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15.とんでもないご招待

 レイの謹慎が解けるまで、あと二日。


 今日はお休みの日だった。朝からとってもいい天気で、絶好のお出かけ日和だ。ちょっと散歩に行ってもいいし、お買い物も楽しいだろう。


 でも、どうしてもそんな気分になれなかった。仕方なく寮の自室で、ぼんやりとしながら過ごす。


 本を読んではみたものの、いまいち頭に入ってこない。ならばと掃除に取り掛かってみたものの、うっかりお気に入りのコップを割ってしまった。


 今日はもう、何もしないほうがいいのかもなあ。そう思ったその時、来客があった。扉の向こうには、いつもどおりおっとりと微笑むベリンダ様と、目を輝かせているアンドリュー様がいた。


「今日は良い天気だ。王宮の庭のあずまやで、のんびりと茶でも飲まないか。君と私の二人だけでは君が照れてしまうだろうから、こうしてベリンダも連れてきた」


 どうしよう。正直、そんな気分ではない。でも、だからこそ気晴らしは必要な気がする。


 これがアンドリュー様ではなくギルバート様からの誘いなら、喜んで乗っていたかもしれないけれど。


 それはそうとして、ちょっぴり意外だった。アンドリュー様のことだから、きっと私と二人きりで思いっきり親密な時間を過ごそうとするか、あるいは王族らしく豪華なお茶会かなんかを開くんじゃないかと思ったのだけれど。


 そうやって悩んでいたら、ベリンダ様がくすりと笑って小声でささやいてきた。


「実はアンドリュー様、それはもう張り切っておられて。最初は、城の大広間を貸し切ったパーティーを開くとおっしゃっておられましたの。あなたのドレスも、もちろん用意して」


 予想を遥かに超えるとんでもない内容に目を丸くしている私に、ベリンダ様はさらに言葉を続けた。


「ですのでわたくしが『シンシアさんはきっと、もっとささやかな肩肘張らない集まりのほうがお好きなはずですわ』と言って止めましたの」


「ベリンダは昔から細かいことに気がつく。そのぶん、少々口うるさいが。だから私は、君を私の部屋に招待しようと思ったのだ。二人きり、思うまま話そうと」


「でも、アンドリュー様と二人きりでは、きっとシンシアさんも緊張されてしまうでしょう? 誰かもう一人か二人、誘ったほうがいいですわとも進言いたしました」


「……悔しいが、ベリンダの言う通りだと思った。だからこの三人で茶にしようと思ったのだ。もしパーティーのほうが好みなのであれば、今からでも手配するぞ」


「あずまやでお願いします!」


 反射的にそう答えてから、しまったと口を押さえる。


 最初はアンドリュー様の誘いを断ろうと思っていたのに、盛大なパーティーかささやかなお茶かの二択を突き付けられて、つい片方を選んでしまった。


「よし分かった、それでは行こう!」


 大いに張り切った様子で、アンドリュー様が胸を張る。その後ろでは、ベリンダ様がいたずらっぽく片目をつぶっていた。




「……やっぱり、落ち着かない……」


 アンドリュー様に聞こえないよう口の中だけでつぶやいては、気を紛らわせるようにかぐわしいお茶を飲む。王宮の庭のど真ん中に建つあずまやで。


 初めて足を踏み入れた王宮の庭はとても美しく、ものすごく手入れが行き届いていて、そしてとんでもなく広かった。


 私たちがお茶をしているあずまやの近くには、たくさんのメイドたちが控えている。


 彼女たちは時折ぬるくなったお茶を取り換えてくれたりするけれど、基本的にはずっと礼儀正しく立っているだけだ。


 人が多すぎて、落ち着かない。だいたい三人だけのお茶なのに、なんでこんなにメイドがいるのだろう。


 しかし王子であるアンドリュー様だけでなく、公爵令嬢であるベリンダ様も、こうやってメイドに囲まれる状況には慣れているらしい。二人はとてもくつろいだ様子で、あれこれと世間話をしていた。


 アンドリュー様は一応ベリンダ様に婚約破棄を叩きつけたのに、二人ともそんなことなどなかったようにのんびりとしている。


 ベリンダ様の心境は前に聞いたから、まあ分からなくもない。できの悪い弟が馬鹿をやらかしたのを、大目に見ている姉の心境なのだろう。


 けれど、アンドリュー様のほうはいったい何を考えているのだろう。彼はベリンダ様のことを嫌ってはいない、そのことは確かなのだけれど。


 お茶もお菓子もおいしいけれど、気分はちっとも晴れない。幾度となく、こっそりとため息をかみ殺す。と、アンドリュー様がこちらをのぞき込んできた。心配そうな顔だ。


「どうしたシンシア、浮かない顔だな。何か悩みでもあるのだろうか。私でよければ相談に乗るぞ」


「……やはり、レイさんのことが気になりますの?」


 やはり心配そうなベリンダ様の言葉に、アンドリュー様がきょとんとした顔をする。


「レイ? 彼が、どうかしたのか?」


 ここ数日、ずっとアンドリュー様とは別行動だった。だからなのか、彼は先日の出来事について何も知らないようだった。


 もっとも、魔法の暴発やら謹慎処分やらはこの魔法省では珍しくもないらしく、レイのことは噂にすらならなかった。だから、アンドリュー様が知らないままでもおかしくはない。


