39話
ンストゥル西部・国境、グルモーニア地方。
急報を告げる側と伝えられる側、双方の疲労はピークに達していた。
エル・グラド東部方面駐留部隊は、同盟国のグローネシアと共闘して東進。
その数、自軍に倍する事、およそ3。
敵が多いのではない。ンストゥル軍が余りにも兵員不足なのだ。
不惑の洗脳兵は零。それに伴って、敵の侵攻を食い止める自爆兵もなし。
なにより大将エルドラの不在は、地の利を以てしても覆しがたい士気低迷と
部隊統率の欠如を招いた。
そこに来て、城主エルドラの訃報。
(終わった……。何もかもが終わった……)
このままエル・グラドに敗れ、それに乗じて周辺諸国が穢らわしい牙を剥き出しに、ンストゥル領土を引き裂いてゆく。
(私は何のために、邪教に魂を売り渡したのか……)
大戦終結の翌年、拳闘奴隷から解放された私は、苦心の末に、なんとか帰郷を
果たした。
其処にはもう、幼き日の思い出は何一つ残されてはいなかった。
家族も居ない。自分が生まれた家すらもない。
それでも良かった……。
此処が、私の帰るべき場所なのだから。
だがその故郷も、エル・グラド建国の争いに巻き込まれて壊滅した。
拳闘奴隷を知らない者達からすれば、私は単なる人殺しの畜生だ。
そんな私を受け容れてくれたのは、開拓移民の集団だった。
当時は、まだそこがエル・グラド領だと知りながらも、私は彼等に報いるため、ビストゥスに骨を埋める覚悟を決めた。
だが、今からおよそ十年前、エルドラが前城主を暗殺し、フェルメンティアへの帰属を表明したのを機に、エル・グラドは奪還作戦と称して、またしても国境の村を壊滅へと導いた。
そのとき、私は気付いた。
今の時代、強い力による圧倒的な秩序がなければ、何も守れないのだと。
(それなのに……。それなのに……!)
敗北とは、いつの世も無惨なものである。
形ある物は奪われ、姿なき存在は蹂躙される。
奪われぬ敗北はない。
汚されぬ敗北などない。
ならばと、将であるオズボーンが下した命令は、夜陰に紛れて全軍を撤退させる事だった。
指揮官としての矜持から、オズボーンは死霊のような足取りで、敗軍の殿をノロノロと務める。
「見て下さい、オズボーン様。もうじき夜が明けます」
朝が来るのが、こんなにも嫌な日はなかった。
馬もなく、支援もなく。
我々は、いつ敵軍に追い着かれるものか……。
「あっ、ああ……!」
随行する部下が、後ろを指差して震える。
自分も振り返り、目を見開いて驚愕した。
瞳に映るのは、深紅の外套に身を包んだ大陸最強の戦闘集団。
「エル・グラド精鋭、赤狼親衛隊……」
「その通りだ……」
先頭に立つ長髪の剣士が、愛刀・天剣ヴォルニールを携えて名乗りを上げる。
「俺は、赤狼親衛隊・隊長のカイン。貴様ら反逆者の命運も此処までだ」
大勢が決した油断から、相手が索敵を怠るのではと期待したが、読みが甘かった。
主力部隊を展開し、こちらの当たりが弱いと踏んだエル・グラド,グローネシアの両軍は、罠と好機を併せ呑み、切り札を投入したのである。
彼等が従軍してるとなれば、詰めを誤る筈がない。
オズボーンは正面を向いたまま、捨て石になるのを覚悟して部下に告げる。
「行け……。ここは私が食い止める」
死者さながらの上官に答えたのは、年若いと思われる男の声だった。
「いいや。ここから先は、僕が行くよ」
ポンと、肩を軽く引き戻される。
苦悩と失意に濁った頭で、死地へと赴く部下を止めようとして……、はたと気が付いた。
擦れ違いざま、男の従者は、汗で湿った襟の中に、粗悪な漉き紙を捻じ込んでゆく。
後ろで馬の嘶きが私を呼び、反対に男は、真横から颯爽と追い越してゆく。
物云わぬ彼の背中が、自分に『生きろ!』と告げていた。
(何故だ……。何故、出てきた……?)
オズボーンは感情を抑え切れず、精一杯の声で叫んだ。
「貴様は、なんのために戦おうというのだ!!」
赤の軍勢を前にして、男が一人、空飛ぶ2体の小さな生き物を連れて立ちはだかる。
「ほほぅ……。此の期に及んで、まだ、そんな元気のあるヤツが居たとはな。死に逝く前に聞いといてやる。男、名を名乗れ」
男は名乗る。
強者だけが唱える、穢れた大義を打ち砕くために。
男は名乗る。
閉塞した時代を、その手で打ち破るために。
(さあ、物語を始めよう!)
魔軍の将は叫ぶ!
「我が名は魔王……。貴様らの秩序を破壊するため、二十年の眠りから覚醒めてやったぞー!!!!」
瞬間、田衛文と冥箒が、両手をサッと前に突き出す。
魔王の怒号に合わせて、前方広範囲に衝撃波が放たれた。
「なにっ!?」
とっさにカインは片目を瞑り、腕を前にして視線を保つ。
砂塵が通り過ぎたあと、隊のあちこちから津波のような動揺が走った。
魔刀剣を手にした魔王が、戦力差を物ともせずに斬り込んでゆく。
命知らずのお調子者でなければ、口先ばかりの夢想家でもない。
オズボーンはこの時、勇敢な魔王の姿に尊敬と憧れを込めて、馬上からこう称賛したという。
――嗚呼、『ファンタジスタ(幻想の彼方)!』と……。
数日後、マスターが入手した一通の書信が、ビストゥスの村全体を聳動させた。
【魔王を称する不逞の輩、
エル・グラド国王が一子、赤狼隊,隊長カインの暗殺未遂に因り、投獄さる】
投獄。
それは、現在のサンセベリア大陸事情では、特別な意味を持っていた。
特殊犯罪者は皆、処刑延長と引き替えに、ある施設へと連行される規定があるのだ。
その名も、監獄島。
それは絶海の孤島に建つ、脱出不能と言われた囚人達の楽園である。
コスプレイヤー・リリカ(ノクターンノベルズ)に続いて、ファンタジスタ!も1巻終了です。
ほかの2作品は1月中頃くらいまで続くので、よろしかったらご覧ください。




