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14.納得できない、そんな結末

 とっさに腕を伸ばし、炎の蛇をつかんで止めようとする。


 私は光の魔法を使うことができる。だから多少火傷を負っても、すぐに治すことができる。でも痛いことに変わりはない。


 それが分かっていても、手を伸ばさずにはいられなかった。まっすぐにレイに襲いかかろうとしている炎の蛇を、どうにかして止めたくて。


 私の手が、炎の蛇の胴体をかすめる。熱さや痛みというよりも、ばちんという衝撃のようなものを感じた。炎の蛇が空中でぴたりと動きを止める。


 その向こうに、レイの姿が見えていた。金色の目を悲しげに見開いて、私をじっと見つめている。彼の手は、まだ少年の肩にかけられたままだった。


 炎の蛇が大きく口を開けて、こちらに向き直った。どうやら私を、敵だと認識したらしい。


 さて、ここからどうしよう。ひとまずレイは無事だ、よかった。炎の蛇に触れてしまった手がじんじんと痛くなってきているけれど、そちらは後回し。


 クライヴさんは、まだ一匹目の炎の蛇と格闘中だ。こうなったら、クライヴさんの手が空くまで、私が二匹目の気を引き続けるしかないかな。


 あの炎の蛇が普通の生き物なら、光の魔法で生命力を吸い取ることができたかも……あ、そもそもそれは禁忌の魔法だった。許可がないと使えない。


 私の光の魔法のうち、生命力を吸い取る系統のものと、レイの闇の魔法のほとんどは禁忌とされ、許可がないと使ってはいけないことになっている。人の生命や精神に影響する危険な魔法だから、それも仕方ないけれど。


 などとうっかり考え込んでいたら、もう炎の蛇がこちらに向かって飛んできていた。どうにかしてよけようと、身構える。


 と、いきなり上から水が降ってきた。それもどしゃぶりのような、ものすごい量の水だった。


 私はずぶぬれになってしまったけれど、炎の蛇も地面に叩きつけられて、いらだたしげにのたうち回っていた。効いている。


「あ、あの、申し訳ありません……わたくしの水の魔法なら、火の蛇も止められるかと思ったんですけど……また、暴発してしまいました……」


 声がしたほうを見ると、おろおろとした顔のベリンダ様が立っていた。どうやら彼女はクライヴさんの指示を無視して、私たちの近くで様子をうかがっていたらしい。けれど、おかげで助かった。


「いえ、炎の蛇もひるんだようですし。それに、手の火傷を冷やせてちょうどよかったです」


 困り果てた顔の彼女に笑いかけて、地面にいる炎の蛇を見すえる。一回り小さくなっているし、少し弱ったようにも見える。


 あれなら、火傷を覚悟でわしづかみにして、クライヴさんの前まで運ぶこともできそうだ。


 そう考えて、炎の蛇へと大きく踏み込む。どうせもう火傷を負ってしまっているのだし、今さらためらうことなんて。


 ところが、いきなり妙なことが起こった。弱っていた炎の蛇がのろのろと頭をもたげた次の瞬間、ふっとかき消えてしまったのだ。


「え……? あれ? 消えた?」


 じんじんと痛む手を濡れた服に当てて冷やしながら、呆然と周囲の様子をうかがう。いったい何が起こったのだろう。誰が、この事態を収めてくれたのだろうか。


 クライヴさんはあらぬ方に手を伸ばしたままぽかんとしている。彼じゃない。後ろにいるベリンダ様は困ったような顔で首をかしげているから、彼女でもない。


 となると、レイが少年をなだめてくれたのだろうか。そちらを見ると、ぐったりしている少年を抱きかかえたレイの姿が目に入った。


 どうやら少年は、眠ってしまっているらしい。そしてレイは、ひどく苦しげな目をしていた。


 何が起こったのか、近くにいる私にはすぐに分かった。今、レイが魔法を使ったのだ。


 魔法が使われると、変性したマナの残りかすとでも言うべきものが空中に放出される。ある程度魔法を使い慣れた魔法使いであれば簡単に気づくことができるし、専用の魔導具を使えば数日経っても痕跡を検出することができる。


 そしてその残りかすは、魔法の属性によって雰囲気が変わる。ちょっと違う香りがする、とでも言えばいいのだろうか。


 今ここに漂っているのは、火と水と、そして闇の魔法の残り香だ。ずっとレイと一緒に魔法の練習をしてきた私にとっては、なじみの深い香りだった。


 クライヴさんは戸惑っているようだったが、じきに闇の魔法の残り香に気づいたらしい。やけに厳しい声でレイに声をかけた。


「レイ、もしかして闇魔法を使ったのか」


「はい、穏やかな眠りの魔法を。この場で僕ができる手としては、最適のものだと思いました」


「だが、闇魔法の許可なき使用には、それなりの罰がともなう。それを分かってのことだろうか?」


「分かっています」


 やけに淡々と、レイが答えた。クライヴさんの言う通りだけど、でも今回は仕方のないことだと思う。このままレイに罰が与えられるのを、見過ごす訳にはいかない。


 確か、緊急事態における特例が認められた事例があった。あれを引き合いに出して、今回の事件も同じようなものなのだと主張すれば。


「いいよ、シンシア。黙っていて」


 どうにかしてレイを援護しようと口を開こうとしたとたん、レイが静かにそう言った。まるで、私の考えを読んだかのように。


「えっ、でも」


「罰といっても、大したことにはならないよ。それよりも、この程度のことで騒ぎ立てるほうが良くない」


「でも、でもっ」


「僕たちはまだ一番下っ端の新米だ。これからきちんとここでやっていくためには、悪目立ちするのは避けるべきだよ。……ここは、ただ知性だけを磨いていればよかった学園とは、違うんだ」


