かれた。
その後、母の反応はというと私の予想に反して否定するような言葉はなかった。むしろ、信じてくれたのだった。それは思わず「信じてくれるの?」とこちらが確認する程に。母は「嘘じゃないことくらいは分かるわよ」と真面目に答えた。むしろ、それからしつこいくらいに霊に興味を持ち出した母はあれやこれやと質問されまくりで私の方が困惑した。
「それじゃあの病院へは行けないなぁ……」
母はそう言った。私も同感だ。
あの霊があの病院という場、空間から出ることは恐らくないだろう。ならば、二度と踏み入れないことに尽きる。
心霊現象にはその霊だけでなく、その現れる場所にも意味がある。霊はその単一に見るのではなく、そこに現れる場所にも気をつけなければならない。むしろ、霊は場所なくしては現れてはこない。