 そんなことを考えながら、事件の要点だけを端的に説明する。私がレイに対する処分について今でも不服に思っていることは伏せて。


「ふむ、それでこのところ君は落ち込んでいたのか。友を思う、その温かい心……やはり君は、とても素晴らしい女性だ」


 大いに感心したような顔で、アンドリュー様はうなずいている。そして、さらりと言葉を続けた。


「よし、ここは私に任せてくれ。魔法省の上の人間にかけあって、彼の謹慎期間を短縮させよう」


「駄目です」


 きっぱりと否定すると、アンドリュー様は意外だといった顔で私を見つめた。


「なぜだ? それでレイがすぐに戻ってくれば、君の憂い顔も晴れるだろう?」


「いいえ。そんなことをしたらレイは、『王太子様に目をかけられた、特別な人間』になってしまいます。周囲の人間はみな、これからのレイの後ろにアンドリュー様の影を見るようになってしまいます」


 あの時抗議しようとした私を、冷静に止めたレイ。彼の思いを、踏みにじらせる訳にはいかない。


「私もレイも、自分の力だけでここまでやってきました。その努力に、誇りを持っています。ですから、ひいきをされたくはないんです。今までの、これからの努力を曇らせたくないから」


 その言葉に、アンドリュー様とベリンダ様がはっとした顔をする。


「だから彼は、一人の職員として、他の職員の人たちと同じように罰を受けるのが、一番正しい選択なんです。……でも」


 言おうか言うまいか悩んで、小声で付け加える。


「私は今でも、何もできなかった自分を歯がゆく思っています。ですから……そのお気持ちだけ、ありがたく受け取ります」


 そうして、辺りはしんと静まり返る。


「……君とレイは、とても強い絆で結ばれているのだな。君の話を聞いていたら、うらやましくなってしまった。そのように私を理解してくれる者がそばにいてくれればと、そう思う」


 アンドリュー様はため息まじりに、こちらをちらりと見た。どことなく期待しているような顔だ。そんな言葉と態度に、ついかちんときてしまった。


「……あの。既に、二人もいらっしゃいますよね」


 ためらいつつそう言うと、アンドリュー様はきょとんとした顔をした。仕方なく、はっきりと言い直す。


「ギルバート様と、ベリンダ様ですよ」


「そうか? 二人はある日突然、周囲の大人たちが私に引き合わせてきたのだ。それ以来、大人たちに命じられるがまま私のそばにいる」


 アンドリュー様はさらりと、そんなことを言ってのけた。ベリンダ様はかすかに苦笑を浮かべて、上品な動きでお茶を飲んでいた。


「君とレイの間にあるような強い絆など、望むべくもない。二人のほうも、そう思っているだろう。なあ、ベリンダ」


 ベリンダ様が答えるより先に、割って入る。無礼だとは思ったけれど、どうしても今の物言いは見過ごせなかった。


「アンドリュー様は、本当にそう思っておられるのですか。あなたにとって、お二人はただそれだけの存在なのですか。私には、そうは思えません」


 私の語気に何かを感じ取ったのか、アンドリュー様が目をまたたいた。


 魔法省に勤めるようになってから、ギルバート様やベリンダ様と幾度も話した。そうして思った。


 二人はアンドリュー様のそばにいることを命じられている立場だ。けれど二人とも、アンドリュー様のことを大切に思っているし、彼の力になりたいとも思っているのだ。


 アンドリュー様だって、なんだかんだ言いつつそんな二人を追い払おうとはしない。それに二人と話している時のアンドリュー様は、よりくつろいだ表情をしているような気がするのだ。


「あなたにとって、ギルバート様もベリンダ様も、そばにいることが当然の存在なのでしょう。もしかしたら、そのことを少々うっとうしく感じておられるのかもしれません」


 勢い任せでそこまで言ってから、アンドリュー様をじっと見つめる。


「でも、嫌いにはなれない。そうですよね?」


「…………ああ。そうかもな」


 アンドリュー様はしばらく考えてから、そう答えた。


「そしてアンドリュー様は、きっとお二人に甘えているんです」


 息を吸い込んで、さらに続ける。


「だからこそ、あなたはベリンダ様との婚約をいきなり破棄するなんてことができた。彼女の尊厳を踏みにじってでも、自分の思いを通そうとしたんだと思います」


 今までずっと、何も聞こえていないといったような表情で静かにたたずんでいたメイドたちが、わずかに身じろぎした。彼女たちの顔には、うっすらと戸惑いが浮かんでいる。


 それもそうだろう。私は本来、アンドリュー様にこんなことを言えた立場ではないのだ。


 そういう意味では、私はアンドリュー様に甘えてしまっていた。私にひたすらに甘く愛をささやく彼であれば、立場をわきまえない無礼な物言いをしても許してくれるだろうと、そんな計算をしてしまっていたのだ。


「いつもあなたを支えてくれているギルバート様に、感謝すべきです。あなたが踏みにじったベリンダ様に、謝罪すべきです」


 ずっと思っていた、でも言えずにいた言葉を、まっすぐに叩きつける。


 気持ちよく晴れた午後、美しい庭園。けれど私たちの周りだけは、まるで時が止まったかのように凍りついていた。

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