「それはそうだけど、でも」


「お願い、ここは僕のために折れて」


 しぶしぶ口を閉ざすと、レイはちょっぴり悲しげに、でも優しく微笑んだように見えた。


 クライヴさんが、そんな私たちに声をかけてくる。彼もまた、ほんの少し悲しそうな顔をしているように見えるのは気のせいだろうか。


「よし、それではまずこの場を収めよう。……俺はこの子とその両親と共に魔法省に戻る。レイ、同行してくれ。シンシアとベリンダ様は、検査を最後まで終わらせてくれ」


 いつの間にか少年は目覚めていて、両親にしっかりと肩を抱かれている。不安そうな三人に、クライヴさんは優しく笑って歩み寄った。


「大丈夫だよ、坊や。俺も君と同じ、火の魔法が使えるんだ。後で、使いこなし方について教えてあげよう」


 たったそれだけで、親子の不安は軽くなったらしい。彼らを連れて歩き出すクライヴさんのあとを、レイが無言で追いかけた。


 一度だけちらりと振り返ったレイの目は、やはりとても穏やかだった。




 そんな騒ぎがあった次の次の日。私は、寮の廊下を歩いていた。ちょっぴり大股で。


 魔法省ほか、国の運営に関わる省庁に勤める者は、国が用意した寮に入ることができる。ここはそんな寮の一つだ。


 かなり昔に建てられてはいるけれど、住み心地はいい。魔法省の職員が多く入っているということもあって、ちょくちょく魔法で改修されているからだ。


 目的の扉の前で深呼吸して、こんこんとノックする。


「開いてません。ご用件をどうぞ」


 扉の向こうからは、いつも通りのレイの声が返ってきた。ちょっとぶっきらぼうで、でも本人はいたって真面目な、そんな口調だ。


「私よ、レイ。開けてちょうだい」


「駄目。僕は今謹慎中だから」


「それって、うろうろむやみに出歩くなってことでしょう? ちょっと私が入るくらい、いいじゃない」


「駄目なものは駄目」


 一昨日、レイは許可を取らずに闇の魔法を使った。そんな彼に下された罰が、一週間の謹慎。


 それを言い渡された彼は、素直にその罰を受け入れていた。本を読む時間ができたな、などと言いながら。


 しかし私は、やっぱり納得がいかなかった。


 あの少年が生み出した炎の蛇は、中々にすばしこかった。私たちだけでは、うまく取り押さえられなかった。レイが少年を眠らせなかったら、どうなっていたことか。


 もっとも、時間が経てば少年が身の内のマナを使い果たして気絶していたはずだし、どのみちじきに騒ぎは落ち着いただろう。


 ただ、それだけの間魔法を暴走させていたら、今度は少年の命が危なくなっていたかもしれなかった。


 だから、あの時レイが少年を眠らせたのは、正しい判断だった。一番被害の少ない、穏便な解決策だったのだ。誰が何と言おうと、私はこの思いを曲げるつもりはなかった。


 でも私が騒ぎ立てれば、レイに迷惑がかかってしまうかもしれない。そのことも分かってはいた。


「……ねえ、何か困ったことはない?」


 だから扉の向こうに、そっと呼びかける。


「今のところは、特に。だいたい、僕が引きこもって本ばかり読んでいるのって、これが初めてでもないよね」


「……確かに、そうだったわね。レイったら試験勉強の最中でも、面白そうな本を見つけると食事も忘れて読みふけってたし」


「だろう? だから僕のことは気にしないで。一週間なんて、あっという間だから」


「うん……じゃあ、今日は帰る。でも、また来るわ」


「君って世話好きだよね。ちょっとおせっかいと言えなくもないけど、でも……ありがとう。……ところでさ」


 ふと、レイの声音が変わる。いつものちょっとぶっきらぼうな感じから、ちょっと申し訳なさそうな雰囲気に。


「……手、きちんと治したよね? 僕を助けようとして炎の蛇につかみかかるなんて、あの時は焦ったよ」


「あ、あの時はもう必死だったから。それに、傷もちゃんと治せたから大丈夫よ。しっかり練習してたおかげでうまくいったわ。そういえばあなたも、眠りの魔法、とってもうまくいってたわね」


「だね。あれは自分でもいい感じだったって思ってる」


「そのセリフ、他の人には聞かれないほうがいいと思うわ。反省してないって思われそうだし」


「実際、反省なんてしてないよ。ただ、決まりには従うってだけで」


「……そんなことだろうと思ったわ」


 自然と、笑い声がもれる。扉の向こうでも、レイがおかしそうに笑っていた。


 早く彼の顔が見たいな、いつものように並んで歩きたいな。そんなことを思いながら、くすくすと笑い続けていた。

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